■三月二九日 大陸横断鉄道 煩悩号 二日目
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早々に「ブックマークに追加」していただいた方々には、更なる感謝を。
そして、「いいね」をつけてくださっている方、ありがとうございます。
昨日も説明したように、鉄道は、基本単線で、主要駅のみ複線だ。
逆方向に向う列車が、すれ違う際は、主要駅で待ち合わせする。
オハジキ駅での、列車待ち合わせに際し、車掌さんから、アナウンスがあった。
なんと、乗客にのみ、機関車の中を見せてもらえるとのこと。
一旦ホームに降りて、先頭車両まで歩き、待ち構えている運転手さんに、乗車券を提示すればよいそうだ。
これは、見ておきたい。
一旦ホームに降りる必要があるのは、客車と機関車の間に、炭水車が繋がれていて、通り抜けができないからだ。
ボク――儚内薄荷――は、煩悩号の車両に沿って、ホームを歩く。
どの客車も、皇立鹿鳴館學園の制服だらけだ。
きっと、毎年、三月末のこの数日間だけは、學園へ向う新入生だらけになるのだろう。
濃紺の学生服やセーラー服だらけの中、ボクが着ているピンクのセーラー服は、どうしても目立つ。
ボクのことは、ニュース報道されている。
だから、新入生の中には、ボクのことに気がついている者もいる。
だけど、これから同じ學園の生徒となることから、腫れ物に触るように、様子見されている感じだ。
ボクのことを見て、囁き交わす者はいても、ちょっかいは、かけてこないのが、ありがたい。
炭水車の脇を通ると、山積みの木炭が載っている。
木炭についても、説明が必要かな。
魔力を持つ獣が魔獣と呼ばれるように、魔力を持つ樹木は魔木と呼ばれる。
この魔木を伐採して、積み上げ、藁と土で密封し、不完全燃焼させると、木炭ができる。
厳密には、魔木炭というらしいけど、誰もが木炭と呼んでいる。
機関車のところまで行くと、見学順待ちの行列こそできているものの、意外と人は少なく、男子生徒ばかりだ。
きっと、新入生の多くは、死地に赴く自分自身のことでせいいっぱいで、蒸気機関車の見学などしようという気になれないのだろう。
数巡目で、機関車の運転席に案内された。
焚口戸を開けて、火室の中の炎を見せてくれたのは嬉しかった。
注水器、圧力計、加減弁、速度計、ブレーキ弁、逆転機と、ひとつひとつ説明してくれた。
ボク自身も、この列車で、死地へ向っているのだけれど、それでもワクワクする。
ボクのオトコノコ心がくすぐられる。
――そうだよ、ボクって、やっぱり、断固として、オトコノコなんだよ。
☆
大陸横断鉄道煩悩号の列車内で過ごす、二日目の夜となった。
何日も乗車している方々は、適宜洗面室で着替えている。
だけど、ボクだけは、このピンクのセーラー服を脱ぎ着できない。
ボクは、この『呪われた服飾』を四十時間近く着続けてみて、逆に、この服に込められた魔力のスゴさを実感していた。
ずっと着席しているのに、皺にならないし、着崩れたりもしない。
汚れないだけではなく、汗の類いも消し去ってくれる。
呪われていない下着類や、ルーズソックスまで清潔に保ってくれる。
どこにも説明書きは無かったけど、保温機能まであるみたいだ。
半袖や、ミニスカから露出した、腕や太股に、暑さ寒さ湿気を、全く感じない。
たぶん、北の積雪地や、南の砂漠でも、問題なくこの恰好で過ごせると思う。
ただ、このいたたまれないまでの恥ずかしさは、軽減してくれない。
二日目の夜も、昨日と同様、ボクは、煩悩号内の並んだ二席を占有し、毛布を引っ被って身体を隠し、仮眠態勢に入っていた。
煩悩号が、どこかの駅に停車したらしい。
列車内に、アナウンスが流れる。
「科學戦隊基地駅~ぃ、科學戦隊基地駅~ぃ」
ガタガタと扉の開閉音がして、誰か二人、毛布にくるまっているボクの、向かいの席に座った。
列車が動き出すのを待って、その二人が、低い声で会話を始める。
用心して小声で囁きあっているが、向かいのボクには、まる聞こえだ。
「『旋風グリーン』が、憂慮すべき事態だと言っているんだね」
「北のツンデレ地帯で、大発生の兆しがある樟脳飛蝗は、変異種で、攻撃力こそ低いものの、繁殖力が異常に高いそうだ。『旋風グリーン』の予測では、それこそ、十六年前の大物語『蟲の皇』と同規模の大蝗害に至るそうだ」
ボクは、冒頭の『ツンデレ地帯』っていうところで、吹いてしまいそうになった。
――『ツンドラ地帯』の言い間違いだよね。
平然とした口調で、説明が続けられる。
「もし、『蟲の皇』レベルの蝗害が起これば、北のチリトリ地方の作物は、確実に壊滅的な打撃を受け、全世界的な食料危機を招く。で、この分析結果を聞いた『氷結ブルー』が、騎士団や、勇者パーティーや、宿敵の魔法少女にまで声をかけようと言い出したんだ」
――『宿敵の魔法少女』って言ったよね。
ってことは、この人たちは『科學戦隊育成科』で、
ボクが入る『魔法少女育成科』の敵ってこと?
そりゃまあ、確かに『科學』と『魔法』は、
互いの存在を否定し合う関係だからね。
「『氷結ブルー』の家は、チリトリ地方の領主だからな。なりふり構わず動きたくなる、奴の気持ちは理解するよ。だが、君が懸念している通り、僕ら科學戦隊が、騎士団や、勇者パーティーに頼っては、レゾンデートルを自ら否定することになる。ましてや、四年前に學園を二分しての戦いを繰り広げた魔法少女にまで声をかけるなど、とんでもないな。魔法少女との敵対関係は今でも続いていて、僕らは次の戦いに備えて、神器の『魔動儀』まで発掘したというのに――。君が、基地に出張している僕を、呼びにきてくれたのは本当に良い判断だ」
「電話だと、盗聴されている可能性があるからね」
「いよいよもって、僕ら科學戦隊は、是が非でも『お色気ピンク』を捜し出さねばならないな。『雷撃イエロー』、君はどうしたらいいと思う?」
「リーダーの『爆炎レッド』が、そんなことでどうする。『お色気ピンク』は、三年生にも、二年生にも居なかった。だから今年度の一年生の中に、必ずいる。とにかく、みんなで、『ピンクのサウスポー』を探して、手段を選ばず、拉致でも何でもやって、僕らのものにするんだ」
ここまで話して、二人は、黙り込んだ。
目の前の座席で、毛布に包まっている誰かが、小刻みに震えていることに、気がついたのかもしれない。
そう、ボクは、毛布の中で、震えていた。
だって、この会話は、どう考えても『魔法少女育成科』に入學予定のボクが、耳にして良い内容ではないもの……。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■三月三〇日① 大陸横断鉄道 煩悩号 三日目
ボク、魔法少女の宿敵である科學戦隊の人たちと、相席になっちゃったんですけど!
なんか、ずっと見られてるですけど!
身の危険を感じるんですけど!