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6 美しき婚約者は愛を伝える

 まだ明るい夕刻から開催された卒業パーティーは一悶着あったものの、あれからはスムーズに楽しいひとときとなった。

 あの女生徒たちはすぐさま姿を消したが、それ以外にも学園で直接的ではないもののエレアナが金で婚約をしたと思って不躾な視線を送っていた生徒も多かった。

 だがイリアスの発言でそれが真実ではないこと、またエレアナが帝国王族の血を引く者であることなどを知った生徒らは今まで己のしてきたことをいつ指摘され、あの王女らのように断罪されるのかと肝を冷やしながら時間を送った者もいたようで、終了の挨拶が終わると同時に慌てて帰っていく姿も見受けられた。


「ほんと呆れるわ。まあいいわ。しばらくは戦々恐々としてればいいのよ」


 王宮のプライベートな一室で果実酒を飲みながらアグレイアが言った。そばには王太子であるレオニダス、ラーナとその婚約者である侯爵令息、そしてイリアスとエレアナが集まっていた。


「一時はどうなるかと思いましたわ。まあ、ある程度は計画通りでもあったのでしょう? お従兄様」


 ラーナが面白そうにレオニダスに聞いた。彼女にとってレオニダスの母──つまり王妃は伯母にあたりレオニダスは従兄であるのだ。


「計画通り、というより予想通りという方が近いな。あの王女が大人しくしていればそのままに、事を起こせばこちらも動くようにしていた。最後の慈悲を王女は自ら手放したということだ」

「……ものは言いようですわね。何も起こさせないのなら参加もさせなかったでしょうし、スピロス様の側から離れさせることもなかったはずです」


 あえて惨事を起こさせて決定的な証拠にしたということだ。ヘルミナはある意味単純で行動が読みやすいため、こちらが用意した穴に自ら落ちただけ。


「馬鹿な女だったな」


 イリアスがグラスにワインを注ぎながらあけすけに言ってそのまま飲み干した。レオニダスもグラスを揺らしながら笑う。


「ふっ、いい自滅ぶりだったな」

「あ? 俺はあんなもんじゃ足りねえんだけど」

「お前がやるとこの国の品格を疑われるからやめてくれ」


 レオニダスは首を振る。


「ついでにお前の口の悪さも知れ渡ったな。これで少しはお前を巡る環境も変わればいいんだが」

「あら、口の悪さより監禁云々の重すぎる痛い人間だということで引かれたと思いますわ」


 アグレイアがやだやだと手を振って、エレアナを憐れむように見た。


「エレアナ、あなたにはもっといい人いるのに。本当にこんなのでいいの?」

「うーん、そうね。ここでもしイヤだと言ったらどうなると思う?」

「……ちょっと怖いんだけど」

「でしょ? だからいいのよ」

「なんか違うような気もするけど……。ま、逃げたいならこの人動かして全力で支援するから」


 レオニダスの肩を叩いてにっこりと笑う。


「私を巻き込むのか? 私よりテオの知恵を借りたほうがいいぞ」


 テオとはラーナの婚約者だ。現在内務の重要職を担っているが、いずれ宰相となるであろう知識と頭脳をもつ若き官僚でもありレオニダスの側近でもある。存在感だけはあるのに無口すぎるのが難点な青年だ。


「いくつか案はあるが、後々面倒になるから断る」


 そう言ったきり口を閉ざした。


「確かに面倒だ。アヴィ、私の代で国を消したくないから手を貸すのは厳しそうだ」

「まあ、なんてこと。これから国のトップに君臨する二人が揃いも揃って情けないこと仰るのね。ラーナ、ここはわたくしたちの出番ですわ」

「ええ、負けませんわ」


 息巻く令嬢らに対してその婚約者たちは顔を見合わせて大きなため息をついた。


 イリアス・セルデス。

 その美貌は類を見ないほどで、剣をもたせればこの細身に隠された力強さで相手を薙ぎ倒す。だがそんな彼の最も得意とするものは「情報」だ。

 セルデス侯爵家は国とは別に私的な諜報部隊をもっている。彼の手足となって動く人間はいったいどれほどか。歩けば彼の子飼いに当たるといえば想像がつくだろう。

 そんな彼は「もつべきものは『友』ではなく『情報』だ」という考えを隠そうともしない。


 イリアスが本気になれば何気ない布石だけで国に混乱を起こさせ、気付けば滅びを待つだけという、まさにレオニダスが言う「国を消す」こともできるだろう。

 そんな彼の唯一のストッパーがエレアナだ。

 レオニダスもヘルミナの行動には本当にヒヤヒヤさせられた。いつイリアスが爆発するのか、そうなった場合どう対処するのか、はっきりいってストレスだらけの日々だった。

 だがエレアナはそこを上手くやってくれた。

 あんな暴言を吐かれたら激昂してもおかしくはないのに飄々と受け流すのだから。彼女にとってイリアスの束縛も重い愛も幼少より当たり前のようにあったものなのだ。

 囲い込むとはそういうことかもしれない。怖いのはとうのイリアスさえも幼いにも関わらずそれをやったことだろう。


「……ひとまず、この国の存続に乾杯するか」


 パーティー後のひとときはゆっくりと過ぎていった。





 あの騒動から一ヶ月。

 卒業したエレアナは侯爵家での教育が始まろうとしていた。イリアスはすでに騎士団に所属しており配属先も第一騎士団へと決まった。まだ入団したての新人ではあるが、フレッシュな意気込みなどまるでなく相変わらず通常運転だ。ただ、王太子であるレオニダスはゆくゆく彼を側近にするべく動いているようだとアグレイアからは聞いている。


「そういや、あの王女は予定通り幽閉されたようだぞ」


 イリアスがエレアナの髪を撫でながら思い出したように口を開いた。

 戦利品ともいえるこの部屋は彼が両親から勝ち取った二人だけの私室──寝室でもある。この両隣は互いの部屋があり繋がっている。

 すでにイリアスはこの部屋を使っていたがエレアナは今日が初めてだ。そう、今日から侯爵家で生活するのだ。

 この日を待ち侘びていたイリアスは夕刻には帰りエレアナと一緒に夕食をとり、たっぷりと夜の時間を取るために早々に部屋へと下がって両親を呆れさせていた。

 宵闇が広がるこの時間までにこれからのことを話し合いながらもまったりと過ごしていた。


「母親は塔の七階、あの王女は五階らしいぞ。てっきり一緒に過ごせると思ってた王女はしばらく喚いていたそうだ」

「そ、そう」

「今まで使用したこともない質素な部屋と家具に囲まれて、小さな窓ひとつだけで明かりもない。最低限の世話をする使用人も王妃や王女の甘い汁を啜っていた侍女や従僕などで、ソイツらも塔から出ることを許されていない。まあ狭い空間の中、罪人の世話を罪人にさせているというわけだ。みんな仲良くできて満足だろうよ」

「……ふーん」

「なんだよ、興味ないのか?」

「私はあなたが他国のそんな情報を知ってるのが怖いくらいよ」


 さすがといえばそうだが、何せ他国で、しかも王族に関する情報などかなり制限されるものだ。

 訝しげに見上げたエレアナにイリアスはニヤリと笑う。


「じゃ、とっておきを教えてやる」


 ソファの隣に座るエレアナの頬を愛おしそうに指でなぞる。昔からのイリアスの癖だ。


「あの王女、父親はボレネ国王じゃないそうだ」

「え」

「ククッ、どうやら嫁入りしたときにはすでに身籠ってたらしく、初夜のときに悪阻で吐いてバレたんだと。もともと不本意な婚姻で、ボレネ国王もタイプじゃなかったということで初夜も完全拒否な姿勢だったというからちょうど良かったんじゃねえの?」

「………………」

「とにかく本人もボレネ国もネイロン国もまあどんちゃん騒ぎもいいとこだ。あー、笑える」


 これは機密も機密ではなかろうか。こんなことを面白おかしく言える目の前の婚約者はやはりどこかひとつネジが飛んでいるのかもしれない。今更だが。


「言い換えればボレネ国側からすれば初夜でわかって幸いだったわけだ。ネイロン国は厄介者を受け入れてくれた負い目に追い討ちをかけてボレネ国に多額の慰謝料を払うことで国王の子ということにしてもらった」

「これのどこがとっておきなのよっ」

「この国の王も知らないことだ。とっておきだろ?」


 イリアスは得意げに笑っている。エレアナはしばらく胡乱な目で見上げていたが、大きく息をつくと諦めたように首を振った。


「……よくそこまで調べたわね」

「いや? 今回のことでボレネ国の弱みをちょっと握ってやろうと思ったら、こんなん出てきたって感じだ。さして興味もないからもうどうでもいいけどな」

「………………」


 これのどこがちょっとしたことか。この国のトップも知らないことをさらりと言うあたりイリアスらしいが、この先を思うと少し不安だ。きっとこのようなことがたくさんあるのだろう。

 侯爵家での教育の意味がなんとなくわかってしまった。領地運営はもちろんだが、このとんでもない家系に対する心得もあるのだろう。はっきりしないまでも今までの付き合いの中でそれとなく感じていたが、抱えるものはきっと大きい。

 でも、イリアスとなら不思議と怖さはない。彼との培った信頼と揺るぎない愛情はしっかりとエレアナの中に存在しているから。


「ってことで。──なあ、そろそろ俺たちの初夜でも始めるか」

「……何その言い方」

「あのな。これでもどうやってもっていこうかいろいろ考えてんだっ」


 イリアスは少しだけ赤くなった耳を隠すようにガシガシと髪を掻く。

 二人だけの初めての夜が訪れようとしているが、これからの長い長い未来への第一歩でもある。

 期待とか不安とかそんな言葉では言い表せない想いでいっぱいになりそうだが、目の前で次の一手を決めかねている愛おしい存在にエレアナは返事をするようにキスを送った。

 一瞬、驚いた顔を見せたイリアスはすぐさま美しい顔でとびきりの笑顔になる。


「覚悟しやがれ」


 相変わらず口が悪い。


「覚悟しやがるのはそっちよ」


 挑むように笑ったエレアナの碧の瞳にイリアス自身が映る。そこには満足そうに笑みを浮かべている自分がいた。


「愛してる」


 今までもこれからもこの言葉は彼女だけに贈り続ける。




誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
偏屈婚約者からの流れで拝見しましたが、こちらも楽しく読めました。 愛重め、しかも腹黒、最高でした(*`ω´)b
めちゃくちゃ良いお話でした。 私の好きがつまってる!!! とても面白かったです。
ハッピーエンドでとても気持ちのいい話だった
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