■三月二七日 皇立鹿鳴館學園への出立前夜
あっという間に、ボク――儚内薄荷――の、皇立鹿鳴館學園への出立前夜となった。
皇立鹿鳴館學園に一度入學したら、在學中は帰省などできない。
運良く、ちゃんと三年後に卒業出来たら、故郷へ帰れる。
だけど、入學者の多くは、遺体となって、卒業前に故郷へ帰ることになる。
夕食は、母と、ボクと、妹、家族三人での、タコ焼きパーティーだった。
母、薄明が、丸い窪みのあるタコ焼き器をどこかから貰ってきて以来、家族のイベントでは、必ずタコ焼きパーティーが開かれる。
三人とも、多分これが最後のタコ焼きパーティーになると思っている。
だけど、三人とも、決してそのことを口にしない。
最初に焼いた、タコ焼きの一個を、父、薄命の遺影に捧げる。
父は、ボクが五歳で、妹が四歳の時に亡くなった。
あれから、十年が経ち、ボクが十五歳で妹が十四歳になった。
父は、カストリ皇國の軍人だった。
表向き、カストリ皇國と、北のウヲッカ帝國との小競り合いで、戦死したことになっている。
だけど、本当のところは、そうじゃない。
母が内緒で教えてくれたんだけど、カストリ皇國内の勢力争いに巻き込まれたらしい。
その結果、父は、二階級特進どころか、階級を剥奪された。
軍歴の全てが抹消され、衣服、手記、写真等、遺品となるようなものは、洗い浚い没収された。
うちは、遺族年金すら貰っていない。
父の遺影は、奇跡的に残った一枚だ。
肋骨服を着用し、銃剣を背負って、敬礼をしている。
背が高く、責任感の強そうな容貌だ。
母は、元々、どこか良いところのお嬢様だったそうだ。
就労実習は、貴族家の行儀見習い。
そこで、すったもんだあって、成人と同時に、家を放逐され、父と結婚した。
だから、それまで、料理も、針仕事も、一切やったことがなかった。
結婚後、懸命に、育児と、家事に取り組んでいた。
そしたら、突然、父が亡くなり、収入も途絶えた。
母は、お役所の紹介で、製糸工場の女工として働くことになった。
そうやって、必死で、ボクと妹を育ててくれた。
だから、ボクも妹も、母に頭が上がらない。
母と、ボクと、妹は、写真の中の父に向って、敬礼した。
妹の薄幸については、ここまで『病床』とだけ書いてきた。
実は……肉体的な病気ではなく精神的な病だ。
それも、ボクがトラウマイニシエーションを受けたあの事件に巻き込まれて、外に出れなくなってしまったんだ。
あの日以降、妹の瞳から輝きが失われた。
本来なら、就労実習へ通っている年齢なんだけど、この家から出れなくなってしまった。
妹は、父の血を引いて、すらりと、高身長だ。
女の子なのに、凜々しいなんて、よく言われてた。
一方、ボクは、前述したように、ちんちくりんだ。
母は、小柄で可愛い人だから、ボクは母の血を引いたんだと思う。
残念なことに、父に似たところは、全くない。
小學校の頃から、妹より、ボクの方が、背が低かった。
ボクが、揶揄われたり虐められたりすると、妹が庇ってくれた。
ボクのトラウマイニシエーションのとき、妹は、大人の男たちの暴力から、ボクを護ろうとした。
挙げ句、ボクを護りきれず、それを悔いて、外に出れなくなってしまった。
ボクは、事あるごとに繰り返し、妹に言っている。
「そうじゃないよ。あのとき、ボクがお兄ちゃんだから、妹の薄幸を護らなきゃいけなかったんだ。不甲斐ないお兄ちゃんで、ゴメンネ」
だけど、どうしても、妹は、納得してくれない。
ボクは、タコ焼きを頬張りながら、冗談めかして、妹に笑いかけた。
「薄幸、ボク、立派な兄にはなれなかったけど、姉として、立派な魔法少女になって、たくさんお金を稼いで、母さんと、薄幸に、楽させてあげるからね」
妹も、ボクに笑顔を見せる。
「うん、うちも、外に出て働けるように、頑張るの……」
三人で、ホフホフと、タコ焼きを頬張る。
ゆでダコが、青ねぎが、天かすが、そして、紅生姜がウマイ。
青のりが、かつお節が、マヨネーズが、そしてソースがタマラナイ。
タコ焼きパーティーの最後に、母と妹から、ピンクのカチューシャを贈られた。
妹は、「これを付けてれば、髪が短かくとも、女の子らしく見えるの」と笑顔のまま――泣き出した。
母も、「立身出世なんてしなくていいから、モブ落ちしたっていいから、とにかく、生きて帰っておいで……」と、涙ぐんでいる。
その日の夜、「三人とも、女同士なんだから、みんなで一緒に寝よ」と、妹から提案された。
ボクは、小學校に入學して以来、自分の部屋で眠っていたから、本当に久々、三人で枕を並べた。
眠る直前、妹が、ボクに顔を寄せてきて、耳元で、「薄荷お姉ちゃん、おやすみなの」と囁いた。
ボクは、この時はじめて、妹から、「お兄ちゃん」ではなく、「お姉ちゃん」と呼ばれた。
ボクは、天津神と國津神に、願う。
これが、妹から、「お姉ちゃん」と呼ばれる、最後の機会とならないことを――。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■三月二八日 大陸横断鉄道 煩悩号 一日目
ボクは、皇立鹿鳴館學園へ出立するため、リリアン駅へ。
静かな旅立ちのはずだったのに、市をあげての壮行会。
やっとのことで、大陸縦断鉄道煩悩号へ乗り込んだ。