■七月二三日 温泉お色気仲居修行 承 撮影
♠♠♠科學戦隊レオタン テレビシリーズ
♠♠♠第二話 温泉お色気仲居修行 承
僕は、『爆炎レッド』。
科學戦隊レオタンのリーダーだ。
そこまでは、間違いない。
だけど、最近、『爆炎レッド』のロールを持つ自分が、ほんとうは誰なのか、よく分からなくなる。
僕は、南のトリモチ地方に領地を持つ南蛮子爵家の三男で、増長という名前のはずだ。
ところが、最近では、僕のことを、筋肉ダルマさんと呼ぶ者が多い。
僕の認識では、南蛮増長が本当の名前で、筋肉ダルマは物語上の呼称だったはずだ。
とろこが、最近では、自分が、生まれてこのかた、ずっと筋肉ダルマであった気がしている。
『お色気ピンク』のロールを受けてくれた、儚内薄荷ちゃんって子がいる。
この子は、本来の僕の名である南蛮増長を、いまだに、ちゃんと覚えてくれていない。
だから、いつも、僕のことを、筋肉ダルマさんって呼んでくる。
それも、甘えたような声で、「筋肉ダルマさ~ん」と呼ぶ。
クネクネとシナを作って、僕の体操レオタードの、大胸筋のところに、自分の人差し指で、『の』の字を書いてくる。
「何してるの?」って聞いたら、「練習してるの」と答えられた。
『お色気』練習と『恐がらずに男の人に触る』練習だそうだ。
「他の人に、こんなことしたら勘違いされそうだけど、筋肉ダルマさんは、他の正隊員三人より大人だから安心なの」とか、言っている。
――安心なわけあるか!
外見はどうあれ、僕を含む正隊員四人は、
全員同年齢だぞ。
それも、薄荷ちゃんより一歳年上なだけの、
十六歳の思春期ボーイだぞ。
胸に『の』の字を書かれる度に、鼓動が速くなるのを、
どうしてくれる。
僕としては、そう言ってやりたい。
言ってやりたいのだが……うまく言葉にできない。
話しが、逸れた。
なにを言いたいのかというと、薄荷ちゃんから「筋肉ダルマさ~ん」と呼ばれる度に、自分が生まれてこのかた、ずっと、筋肉ダルマさんであった気がしてしまうってことだ。
僕は、科學戦隊レオタンのリーダーだ。
だけど、人柄と筋肉量でリーダーに選ばれただけで、頭は良くない。
だから、すぐに、現実と物語の区別がつかなくなってしまうんだと思う。
それでも、僕は、ちゃんとした科學戦隊のリーダーであろうと、務めている。
率先して、戦い、訓練し、仲間たちを指導している。
喫緊の課題は、戦闘車両を変形合体させての、巨大ロボット化が出来ないことだ。
何日も練習を重ねているが、何回チャレンジしても、うまくいかない。
変形合体は、男の子のロマンで、科學戦隊番組に欠かせない山場なのだ。
出来ないでは済まされない。
変形合体が、うまくいかない原因は、分かっている。
合体時、まず、『お色気ピンク』の戦闘車両が、ロボットの頭部から背骨と骨盤までの部分に変形する。
ここに、他の四人が、各ビークルを四肢に変形させて、合体するのだ。
『お色気ピンク』の薄荷ちゃんは、自分と合体しようと男四人が迫ってくるのが、恐くてたまらないらしいのだ。
しかも、この恐怖は、薄荷ちゃんのトラウマイニシエーションに由来するものらしい。
なので、詳細を問い質すことすら、憚られてしまう。
薄荷ちゃんは、その恐怖を克服しようと懸命にガンバッテいた。
本人は、自分に『お色気』が足りないからだと、しきりに言っていた。
そして、思い詰めた薄荷ちゃんが、失踪した。
薄荷ちゃん部屋には、「『お色気』の修行に出ます。必ず、戻ります。捜さないでください」という、書き置きが、残されていた。
☆
何日か待ったが、何の音沙汰もない。
いくらオトコノコだとはいえ、あんなかよわい外見の子を、放置できない。
正隊員四人で、捜索することにした。
『氷結ブルー』は鹿鳴館學園へ、『雷撃イエロー』はフェロモン諸島へ、『旋風グリーン』は皇都トリスへと行ってもらった。
そして、僕は、もうひとつの、心当たりへと向かった。
実は、修行先のヒントがないかと、薄荷ちゃんの私室を検めさせてもらった。
プライバシー云々の誹りは、甘んじて受ける覚悟だ。
ところが、部屋には、一切の私物が無かった。
ただ、部屋の壁面に張られたポスターが、何となく気になった。
『ジャングル風呂地帯 白湯温泉旅館』と書かれている。
古びた木造建築の前に、真っ白な温泉の露天風呂があって、肩から上を出した裸の女性が、後ろ姿で浸かっている、白黒写真のポスターだ。
このポスターには見覚えがある。
先代の『お色気ピンク』である白桃撓和先輩がこの部屋を使っていた頃から、貼られていたものだそうだ。
撓和先輩は、他の世界からの召喚者の一人だ。
撓和先輩が元居た世界の人々は、お風呂や温泉が大好きなのだそうだ。
だから、とこかで見つけてきたこのポスターを見ては、郷愁に浸っていたと聞く。
薄荷ちゃんは、常々、「ボクに、撓和さんみたいなお色気があれば……」などと言っていた。
なんとなくだが、ここが正解のように思えた。
☆
僕は、白湯温泉旅館を、訪れた。
私服の赤ジャージに身を包み、送迎バスを利用して、一般の湯治客を装っている。
他のお客と一緒にロビーに入ると、女将さんを先頭に、仲居さんたちが、ずらりと居並んでいる。
「ようこそおこしくださいました」と、声を揃えて出迎えてくれた。
女将さんは、まだ若いのに、艶やかな和装を着こなしている。
キリリとした美人さんで、頭もきれそうだ。
仲居さんたちは、揃いの茶衣着姿だ。
茶羽織の上着とスカートに、腰下前掛けだ。
ずらりと居並んだ仲居さんの末席に、一人だけ衣装の違う子がいる。
ピンクのミニスカセーラー服で、胸元に『見習い』と書かれたネームプレートを付けている。
いきなりの、薄荷ちゃんだ。
大当たりを引いた感じだ。
居並んだ仲居さんの中で、ひとりだけ悪目立ちしていたけど、このミニスカセーラー服って、薄荷ちゃんが着用を許されている中では、いちばん大人しい服装なんだから仕方ない。
薄荷ちゃんも、僕に気がついたみたいだ。
女将さんに声をかけて、自分から、僕の担当についてくれた。
僕の手荷物を受け取って、部屋まで案内してくれる。
何故だか分からないが、旅館の最上階にある特別室に案内された。
入口の引き戸に『火焔太鼓の間』と、書かれている。
部屋に入ると、天井が異様に高い。
此処彼処に、『でんでん太鼓』が飾られている。
そして、床の間には、燃えさかるような火焔太鼓が、二つ並んで置かれている。
背後にいただく宝珠形の火焔は、身の丈以上の高さだ。
陰と陽、阿と吽、太初と太終、雌と雄、二つで対なり、『水』と『火』を結合するという。
火焔太鼓に見入っている間に、薄荷ちゃんが、座布団を出し、お茶とお菓子を出してくれた。
お菓子は、温泉饅頭。
ロビーの売店で、同じものを販売しているとの添え書きがある。
落ち着いたところで、訊ねてみた。
「『お色気修行』は、どんな具合?」
「はい、女将さんが、とっても良い方で、ボクのこと、厳しく躾けてくださるんです」
そう答える薄荷ちゃんの目が、とろんと潤んでいる。
女将さんに『厳しく』躾けてもらえることが、たまらなく嬉しいようだ。
よく考えたら、薄荷ちゃんと、ちゃんと向き合って話しをするのは、これが初めてかもしれない。
薄荷ちゃんは、訥々と話してくれる。
☆
ボク、ほら、こんな、みっともない恰好を、強要されてるじゃないですか。
こんな服装で、ちんちくりんで、ひ弱なボクのことなんて、蔑まれるだけで、誰も認めてくれないって思い込んでたんです。
でも、ここで働かせてもらって、おこしになるお客様方のお世話をして、そんな問題じゃないってやっと理解できた気がします。
周りの方々の視線がどうこうと言う以前に、ボクの方が、みなさんと深くかかわることを、頑なに拒否してたんです。
なのに、ここで、ボクが『ようこそおこしくださいました』って、心を開いて、お客様をお出迎えしたら、お客様も喜んでくださって、『かわいい娘だね』っておっしゃって……チップをたくさん握らせてくださるんです。
――いや、せっかく、良い話しふうだったのに、
チップの問題かよ。
その客、下心アリアリだろ。
そう思ったが、本人は素直に喜んでいるみたいなので、とてもじゃないが、口に出しては言えなかった。
薄荷ちゃんは、ニッコリ笑顔を作って、両手をお椀の形にして、差し出してくる。
――あれっ、もしかして、僕、いま、
薄荷ちゃんから、チップを要求されてる?
仕方なく、銅貨を一枚、入れてやった。
薄荷ちゃんは、不満げに口を尖らせている。
薄荷ちゃんが金貨大好きなのは知っているが、一介の學生でしかない自分に、銅貨以上の支出は無理だ。
「どんな仕事をしているの? ちゃんと修行になってるの?」と訊ねてみた。
薄荷ちゃんが、事細かに説明してくれたことを、整理する。
○午後三時が午後勤務開始で、午後ミーティングから始まります。
○午後四時にお客様をお出迎えし、お荷物を受け取って、お部屋までお連れします。
館内施設のご案内や、こうして歓談することも、お仕事のうちです。
○午後六時に、ご宴会、もしくは、ご夕食の給仕です。
ご宴会で求められたら、科學戦隊や、魔法少女の歌を、披露しています。
ボクのソプラノを、天使の歌声だって仰って、涙ながらに聴いてくださるお客様も、いらしたんですよ。
ボク、その方から、金貨をいただいちゃいました、と嬉しそうだ。
○午後九時、ご宴会の終わりとともに、ご入浴のご案内です。
お客様のご入浴中に、お部屋にお布団を、お敷きするんです。
お酒が入ると、ボクの手を取って、お風呂や、床へ連れ込もうとする、不埒なお客様なんかもいらっしゃいます。
すると、女将さんや、先輩の仲居さん方が、間に入って、取りなしてくれて、不遜なお客様のいなし方とかを、教えてくださるんです。
女将さんや、先輩の仲居さん方って、みなさん『お色気』があって、なのに毅然としてらして、本当に勉強になります。
男の人って、むやみに恐がってちゃ逆効果で、優しく手玉に取るぐらいじゃなきゃダメなんだって分かってきました。
○午後十一時に勤務終了し、午前〇時に就寝。
○午前五時に起床し、午前六時から午前勤務開始。
朝のミーティングから一日が始まります。
○午前七時に、朝食給仕。
○午前八時に、朝食のお片付け。
○午前九時に、朝の入浴をご案内し、お客様方のご入浴中に、お布団を片付けます。
○午前一一時に、お客様のお見送り。
○それから、館内清掃なんですが、全部終わるのは、昼食を挟んで午後三時ぐらいです。
――これって、一日二十四時間勤務の、
ブラックな職場なのでは、なかろうか?
「ほら、気がつきました? ボク、以前は、「筋肉ダルマさんと、視線も合わせられなかったでしょ。いまは、こうして、目を見て、お話しできています」
「ホントは、やっちゃダメなんですけど、ボク、筋肉ダルマさんなら、入浴時に、お背中流して差し上げてもいいですよ。ただし、チップに、金貨をいただけるなら、ですけどね」
気持ちが、ぐらりと傾いで、懐から、なけなしの金貨を取り出しそうになってしまった。
だが、科學戦隊のリーダーとして、隊員からのこんな誘いに、揺らいではいけない。
これは、ゼッタイ、薄荷ちゃんから試されてる。
ここで金貨を差し出したりしようものなら、金輪際、戦闘車両には乗ってくれなくなるだろう。
薄荷ちゃんの手を握りたくなる衝動を、何とか抑え込んだ。
薄荷ちゃんが、シナを作って、「くふふ」と笑った。
「ボク、今なら、筋肉ダルマさんたちを信じて、戦闘車両の変形合体を受け入れられる気がします」
「今晩のうちに、女将さんに帰還の許可を得ておきます。ただ、ボク、明日は、鹿鳴館學園夏合宿の打ち上げにイベント『ドキッ、水着だらけの水上大運動会』の司会を頼まれているんです。だから、科學戦隊基地へ帰投は、明後日ですね」
「それでェ、お願いがあるんです~ぅ。ボク、人前に立って喋ったりするの、ホントは苦手なんです。科學戦隊リーダーのレッドさんなら、ヒーローショーの司会とか慣れてらっしゃるでしょう。一緒にステージに立って、ボクのこと、優しくリードしてもらえませんかぁ?」
お色気は、まだまだだけど、むやみにカワイイ。
とてもじゃないけど、断れなかった。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■七月二四日① 温泉合宿大作戦 転 撮影
鹿鳴館學園夏合宿の打ち上げイベント『ドキッ、水着だらけの水上大運動会』の開幕だよ。
司会進行は、科學戦隊レオタンの『爆炎レッド』さんと、『セーラービキニ』姿のボク。
浮島争奪戦、ゴムボート騎馬戦、テトラポッド転がし、勝ち抜き野球拳等、ハプニングを期待させるような競技だらけだよ。