■八月一日① 薄い本頒布会①
拙者、有瀬留版と、申すでござる。
ロールは『怪盗』で、新聞部の部長なのでござる。
事ここに至るまでの説明をさせていただいたいのでござるが、どこから話したものか……。
そう、まずは、新聞部の立ち位置から知っていただきたい。
『この世界』は、物語によって動いているのでござる。
そして、カストリ皇國において、物語は、鹿鳴館學園を舞台に展開する。
だから、新聞社や雑誌社などのマスコミ各社からすれば、學園内の物語情報が、喉から手が出るほど欲しい。
できることなら、學園内へ入り、物語のキャラクターたちに直接取材を行いたいのでござる。
ところが、學園側は、國営放送以外の、マスコミ各社の學園立ち入りを、一切認めていない。
皇国軍、騎士団、警察が連携して、不逞の輩が生徒に接触することのないよう護っている。
そこで活躍するのが、拙者ら。
學園生の身分を持つ、新聞部、更には写真部、軽文芸部、戯画部などでござる。
これら、報道系部活に所属している學生のほとんどは、怪盗義賊育成科なのでござる。
拙者らは、所持している、スパイ、斥候、シーフなどの隠密系ロールを駆使し、様々な情報を得てくるのでござる。
マスコミ各社は、拙者らの提供する情報を、學生としての分を超えるほどの高額で買い取ってくれる。
學園を生きて卒業できた暁には、繋がりのある新聞社や雑誌社への就職も約束されている。
拙者に関して言えば、カストリ雑誌社への入社が内定しているのでござる。
また、報道系部活に所属している學生は、ほぼ間違いなく『薄い本』活動にも関与している。
公に報道できないような事柄や画像であっても、非合法ギリギリの『薄い本』になら掲載できるからでござる。
『薄い本』の需要は、『男性向け』と『女性向け』に大別される。
ただし、あくまで『大別』であって、『男性向け』が好きな女性や、『女性向け』が好きな男性もいるのでござる。
そして、年一回、『男性向け』と『女性向け』両方の『薄い本』が集まる地下イベント、『薄い本頒布会』が開催されるのでござる。
『薄い本頒布会』の開催日は、八/〇一。
開催場所は學園物資流通センターの地下倉庫と、決まっているのでござる。
『薄い本頒布会』の『男性向け』部門を仕切っているのは、我が『新聞部』。
一方の『女性向け』部門は、名前のない匿名組織が仕切っているのでござる。
その匿名組織、仲間うちでのみ、『801』と呼ばれているのでござる。
『801』の『女性向け』イベント内容は、とりあえず置いとく。
まずは、我が『新聞部』が仕切っている『男性向け』活動について、本日に至る経緯を説明するのでござる。
☆
去る七月一〇日、拙者ら報道系部活の代表者は、物資流通センターの地下会議室に参集していたのでござる。
『薄い本頒布会』の『男性向け』活動の、打ち合わせ会議でござった。
まず重要なのは、薄い本を頒布するサークルのコマ割り。
薄い本の元ネタごとに配置するのでござる。
今年は、元ネタが一極集中しているのでござる。
皇國中の人々が、あの『服飾に呪われた魔法少女』五人に夢中なのでござる。
偶像という新たな呼称が一般化し、圧倒的な熱量を持って、皇國中を席巻しておるのでござる。
コマ割りの次に、ステージイベントを何とかせねばならないのでござる。
『薄い本頒布会』は、当然、薄い本の頒布こそがメインなのでござるが、毎年、ステージイベントが併催されるのでござる。
このステージイベントについて、参加者各位から、『服飾に呪われた魔法少女』関連企画を、強く要望されているのでござる。
そもそも参加サークルの出自が怪盗や義賊であるから、拙者ら新聞部に対してさえ、脅迫まがいの行為をしかけて来る者も多い。
もはや『服飾に呪われた魔法少女』関連イベントが開催できなければ、治まらない状況でござる。
しかしながら、『服飾に呪われた魔法少女』はデビューしてまだ四カ月で、情報そのものが少ない。
そのうえ、學園、皇國軍、國営放送にきっちりガードされておる。
拙者らの中に、『服飾に呪われた魔法少女』との、コネクションを持つ者がいないのでござる。
そんな中、同じ怪盗義賊育成科系の部活である水泳部に関する新情報を、掴んだのでござる。
当然、拙者ら新聞部は、水泳部が『服飾に呪われた魔法少女』に近い立ち位置にいることを把握しているのでござる。
しかしながら、水泳部は部員の半数が死亡し、残った者も行方不明で、活動は停止し、部員への連絡もつかない状態となっていた……はず。
ところが、その水泳部が、密に復活を果し、怪盗義賊育成科の生徒を集めているという。
しかも、その新生水泳部を率いているのは、創部以来初めての『泳げない水泳部キャプテン』なのだという。
新キャプテンのカリスマ性は凄まじく、一度その姿を目にした、怪盗義賊系のロール持ちは、誰も彼もその虜となり、自ら喜んでその配下に下るのだという。
拙者、実は、この日、新水泳部の副部長に、議場まで来てもらっていた。
拙者は、参集している報道系部活の代表者たちに経緯説明したうえで、新水泳部の副部長を議場に招き入れた。
どうみても、普通ではない御仁でござった。
硬派な厳つい容貌をした男子のくせに、堂々と女子用制服のプリーツスカートを履いているのでござる。
拙者は、呆れて、会議出席者を代表して、新水泳部の副部長に忠告したのでござる。
「拙者らは、報道に携わる者として、趣味嗜好の多様性を理解、尊重してござる。しかしながら、そんな恰好で、學内を闊歩していては、官憲に目をつけられよう」
実際、學園側は、生徒の服装の乱れを厳しくチェックしているのでござる。
こんな恰好では、いつ、警察や、騎士団や、皇國軍に連行されてもおかしくないのでござる。
その男は、諦めたような、嘆息を返してきたのでござる
「オレさ、前科持ちでさ、刑罰としてスカートを履かされてるんだ」
――そんなバカな話し、聞いたこともないのでござる。
自身の趣味で、スカートを履いているのを、誤魔化しているのだとしか思えない。
「そんなことは、どうでもいいんだよ。とにかく、黙ってオレの話しを聞け! オレの話しを聞かないっていうんなら、この場でスカートを持ち上げて、中身を見せつけてやるぞ!」
――とんでもない奴でござる。
この言いようでは、間違いなく、
スカートの下には何も履いてないのでござる。
誰も、そんな、目が腐りそうなもの、
見たくないのでござる。
とはいえ、これでも拙者らは、みな、手練れの怪盗や義賊でごさる。
ここまでケンカを売るような言い方をされて、くだらない話しだったら、生きて帰しはしない。
拙者らは、顎でしゃくって、新水泳部の副部長に話しの続きを促した。
そして、拙者ら報道系部活の代表は……満場一致で、新水泳部副部長の提示したステージイベント案を受け入れたのでござる。
☆
今日――八月一日――は、いよいよ、『薄い本頒布会』の本番でござる。
会場となる學園物資流通センターは、一般人も出入り可能な商業区画にあるのでござる。
それも、国内最大規模を誇るショッピングモールのお隣り。
本日使用する機材を載せた木炭トラックに同乗して、会場へ。
學園物資流通センターの入口前に、昨夜のうちから大行列ができているのは例年通り。
ところが、今年に限っては、ショッピングモールの入口前にも、大行列ができている。
何と、學園が新たに手がけている二つの學園偶像グループが唄うソノシートレコードが、今日、ショッピングモールで発売されるのでござる。
このバッティングは、偶然とは思えないのでござる。
誰かが仕組んだのだ。
拙者の脳裏に、皇國軍の興業プロモーターである毀誉褒貶氏の顔が浮かぶ。
まさに、やり手の彼奴らしい手口でござる。
ショッピングモールの入口に、六枚の巨大手描き看板が、並んでいるのでござる。
右側の看板三枚が、女性偶像グループ『カースウィチ』の曲。
・『カースウィチ』全員が唄う、魔法少女のオープニング曲『呪われちゃった、どうしよう』。
・同じく『カースウィチ』全員が唄う、魔法少女のエンディング曲『呪われた學園音頭』。
・『セーラー服魔法少女』と『スクール水着魔女っ子』のデュエットによる挿入歌『呪われ魔女っ子の狂詩曲』。
左側の看板三枚が、男性偶像グループ『レンジャラス』の曲。
・『レンジャラス』の男性四人が唄う、『科學戦隊レオタン』のオープニング曲『新星のレオタード』。
・『レンジャラス』全員で唄う、『科學戦隊レオタン』のエンディング曲『レオタン・サンバ』。
・『お色気ピンク』がソロで唄う挿入歌『獅子の子守歌』。
どれも、業界始まって以来のヒットとなることは間違いないのでござる。
よく見ると、ショッピングモール前の行列と、學園物資流通センター前の行列では、並んでいる人々の年齢層が異なるのでござる。
ショッピングモールに並んでいるのは、親子連れ中心。
一方、學園物資流通センターに並んでいるのは、成人した男女のみ。
念のために言い添えると、『薄い本頒布会』と、そのステージイベントは『R15』扱いで、撮影厳禁でござる。
客の奪い合いにはならないので、両イベントとしては、ウィンウィンとなりそうでござる。
二つのイベントの観客動員数が、今夜の國営テレビ放送や、明日の新聞のトップを飾ることは間違いないのでござる。
どちらの行列にも、學園生徒が、かなりの数、混ざっているのでござる。
八月は、夏期授業休止月なので、學業から暫し解放され、明るい表情で並んでいる。
『薄い本頒布会』にしても、學園偶像グループのソノシートレコード発売にしても、授業休止初日だからこその、この日付設定なのでござる。
行列を横目に見ながら、車を、學園物資流通センター裏側のトラックヤードへ回し、スタッフ専用口から中へ入るでござる。
學園物資流通センターは、その名の如く、學園で使用する物資と、學園で生産された物資が、集積され取引される場所でござる。
本日も通常業務はなされており、イベント会場は、地下でござる。
薄い本の頒布は、地下一階。
『男性向け』ステージイベントは、地下二階。
『男性向け』ステージイベントは、地下三階でござる。
☆
今回の『男性向け』ステージイベントは、例年と異なり、参加者に、二つの条件が、課されている。
『怪盗義賊育成科の生徒であること』と、『新水泳部への入部届を持参すること』でござる。
鹿鳴館學園は、複数の部活を兼部することを認めている。
しかしながら、學園の部活は、決して軽いものではない。
同好の士の集まりである以前に、己が生存を賭して、徒党を組むことなのでござる。
つまり、このイベントの参加条件は、己が生き様の、選択を迫るもの。
その重さにもかかわらず、イベントへの参加希望者、つまり新水泳部への入部希望者が、続々と詰めかけてきたのでござる。
しかも、『男性向け』イベントなのに、意外なほど女性も多いのでござる。
入部希望者たちは、己が命運を握るであろう人物が、ステージ上に登場するのを、いまかいまかと待ち構えておる。
ファンファーレが、鳴り響いたのでござる。
会場が一旦暗転し、スポットライトがステージに集まる。
ステージ上に、水柱が噴出し、掻き消える。
そこに、濃紺のスクール水着姿の少女が、立っていた。
小柄で、幼児体型で、ペッタンコの胸。
スクール水着は、股下がスパッツ風になっていて、スカートが付いているタイプでござる。
先程の水柱で、髪も水着も濡れていて、その雫が、此処彼処から滴り落ちているのでござる。
この時点で、それはもう、誰が、どう見ても、あの魔女っ子の『平服』姿でござる。
しかしながら、少女は、一眼のダイビングマスクで顔を被っている。
マスクのガラス面がUV加工されているため、顔面をはっきり視認できない。
「うち、水泳部はじまって以来の『泳げない水泳部キャプテン』なん。うち、水使いなんけど、水がコワイんよ。だけど、そんな、うちでも、こうして、ダイビングマスクを被れば、水を被ってもなんとか平気でいられるん」
平気だと強がりながらも、少女の声は震えている。
きっと、被った水が冷たかったからでござる。
「これを、見るんよ!」
少女のスクール水着が、『平服』から『体育服』にチェンジされた。
スカートが消え去り、股間がパンツみたい切れ上がってて、水抜き穴が付いてるタイプ――いわゆる、旧スク水に変化している。
顔面のダイビングマスクだけでなく、新たな装備が追加されている。
四本の鉄の爪を、輪っかで繋いだもので、掌より一回り大きい。
それは、手甲鉤と呼ばれる、忍者が使う暗器だ。
少女は、右手を振り上げて、その手甲鉤を観衆に見せつけたのでござる。
「これこそが、『鉤の鉤爪』なんよ。うちは、かの『鉤船長』から、この手甲鉤を受け継いだん。かつて、怪盗や義賊や海賊は、民衆の先頭に立つヒーローだったん。それが、中央集権化を進める為政者側の策略により、今や、民衆達から忌み嫌われる犯罪者集団と化しているん。うちは、『鉤船長』の意思を継ぎ、怪盗や義賊や海賊の復興を果すことを約束するん。その約束の証しに、ここに集いし者たちだけに、うちの真の姿を見せるん」
「これを、見るんよ!」
そして、少女のスクール水着が、今度は、『体育服』から『道衣』にチェンジされたのでござる。
会場を埋め尽す者たち全員が、驚愕した。
――白だ!
心正しき戦乙女にのみ着用が許されるという
純白のスクール水着だ!
『服飾に呪われた魔法少女』の衣装は、色指定があるのではなかったのか?
現時点で『道衣』姿が公になっている、『運動部衣装魔法少女』は『平服』も『体育服』も『道衣』も若葉色だし、『セーラー服魔法少女』は『平服』も『体育服』も『道衣』もピンクでござる。
ところが、『スクール水着魔女っ子』は、『平服』と『体育服』は紺なのに、『道衣』は白だったのでござる。
詳しく描写すると、極薄の生地でできた、競泳水着に近いデザインの『白スク水』でござる。
一瞬の沈黙ののち、水泳部入部希望者たち間に、歓声が沸き起こったのでござる。
「オレも溺れそうです、キャプテン!」
「ボクのこと弄んでよ、キャプテン!」
「好きよ、好きよ、キャプテン!」
それは、純白のスク水に、人々を幻惑する力があるとしか思えないような、狂乱状態だったのでござる。
もはや、ここに参集した者は、新水泳部員=戦士である。
新水泳部員として、『泳げない水泳部キャプテン』を推し、支え、仕える。
『泳げない水泳部キャプテン』が命じるならば、たとへ死地へであろうと、躊躇無く喜んで赴くのでござる。
なお、圧倒的な歓喜の声の中に、ほんの数人、下卑た欲望や、雑念に囚われ、素直に『泳げない水泳部キャプテン』を崇拝できなかった者もいた。
「あの白スク水、透けてるようで、透けてねぇ」
「胸が平らなのがな~、ちょっとザンネン過ぎるよな~」
そんな者たちの前に、影が忍び寄る。
詰め襟の男子学生服の下に、女子制服のプリーツスカートを履いた、ガタイの良い男――。
水泳部の新副部長だ。
「姫様を貶める者や、貧乳の崇高さを理解できない輩は、排除する」
副部長は、自身の手で、自分のプリーツスカートを、さっと捲りあげる。
相手が、視界いっぱいに広がったスカートに目を奪われる。
スカートの中から取り出された木刀から、白刃が飛び出し、相手の胸を刺し貫く。
かくして、雑念のある者は排除され、狂信的な者たちだけによる、隠密集団が組織されていったのでござる。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月一日② 薄い本頒布会②
『男性向け』と『女性向け』両方の『薄い本』が集まる、年一回の地下イベント、『薄い本頒布会』が開催されようとしていた。
今年の『女性向け薄い本』は、『鍍金×薄荷』本と、『薄荷×鍍金』本だらけ。
また、『薄い本頒布会』では、『男性向け』と『女性向け』のステージイベントが併催される。
今年の、『女性向け』ステージイベントなんだけど、またしてもボクが、たいへんなことになっちゃうみたい。
ボクってもう、普通のオトコノコじゃないのかな……。
※申し訳ありませんが、次回の更新についてのみ、所用のため更新間隔がひらきそうです。
その先は、きちんと更新して参る所存ですので、お待ちいただきますよう宜しくお願いいたします。