第十一話
「…1対多数の戦闘は、少しの変更点しかない。
5分毎に交代で1人の陣営と戦いの状態になる。
戦いの状態にない者は、1人側を攻撃しても傷一つつけられない。1人側はまた、交代に関係なく多数側をいつでも攻撃できる。戦いのあとの結果については多数側は1人側に与えた傷の完治までの時間が、1人側は多数側に与えられた傷の完治までの時間がそれぞれ多数側の人数で割られる。つまり、俺たちが相手に全治一年の傷を与えても相手の拘束時間は半年しか伸びないってことだ。」
「さっき5分の選択の時間があった。互いに『終了』を押す必要があるが、奴は『継続』を押してる。戦いは終わってない。多分今の担当はあなただ。」
エスカレーターに乗りながらボソボソ声で話す素良に鈿音はいらだちを覚える。
「駆け上がってよ!私たち追われてるのよ。」
「…ダメだ幼い頃にエスカレーターを駆け上がっていたら、足を踏み外して転げ落ちたんだ。すごく怖かった。それにほら、アナウンスはちゃんと聞くべきだ。」
『エスカレーターにお乗りの際は、お手すりにつかまり、黄色い線の内側にお乗りください。』
「このアナウンス誰が聞いてんのよ!」
突如ら後ろからの大声に肩をすくめた。
「見つけたぜー!」
ズボンを履いていない男は、言いながらエスカレーターの手すりに向かって持っているバチを振るった。
エスカレーターのてっぺんにいた素良は手を離せたが、すぐ後ろの鈿音は反応速度が若者並みには及ばない!掴まっている手すりの震えが鈿音の体全身を駆け巡りバランスを崩してしまった。
「落ちてこぉーい!」
目の前の光景が紫一色に染まって、頭を守るために身をかがめることしかできない鈿音だったが、目が元に戻ったときに見たのは素良が頭を抱えている鈿音の腕をしっかり掴んでいるところだった。
「落ちて……ない?」
「…ピッキング道具であなたのスニーカーのヒモを解けさせた。スニーカーのヒモがエレベーターの隙間に噛まれているから掴むまでの時間を稼げた。エスカレーターもこのまま止まるし一石二鳥だ。早く靴を脱げ。逃げるぞ。」
鈿音は感謝を伝えようとしたが、素良のほうが何もかも素早いようだ。ちょっとした小言でさえも。
「エスカレーター怖いだろ?」
鈿音は頷きそうになったが、ループしているアナウンスが聞こえてきた。
『エスカレーターにお乗りの際は、お手すりにつかまり………』
「ホントに!このアナウンス!許さないからね!」
素良と走りながら今後の作戦について話し合う。
ズボンを履いていない男は、私たちの走る廊下を叩いては走り叩いて走りしているので、結構遅かった。
「…ところで、あなたの武器と能力が知りたい。
あいにく俺は奴を傷つけたりとかは出来そうにないから。」
「うわっと!……オトト、ふぅ。えっとね、
〈鍵盤ミサイル〉ていうの。多分、自分の見ている
鉄琴とか、木琴とかの鍵盤を思い切り飛ばすことが出来るんだと思う。」
「なるほど…。つまり奴がいまズボンを履いていないのはあなたが原因なわけだ。」
「よし、向かうべき場所に見当がついた。」
2人はまっすぐに駅直結のビルに向かった。
「…よし、いいぞあのフロアだ。」
「いいの?他にどこもかしこも開けておけばアイツに追いつかれにくいんじゃない?」
「…いや、ここに誘導したかったんだ。」
「この深夜に駅直結のショッピングモールに向かうエスカレーターのシャッターが開いてるぜ。怪しいよなぁ。」
ズボンを履いていない男はそのまま突き進む。
男はまた、すぐに警備員に捕まった。
「さっきの物音といい、開けられた駅との連絡口といい、お前がやったんだな?この犯罪者め!ズボンも履いてないじゃないか!」
「よく捕まんなぁ。俺はよぉ。」
思い切り振りかぶり警備員の頭をバチで殴る。
「まぁラッキーだな。いいもん持ってるじゃねぇの。」
懐中電灯をつけて周りを照らしながら移動する。
「とりあえず、高いところからコイツを下に向けて広く照らして見つけてやるぜ。」
「チィ、こっちの建物にはいないっぽいなぁ。どこにも開けられたらしい痕跡がないしよ、向こうの建物だなぁ。」
ズカズカと連絡通路を歩いていく。追うというのはいい気分だ。
「よし!開いてるぜこっちなんだな!へへへもちろん『継続』するぜ。いいところじゃねぇか。」
通路を抜けてすぐに高い音が聞こえた。
「見つけたぜ〜覚悟しなあよ!」
振り返ると、追っていた2人のうちの1人が素早くぷるウォに手をかざしていた。すぐに暗闇から固い何かが飛んできて、パンツ越しの睾丸やその他全身を打ちのめした。
「ンンンン〜〜〜ウアぁーガッ」
パンツを抑えながら悶絶した後、倒れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜30分前〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…ここには、ストリートピアノがあるんだ。よし、開いたぞ準備できた。」
素良は、ぷるウォの微かな光を頼りにピアノの鍵盤蓋を開けた。鈿音もすぐにやることを把握した。
「アイツがきたらすぐに撃てばいいのね。」
しばらくの間、ピアノを動かしてその裏に隠れていた2人は、足音を聞き即座に立ち上がる。鈿音がアイコンに触れようとしたが、素良が急いでその手を掴む。
「…よく見てくれ、あの男はズボンを履いている。 それに俺たちが来た方とは反対側から来た。違う奴に無駄撃ちは避けたい。」
十分小さな声だったが、こちらに懐中電灯が向けられたので2人は急いでピアノの裏に引っ込んだ。
「なんだよぉ。連絡通路口は開けられてるし、
声っぽい音も聞こえるし、今日がハロウィンだからってお化けじゃないよな?怖えよぉ。あのな!イタズラするなら本番は今日の夜だぞ!まだ10月31日になったばっかなんだからな!」
ピアノの裏で2人は顔を見合わせた。どうやらこの世界は10月31日をループしているらしいのだ。渋谷の夜はずっとハロウィンのままだと思うと2人は同じ角度でうつむいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「大ダメージのはずよ!『終了』しなさい。
そうすれば被害が少ないはずよ。」
「負けるかよちくしょう!」
ちょっとジャンプしながら、ズボンを履いていない男は階段の方へ向かう。そのときだった、後ろからものすごい剣幕と怒鳴り声が聞こえた。
「待てこの野郎!お前が俺から奪った懐中電灯の光を頼りに追ってきたぞ!応援も呼んでるから覚悟しろ!」
「何だお前達は?あぁピアノが壊れてやがる。
器物損壊だぞ分かってるのか!これだからハロウィンなんぞに浮かれる奴らは。いい大人なのによ。」
2人はズボンを履いていない男を追いかけようとしたが、警備員に行手を塞がれた。
「逃げるつもりなんだろ!2度と失敗しないからな!」
「そう言いつつあんたパンツ姿の懐中電灯泥棒を逃がしてんのよ。わかってる?」
鈿音は言い争い、素良は飛び散った鍵盤を拾いピアノに取り付けていた。
同じような時間が続いた後に建物の中が思い切り揺れだした。鈿音と警備員はお互いを支えながらやっとの思いで立っていた。
「…まずいな。こんな時に地震だ。2人とも!これは建物のガラスとか、倒れそうな物とか照明から離れるんだ。ピアノのそばも危ないぞ。」
揺れはどんどん強くなっていく。どんどん、ドンドンと。太鼓の音が響いている気配がした。