■六月一六日 恐怖の大王 起 撮影
♠♠♠科學戦隊レオタン テレビシリーズ
♠♠♠第一話 恐怖の大王 起
地方の男爵家なんて、ろくなもんじゃない。
平時は、平民に混じって畑を耕すなどして、生産に従事し、皇國の食料や生活を支える。
ひとたび戦争や騒乱が起これば、人を出し、その先頭に立って死地に赴く。
地方の男爵家はどこも、これを可能ならしむるため、少しでも多くの子を成し、人手を確保する。
男爵家に生を受けた身からすれば、爵位を継げるのは長男だけ。
それ以外は、独立すら難しい。
女は、他領の貴族や、自領の実力者と姻戚関係を結ぶための道具だ。
男であれば、鹿鳴館學園で結果を出せなければ、結婚すらできないまま、家の労働力扱いとなる。
もっとも、貴族家の人間であれば、ほぼ間違いなく、六歳時にロールがもらえる。
『騎士』のロールであれば、學園で頑張れば、一代限りの騎士爵となれるかもしれない。
『士官』のロールであれば、皇國軍で士官候補生となれる可能性がある。
更に、貴族家の人間であれば、トラウマイニシエーションすら、安全に得られる。
実は、貴族の子弟しか入れない、トラウマイニシエーション用のダンジョンなるものがあるのだ。
そこに入って、中で一泊して、出て来れば、トラウマイニシエーション経た者と、なれる。
だが、こんな方法で得られる聖力や魔力なんて、本当に最低限度のものだ。
一握りの志が高い者にだけ、本物のトラウマが与えられる。
十五歳直前まで待って、特別なトラウマが得られなければ、トラウマイニシエーション用のダンジョンに行くことになる。
☆
僕は、東夷男爵家の持國という。
九人兄弟の六男で、婚外子だ。
六歳時与えられた、僕のロールは、『科學戦隊員』だった。
『科學戦隊員』のロールは、『騎士』や『士官』などと比べて、ハズレと見做される。
男子科學戦隊の憧れは、赤青黄緑、いずれかの色付隊員だが、そんなものになれる可能性があるのは、特別なトラウマを得た者だけだからだ。
そして、僕は、親からの期待もなく、自身の野望もなく、トラウマイニシエーション用のダンジョンに潜った人間だ。
貴族家の人間だから、生きて卒業はできるだろう。
ただの平民であれば、ほぼ間違いなく、消耗品のザコ隊員として、命を散らすことになる。
僕は、皇立鹿鳴館學園の入學直後、『科學戦隊地方駐在員』となることを志願した。
貴族家の人間にのみ許される役職で、『科學戦隊員』の敵となる、怪人や魔獣の出現を監視し、報告する立場だ。
『物語』の本筋に係わる可能性は激減するから、僅かに残された大抜擢の可能性を自ら捨てることになる。
だが、派遣先において、卒業後の生活基盤を築くことが可能だ。
しかも、自身の出身地を、管轄として任されることが多い。
僕も、そうだった。
東夷男爵家の領地は、國の最東端にあるフェロモン諸島と呼ばれる島々だ。
僕は、科學戦隊から、一人で島々を渡り歩けるよう、最新型の小型高速艇を支給された。
一人乗りの、ボートのような形状だ。
これを駆使し、怪人や魔獣の出現を監視するとともに、乳香を採取して、科學戦隊の研究開発費確保に貢献するよう命じられている。
フェロモン諸島に自生する樹木からは、乳香という樹脂が取れる。
乳香は貴重な香料で、高値で取り引きされ、香水等の材料となる。
ただ、乳香の採取に伴う危険性は高い。
フェロモンの島々には、多くの海賊が跋扈している。
そして、多くの魔獣が生息している。
☆
その日、僕は、巨門島に足を踏み入れた。
入り江に、倒木で偽装して、高速艇を隠してから、採取を開始した。
島の中央、森が途切れて急峻な岩山となるあたりで、麝香鹿を見つけた。
この魔獣の角から取れる麝香は、乳香よりももっと貴重だ。
僕は、クロスボティバッグから、投石機と、鋼鉄球をひとつ掴み出す。
鋼鉄球を握り込んで、電撃を纏わせる。
鋼鉄球が、黄色い光を帯び、それがパチパチと爆ぜる。
その鋼鉄球を、革紐を編んで作った投石機に挟み込む。
投石機を、体側面で高速回転させ、素早く放つ。
鋼鉄球は狙い過たず、麝香鹿の眉間にヒットした。
鋼鉄球に纏わせた電撃を操作して、その軌道を調整している。
実は、軌道を九十度近く曲げることすら可能なのだが、この場合、狙いを定めることまではできなくなる。
久々の大物をゲットした。
これは、良い儲けになる。
夢中で角を切断し、解体していたら、いつの間にか夜闇が迫っていた。
飲食物や、寝袋は、艇に置いてある。
だが、もはや、艇まで戻る猶予はない。
魔獣の活動が活発化する夜間の移動は、危険だからだ。
一夜を過ごせる場所を求めて、岩山を登ってみた。
なんと、岩山は、カルデラになっていた。
ここは火山島だったのだ。
カルデラ内は、草木が生えておらず、剥き出しの岩場となっている。
赤々としたマグマが蠢き、間歇泉が吹き上がっている箇所がある。
その火口部分を囲むように、五本の巨大な石柱が立っている。
異様な光景だった。
少なくとも、その五本の石柱は、人工物に見えた。
僕は、穴の開いた岩場を見つけ、そこに隠れて、仮眠を取ることにした。
こういうとき、カンテラや焚き火の使用は、厳禁だ。
智慧のある魔獣に、そこに人間がいると報せるようなものだからだ。
夜中に、異様な気配を感じて、目が覚めた。
松明を掲げた一団が、火口を目指して移動している。
長い棒に、獲物の手脚を縛り付け、その棒の両端を、二人で担いでいる者たちが二組。
その回りを、松明を手にした四人が護っている。
その様子を覗き見て、慄然とした。
担いでいる者たちは半魚人めいた魔獣で、担がれている二人は人間だ。
半魚人めいた魔獣は、合計八体。
ギョロリとした魚眼。
鋭く尖った歯が並んで、前に突き出た口。
領頬が張り出していて、そこにエラが見える。
背びれと尾を持ち、手脚には水かきが付いている。
担がれている二人は、どちらも、ひどく小柄な女の子で、気を失っている様子だ。
あの子たちって、もしかしたら、人間じゃなくて、妖精か何かかもしれない。
だって、二人そろって、人間離れした可愛さだ。
それに、二人そろって、衣装がオカシイ。
だって、一人は、ピンクのセーラーレオタード。
もう一人は、紺の旧スクール水着だ。
セーラーレオタっ子を担いでいる半魚人二人が、セーラーレオタっ子を、縛り付けている棒ごと、火口に投げ込もうとしている。
助けなきゃ。
もはや猶予はないけど、僕なら、きっと助けられる。
僕は、これでも、代々、聖力の雷撃を操る東夷男爵家の人間だ。
僕は、クロスボティバッグから、投石機と、鋼鉄球をひとつ掴み出す。
素早く、鋼鉄球それに雷撃を纏わせ、投石機で飛ばす。
最初の一投は、過たず、セーラーレオタっ子を担いでいた半魚人の一人にヒットした。
不意打ちしたのだから、これは当然だ。
鋼鉄球には雷撃を纏わせているのだから、身体のどこかに当りさえすれば、その相手は感電して即死する。
倒れた半魚人が担いでいた棒は、縛りつけられているセーラーレオタっ子ごと、地面に転がる。
あの子は打撲を負っただろうが、それでも火口に投げ込まれる事態は防げた。
半魚人たちは、異変を察知したものの、なにが起きているのか理解できずにいる。
続けて、あたふたしている、旧スク水っ子の担ぎ手の一人に、鋼鉄球をヒットさせる。
これで、この子も、火口に投げ込まれる心配はなくなった。
しかしながら、この二投目が纏っていた雷撃で、何かが投擲されたことと、投擲した僕が潜んでいる位置を把握されてしまった。
松明を手にしていた四人が、その松明を振りかぶり、こちらへ駆けてくる。
ものの、数秒で、僕の位置まで来るだろう。
もはや、鋼鉄球を投石機にセットする時間がない。
それに、互いの距離が縮まっているから、どうせ投石機は不要だ。
素手で、投げる。
鋼鉄球に纏わせた雷撃で相手を倒しているのだから、当ってしまえば、投擲物の重量や速度など関係なく相手を倒せる。
なんとか二投し、二人を倒した。
そこで、三人目に、タックルされた。
構わない、そのまま直接、雷撃を喰らわせた。
四人目は、雷撃の危険性を理解した。
ボクに直に接触しないよう、手にしていた松明で殴ってきた。
続けざまに、二回、三回と、殴られた。
僕は、格闘や剣術は得意ではない。
何とか掴みかかって、雷撃を喰らわせようと試みる。
だが、松明分のリーチは、如何ともしがたい。
僕は、フゥイントをかけて、振り降ろされる松明から逃げた。
ところが、逃げた先が悪かった。
そこに、さきほど僕が、素手で投げた鋼鉄球で倒した半魚人が転がっていた。
僕は、それに躓いて、もんどり打って、転がった。
僕を松明で殴っていた半魚人は、その間に、腰のククリナイフを抜いていた。
片手に松明、もう片手にククリナイフを構えて迫ってくる。
その半魚人は、不意打ちを喰ったショックから、既に立ち直っており、微塵のスキもない。
対する僕は、立ち上がる余裕もなく、へたり込んでいる。
半魚人は、容赦無く、ククリナイフを、僕に突き立ててきた。
僕は、へたり込んだ姿勢で、後ろ手に隠していたものを、ひょいと投げた。
それは、さっき素手で投げた鋼鉄球だ。
倒れている半魚人の傍に転がっていた、それを、躓いたスキに拾い、後ろ手に隠して、雷撃を纏わせておいたのだ。
さっきも言ったが、雷撃を纏わせた鋼鉄球に、勢いなどいらない。
相手の身体に接触さえすれば、それで倒せるのだ。
大きな火花が散って、その半魚人も倒れた。
フスプスと音がして、肉の焼けるような臭いが、当たりに充満している。
半魚人は、ヌメヌメしたジェル状のものを、皮膚の上に纏っているため、通電性が高いようだ。
僕の攻撃が、通りやすい気がする。
これで、半魚人を、六人倒した。
残りは、二人だ。
僕は、クロスボティバッグから、鋼鉄球をもう一個取り出しながら、打撲で、ボロボロになった身体を、どうにか立ちあがらせる。
松明は四本とも地に落ちて消えたが、火口の炎により、辺りを視認できる。
そして、火口間近の岩場に、逆光のシルエットが浮かびあがっている。
残る半魚人二人が、それぞれ、ククリナイフを、セーラーレオタっ子と、旧スク水っ子の首元にあて、僕の様子を見守っていた。
セーラーレオタっ子と、旧スク水っ子は、棒に手脚を括り付けられたまま、そして、気を失ったままのようだ。
「オマエは、ジブンが、シテイルコトを、リカイシテいるか?」
それは、セーラーレオタっ子に、ククリナイフを突きつけている半魚人の声だ。
僕は、半魚人が、喋ったことに驚いた。
人間を棒に括り付けて運ぶ様子を見れば、高い知能を有していると分かる。
だけど、まさか人間の言葉が喋れるとは思わなかった。
「このメスタチは、キョウフのダイオウのミコ。イキたママ、ヒのヤマにササゲネば、ダイオウを、ヨぶ。ダイオウキタりなば、アラユル、イノチを、クいツクす。オマエらも、ブジではスまんぞ」
――恐怖の大王だと?
それは、ここ、フェロモン諸島に伝わる伝説上の存在だ。
幼い頃に、寝物語として聞かされた記憶がある。
かつて、キャプテンキッドと七日七晩に渡って闘い続けたと言われている。
結果、勝敗はつかなかったものの、恐怖の大王は、キャプテンキッドを強者と認め、とある武器を贈って、そのまま海底深くで眠りについているという伝説だ。
あの、伝説の武器って、何だっけ?
確か、四本の鉄の爪を、輪っかで繋いで、掌に装着する手甲鉤だ。
何か、銘がついてた気がするけど、思い出せない。
いや、そんなことより、何より、恐怖の大王だ。
もし、本当に、恐怖の大王が、フェロモン諸島に再来したら、海産物どころか、人間たちを喰い尽すだろう。
本当に、このセーラーレオタっ子と、旧スク水っ子を、火山に投げ込むしかないのだろうか?
僕は、そのことを問い質すべく、口を開こうと――。
岩陰から、聖力で作られた、火弾と、氷槍が飛んできて、それぞれ二人の半魚人を貫いた。
セーラーレオタっ子と、旧スク水っ子を傷つけないよう、聖力操作がなされているのが分かる、巧みな一撃だった。
「君、大丈夫か? いやあ、我々が駆けつけなかったら、危なかったな」
そう言いながら、カンテラを手にした男たちが、駆け寄ってきた。
筋肉ダルマと、ガチムチ。
その後ろに、筋ショタが続いている。
僕は、目を剥いた。
「危なかっただと? 確かに見た目はボロボロだが、僕はまだ戦えた。さっき、あの半魚人は、何か、とても大切なことを語ろうとしてた。善意でやったことは分かっているが、何てことしてくれたんだ!」
筋肉ダルマが、「ぷっ」と吹き出した。
「いやいや、君、魔獣が喋れる訳ないだろ」
僕は、うぐっと、口を引き結んだ。
確かに、魔獣が人語を喋っていたなどと言っても、信じてもらえないだろう。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■六月一八日 キャプテンキッドの秘宝 承 撮影
キタ、キタ、来ましたよ。
やっと、だよ。
謎が謎を呼び、海賊が暴れ回る、オトコノコ大好き、胸アツ展開だよ!
スティーヴンスンの『宝島』だよ!