第十話
鈿音は鉄琴のアーチ部分に腹部をしっかりと挟まれたまま指揮棒を持ったパーマの男の方へ引き寄せられた。
「コイツはハズレだな。リストに載ってなかった。ティンパニーに捕まえさせている方を確認しよう。」
悪趣味な笑みを浮かべるブカブカのコートを着た男が挑発する。
「女だろ、扱いやすそうじゃねぇの?」
「駅で平和に待てたよしみで言っといてやるが、
武器や能力はアイコン次第だ。性別を頼りに強さ弱さは決まらない。」
パーマの男は、ティンパニーの挟まったドアとは別のドアから車両に侵入した。もちろん電車は緊急停止状態で、悠々と歩いていた。ふと振り返ると、
嘲るような声で笑いながら話しかけてきた。
「ダメだなお前たちは。他の奴らはどんどん他の車両に逃げていってるよ。助けに来そうには見えないなぁ。ティンパニーの中にいる奴はアタリだったからよ、まぁコイツ以外のアタリは他の奴に分けてやるか。」
鈿音は、確かに致命的に感じた。ここにいるのは
白色と黒色を入れ替える、そしてまだ能力が’分からない'という2人だ。飛んでくる楽器をまえには無力だ。駅員が来てくれることを期待したが、こちらも楽器をまえにはなすすべを持たないだろう。
悔しさと焦燥の中でふと思いついた。
’分からない'とはチャンスなのではないか。
腕の自由は効くのでぷるウォのアイコンをタップする。両手に収まるサイズの湿板写真用カメラが出てくる。
「オイ!見ろよ!この女自分から能力のお披露目ショーを開いてるぜ」
ニタニタ笑い、粘っこい口で話すコート男を無視して、体を捻りおもむろに鉄琴を撮る。湿板写真は、
撮影完了まで20秒!その間手ブレなどを避けて完璧に静止している必要がある。
焦った様子で駅に戻ってきたパーマの男。
「何を黙って見てるんだ!このー!」
突如、鉄琴が浮き上がりそのまま回転し始めたが、
鈿音の写真撮影に対する根性には敵わなかった。被写体とカメラがどちらも止まっていれば良いということは、一緒に同じ動きをしていても良いということだ。挟まっていた鈿音は、鉄琴と一緒に回転できたことで撮影に成功した。それは鉄琴の鍵盤部分を映したもので、ぷるウォに送られてきていた。
(撮影したものを写真にできるとか、そういう強そうなのを期待するわよ!)
しかし なにも おこらなかった!
代わりにぷるウォの方に[鈿音の写真日記]
という知らない欄が追加されていた。すがるようにその項目を押してみる。
「それではアイコンを変更させて頂きまして…鈿音さんの今日の能力は、〈鍵盤ミサイル〉です。
23時間後にあなたのアイコンはカメラに戻ります。それでは、いい戦いを!」
CAみたいな声が直接脳内に響く。
(?????????訳がわからないわ。なにこれ?今日ってことは何?明日は?ていうか私の武器と能力って
もしかして使い勝手悪いんじゃないの?)
「何だよー女!お前がなんかするって期待してたのによぉ。結局待っても何も起こらないしよぉ。怒鳴られちまったよ。おい、鉄琴の回転を止めてくれこの女痛めつけて帰るわ。」
「フン!いいだろう。」
鈿音は気持ち悪くなりながらも、アイコンを押した。回転している鉄琴から鍵盤が素早く飛んだ!
四方八方に飛んでいく鍵盤はパーマの男の着ていたパーカーのフードに引っ掛かり、そのままパーマの男は反対車線の壁にふっとばされ、フックにぶら下げられたかのように磔にされた!ブカブカコートの男もその隣でコートに8個もの鍵盤を取り付けられ磔にされた。
鍵盤が飛んだ後の鉄琴はアーチもバラバラになり、
鈿音は自分の体の自由を取り戻した。
と思ったが、車内に取り残された楽器たちが鈿音の方へ迫ってくる!パーマの男はまだ手が自由なので指揮棒を振れるのだった。鈿音は身構えようとしたが、
ずっと回転していたためにその場に四つん這いになって、
「オオゥ…ッ!オオエェェェ〜〜」
絶対絶命のゲロだった。
すると、楽器よりも素早く飛んでくるものがあった。洗濯バサミだ!パーマの男の手を手錠よりもしっかりと挟み込み、鈿音へ迫る楽器も金属や木の色々な音を立てて床に散乱した。
「……吐瀉物に気をつけてね。」
「うん、立てるかい?よかったまだ無事そうだね。
なんだい、泣くほど嬉しいのかい?」
鈿音の涙目は胃液の逆流によるえずきによるものだったが。話を聞くのを優先した。
「どうして戻ってきてくれたの?2人も!」
「そりゃ、あたしは子供たちを、最初に逃がそうと思ったんだよ。今は無事に駅構内から出れたよ。
ハチさんと一緒だから大丈夫だと思う。何でもあたしたちを追ってくる奴が急に飛んできた鍵盤にズボンを固定されちまってねぇ。けっさくだったよあれ。」
「それで年少者の次は年長者を逃がそうと思って戻ってきたのさ。ねぇ?」
「………」
鈿音は、今度は話を遮ってまで訂正したかった。
「あなたの方が年上に見えるけど?」
目の前にいるまさに肝っ玉母ちゃんという見た目の人につっかかるのは勇気がいる。一瞬空気がピーンと張り詰めたが、車内からあしをバタつかせる音が聞こえたので楽器をかきわけてティンパニーの元へ向かう。
「クマのプーみたいじゃない?」
「…せーので足を引っ張るよ。1.2.せーの!」
目をしばたくボードゲーム君は座り込んで、
「現実か?」 とポツリと尋ねた。
「夢であってほしかったわ。」
外に出ると素良にズボンを履いていない男が馬乗りになっていた。鈿音は馬乗りになっている男に向かって突進する。
「もう!揉み合っている時くらいもっと騒ぎなさいよ!」
「あなた達2人は向こうの階段から逃げて!年長者を逃がすんでしょ?」
ボードゲーム君は洗濯バサミおばさんの肩を掴み
「急ぐぞ!」
改札の方へ走っていった。
見送っているとぷるウォが触れ合うのを感じた。
素早くズボンを履いていない男からはなれる。
「へへ、せっかく駅に来たんだ、何もせずに尻尾まけるかよ。」
素良が手招きのジェスチャーをする。
「逃げながら話すぞ。一対多の戦闘は始めてだろ。ルールも分からないようだから教える。」
「俺はさっき揉み合っているとき自分のピッキングツールをアイツのぷるウォに差し込んでみたんだ。そしたら俺のぷるウォにアイツの武器と能力の情報が流れ込んでいた。用はロックをかけている情報や接続を解除できるんだと思う。」
「待ちやがれやぁあああ!」
駅員がすかさず止めに入る。
「君!パンツ姿でな〜にやってんのぉ。ちょっと駅員室まで来ようかぁ。」
「うるっせぇ!」
「スゴイわアイツ。私たちの前では武器と能力を見せようとしないのね。」
「だがチャンスだ。出来るだけ離れておいた方がいい。アイツの武器はバチだ。
〈バチで叩いたものを太鼓のように揺らす〉
多分、音波みたいなものもとばせるんだと思う。」
ピッキングツールを使い、2人は改札を後にした。
後ろからは取り囲んでいた駅員たちが発しているだろう呻き声が聞こえてきた。