■三月二八日 大陸横断鉄道 煩悩号 一日目
今回の投稿には、ポコペン大陸の概念図が添付されています。
ボク――儚内薄荷――は、皇立鹿鳴館學園へ出立するため、大陸縦断鉄道のリリアン駅に向かった。
母の薄明が、付添ってくれている。
妹の薄幸は、外へ出られないので、家でお別れした。
母と二人で、木炭車の路線バスに乗り、リリアン駅前へ向う。
バスが駅前に近づくと、駅前広場の様相が、明らかに、いつもと違う。
すごい人だかりができている。
母とボクがバスを降りたら、その人だかりから、「来たぞ!」「ピンクのセーラー服だ!」「間違いない!」といった声があがる。
人々の視線が、ボクに集まり、一斉に拍手が起こった。
かなりの数の人が、ボクに駆け寄って来ようとしている。
ボクは、トラウマイニシエーションのせいで、たくさんの人に囲まれるのが恐い。
いや、これでも、かなり克服できてはいるんだよ。
ただ、この時は、突然のことだったので、動転したんだ。
「ひっ!」と声をあげて、その場に、蹲ってしまった。
「我々が、列車まで、警護しますので、ご安心を」
背後からかけられた声の主を振り仰ぐと、ここまでバスに同乗してきた、お巡りさんたちだ。
実は、三月七日のセーラー服での最初のお出かけ以降、ボクがお出かけする際には、このお巡りさんたちが、必ず警護についてくれていた。
もう、すっかり顔見知りだ。
母が差し出してくれた手を取って、立ち上がる。
お巡りさんたちの誘導で、前に進む。
そこに、特設ステージが出来ていた。
『儚内薄荷ちゃん壮行会 皇立鹿鳴館學園ご入學おめでとう!』と書かれた横断幕が掲げられている。
テレビカメラや報道関係者がスタンバっている。
――なに、これ!
こんなの、聞いてないよ。
以前見かけた、學園入學者の見送りって、家族や友人だけの、ささやかなものだった。
學園への入學は栄誉なこととされてるけど、それは愛する家族を死地に送り出す行為だ。
賑々しく見送ろうとする者など、いない。
――なのに、どうして、ボクだけ、こんなことになっているの!
ステージ脇で、司会のアナウンサーらしき、美人さんが待ち構えていた。
ボクは、その人に手を引かれて、ステージに上がる。
「みなさん、お待ちかねの、我がリリアン市の希望の星、『セーラー服魔法少女』儚内薄荷ちゃんの登場です」
アナウンサーさんの煽りで、大きな拍手が巻き起こった。
ボクが立ち竦んでいたら、アナウンサーさんが言う。
「薄荷ちゃん、手を振って、見送りに集まってくださった、市民の方々に応えてあげて!」
ボクは、顔を引きつらせながらも、集まっている人たちに、手を振ってみせる。
更に大きな拍手が起こる。
「では、薄荷ちゃんに、魔法少女らしく、かわいいポーズを決めてもらいましょう」
ボクは、「えっ!」と、固まった。
ボク、男の子だよ。
かわいいポーズとか要求されても、困る。
アナウンサーさんが、「ほらほら」と急かしてくる。
仕方なく、Vサインをしてみた。
集まった人々の表情が、不満げなものに変わった。
「そんなんじゃなくて――」と言いながら、アナウンサーさんが、手ずからボクにポーズをつけていく。
腰を捻って、半身になり、片足だけをつま先立ちに。
両手を、胸の位置に動かし、心臓の上のあたりで、両手の人差し指と親指でハート形を。
そして、口角を上げて、ウィンクさせられた。
集まった人々が、「おおーっ!」と、どよめく。
表情が、満足げ、というか、子猫でも愛おしむような、トロンと蕩けるようものになっている。
一斉に、カメラのフラッシュが焚かれた。
撮影には、報道関係者だけでなく、一般人も混ざっているようだ。
カメラも、写真も、庶民には手が届かない高価なものなのに、ボクなんか撮影して、どうするんだろう。
ポーズを固定させられたまま、アナウンサーさんが、ボクのプロフィールを読み上げる。
いきなり、身長、体重、スリーサイズを、公開された。
更には、白鼠小學校や、就労実習先の落下傘工場での、エピソードまで。
これって、徴兵検査のときの測定や問診の記録だよね。
皇國民は、十五歳の誕生日になると、徴兵検査を受ける。
男女とも地域の駐屯地に出頭して、身体測定や体力検査をさせられる。
戦争勃発時には、いつでも必要な人材を徴兵できるようにするためのものだ。
でも、あの記録って、國が厳重管理していて、第三者の閲覧はできないはずだよね。
なのに、どうして、ボクだけ、当たり前のようにその記録が公開されているのだろう。
ボクは、ステージ端に用意されていた椅子へ着席させられた。
「では、ここで、この『びっくり、どっきり、出立式』の発起人からの送辞です。選挙を控えた大変ご多忙な中ではあるのですが、郷土の新たなヒロインとなるであろう薄荷ちゃんを、自ら見送りたいと、本日は万障繰り合わせて、おこしになられました。みなさま、拍手でお迎えください。漉餡リリアン市長です!」
――な、なんで市長様が、ボクごときのために?
っていうか、このドッキリ仕組んだの市長なの?
ボクは、漉餡市長の送辞を聞いて、どうしてこんな事態になっているのかを、やっと理解した。
間近に迫った来年度、その新入生の大物語が『服飾の呪い』で、五人いるとされる『服飾に呪われた魔法少女』の中で、ボクだけ、個人情報が公になっている。
こんなことって、そもそも前代未聞なんだ。
漉餡市長は、繰り返し、ボクのことを「新ヒロイン」だなんて呼んでいた。
まず、分かってはいるんだけど、それでもやっぱり、ヒーローじゃなく、ヒロインと呼ばれることに微妙にキズつく。
それに、ボクみたいなのが、ヒロインのはずない。
服飾に呪われているんだかから、物語冒頭で呪い殺される死体役で終わったっておかしくない。
ヒロインでも、端役でも、生きて還れる確率の低さに変わりはないし……。
漉餡市長によれば、『大物語』のメインキャストは、中央の貴族に独占されているそうだ。
そんな中、一地方の平民である、ボクが選ばれたことを、リリアン市長として誇りに思うと言ってくださった。
そう仰っていただけることは、素直に、ありがたいと思った。
ボクなんか、要領も悪いし、どうせ、すぐ死んじゃうと思う。
だから、ボクのためじゃなく、このリリアン市に残される母や妹のために、その言葉はありがたいと思う。
バンザイ三唱に送られて、母と一緒に駅舎に入った。
予定外の壮行会のせいで、時間が押しており、既に列車はホームに着いていた。
急いで乗り込まなきゃいけない。
だというのに、ホーム上には、親族、同級生、就労実習先の職員たちが参集していた。
慌てて、一人一人と挨拶し、握手を交わしながら、列車へ向う。
列車の乗降口まで辿りついたところで、ここまで警護してくれたお巡りさんたちにもお礼を言う。
そして、母と、ハグをする。
ここで母の顔なんか見たら、泣き出してしまいそうなので、目を伏せ、口を閉じたまま、分かれた。
列車の乗車口で、車掌さんが待ってくれていた。
明らかに、ボクのせいで、発車が遅れているのに、にこやかに迎えてくれる。
ボクは、赤紙と一緒に送られてきた、大陸横断鉄道の指定席券を差し出す。
駅員さんが、券の記載内容をチェックし、パチリとM字型のハサミを入れて、返してくれる。
着席して、列車が動き出す。
車窓から、ホーム上の母や、見送りの人たちに手を振る。
やっと落ち着けるかと思ったら、とんでもなかった。
壮行会に詰めかけた人々が、鉄路沿いに並んで、小旗を振っている。
小旗の列が途切れるまで、ボクは手を振り続けた。
☆
ボクが搭乗したのは、特急蒸気機関車の「煩悩号」だ。
この列車内で二昼夜を過ごし、鹿鳴館學園駅を目指すことになる。
車窓を眺めながら、人生初の旅行を愉しむ。
何しろ、ボクは、これまで、生まれ育ったリリアン市の外に、出たことなんてない。
自ずと、小學校で教わった、この世界の地理に、思いを馳せる。
ポコペンと呼ばれるこの大陸には、四つの國がある。
東のカストリ皇國、南のトルソー王國、西のトマソン法國、北のウヲッカ帝國だ。
ボクの住む、東のカストリ皇國が最も領地が広い。
その皇都トリスは、大陸全体の中央に位置している。
大陸には、十字状に、鉄道が敷かれている。
カストリ皇國とトマソン法國を東西に結ぶ大陸横断鉄道。
トルソー王國、カストリ皇國、そしてウヲッカ帝國を、南北に結ぶ大陸縦断鉄道。
カストリ皇國の皇都トリスは、二つの鉄道が交差する場所でもある。
鉄道は、基本単線で、主要駅のみ複線になっている。
つまり、逆方向に向う列車が、すれ違う際は、主要駅で待ち合わせすることになる。
ボクが乗車している大陸横断鉄道の「煩悩号」は、東から西へ向っている。
カストリ皇國の東端にある海沿いの街、アヤトリ市に、その始発駅がある。
そこからメンコ市、リリアン市、オハジキ市などの各駅を通過して、鹿鳴館學園駅、そして、皇都トリス駅へと至るが、ここが終点ではない。
そのまま、ベーゴマ市等を通過して、トマソン法國へと入る。
その先には、法都パンタロンとかがあるそうだ。
小學校の地理では、他国の詳細な都市名までは。習わない。
ボクは、リリアン市駅で乗車して、鹿鳴館學園駅で下車する。
鹿鳴館學園と皇都トリスは、隣接している。
だけど、皇都トリスはもちろん、鹿鳴館學園も、広大な敷地を持っていることから、それぞれに駅がある。
☆
大陸横断鉄道煩悩号は、昼夜を問わず、大陸を東から西へと走り抜けていく。
ボクは、この列車内で、二昼夜を過ごすことになる。
食事は、停車駅で、適宜、駅弁を購入する。
駅弁は、おにぎり二個と、たくあん二切れを、竹の皮に包んだだけの代物だ。
どの駅で購入してもこの組み合わせは変わらない。
だけど、おにぎりの具材が変わる。
土地土地の名産品が、具として入っている。
これが、存外に美味しい。
車両ごとに、大きな薬缶が設置され、常時、湯が沸かされている。
乗客の人数分、湯飲みも用意されているので、自由に白湯を飲むことができる。
夕方になると毛布が配られ、朝になると回収される。
ボクは、毛布が使える間は、ずっとこれを引っ被っていた。
着用しているピンクのセーラー服が、とにかく恥ずかしいからだ。
列車の座席は、全席指定で、二席づつ向かいあって配置されている。
ボクの回りの四席には、ボクしかいない。
それを良いことに、並んだ二席を占有して、そこに丸まって仮眠を取った。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■三月二九日 大陸横断鉄道 煩悩号 二日目
途中駅で、なんか、とんでもない人たちが、列車に乗り込んできたんですけど!
この人たちって、○○○○だよね?
魔法少女の敵だよね!