表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/123

■三月二八日 大陸横断鉄道 煩悩号 一日目

今回の投稿には、ポコペン大陸の概念図が添付されています。

 ボク――儚内(はかない)薄荷(はっか)――は、皇立鹿鳴館學園へ出立するため、大陸縦断鉄道のリリアン駅に向かった。

 母の薄明(はくめ)が、付添ってくれている。

 妹の薄幸(はっこう)は、外へ出られないので、家でお別れした。


 母と二人で、木炭車の路線バスに乗り、リリアン駅前へ向う。

 バスが駅前に近づくと、駅前広場の様相が、明らかに、いつもと違う。

 すごい人だかりができている。


 母とボクがバスを降りたら、その人だかりから、「来たぞ!」「ピンクのセーラー服だ!」「間違いない!」といった声があがる。

 人々の視線が、ボクに集まり、一斉に拍手が起こった。


 かなりの数の人が、ボクに駆け寄って来ようとしている。

 ボクは、トラウマイニシエーションのせいで、たくさんの人に囲まれるのが恐い。

 いや、これでも、かなり克服できてはいるんだよ。

 ただ、この時は、突然のことだったので、動転したんだ。

 「ひっ!」と声をあげて、その場に、蹲ってしまった。


 「我々が、列車まで、警護しますので、ご安心を」

 背後からかけられた声の主を振り仰ぐと、ここまでバスに同乗してきた、お巡りさんたちだ。


 実は、三月七日のセーラー服での最初のお出かけ以降、ボクがお出かけする際には、このお巡りさんたちが、必ず警護についてくれていた。

 もう、すっかり顔見知りだ。


 母が差し出してくれた手を取って、立ち上がる。

 お巡りさんたちの誘導で、前に進む。


 そこに、特設ステージが出来ていた。

 『儚内(はかない)薄荷(はっか)ちゃん壮行会 皇立鹿鳴館學園ご入學おめでとう!』と書かれた横断幕が掲げられている。

 テレビカメラや報道関係者がスタンバっている。


 ――なに、これ!

   こんなの、聞いてないよ。


 以前見かけた、學園入學者の見送りって、家族や友人だけの、ささやかなものだった。

 學園への入學は栄誉なこととされてるけど、それは愛する家族を死地に送り出す行為だ。

 賑々しく見送ろうとする者など、いない。


 ――なのに、どうして、ボクだけ、こんなことになっているの!


 ステージ脇で、司会のアナウンサーらしき、美人さんが待ち構えていた。

 ボクは、その人に手を引かれて、ステージに上がる。


 「みなさん、お待ちかねの、我がリリアン市の希望の星、『セーラー服魔法少女』儚内(はかない)薄荷(はっか)ちゃんの登場です」

 アナウンサーさんの煽りで、大きな拍手が巻き起こった。


 ボクが立ち竦んでいたら、アナウンサーさんが言う。

 「薄荷(はっか)ちゃん、手を振って、見送りに集まってくださった、市民の方々に応えてあげて!」


 ボクは、顔を引きつらせながらも、集まっている人たちに、手を振ってみせる。

 更に大きな拍手が起こる。


 「では、薄荷(はっか)ちゃんに、魔法少女らしく、かわいいポーズを決めてもらいましょう」


 ボクは、「えっ!」と、固まった。

 ボク、男の子だよ。

 かわいいポーズとか要求されても、困る。


 アナウンサーさんが、「ほらほら」と急かしてくる。

 仕方なく、Vサインをしてみた。


 集まった人々の表情が、不満げなものに変わった。


 「そんなんじゃなくて――」と言いながら、アナウンサーさんが、手ずからボクにポーズをつけていく。


 腰を捻って、半身になり、片足だけをつま先立ちに。

 両手を、胸の位置に動かし、心臓の上のあたりで、両手の人差し指と親指でハート形を。

 そして、口角を上げて、ウィンクさせられた。


 集まった人々が、「おおーっ!」と、どよめく。

 表情が、満足げ、というか、子猫でも愛おしむような、トロンと蕩けるようものになっている。


 一斉に、カメラのフラッシュが焚かれた。

 撮影には、報道関係者だけでなく、一般人も混ざっているようだ。

 カメラも、写真も、庶民には手が届かない高価なものなのに、ボクなんか撮影して、どうするんだろう。


 ポーズを固定させられたまま、アナウンサーさんが、ボクのプロフィールを読み上げる。

 いきなり、身長、体重、スリーサイズを、公開された。

 更には、白鼠小學校や、就労実習先の落下傘工場での、エピソードまで。


 これって、徴兵検査のときの測定や問診の記録だよね。


 皇國民は、十五歳の誕生日になると、徴兵検査を受ける。

 男女とも地域の駐屯地に出頭して、身体測定や体力検査をさせられる。

 戦争勃発時には、いつでも必要な人材を徴兵できるようにするためのものだ。


 でも、あの記録って、國が厳重管理していて、第三者の閲覧はできないはずだよね。

 なのに、どうして、ボクだけ、当たり前のようにその記録が公開されているのだろう。


 ボクは、ステージ端に用意されていた椅子へ着席させられた。


 「では、ここで、この『びっくり、どっきり、出立式』の発起人からの送辞です。選挙を控えた大変ご多忙な中ではあるのですが、郷土の新たなヒロインとなるであろう薄荷(はっか)ちゃんを、自ら見送りたいと、本日は万障繰り合わせて、おこしになられました。みなさま、拍手でお迎えください。漉餡(こしあん)リリアン市長です!」


 ――な、なんで市長様が、ボクごときのために?

   っていうか、このドッキリ仕組んだの市長なの?


 ボクは、漉餡(こしあん)市長の送辞を聞いて、どうしてこんな事態になっているのかを、やっと理解した。


 間近に迫った来年度、その新入生の大物語が『服飾の呪い』で、五人いるとされる『服飾に呪われた魔法少女』の中で、ボクだけ、個人情報が公になっている。

 こんなことって、そもそも前代未聞なんだ。


 漉餡(こしあん)市長は、繰り返し、ボクのことを「新ヒロイン」だなんて呼んでいた。

 まず、分かってはいるんだけど、それでもやっぱり、ヒーローじゃなく、ヒロインと呼ばれることに微妙にキズつく。

 それに、ボクみたいなのが、ヒロインのはずない。

 服飾に呪われているんだかから、物語冒頭で呪い殺される死体役で終わったっておかしくない。

 ヒロインでも、端役でも、生きて還れる確率の低さに変わりはないし……。


 漉餡(こしあん)市長によれば、『大物語』のメインキャストは、中央の貴族に独占されているそうだ。

 そんな中、一地方の平民である、ボクが選ばれたことを、リリアン市長として誇りに思うと言ってくださった。

 そう仰っていただけることは、素直に、ありがたいと思った。


 ボクなんか、要領も悪いし、どうせ、すぐ死んじゃうと思う。

 だから、ボクのためじゃなく、このリリアン市に残される母や妹のために、その言葉はありがたいと思う。


 バンザイ三唱に送られて、母と一緒に駅舎に入った。

 予定外の壮行会のせいで、時間が押しており、既に列車はホームに着いていた。

 急いで乗り込まなきゃいけない。


 だというのに、ホーム上には、親族、同級生、就労実習先の職員たちが参集していた。

 慌てて、一人一人と挨拶し、握手を交わしながら、列車へ向う。


 列車の乗降口まで辿りついたところで、ここまで警護してくれたお巡りさんたちにもお礼を言う。

 そして、母と、ハグをする。

 ここで母の顔なんか見たら、泣き出してしまいそうなので、目を伏せ、口を閉じたまま、分かれた。


 列車の乗車口で、車掌さんが待ってくれていた。

 明らかに、ボクのせいで、発車が遅れているのに、にこやかに迎えてくれる。


 ボクは、赤紙と一緒に送られてきた、大陸横断鉄道の指定席券を差し出す。

 駅員さんが、券の記載内容をチェックし、パチリとM字型のハサミを入れて、返してくれる。


 着席して、列車が動き出す。

 車窓から、ホーム上の母や、見送りの人たちに手を振る。


 やっと落ち着けるかと思ったら、とんでもなかった。

 壮行会に詰めかけた人々が、鉄路沿いに並んで、小旗を振っている。

 小旗の列が途切れるまで、ボクは手を振り続けた。


 ☆


 ボクが搭乗したのは、特急蒸気機関車の「煩悩号」だ。

 この列車内で二昼夜を過ごし、鹿鳴館學園駅を目指すことになる。


 車窓を眺めながら、人生初の旅行を愉しむ。

 何しろ、ボクは、これまで、生まれ育ったリリアン市の外に、出たことなんてない。


 自ずと、小學校で教わった、この世界の地理に、思いを馳せる。


挿絵(By みてみん)


 ポコペンと呼ばれるこの大陸には、四つの國がある。

 東のカストリ皇國、南のトルソー王國、西のトマソン法國、北のウヲッカ帝國だ。


 ボクの住む、東のカストリ皇國が最も領地が広い。

 その皇都トリスは、大陸全体の中央に位置している。


 大陸には、十字状に、鉄道が敷かれている。

 カストリ皇國とトマソン法國を東西に結ぶ大陸横断鉄道。

 トルソー王國、カストリ皇國、そしてウヲッカ帝國を、南北に結ぶ大陸縦断鉄道。

 カストリ皇國の皇都トリスは、二つの鉄道が交差する場所でもある。


 鉄道は、基本単線で、主要駅のみ複線になっている。

 つまり、逆方向に向う列車が、すれ違う際は、主要駅で待ち合わせすることになる。


 ボクが乗車している大陸横断鉄道の「煩悩号」は、東から西へ向っている。

 カストリ皇國の東端にある海沿いの街、アヤトリ市に、その始発駅がある。

 そこからメンコ市、リリアン市、オハジキ市などの各駅を通過して、鹿鳴館學園駅、そして、皇都トリス駅へと至るが、ここが終点ではない。

 そのまま、ベーゴマ市等を通過して、トマソン法國へと入る。

 その先には、法都パンタロンとかがあるそうだ。

 小學校の地理では、他国の詳細な都市名までは。習わない。


 ボクは、リリアン市駅で乗車して、鹿鳴館學園駅で下車する。

 鹿鳴館學園と皇都トリスは、隣接している。

 だけど、皇都トリスはもちろん、鹿鳴館學園も、広大な敷地を持っていることから、それぞれに駅がある。


 ☆


 大陸横断鉄道煩悩号は、昼夜を問わず、大陸を東から西へと走り抜けていく。

 ボクは、この列車内で、二昼夜を過ごすことになる。


 食事は、停車駅で、適宜、駅弁を購入する。


 駅弁は、おにぎり二個と、たくあん二切れを、竹の皮に包んだだけの代物だ。

 どの駅で購入してもこの組み合わせは変わらない。

 だけど、おにぎりの具材が変わる。

 土地土地の名産品が、具として入っている。

 これが、存外に美味しい。


 車両ごとに、大きな薬缶が設置され、常時、湯が沸かされている。

 乗客の人数分、湯飲みも用意されているので、自由に白湯を飲むことができる。


 夕方になると毛布が配られ、朝になると回収される。

 ボクは、毛布が使える間は、ずっとこれを引っ被っていた。

 着用しているピンクのセーラー服が、とにかく恥ずかしいからだ。


 列車の座席は、全席指定で、二席づつ向かいあって配置されている。

 ボクの回りの四席には、ボクしかいない。

 それを良いことに、並んだ二席を占有して、そこに丸まって仮眠を取った。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■三月二九日 大陸横断鉄道 煩悩号 二日目

途中駅で、なんか、とんでもない人たちが、列車に乗り込んできたんですけど!

この人たちって、○○○○だよね?

魔法少女の敵だよね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ