■七月二四日② 温泉お色気仲居修行 転① 撮影
♠♠♠科學戦隊レオタン テレビシリーズ
♠♠♠第二話 温泉お色気仲居修行 転①
小妹の名は、雲母綺羅々と申します。
小妹は、ジャングル風呂地帯にある、『極楽湯』の一人娘です。
ジャングル風呂地帯には、大型リゾートホテルや、温泉旅館の他に、いくつかの湯屋もあるのです。
湯屋は、宿泊施設を持たない風呂屋を指します。
湯屋は、ジャングル風呂地帯における、最も古い形態の浴場なのです。
歴史ある建物ばかりなので、湯屋めぐりは、ホテルや旅館宿泊者の娯楽のひとつとなっています。
そして、『極楽湯』は、旧き神々も湯治に訪った最古の湯屋だとされています。
次のような神話が、伝えられています。
はるか昔、この地には、ジャングルと沼地ばかりが、広がっていたそうです。
大蚯蚓様とおっしゃる邪神と、その邪神を信奉する蚯蚓人が住まう土地でした。
あるとき、この大蚯蚓様を嫌う天津神が、沼地を沸騰させました。
これにより、大蚯蚓様は、地中深くに潜らざるを得なくなりました。
天津神は、さらに、勇者を召喚し、蚯蚓人をも、地底へと追いやりました。
以降、蚯蚓人たちは、地底人と呼ばれています。
地表は、人間の住まうところとなったのですが、至るところに熱湯が噴き出し、危険です。
そこへ、國津神がやって来られ、熱湯の沼を、『地之瓊矛』で『湯もみ』されました。
これにより、熱湯が、人が入浴可能な温度となります。
しかも、この湯には、恋の病以外の、あらゆる病を癒やす力がありました。
それこそが、『極楽湯』の始まりだと伝えられています。
『極楽湯』には、神器『地之瓊矛』が伝えられています。
『極楽湯』の傍らには、『地獄釜』と呼ばれる深い洞窟があり、その奥に、湯源があります。
この湯源から、パイプが出ており、近隣のホテルや、旅館や、湯屋に、繋がっています。
この湯源は、『極楽湯』が管理しています。
湯源を放置すると、しだいに湯温が高まり、やがて沸騰します。
そこで、『極楽湯』の血筋の者が、年に数回、『地之瓊矛』を用いて、湯源を攪拌し、湯温を下げます。
何年かに一度、『地獄釜』の底から、地底人が上がってくることもあります。
地底人は、隠れ潜んで、『極楽湯』の隙をつき、『地之瓊矛』を奪おうとします。
そんなとき、『極楽湯』の血筋の者は、『地之瓊矛』を振るって、地底人たちを撃退します。
☆
召喚勇者であらせられる北斗拳斗様が、所属されている陸上部の夏合で、ジャングル風呂地帯へいらしています。
その拳斗勇者様が、パーティーメンバー十四人を引き連れて、先触れもなく『極楽湯』にやって来られました。
拳斗様は、「神殿の教皇に命じられたんで、仕方なく視察に来てやったぜ」と、宣いやがりました。
勝手に押し入ってきておいて、『来てやった』とは、何という言い草でしょう。
「湯源の状態を確認せよって言われてるからな、仕方ないから『地獄釜』の奥まで、案内しな」
有無を言わさぬ、強引さです。
拳斗様は、好色そうな視線で、小妹のことを睨め回してきます。
それに、パーティーメンバーの方々は、そんな小妹を、恋仇でも見るように睨んでいいます。
忌々しいことになりました。
本来、『極楽湯』の血筋の者しか入れない場所ですが、教皇様の命で、勇者様が来たとなれば、拒否はできません。
小妹は、『地之瓊矛』を手にして、先頭に立ち、『地獄釜』を案内します。
パーティーメンバーのお一人である熾天清良様が、小妹の横に並んで歩いてくれます。
清良様の頭上に浮かんでいる輪っかが、光り輝いて、行く手を照らしてくれるのです。
なんだか、清良様だけは、小妹に同情的な視線を向けている気がします。
一緒に歩きながら、訊ねてみます。
「勇者パーティーメンバーは、女性ばかり十四名もいらっしゃるんですね。小妹は、湯屋の小娘なので世情に疎いのですが、歴代の勇者パーティーメンバーって、男女混成で五名程度なのですか?」
すると、清良様が「ほんとは、十五人いるの」と、教えてくださいました。
もう一人、賢者の天壇沈香様という、コワイ方がいらして、この方が、勇者パーティーメンバーのリーダーなのだそうです。
ただ、この方は、既に卒業されて、いまは、學園の先生をされているそうです。
この夏合宿中も、他のクラスの授業があるため、合宿には来れないのだそうです。
それに、つい最近まで、勇者パーティーメンバーは、三十名もいたそうです。
小妹は、恐くてお尋ねできませんでしたが、勇者パーティーメンバーから居なくなられた方々は、もしかして、魔王との戦いの中で散っていかれたのでしょうか?
多くの犠牲を払って、聖なる戦いを続けておられるのであれば、拳斗様に対する、小妹の第一印象は、修正せねばなりません。
そんな小妹の心中を知ってか知らずか、清良様が憎々しげに呟きます。
「みんな、無駄死によ。あたしは、親友の瑠美を失った。あんなの勇者に相応しくないってわかってるのに……逆らえない……」
ギュッと唇を引き結んだ清良様が、小妹の耳元に囁きます。
「勇者拳斗に、気をつけなさい。あいつ、あんたと『地之瓊矛』を、セットでパーティーメンバーに入れようと狙っているわ。あいつに押し倒されたら、女は、もうオシマイなの。召喚勇者の力に抗えなくなるの。あたしも、そうだった」
背中に、怖気が走りました。
小妹は、いま、『地獄釜』の奥で、たったひとりで、召喚勇者一行に取り囲まれているのです。
これは、ヤバイかもしれません。
小妹、これでも、ジャングル風呂地帯では、カワイイと評判なのです。
温泉小町とか呼ばれているのです。
『どうしたら……』と思い巡らす間もなく、湯源へと辿り着いてしまいました。
湯気に包まれた洞が、斜め下へと延びています。
その両脇には、沢山の鉄パイプ。
全ての鉄パイプは、斜道の底にある湯源に、差し込まれています。
もし、鉄パイプの汲み出しを止めると、一時間もしないうちに、斜道全体が湯に埋まり、やがては地表に溢れるのだと聞かされています。
湯源は、透明で、底の方から、ボコボコと泡が沸き立っています。
泡の出所を探すと、湯源の底に、白い球体が沈んでいます。
『湯もみ役』は、この球体を『澱球』と呼んでいます。
湯の花を固めたような質感。
いまは、直径五メートルほどの大きさです。
「いまは」と申し上げたのは、その大きさが一定ではないからです。
放置すると、次第に膨らんでいくのです。
『澱球』について、次のように言われています。
神力は、聖と魔と呼ばれる二つの形態を持ちます。
そして、聖と魔の組み合わせにより、『この世界』を形創っています。
更に、『この世界』の生命の営みは。聖と魔の組み替えにより成り立っています。
聖と魔の組み替ると、僅かな神力が、渾沌へと零れ落ちていきます。
渾沌へと零れ落ちたものが、神力に戻ることはありません。
それは不可逆的であり、全てが渾沌に落ちたとき、『この世界』は終わるのです。
『澱球』は、地中の渾沌が固まったものだと言い伝えられています。
小妹としては、これは、さすがに嘘だと思います。
ただの湯の花ではないでしょうか。
『澱球』は、脆そうな外見でありながら、刀剣を受付けません。
砕いたり、削ったりはできないのです。
☆
「教皇のジジイが言ってた通りだな」と、拳斗様が呟きます。
拳斗様が、いきなり、小妹の二の腕を掴んできます。
「綺羅々、テメエ、『地之瓊矛』を預かる『湯もみ役』なら、地獄の釜の蓋を開けることができるな」
小妹は、つんと横を向いて、回答を拒否します。
地獄の釜の蓋を開け方は、『湯もみ役』に代々伝えられています。
ですが、それは、決して、やってはならないことなのです。
かつて、天津神様がこの地の沼地を沸騰させた際、國津神様が、それを鎮めて温泉へと変えました。
その際、國津神様は、万一、温泉が溢れ出し、この地を熱湯が被う事態に至ったときのために、非常手段を、残しておいてくださいました。
それが、勇者様のおっしゃっている『地獄の釜の蓋を開ける』こと。
ただし、それをやってしまえば、この地の温泉は枯渇すると伝えられています。
拳斗様が、小妹の顎を掴んで、小妹の顔を、グイっと自分の正面に向けます。
「テメエ、ツンとしたとこが、カワイイじゃねえか。いいぜ、今晩、俺っちの女にしてやる。だけど、いまは、とりあえず、従わせるだけだ」
あっと思ったときには、拳斗様の唇が、小妹の唇を塞いでいました。
――や、やめて、穢らわしい!
舌を絡めてこないで!
……拳斗様って、こうして至近距離で見ると、スゴイ美形です。
ドキドキします。
なんていうか、拳斗様と一緒に、吊り橋を渡っているかのような、ドキドキ感です。
――なんて、甘美な味わい。
蕩けるような口づけです。
だっ、抱きしめられてしまいました。
……愛しい御方に、抱きしめられてしまいました。
――これこそが、運命の出会い……。
小妹の勇者様、なんて凜々しいのでしょう。
――ああ、このまま、永遠に抱かれていたい。
小妹、拳斗様に命じられたら、
どんなイケナイことだって、しちゃいます。
拳斗様が、確認してきます。
「綺羅々、俺っちのものになりたいか?」
そんなの、敢えて問わずとも、分かりきったことではないですか。
「はい、小妹を、勇者様の女にしてください」
「だったら、俺っち以外の全てを捨てろ!」
拳斗様が、小妹を抱きしめていた手を緩め、小妹の身体を湯源へと向き直らせます。
「これまで大切にしていたものの全てを、生贄に捧げてみせろ。差し出された贄の分だけ、愛してやろう」
――小妹、勇者様のためなら、地獄へ落ちたって……。
☆
『澱球』の管理も、『湯もみ役』の仕事のひとつです。
小妹は、『地之瓊矛』を『澱球』へ向けます。
長さ二メートルほどだった『地之瓊矛』がスルスルと伸びます。
十倍ほどに伸びて、『澱球』に突き刺さります。
巨大な岩石のようなものが、二十メートルほどの棒の先に突き刺さった状態。
これに、湯源全体の、水圧がかかります。
普通であれば、その棒を握っても、動かすことなどできないはず。
なのに『湯もみ役』だけは、この状態で『澱球』を揺することができます。
『澱球』を揺すると、渾沌、もしくは湯の花が、湯源に剥がれ落ちていきます。
『湯もみ役』は、『澱球』が直径一〇メートルぐらいに膨らんだときに、そうやって揺すってやって、直径三メートルぐらいに戻すのです。
――小妹、勇者様のために、禁忌を犯します。
小妹は、『澱球』に突き刺さった『地之瓊矛』を握りしめます。
そして、『澱球』を湯源から持ち上げます。
湯源から熱湯が溢れかえり、雨となって降り注ぎます。
立ち込めた蒸気で、視界が奪われます。
小妹は、委細構わず、『澱球』を、『地之瓊矛』ごと、斜道の脇に迫り出した、岩の出っ張りに、投げ入れます。
実は、『澱球』は、湯源の底にある大穴を塞いでいたのです。
『澱球』こそが、『地獄の釜の蓋』であり、いまや、その蓋が開かれたのです。
大穴に向かって、湯源の熱湯が、渦を巻きながら、轟音とともに、落ちていきます。
『地獄釜』の洞窟全体が、激しく揺れ始めました。
洞窟の此処彼処が、崩落し始めています。
熱湯が引いた後の『地獄釜』は、意外なほどの広さです。
しかも、大穴の脇に、横穴が開いています。
その横穴から、何かが蠢き出てきます。
人型の魔獣たちです。
人型と言っても、その手脚は、蚯蚓のようにのたくり、うねうねと動いています。
あれって。何年かに一度、『地之瓊矛』を狙って湧き出てくる地底人ではありませんか?
その地底人たちが、横穴の中で、うねうねと蠢いているではありませんか!
拳斗様が、片手で小妹を抱きかかえ、もう片方の手で『澱球』から『地之瓊矛』を引き抜きます。
そして、満足げに、パーティーメンバーたちへ向かって、指示します。
「脱出するぞ。道を開け!」
てっきり、ここまでやってきた洞窟内の道のりを逆に辿るのかと思ったら、そうではありませんでした。
パーティーメンバーの数人が、洞窟の天井を、武器や聖力で突き破り、上へと脱出しはじめたのです。
小妹は、自分がしでかしてしまったたことに、震え上がっていました。
地表への被害の度合いはわかりません。
だけど、少なくとも、ジャングル風呂地帯にある施設全部への、温泉供給がストッブしたことは間違いありません。
ここ、ジャングル風呂地帯で暮らす人々は、みんな、温泉にかかわる仕事で、生計を立てているのです。
小妹は、湯源を破壊し、地底人を引き入れ、そんな人々の生活を、ぶち壊してしまいました。
なにより、『極楽湯』の血筋の者として、『湯もみ役』として、この地を護ってきた代々のご先祖様に対する、言い訳のしようのない裏切り行為です。
死んでも、お詫びにすらならない事態です。
その、罪悪感と怯えが、魂を揺さぶり、小妹を正気に戻してくれました。
パーティーメンバーに続いて脱出しようとする拳斗様――悪漢拳斗の腕の中で、小妹は暴れます。
このまま、お持ち帰りなんかされたら、小妹は拳斗に蹂躙され、その命ずるままにしか動けない身体にされてしまいます。
そんなの、イヤです。
小妹は、『地之瓊矛』を持つ拳斗の腕に噛みつき、それを奪い返します。
そして、『地之瓊矛』を振り回して、拳斗の腕から逃れようと、必死で暴れます。
拳斗は、一瞬の逡巡の後、小妹を放り出します。
暴れる小妹を抱えたままでは、自分が、『地獄穴』から脱出できないと判断したようです。
「俺っちの魅力も分からねぇ、テメエみたいなガキはいらねぇ」
拳斗は、そんな捨てゼリフを残し、小妹の身体を『地之瓊矛』ごと、『地獄釜』の底へ蹴落とし、洞窟をあがっていきました。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■七月二四日③ 温泉お色気仲居修行 転② 撮影
ジャングル風呂地帯が、大変な事態へ陥りつつあったその頃のこと。
鹿鳴館學園では、意外な人物たちが、騒動を引き起こしていたんだ。
『氷結ブルー』に、科學戦隊を憎悪している『燕尾服仮面』が襲いかかる。
その修羅場に割って入るのは――。