■五月二三日② PAN2式実装試験 フェイズ3
「フェイズ3:オトコノコのくせにオンナノコPAN2実装実験」というアナウンスが流れた。
蛇行濁流少佐が、確認してくる。
「被検体ピンク三等兵、PAN2式について、確認するであります。指示した通り、昨日のうちに白鼠様に聖別していただいたでありますか?」
被検体ピンク三等兵である、ボク――儚内薄荷――は、答える。
「はい、聖別していただけただけでなく、白鼠様は、ボクを助けてくださると、お約束してくださいました」
「では、そのPAN2式に触れることができるのは、もはや、被検体ピンク三等兵のみになっているはずであります。確認するので、ポケットから取りだして、広げて、自分らに見せるであります」
ボクは、指示通り、そのパンツに描かれた、白鼠様の絵姿を広げて、研究者の方々に見せた。
マンガキャラクター化され、デフォルメされた白鼠様。
『SHIRONEZU―CYAMA』と丸っこいフォントで書き添えられている。
「おおっ」という感嘆の声が、研究者の間に広がった。
「白鼠様が瞬きされておられる」
そうなんだよ、ボクも気づいてた。
昨日から、絵姿が、瞬きしたり、ちらっと眼球が動いたりするんだよね。
少佐が、研究員たちへ向って、指示する。
「自分の権限により、安全確保のため、計測と、画像記録を、暫し中断。総員、盾を装備。目視による観測のみを続行するであります」
少佐は、研究員全員が、指示に従ったのを確認のうえで、ボクに指示した。
「では、この場で、アンスコを脱いで、PAN2式を装備するであります」
この指示が、意味するところを、ボクが理解するまで、若干の間があった。
この指示を実行するには、つまり、三十人もの男性に凝視される中で、一時的にせよ、ノーパンにならなくてはならない。
まかり間違って、ミニスカートの裾が、捲れあがったりしたら――。
「ム――」
ムリと叫びそうになった声を、喉の奥に、必死で押し止める。
一度噴出しかけた、激情を押し止める。
それでも、力の波が渦巻き、研究員たちが、押され、転がり始めている。
――感情を爆発させちゃだめだ。
落ち着け。
落ち着かなきゃ。
宝生明星様から、ノーパンにされたときのことを思い出す。
あのとき、ボクは心神喪失状態で、脱がされただけだ。
あのときから、なぜだかボクのミニスカに世界中の関心が集まってしまった。
いまこの瞬間も、世界中からの視線を感じていて、下腹が熱い。
――自分の意思で、人前で脱ぐなんて、そんなハレンチな……。
いや、自分の意思なんだから、自分でコントロールできるはず。
これは、実装試験だ。
襲われてるわけじゃない。
――脱がなきゃ。
捲りあがらないように留意しながら、ミニスカートの下に手を入れる。
アンスコに、手をかける。
そして、ゆっくりと、アンスコを引き摺り降ろす。
――あっ!
一瞬、力を放出しちゃった。
少佐をはじめ、ボクの近くにいた数人が、壁際までふっ飛んでいった。
――出ちゃダメ。
力をセーラー服の内側へ戻すんだ。
片足づつ上げて、アンスコを脱ぎきる。
アンスコが、床に落ちる。
片手に握り込んでいたPAN2式を広げる。
再び、片足を上げて、それを足に通し、もう一方の足も上げて……。
――あっ、PAN2式のゴム紐に、
つま先が、絡まっちゃっ――。
ボクは、大きくバランスを崩した。
一瞬、身体が、宙に浮き上がる。
――ダメ。
重量や強度があるはずの、計測機器や、テレビカメラ類が、ボクに近い位置のものから、破砕され、吹っ飛んでいく。
このまま倒れたら、大参事になっちゃう。
ボク自身にとっても大参事だけど、たぶん、この兵装研究棟が持たない。
――こうなったら!
ボクは、捲れそうなミニスカを放置し、PAN2式を、一気に、股間へと引き上げる。
ダメ、PAN2式は履けたけど、身体がつんのめって、横倒しになるのを回避できそうにない。
研究員さんたちや、計測機器類は、とうに壁際まで押しやられてる。
このままじゃ、研究員さんたちが危ない。
壁面に、亀裂が走る。
PAN2式なら、もう、見られたって、平気なはず。
ボクは、横倒しになりながらも、自らの意思で、ミニスカのお尻のあたりを、捲る。
そして、そこにある白鼠様の絵姿を、素早く叩く。
「お尻ぺんぺん。助けて、白鼠様!」
PAN2式のお尻から、白鼠様の絵姿が、ポンと飛び出して、実体化する。
白鼠様が、「チュ、チューーーッ」と叫ぶ。
たぶん、「ナニやっとるんじゃ、ワレ!」とか、言ってる。
あたりに満ちていた、ボクの魔力が反転し、白鼠様の聖力に変わっていく。
眩しい光が、バチバチと、此処彼処を走り抜ける。
魔力と聖力が対消滅しているのだ。
☆
――最悪の事態は、避けれたのかな。
それとも、もはや、これって、最悪の事態なのかな。
粉塵が舞っている。
ベルが、鳴り響いている。
兵隊さんたちが駆けつけて、危険物を排除し、研究員たちを救出している。
救急隊も来て、救護活動を開始している。
――壁面のヒビって、補修できるのかな?
まさか、まるごと、建て直し?
呆然としているボクに、誰かが近寄ってきた。
蛇行濁流少佐だ。
顔面蒼白だ。
額に、包帯が巻かれている。
ボクは、ジャンピング土下座した。
「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ……」
「被検体ピンク三等兵、いや、儚内薄荷さんに落ち度はないのであります。顔を上げて欲しいのであります。この事態は、この実装実験を指揮した、自分の判断ミスであります。フェーズ1の段階で、アプローチを見直すべきだったのであります。自分は、研究者として、薄荷さんがPAN2式を装着する様子を、この目で検分したいと、はやる気持ちを押し止めることができなかった……」
「研究員の方々は、無事ですか? 死者とか出てませんよね?」
「幸い、手首を骨折したものが一名出ただけで、他の研究員は打撲程度で済んでいます」
濁流少佐が、ボクを見つめてくる。
「この状況で何ですが、どうしても、このタイミングで薄荷さんに伝えておかねばならないことが、幾つかあります」
「まず、今後、パンツは、PAN2式のみを着用すること。そして、PAN2式は『見せパン』であり、見られても恥ずかしくないと、自分に言い聞かせることです。そうすれば、今後、このような事態に陥ることは無くなるのであります」
「それから、先ほど、最後に発生した発光現象について、注意喚起しておかねばならないのであります。魔力と、聖力は、どちらも神力の一形態であり、裏表の関係にあることはご存じでありますか?」
「學園の神學の授業で、習いました」
濁流少佐が、頷く。
「神力の魔力面を認識する者は魔力を行使し、神力の聖力面を認識する者は聖力を行使します。魔力を持つ者が魔力を用いて神器を振るうことは可能ですし、聖力を持つ者が聖力を用いて神器を振るうことも可能です。しかしながら、魔力と聖力が裏表の関係にある以上、魔力と聖力の両方を行使できる人間はいません……でした。ところが、薄荷さんは、条件つきながら、魔力、聖力、神力の全てを行使できる、初めての人間になってしまったのであります。しかも、そのトラウマに内包されている魔力量も、規格外であります」
「で、先ほどの発光現象でありますが、あれは、魔力と聖力が対消滅し、我々が『混沌』と呼んでいるものが発生しているのであります。『この世界』は、神力で象創られている。その魔力面と聖力面を入れ替えることで、力が行使される。この理屈だけだと、力は行使しても行使しても無くならない。ところが、実際は、力が行使される度に、必ず、その幾ばくかが『混沌』に落ちていくのです。これは、不可逆的な現象であり、一度、『混沌』に落ちたものが、元の神力に戻ることはないのであります。物理現象で言えば、エントロピーが増大し、やがて熱的死に至るようなものなのであります。無論、この世界は膨大な神力に満ちており、多少の『混沌』がどうしたといった程度のことではあるのですが、薄荷さんが、魔力と聖力と神力を取り扱える以上、このことを知って置いていただきたいのであります」
「あのう、来年度の物語って、『混沌の浸蝕』ですよね。何か、関係があるのでしょうか?」
「それは、一軍人で、一研究者でしかない自分には、分かりかねるのであります。教皇様にでも質問されてみてはいかがでありましょう。教皇様は、學園の講師をされておられるのでしょう?」
ボクは、「あははっ、そうします」と、笑って誤魔化した。
教皇様は、ボクたち『服飾に呪われた魔法少女』が、召喚勇者たちと仲違いしたことを激怒されている。
だから、ボクの質問になんて、一切答えてくれないと思う。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月二四日 科學戦隊プロモーション会議
ボクの加入により、一年ぶりに活動を再開する科學戦隊。
急ぎ解決しなければいけない問題が、山積です。
戦隊名とか、衣装とか……。
えっ、ボクの『道衣』を確認したいって!
ダメ、あんな恥ずかしいもの、絶対、ゼッタイ、ぜったいダメ!