■八月三日② ツンデレの血脈 起
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第七話 ツンデレの血脈 起
ワタシは、スイレンレンゲ。
『文化部衣装魔法少女』デス。
去る七月三〇日、鹿鳴館學園が、前期末舞踏会に沸き立っていたあの日、ワタシと、ワタシたち『服飾に呪われた魔法少女』の担任である御影密先生は、大陸横断鉄道に跳び乗ったデス。
皇都トリスで大陸縦断鉄道へと乗り継いで、北のツンデレ地帯を目指すデス。
それは、ワタシの故郷であるウヲッカ帝國の南側にあるスイレン伯爵領と、密先生の故郷である御影辺境伯領が、一触即発の状態だと知らされたからデス。
この差し迫った状況を理解してもらうには、ちょっと長い歴史的経緯の説明が必要デス。
ツンデレ地帯とは、ウヲッカ帝國の南側にあるスイレン伯爵領と、カストリ皇國の北側にある御影辺境伯領に跨がる一帯を指すデス。
ここは、四方を山脈に囲まれた盆地であり、旧くは、ツンドラと呼ばれる永久凍土が広がる不毛の地デシタ。
それを、神話の時代に、『氷の女帝』と『緑の皇』という二柱の神が、麦畑の広がる穀倉地帯へと変えてくださったデス。
ところが、『蟲の皇』と呼ばれる邪悪な存在がいて、『緑の皇』から『氷の女帝』を奪おうとして、蝗害を起こすのだとされているデス。
蝗害は、北狄子爵領から起こるとされているデス。
北狄子爵家のことを、『蟲の皇』の配下なのだと中傷する者もいるデス。
北狄子爵家に非がないことは、冷静に考えれば、自ずと分かることなのデス。
自領で、蝗害が真っ先に起これば、真っ先に困ってしまうデスから。
これは単に、北狄子爵領が、ツンデレ地帯のほぼ中央に位置しているから、必然的に蝗害の発生しやすい場所となってというだけのことなのデス。
北狄子爵家は、御影辺境伯の家臣であり、御影辺境伯領の一部を預かる代官デス。
そして、その領地は、スイレン伯爵領にも接しているデス。
むしろ、御影辺境伯とスイレン伯爵の両方から信頼されているからこそ、この地を任されているデス。
実際、蝗害の研究と撲滅に、最も真摯に取り組んでいるのが、北狄子爵家なのデス。
『蟲の皇』は、十数年に一度、暴れまわるデス。
前回暴れたのは、十六年前のことだったデス。
その際、北狄子爵家は、これまでの研究が実を結び、かなり早い段階で、蝗害の発生を察知したデス。
そして、御影辺境伯とスイレン伯爵の両方に、警告を発したデス。
その際、北狄子爵は蝗害を治める手だてを併せて提案したデス。
蝗害は、次の手順で広がっていくデス。
① 蟲が凶悪な種へと進化する。
② その場所の食物を食べ尽くす。
③ 新たな食物を求めて拡散する。
④ 新たな食物を得て、交配、出産し数を増やす。
⑤ ②へ戻る。
このループに入ってしまったら、単に蟲がいる場所の麦畑を焼くだけでは不十分デス。
蟲が移動する先を無くすため、まだ無事な麦畑を含め、広範囲に焼却するしかないデス。
両国内において、様々な議論が噴出し、対策は遅れたデス。
その頃、『この世界』は、中央集権化、農地改革、更には、産業革命により、文明が開花し、人口が爆発的に増大しつつあったデス。
ツンデレ地帯は、その増大する人口を支えている穀倉地帯デス。
この状況で、ツンデレ地帯の麦が失われたら、世界は混乱に陥るデス。
手遅れぎみながらも、カストリ皇國は、皇國軍の出動を決断し、麦畑を焼いたデス。
だけど、カストリ皇國側だけ焼いても、蟲たちはウヲッカ帝國側から回り込んで戻ってくるデス。
事ここに至っても動こうとしないウヲッカ帝國に業を煮やし、遂に、カストリ皇國軍は、ウヲッカ帝國内に侵攻して、麦を焼いたデス。
この時、ウヲッカ帝國には、動けない事情があったデス。
実は、『この世界』には、二つの穀倉地帯があるデス。
ひとつが、北、カストリ皇國とウヲッカ帝國との國境ツンデレ地帯の麦作。
もうひとつが、南、カストリ皇國とトルソー王國との國境トリモチ地方の米作デス。
つまり、カストリ皇國側は、北の麦を焼いても、南の米があるデス。
ところが、ウヲッカ帝國側は、麦が無くなれば、北海の海産物などはあっても、穀物が不足してしまうデス。
この時のカストリ皇國軍のウヲッカ帝國内侵攻が、そのまま、翌年の『世界大戦』へと繋がるデス。
まず、南の米の需要が高まり、価格が高騰。
米を持つ、カストリ皇國とトルソー王國が、これを独占。
一方、ウヲッカ帝國とトマソン法國では、餓死者が出る状況。
そして、持つ者と持たざる者による世界大戦へと至るのデス。
☆
次に、ワタシと、密先生が置かれている立場について説明するデス。
『氷の女帝』と『緑の皇』は、コンニチの神殿では、邪神とされているデス。
デスが、ツンデレ地帯に住む者は、隠れて二柱の神を篤く信仰し続けているデス。
『氷の女帝』はスイレン伯爵家に祀られ、『緑の皇』は御影辺境伯家に祀られているデス。
そして、スイレン伯爵家と、御影辺境伯家の間には、各世代ごとに、互いの神にお仕えする姫を、互いの当主に嫁がせ、『かんなぎ』とする習わしがあるデス。
現在の『かんなぎ』は、スイレン伯爵家から御影辺境伯家へ嫁いだナスタチウム様と、御影辺境伯家からスイレン伯爵家へ嫁いだ銀蓮様デス。
そして、密先生はナスタチウム様の子であり、ワタシは銀蓮様の子なのデス。
ちなみに、『かんなぎ』は、その子である密先生や、ワタシも、様づけで呼ぶ習わしデス。
『氷の女帝』も『緑の皇』も邪神であることから、その『かんなぎ』は魔力使いの女性と定められているデス。
そして、『かんなぎ』となるべく生まれた魔力使いは、必ず『転移』能力を得るデス。
『かんなぎ』は、『転移』によって二柱の神の間を行き来し、その仲を取り持ち、『蟲の皇』の跋扈を阻むことが、お役目なのだとされているデス。
☆
ここで、ワタシの『転移』能力が、鹿鳴館學園への転校前から発動していたことについても、説明しておくデス。
ウヲッカ帝國でも、魔力や聖力を用いての能力発動は、成人して、虎嘯館學園へ入學してから、正しい指導のもとに行われるべきものとされているデス。
鹿鳴館學園への転入に際しては、薬物で魔力の発動を早めたと説明したデスが、ホントは違うのデス。
とある事件が、きっかけなのデス。
事件の背景として、ウヲッカ帝國では、ここ数年、開戦論者が、台頭してきているのデス。
開戦論者は、これまでの周期から類推し、ここ数年のうちに、再び蝗害が起こるだろうと考えているデス。
そうなってからでは、後手に回ってしまう。
ウヲッカ帝國が先手を打って、御影辺境伯家を併合し、ツンデレ地帯で取れる麦の全てを備蓄すべきだと主張しているデス。
開戦論者の、邪魔になるのが、ワタシと密先生デス。
双方の母親が、『かんなぎ』デスから、ワタシと密先生は、幼い頃から母親に連れられて、相互に転移訪問し、親しく交流させていただきました。
二人は、仲の良い幼なじみで、やがては密先生が御影辺境伯家を継ぎ、ワタシが次代の『かんなぎ』となって嫁ぐものとみなされていたデス。
つまり、ワタシと密先生は、両国友好派の象徴なのデス。
そして、今年の三月末、ワタシと密先生が、開戦派の罠に嵌められたデス。
ツンデレ地帯の、カストリ皇國とウヲッカ帝國の国境は、アモーレ河によって分けられており、そこに掛かった唯一の橋が、国境門となっているデス。
ワタシと密先生は、その国境門で、襲撃されたデス。
襲撃者は、身元を隠蔽していたため、主犯の追求はできないデス。
でも、ワタシも密先生も、そんなことをやりそうな人物は、ひとりしないないと知ってマス。
ヒイラギリンドウ少将デス。
その国境門を護っていたウヲッカ帝國軍屯田兵団を率いている人デス。
彼は、十六年前の世界大戦時の不手際により失脚し、この地に左遷されてきた人デス。
開戦派の急先鋒で、カストリ皇國を憎悪し、中央復権を画策しているデス。
リンドウ少将は、密先生が、ウヲッカ帝國側でワタシを殺し、橋を渡ってカストリ皇國側に逃亡するという状況を演出しようとしたデス。
そして、密先生を追いかける形で、ウヲッカ帝國軍をカストリ皇國へ侵攻させようとしたデス。
密先生が、魔法少女の力を発動させ、燕尾服仮面となってワタシを護ってくれたデス。
着用していたフード付きのマントが、燕尾服に変化するデス
その顔面が、灰白色のゴツイ顎骨に、上下の歯がズラリと並んだ、スカルマスクに被われたデス。
四本の犬歯が、凶悪に突き出ているデス。
そして、出現させたステッキをクルクル回して、ポーズを決めたデス。
仮面の奥から、「顎」という声。
顎が飛び出して、ガチン、ガチンと、歯を噛み合わせながら、迫ってくるウヲッカ帝國の兵士に、次々と噛みつくデス。
噛みつくたびに、顎が外れて相手の身体に残り、外れた顎のあとに、新たな顎が出現するデス。
それでも、何百人もの兵士が、わらわらと迫ってきたデス。
先生はお一人で、しかもワタシを庇いながらでは、長くはもたないのは明らかデス。
ワタシ、逃げ回りながら、なんとかしなきゃと必死で、祈念したデス。
「『氷の女帝』様、スイレン家のワタシに力を! 『緑の皇』様、御影家の密先生を護って!」
祈りは届かず、先生のスキをつき、兵士の剣が、ワタシの首へむかって、振り降ろされたデス。
――ワタシ、なにひとつ成せないまま、ここで死ぬのデスね。
ワタシ、ホントは、お人形が着せられているような、色鮮やかで、フリフリで、装飾過多な衣装が大好きなのデス。
なのに、ここ、ウヲッカ帝國の衣服は、モノトーンで、シンプルな、実用一辺倒なものばかりデス。
カストリ皇國には、ワタシと趣味を同じくする者が集う、冥土喫茶なるお店があると聞きマス。
叶わないことだけど、フリフリの聖地へ、飛んでいきたかったデス……。
観念して死を受け入れたワタシの心が、肉体からニメートルほど前に、弾き出されたデス。
振り返ると、二メートル後にタシの肉体があって、その首筋に、冷たい刃が……。
あれっ、肉体から離れているのに、首筋に当る刃の冷たさが感じられるデス。
すると、今度は、肉体の方が、心のいる場所まで跳んできたデス。
これって、転移デス。
たった二メートルだけデスが、転移できたデス。
ワタシ、トラウマイニシエーションすら、マダ……あっ、もしかしなくとも、これがワタシのイニシエーション?
それに、ワタシ、學園入學前なのに、魔力を発動させたのデスか?
首筋に手を当てると、血が出ていますが、皮膚を切られただけで、首は繋がっているデス。
見回すと、ワタシだけでなく、先生や、兵士たちまで、驚いて、動きを止めているデス。
ワタシ、咄嗟に、また、転移して、先生の身体を掴んだデス。
そして、転移して、転移して、転移し続けたデス。
安全なポイントを求めて、ジグザグに二メートル転移しまくり、そのまま行方を眩ましたデス。
ワタシと先生の所在が不明となり、リンドウ少将は、ウヲッカ帝國軍によるカストリ皇國へ侵攻理由を得られなかったデス。
リンドウ少将は、襲撃の証拠を隠滅するため、ワタシと先生の所在を探し回っていたデス。
ワタシの母である銀蓮様と、ナスタチウム様が協力し合い、ワタシは先生が教師を務めている、カストリ皇國にある鹿鳴館學園の學生として匿われることになったデス。
ワタシは、碧眼ブロンド、デス。
ウヲッカ帝國軍ではめずらしくありませんが、黒眼黒髪ばかりのカストリ皇國では目立ちマス。
なので、実家の秘宝である魔具、ルビーの仮面で、眼と髪の色を変えて、居場所を転々と変え、開戦派を欺き、鹿鳴館學園へと逃げ延びたデス。
☆
ここまでの経緯説明により、やっと現状を語ることができるデス。
なんと、ここへきて蟲たちの活動が活発化しており、もはや蝗害発生の直前だという報せが届いたのデス。
ワタシと密先生は、スイレン伯爵家と御影辺境伯家の次代を担う者として、蝗害の発生と、ウヲッカ帝國軍とカストリ皇國の衝突を、ひいては第二次世界大戦の勃発を、身を挺してでも止める覚悟デス。
かくして、ワタシと密先生は、七月三〇日に鹿鳴館學園を出立し、北のツンデレ地帯を目指しているデス。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月五日① 蟲の皇 承
『この世界』に蝗害の危機が迫っている。
それは、『この世界』を、再び世界大戦に陥らせかねないほどの危機だ。
関係者が集結し、対策会議が開かれた。
そこまでは、分るよ。
でも、なんで、ボクなの?
どうして、あれも、これも、ボクが背負い込まなきゃいけないの?