■六月七日 皇立鹿鳴館學園出立 ~ 六月一二日 アヤトリ市着
□六月七日 皇立鹿鳴館學園出立
大陸横断鉄道の鹿鳴館學園駅と皇都トリス駅の間に、雉鳴トンネルなるものがある。
その掘削は、大崩落や、止まらぬ湧水に悩まされ、百名近い犠牲者を出す難工事だった。
実は、この掘削が、難工事となったのには、隠された理由がある。
雉鳴トンネル内には、鉄路の分岐が隠されているんだ。
分岐した鉄路は、カストリ皇國軍の鹿鳴駐屯地内にある地下操車場へと至る。
皇國軍は、そこに、いくつもの軍事列車を隠し持っている。
そして、軍用装甲の客車や貨車は言うに及ばず、タンク輸送車や、列車砲などの兵器が、極秘裡に開発されている。
☆
六月七日、東のフェロモン諸島への出立日だ。
魔法少女と科學戦隊のメンバー九人は、地下操車場に、初めて足を踏み入れた。
全員、極彩色のコスチューム姿で、支給された揃いの迷彩柄背嚢を背負っている。
デッカイ背嚢なので、ボクや、金平糖菓ちゃんが背負っているところを後ろから見ると、背嚢が歩いてるように見える。
ボクたちが乗る列車を曳く、機関車は、天罰号という名称だ。
天罰号には、機関車一両、炭水車一両、そして客車四両と貨車五両の、計十一両が連結されていた。
実は、大陸横断鉄道のホームは、どこも、機関車一両、炭水車一両、そして客車もしくは貨車八両の、計十両分の長さしかない。
天罰号の最後尾一両は、ホームに入りきれていないが、特に問題ないそうだ。
なんで、客車と貨車を九両も繋いだんだろうと思ったら……理由を知って、目を背けたくなった。
なんと、九両の客車貨車が、ラッピング塗装されていた。
車両ごとに、魔法少女と科學戦隊のメンバーカラー九色に塗り分けられ、マンガチックにデフォルメされた、それぞれの絵姿が描き込まれていた。
恥ずかしいので、ピンク色の車両が視界に入らないようにしながら、客車に乗り込んだ。
ボクの後ろにいた、菖蒲綾女ちゃんが、素っ頓狂な声をあげた。
「あ~っ、ピンクの車両の子だけ、チラッと見えてる!」
――綾女ちゃん、ヤメテ!
それ以上、言わないで!
☆
天罰号は、バック、つまり後ろ向きで発車し、雉鳴トンネル内で、大陸横断鉄道の鉄路に乗り入れる。
そこで、前進に切り替えて、東へ向かう。
ただし、この日は、科學戦隊基地駅までしか行かない。
ここで、一昼夜かけて、大型兵器五台と、そのメンテナンス機器の積み込みを行う。
大型兵器五台って、何かというと、そう、ご想像の通り、ボクを含めた科學戦隊五人の搭乗車両だ。
科學戦隊では、この車両を戦闘車両と呼んでいる。
各車両を区別する際は、R戦闘車両、B戦闘車両、Y戦闘車両、G戦闘車両、そしてP戦闘車両となる。
先に話したように、天罰号に牽引されている客車四両と貨車五両は、キャラクター九人にラッピング塗装されている。
このうち、貨車五両が、ボクを含めた科學戦隊で、それぞれに、各自の戦闘車両を収納できるようになっている。
ボクは、科學戦隊基地で、戦闘車両を、初めて目にした。
ボク、そもそも、科學戦隊のテレビシリーズすら、まともに見たことがないんだ。
戦闘車両は、想像していたより、かなり小さい。
木炭車の三輪トラックより、ひとまわり小さい。
しかも、車輪がない。
その形状を一言でいうと、四本脚のクモみたいな感じだ。
実際に目にしたら、急に心配になってきた。
「ボク、機械なんて、足踏みミシンくらいしか、触ったことがないんです。当然、運転免許なんて持ってないですけど……」
『旋風グリーン』さんが、にっこり笑う。
「大丈夫、心配いらないよ。コクピットに入ったら、分かるから」
ボクは、自分用のP戦闘車両に乗ってみることにした。
搭乗方法からして、普通の木炭車とは、ぜんぜん違う。
戦闘車両の天井部分を開き、そこに腹這いになって、頭と手脚を戦闘車両内に潜り込ませる感じだ。
柔らかなクッションのようなものに腹部を預けて、奥を覗き込む。
そこが球体モニターになっていて、外の全景と同時に、手元のハンドルやらシフトレバーまで見えている。
P戦闘車両は、操作パネルの各種スイッチやレバー類が、サウスポー配置となっていることが、他の戦闘車両と異なる。
搭乗してみて、『なるほど』と、思った。
今の姿勢のまま、四つん這いで歩くイメージで、運転すればいいんだ。
特に説明もないのに、直感で、何をすれば、どう動くか分かる。
予備知識が全くないのに、搭載された攻撃兵器や防御兵器の操作方法まで、理解できてしまう。
となると、もはや、人間工學云々とかの問題ではない。
これは、ボクの魔力に、P戦闘車両が同期しているんだ。
『これって、やばい』と、思った。
練習もなく動かせるのは、良い。
だけど、このまま乗り続けていたら、自分とP戦闘車両の境目が分からなくなってしまう。
操作パネルの片隅に、『P度計』なるものを見つけた。
搭乗時、30パーセント程度だった『P度計』が、じりじり上がって、今は40パーセント近くになっている。
これも直感的に理解できた。
度数が上がれば上がるほど、同期が進み、思うがままP戦闘車両を操れる。
しかしながら、もし、100パーセントになってしまったら、P戦闘車両と自分が一体化し、もはや脱げなくなってしまうと直感した。
恐くなってきたので、ここまでで、練習を打ち切ることにした。
P戦闘車両を操作し、自分の手で、天罰号のピンクの貨車内に収納させた。
そして、翌六月八日、戦闘車両搭載を終えた天罰号は、今度こそ、東のフェロモン諸島へ向けて出立した。
□六月一〇日 リリアン市駅通過
『服飾に呪われた魔法少女』と、『科學戦隊レオタン』の番宣が、六月六日から開始されている。
このラッピング列車も番宣の一環であるため、あらかじめ各地の通過時刻が案内されている。
そのため、鉄路沿いの景勝ポイントには、必ず人だかりが出来ている。
みんな、手に手に、推しカラーの小旗を持っていて、懸命に振ってくれている。
列車を、写真撮影している人もいる。
ピンクの小旗を振っている人たちに、「ほんとうに、ボクでいいの?」って、言いたい。
だって、ボク……いや、ネガティブな考えに囚われちゃいけない……。
☆
駅のホームについては、様々な危険性を考慮し、逆に、入場制限がなされている。
それに、木炭や水の補給、飲食物の搬入、そして対向列車との待ち合わせがなければ、駅でも速度を落とすことなく通過してしまう。
リリアン市駅が間近に迫ったところで、ボクたち九人だけが乗った車両に、毀誉褒貶氏が入ってきた。
褒貶氏は、皇國軍から、巡業統括という役職を与えられている。
それから、蛇行濁流研究官も、ボクたちの特殊兵装の維持管理のために、同行してくれている。
褒貶氏は、こっそり、ボクに折り畳んだメモを渡して、戻っていった。
メモを読んで、驚きに、目を見開いた。
――褒貶氏って、こんな配慮ができる人だったんだ。
評価を改めなきゃ。
リリアン市駅は、通過駅だ。
従って、本来なら、速度を落とすことなく通過する。
なのに、天罰号が、停車でもするかのように、速度を落とした。
停車したりはしないけど、最低速度で、ゆっくりと駅を通過した。
誰もいないはずのリリアン市駅のホームに、ぼつんと、ひとつだけ、人影があった。
小柄な、女性だ。
母の、儚内薄明だった。
母は、手にしたピンクの小旗を、懸命に振っている。
ボクも、列車の窓を開け、身を乗り出して、懸命に手を振り返した。
目が合った。
間違いなく、目が合った。
生きて母に再会できる可能性なんて、ほとんどないと思っていた。
なのに、一瞬だけだけど、母に逢えた。
気がついたら、ボクは、わんわん声をあげて泣きじゃくっていた。
仲間九人が、何事かと寄ってきた。
ひくひくと、泣き声で説明した。
『旋風グリーン』さんから、「僕も一緒に、お母様に、ご挨拶したかった」と言われた。
いや、それは、ちょっと違うと思う。
□六月一二日 アヤトリ市
天罰号は、大陸横断鉄道、東端の終着駅である、アヤトリ市駅に着いた。
ここで、貨物を軍用ポンポン船に載せ替える。
貨車五台を天罰号から切り離し、それを、そのまま、五隻のポンポン船に載せ替えるそうだ。
貨車の中の軍事秘密が、漏れないようにするための措置とのこと。
あと、ポンポン船のことも説明しておくね。
ポンポン船というのは、焼玉エンジン船の別称だ。
そして、焼玉エンジンは、焼玉と呼ばれる燃料気化器を兼ねた燃焼室をシリンダーヘッドに持ち、焼玉の熱によって混合気の熱面着火を起こす内燃機関のことだ。
ポンポンとしいう爆音を立てて動くので、ポンポン船と呼ばれている。
貨車五台は、三日かけて、フェロモン諸島内にある、巨門島へ運び入れる。
この作業は、貨車を封印したうえで、民間に委託される。
ボクたちは、貨車の運び入れを待つことなく、『服飾に呪われた魔法少女』と、『科學戦隊レオタン』の番組製作を開始した。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■六月一四日 キャプテンキッドの秘宝 起 撮影
『服飾に呪われた魔法少女』テレビシリーズの第五話『キャプテンキッドの秘宝』の撮影が始まった。
舞台は、カストリ皇國最東端の街、アヤトリ市。
ここは、『スクール水着魔女っ子』糖菓ちゃんの生まれ故郷だ。
忘れていたかったはずの、糖菓ちゃんの辛い記憶が、次々に晒されていく。
糖菓ちゃん、ダイジョウブかな……。