■五月二四日 科學戦隊プロモーション会議
■五月二四日 科學戦隊プロモーション会議
ボク――儚内薄荷――は、またまた、カストリ皇國軍の鹿鳴駐屯地に出頭していた。
例によって、木炭ジープで、駐屯地内を移動する。
ジープを運転してくれた兵士さんが、何気なく言う。
「本日の議場は、兵装研究棟Aって案内されてたっすけど、急に、兵装研究棟Bに変更されたっすよ。なんか、一昨日、不測の事態で、兵装研究棟Aが半壊しちゃったらしいんすよ。いったいなにがあったっすかねえ。あははは。あっ、これって、軍事機密だから、言っちゃダメなやつだったっす。ナイショでお願いしますよ」
ボクは、平静を装って、「はい、ナイショですね」と答えたものの、内心、冷や汗ものだ。
――ゴメンナサイ。兵装研究棟Aを半壊させたのって、ボクなんです。
本日、招集されたのは、ボクと 科學戦隊の四人だ。
リーダー『爆炎レッド』の南蛮増長さん。
サブリーダー『氷結ブルー』の北狄で多聞さん。
『雷撃イエロー』の東夷持國さん。
そして、『旋風グリーン』の西戎広目さんだ。
招集をかけた皇國軍側の出席者は、二人だ。
一人は、興業プロモーターの毀誉褒貶氏。
この人、軍人じゃないくせに、この鹿鳴駐屯地内に、執務室を持ってるんだよね。
軍属扱いなんだって。
背丈はさほどないのに、でっぷり太った男性だ。
薄くなった頭頂部を、周囲の頭髪を持ち上げて隠している。
仕立ての良い背広姿だけど、不思議なほど似合っていない。
もう一人は、造兵廠研究官の蛇行濁流少佐だ。
この人、怪しげな風体なので、最初は警戒してたんだけど、一昨日、兵装研究棟を半壊させたとき、ボクのことをちゃんと庇ってくれたので、好感度アップ中だ。
背は高いのに、ひょろりと痩せた男性だ。
もう何年も洗濯してなさそうな、黄ばんだヨレヨレの白衣姿。
血走った眼球を、いつも、キョロキョロとせわしく動かしている。
濁流少佐が、昨日額に巻いていた包帯が、取れている。
ホッとした。
大したキズでは、なかったみたい。
本日の司会進行は、褒貶氏だ。
円形の大きなテーブルに全員が着席したところで、話し始める。
最初に、本日の招集理由を、説明してくれた。
鹿鳴館學院は、國営テレビとタイアップし、三つの人気番組を持っている。
『勇者による魔王討伐物語』、『科學戦隊シリーズ』、そして『魔法少女シリーズ』だ。
ただし、『科學戦隊シリーズ』だけは、ここ一年ちょっと、番組放送を中断していた。
理由は簡単、『お色気ピンク』が見つからなかったからだ。
一年ちょっと前、現在二年生になっている、レッド、ブルー、イエロー、グリーンが入學してきた。
ところが、一年先輩として在籍しているはずのピンク、白桃撓和先輩が行方不明となっていていた。
以来、ずっと捜してきたのに、未だ見つかっていない。
だけど、先日、このボクが、『服飾に呪われた魔法少女』の一人として『セーラー服魔法少女』を務めると同時に、『科學戦隊』の一人として、新たに『お色気ピンク』も兼任するよう、皇國軍から命じられた。
現状をひらたく言うと、科學戦隊は、久々、番組を再開することになったんだけど、現隊員は。前隊員から、まともに引継すら受けておらず、ノウハウがまるでない。
そこで本日は、科學戦隊活動再開に向けての打ち合わせ、という次第だ。
「まず重要なのは、衣装と、戦隊名ですです」と、褒貶氏が言う。
「歴代科學戦隊は、メンバーが代替わりする度に、衣装と戦隊名を一新してきているです」
三代前が、合成皮革スーツを着用した、科學戦隊ゴーヒマン。
先々代が、ラバースーツを着用した、科學戦隊ゴムラバー。
そして、先代は、ラテックススーツを着用した、科學戦隊ララテックスだそうだ。
「これを踏まえての、今代衣装と戦隊名となるわけですが……戦隊メンバーの中に、お一人、呪われた三種類の衣装しか着用できない方が、いらっしゃるですです。となると、その方の衣装に他のメンバーが合わせるしかないかと……」
全員の視線が、ボクに集まった。
――えっ……なんか、今日の会議って、
ボクにとって、とっても、マズイ展開になりそうな……。
ボクは、話しの流れに不穏なものを感じて、言い繕う。
「ボク、ほら、あの、三種類とか言っても、どれも、所詮セーラー服ですからね。他の皆さんには、水兵服を着ていただいて、科學戦隊セーラーマンとかで、いいんじゃないですか」
全員が、ボクに向って、首を横に振る。
『爆炎レッド』さんが、代表して教えてくれた。
「科學戦隊の戦闘服は、『ぴっちりスーツ』でなければ認められないのだよ」
ちなみに、現在四人が着用している服は、戦隊名未定時に着用する『全身タイツ』だそうだ。
濁流少佐が、ボクの目を、まっすぐ覗き込んできた。
「薄荷さん、観念するであります。三月二日、『服飾に呪われた魔法少女』の五人に、お送りした三種の服装、『平服』『体育服』『道衣』は、御社からの指示に従い、造兵廠にて製造したものであります。納品後、御社にて、一旦國津神に奉納された後、発送されたのであります」
「つまり、で、あります。我々は、知っている、の、であります。薄荷さんの『道衣』のことを――」
「ああっ、そうだよね!」と、『旋風グリーン』さんが、素っ頓狂な声をあげた。
「僕たち、ピンクレディーの衣装って、いま着ている、半袖セパレーツの『平服』と、テレビ放送の戦闘時に着てたノースリーブ・ワンピの『体育服』しか見たことないよ。ねぇ、僕たちに、見せてよ、『道衣』」
ボクは、ガタンと席を蹴って、立ち上がる。
「イヤ! 『道衣』だけは、ゼッタイ、イヤ!」
身体の中で、魔力が、みるみる膨れ上がってくる。
――あっ、マズイ。
このままじゃ、一昨日以上の大参事になっちゃう!
この事態に陥ることが、予測されていたのだろう。
ボクの背後に控えていた女性兵士が、素早く、ボクの肩に、何かを掛けた。
その途端、暴発寸前だったボクの魔力が、ストンと掻き消えた。
――た、助かった。
肩に掛かけられたものを確認したら、ピンクのカーディガンだ。
よく、女學生が、制服の上に着ているやつだ。
なるほど、これを重ね着したことで、服飾の呪いが発動し、魔力が抑え込まれたらしい。
濁流少佐が、説明してくれた。
「それは、市販されているウールのカーディガンであります。差し上げますので、必要に応じて、使って欲しいのであります。とりあえず、この場では、きちんと両腕を通して、前のボタンをしめてもらいたいのであります」
ボクは「ありがとうございます」と頭を下げた。
濁流少佐、サスガだ。
ちゃんと、ボクのセーラー服に合うデザインのを、選んでくれたって分かる。
いそいそと、着用する。
後ろに控えていた女性兵士さんが、ゼーラー服の長い襟を、カーディガンの上に出してくれた。
ボクは、振り向いて、女性兵士さんにも、「ありがとうございます」と頭を下げる。
女性兵士さんは、「どういたしまして」と、微笑んでくれた。
ボクは、丸テーブルについている全員に、言う。
「お騒がせしました。でも、ボク、あの『道衣』だけは、恥ずかしすぎてムリなんです」
実は、舞踏學の実習において、密室で、祓衣玉枝學園長先生と、宝生明星様のお二人にだけは、『道衣』姿を見せている。
お二人とも女性だし、なにより、あれは、ダンススキル習得のため、やむを得ない状況だった。
――お二人から、さんざん大笑いされたけど……。
濁流少佐が、優しく諭すように言う。
「あれが貴君の『道衣』で、そんな貴君が『お色気ピンク』のロールを得た。それはもう、神の意志であります。貴君自身、『道衣』を着ることなく、學園を卒業できるなどと思ってないでありましょう」
ボクは、首肯しながらも、口を吐いて出る言葉は逆だ。
「でも、あんなの着て、テレビに出たら、皇國中の笑いものです」
『氷結ブルー』さんが、口を開いた。
「戦隊ピンクの問題は、戦隊全員の問題だ。その『道衣』に問題があると言うのなら、このテーブルを囲んでいる全員で、問題解決にあたろう」
「見ても、笑わないって約束できますか?」
『爆炎レッド』さんが、断言する。
「少なくとも、このテーブルを囲んでいる我々が、『道衣』を着た、薄荷さんのことを、嘲笑したり、蔑んだりするようなことはない」
ボクは、決意を固めた。
どんなに抗っても、いずれ『道衣』姿を、衆目に晒すハメになることは、分かってる。
だったら、ここに居る人たちに、相談しておく方がいい。
ボクは、椅子の座面上に立ち上がった。
円卓を囲む面々に、ボクの全身が見えるようにするためだ。
そして、『平服』を『道衣』にチェンジさせた。
ボクの『道衣』は、『平服』や『体育服』と同じ、蛍光ピンクだ。
その形状を、一言で表すと、セーラーレオタードだ。
ノースリーブのレオタードに、セーラー服独特の広い襟が付いている。
レーヨン素材なのかな。
ぴっちりとした、伸縮性のある極薄素材だけど、透けてはいない。
透けてはいないけど、身体の凹凸が、隠すことなく全て露になっている。
驚きとともに、ちょっとだけホッとできたことが、ひとつ。
服をチェンジしたのに、上に羽織っていたカーディガンだけは、そのままだった。
円卓に着いていた中の一人が、「ぷっ!」と吹き出した。
興業プロモーターの毀誉褒貶氏だ。
笑いを押し殺そうとして、円卓に突っ伏し、ゴホゴホと咳き込んでいる。
ボクは、椅子の座面から跳び下りて、褒貶氏に駆け寄る。
「ボクのこと、笑った。笑わないって、約束したのに――」
そう言いながら、円卓に突っ伏している褒貶氏の背中をポコポコ叩いた。
ただ、カーディガンを羽織っているボクの腕力は、幼児なみだ。
褒貶氏は、「ごめん。ごめん、ですです」と言いながら、笑いを押し殺している。
ボクの後ろに付いていた女性兵士さんが、寄ってきた。
優しく、ボクを抱えあげて、席に戻してくれた。
褒貶氏が、何とか真顔を繕う。
「他の方々は、はっきり言葉にしづらいでしょうから、わたくしが、言わせていただくですです。つまり、薄荷さんは、露になった股間の『モッコリ』が、耐え難いのですですな」
ボクは、顔を真っ赤にして、コクンと頷く。
イエローさんが、可哀想なものを見るような視線を向けてくる。
「ゴメン。やっと状況が理解できたよ。実はさっきまで、『ピンクのセーラー服なんか着て歩き回ってる男の娘が、いまさら、なにをイヤがってるんだろう』って思ってた。でも、理解した。それはイヤだよね。」
『爆炎レッド』さんが、キッパリと言い切る。
「その衣装は、確かに戦隊衣装の条件である『ぴっちりスーツ』の範疇に含まれる。だが、我々四人としても、さすがに、そのセーラーレオタードを揃いの戦隊衣装に採用する勇気はないな。すまん」
「問題点を整理するであります。二つのことを、分けて考える必要があります」
濁流少佐は、こんなときでも、落ち着いている。
「ひとつは、薄荷さんが、『道衣』を、何とか人前で着用できるようにしてあげること。そして、もうひとつは、科學戦隊の衣装と戦隊名をどうするか、であります」
「まず、比較的簡単に解決できそうな、戦隊衣装と戦隊名について、提案させていただくであります。男性戦隊員の衣装は、女子用のレオタードではなく、体操男子用のレオタードにすれば、解決するのであります。知っているですか? あれって、一見タンクトップのように見えますが、ちゃんと股下の繋がったレオタードなのであります。薄い長パンや短パンを履いているので、セパレートみたいに見えるだけなのであります。衣装をこれにして、戦隊名は『科學戦隊レオタン』でいかがでありましょう?」
「異存ありません」
科學戦隊の四人が、ホッとした様子で、頷きあう。
「では、造兵廠において、『科學戦隊レオタン』の衣装開発、製造に取りかからせていただくであります。」
「わたくしも、プロモーションの手配をさせていただくですです」
「残る問題は、薄荷さんの羞恥心対策であります」
「薄荷さん、自分、さっきから気になっていることがあります。そのセーラーレオタードのお尻のところに、白鼠様の絵姿が顕現されているようなのでありますが……」
「えっ!」
ボクは、椅子から飛びあがり、身体を捻って、自分のお尻を確認した。
濁流少佐の、指摘通りだ。
マンガキャラクター化され、デフォルメされた白鼠様が、そこに顕現されていた。
『SHIRONEZU―CYAMA』と丸っこいフォントで書き添えられているところまで一緒だ。
ボクの手元に、呪われた衣装三種が送られてきたとき、『道衣』に、こんな絵柄は入っていなかった。
これは、『平服』の下に着用していたアンスコを、PAN2式に履き替えたのとは、次元が異なる話しだ。
「ちょっと、確認させてください」
ボクは、『道衣』のセーラーレオタードを、一旦『平服』の半袖セパレーツセーラー服に戻す。
他の人に見えないようにミニスカを捲って確認する。
間違いなく、PAN2式に戻っている。
白鼠様の絵姿も健在だ。
次に、『平服』の半袖セパレーツセーラー服を、『体育服』のノースリーブ・ワンピ・セーラー服にチェンジする。
ワンピを捲って確認したら、PAN2式のままで、ちゃんとお尻のところに、白鼠様も顕現されている。
ボクは、円卓を囲んでいる人たちに、そのことを報告した。
濁流少佐が、平然した様子で「やっぱり」と頷く。
「薄荷さん、確認させていただきたいことがあります。もう一度、『道衣』に戻って、お尻の白鼠様を、自分らの方に、見せていただけませんか」
恥ずかしがってる場合じゃない。
ボクは、コクリと頷いて、その指示に従った。
濁流少佐が、すっくと席から立ちあがる。
ボクのお尻の白鼠様に向って、二礼、二拍手、そして、一礼する。
「白鼠様、自分は、カストリ皇国軍少佐で、造兵廠研究官の蛇行濁流と申します。ここに、かしこみかしこみ申し上げたき義がございます」
濁流少佐が、ボクに言う。
「薄荷さん、白鼠様を、顕現させてください」
ボクは、セーラーレオタードに顕現されている白鼠様の絵姿を、二回、優しく叩く。
「お尻ぺんぺん。白鼠様、ボクを助けて!」
ボクのお尻から、リアルな白鼠となった白鼠様が飛びだしてきて、円卓上に乗っかった。
「先ほど、薄荷が力を暴走させかけた辺りから、吾輩も、様子は見ておった。ゆえに、状況は理解しておる。濁流とやら、望むところを申してみよ」
白鼠様は、布状の聖具を、お持ちではないでしょうか。
「うむ、吾輩が、鼠小僧次郎吉と呼ばれておった頃に使っていた頬被りが、聖具となっておる」
「おお、あの有名な、ねじって鼻にかけていたやつですか! あれって、手ぬぐいの一枚布ですですね?」
興業プロモーターの毀誉褒貶氏が、興奮した口調で、口を挟んでくる。
褒貶氏は、鼠小僧ファンのようだ。
だけど、白鼠様は、なぜだか褒貶氏のことが気に入らないみたいで、無視している。
濁流少佐が、頭を低くして、願いごとを申し出る。
「白鼠様、お気に入りの薄荷さんが、申しております。自分の『道衣』のお尻に顕現された白鼠様を、人々の無遠慮な視線に晒しては申し訳がたたないと――。どうか、白鼠様の尊い御姿を、不信心な者たちの、下卑た視線からお護りするため、白鼠様の頬被りを、このセーラーレオタードに似つかわしい形をとってお貸しいただけないでしょうか?」
白鼠様が、後ろ脚二本で立ち上がり、前脚を腰に宛て、「良かろう」と宣った。
その途端、ボクのセーラーレオタードの腰周りに、何かが出現した。
最初は、一枚の手ぬぐいが、腰に巻かれただけだった。
でも、それが、みるみる変様していく。
――あっ、これって、レオタード用の巻きスカートだ。
ピンクの薄い布地で、絶妙な透け具合だ。
スカートの中が、見えそうで見えない。
何より、これって聖具だから、『呪われた服飾』の上に着用しても、ボクの力が阻害されることがない。
ボクは、大喜びで、白鼠様を抱き上げて、頬ずりした。
「白鼠様、ありがとう。ボク白鼠様のこと、大好きです」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月二六日 舞踏學の実習
ボク、ほら、皇國軍から、前期末舞踏会における鍍金皇子のエスコートとダンスをお断りするよう命じられたじゃない。
ホント、ザンネン。
だから、もう、ザンネンで、ザンネンで、たまらないんだけど學園長先生のスパルタダンスレッスンを受ける必要なんてないよね。
ルンルン気分で、舞踏學の実習に行ったら……な、なんで、こんなことに……。
■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
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