■五月二二日 御社の神使 白鼠様
吾輩は、鼠である。
名前は、次郎吉。
言っておくが、ただの鼠ではない。
御社の神使たる白鼠様である。
しかも、前世は人間で、義賊の鼠小僧として、勇名を馳せていた。
物語の主人公になるほどの人気者だったのである。
死後、ファンたちから祭り上げられ、白鼠様となった。
神使となったのは、もう、何十年も昔のことだ。
神使とは、『この世界』に瑞兆を齎す、聖なる白き獣であり、瑞獣とも呼ばれる。
カストリ皇國では、全國各地の小學校に、御社を設け、我ら神使の一体を祀っておる。
我らは、各自に振り当てられた、小學校の學区を護っておるのだ。
吾輩の他に、白鼠、白栗鼠、白猫、白犬、白鼬、白貂、白狐、白狸、白猿、白羊、白豚、白馬、白麒麟、白虎、白獅子、白鯨、白雀、白鳩、白烏、白鶏、白鳥、白鷺、白鶴……等々、たくさんの神使がおる。
そんな、神使の長が、白鹿様であらせられる。
白鹿様の御社は、鹿鳴館と呼ばれておる。
鹿は餌を見つけると、仲間を呼んで一緒に食べる。
ここから、賓客を招き宴会を催すことを鹿鳴と呼ぶ。
これが、白鹿様の御社名の由来である。
鹿鳴館は、曲線的なフォルムや豪華な装飾が散りばめられた壮麗な白亜の建物である。
バロック調とロココ調が絶妙なバランスを保ち、全体が一個の芸術品と化しておる。
鹿鳴館は、レンガ造りの高い塀と庭園に囲まれておる。
この庭園内の此処彼処には、吾輩たち神使の彫像が隠されておる。
吾輩たち神使は、担当學区の御社と、鹿鳴館庭園にある彫像の元と、双方に出現可能だ。
そして、吾輩たちは、御社と、鹿鳴館を行き来することによって、日々のお勤めを果しておる。
たとえば、年度初めの、小學校の入學式に際し、吾輩たちは、新たに六歳となった者を、一人一人白鹿様にご報告する。
そして、ロールを与えるべき子供だと判断されれば、御札を受け取って、その子供の元へ届ける。
☆
九年前の白鼠小學校入學式のことが、思い出される。
あの日、吾輩、我が白鼠社においては空前絶後と言って良いほどの、とんでもない逸材を見つけてしまったのである。
――なんかもう、全身が、光って見えたのである。
『かわいいは正義、君こそスターだ』って確信したのである。
だから、もう、夢チューで、鹿鳴館の白鹿様の元まで走って、「一番良い御札ください」ってお願いしたのである。
そしたら、白鹿様が、棚の一番上に、なんか大切そうに置かれていた何枚かの御札から、一枚抜いて持ってきてくださった。
「はい、これあげる」って渡され御札を見たら、『魔法少女』のロールだったのである。
『魔法少女』って、レアカードではあるけれど、ウルトラレアってわけではない。
吾輩が、首を傾げたら、白鹿様から、「これで間違いから持って行きなさい」って、笑われた。
ならばと、勢い込んで、鹿鳴館から白鼠社へと走り、その子に、御札を渡してあげたのである。
気持ちが高揚していたものだから、ついつい「吾輩と契約して魔法少女になってよ」って、口走ってしまった。
ただ、その子には「チチュウチュウチュウ……」としか聞こえていなかったみたいだが――。
したらさ~、その子がさあ、言いおった。
「ボクは、男の子だよ。何かの間違いです」
あーーーっ、て思ったのである。
吾輩、その子が、あんまりカワイかったから、性別とか、ちゃんと確認してなかったのである。
だが、しかし、粗忽者の吾輩のことはさておき、白鹿様のやることに、間違いはないのである。
吾輩は、平然たる様を装い、「チュウ~ウ、チュウチュウ……」と言い放った。
「このアホの子めが! 吾輩たち神使が、御札を渡す相手を間違えるわけ、なかろう! それに、お主ごときが、人の身でありながら、神使の御札を拒否できるわけ、なかろう!」
☆
なにゆえ、吾輩が、九年前のことを、ぐたぐだ回想しているのかと言うと、訳がある。
そのアホの子が、いま、鹿鳴館庭園にある吾輩の彫像に額ずき、祈っておるのだ。
なんと、この九年間で、更にカワイくなって、全身から発せられるオーラも増しておるではないか!
「白鼠様、白鼠様、ボク、お願いがあるんです」と、懇願してくる。
「ボク、白鼠様に御札をいただいた『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷です。ボク、カストリ皇国軍の偉い人たちから、このパンツを履くよう、命じられているんです。」
自分の手でミニスカを捲って、履いているパンツを見せてくる。
純白の、カワイイ、子供パンツである。
だが、パンツだろうと、パンティーだろうと、ショーツだろうと、スキャンティーだろうと、知ったことではない。
何を履くにせよ、そんなことを、神使である吾輩に、許可など求める必要はない……はず。
吾輩の彫像が、首を傾げる。
すると、「ここです。ここを見てください」と、薄荷が、後ろ向きになって、パンツのお尻の部分を見せてくる。
な、なんと、パンツのお尻の部分に、吾輩の絵姿が描かれておるではないか!
マンガキャラクター化され、デフォルメされているのに、他の鼠ではなく吾輩だと分かる。
それに、『SHIRONEZU―CYAMA』と丸っこいフォントで書き添えられているから、間違えようもない。
――神使である吾輩の絵姿を、
こともあろうに、臀部に宛がうというのか!
なんたる不敬!
「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。でも、ボク、これ履かないと命がキケンで、アブないんです。國中の人を納得させるには、これしかないんです。他のパンツじゃ、暴徒から殺されちゃいそうなんです。もはや、白鼠様のお力で、人々の狂騒を鎮めていただくしかないって、エライ人たちが、言ってるんです。ですから、どうか、ボクが、このバンツを履くことをお許しください」
――本当に、神々への冒瀆行為だと理解しておるのか?
臀部、つまり、おシリで、おケツで、おイドじゃぞ。
「ゴメンナサイ、ボクの汚いお尻なんて、おイヤですよね」
薄荷は、涙目になっておる。
――こ、こんなことで、泣いてどうする。
いやいや、薄荷のお尻は、汚くなんてないぞ。
プ、プリティなお尻ではないか。
オナラなんてしないだろうし、聖域なみの清廉さであるぞ。
実際、吾輩は知っておる。
薄荷が着用を義務づけられているピンクのミニスカセーラー服は、『呪われた衣装』の一着なのである。
それは、尋常ならざる魔力によって造られた『魔具』なのだ。
衣装そのものどころか、その下の肌着類から、着用者までを、魔力で包み込むから、汚れることなどないのだ。
――それに、このパンツ、よくよく見たら、
高度な聖力によって作り出された『聖具』ではないか!
神使たる吾輩にとって、『聖具』に包まれることは至福。
――魔力と聖力は、同じ神力の裏表。
『魔具』たる『呪われた衣装』と、
『聖具』たる『おパンツ』の組み合わせは、至高。
それに、薄荷のお尻であれば、優しく護ってあげ……。
いやいや、いやいや、ゲフン、ゲフン。
吾輩、いま、なにか、神使にあるまじき……。
吾輩は、何とか、表情と、言葉を取り繕う。
――お主の生命が、危惧される事態とあれは、致し方あるまい。
吾輩の絵姿が入った、このパンツを聖別し、その着用を認めよう。
――それに、絵姿パンツ着用の許可を求めて、わざわざ詣でて、
お伺いをたててきた、お主の心根に、吾輩、いたく感じ入った。
そのパンツに、加護を与えようではないか。
――お主が、その絵姿パンツ着用中に、命の危機を感じたら、
「お尻ぺんぺん」という呪文を唱えつつ、
パンツに描かれた吾輩に、直接二回触れるがよい。
さすれば、十二月の神逢祭や、四月の入學式の折りでさえなくば、
すぐさま、吾輩が、救援に駆けつけよう。
薄荷は、緊張が解けたようで、脱力して、へにゃりと笑う。
そして、「アリガトウゴザイマス」と何度も頭を下げながら、帰って行った。
☆
このとき、吾輩は、迂闊にも、今後の展開に、全く思い至ってなかった。
『セーラー服魔法少女』薄荷ちゃんは、危機に陥ると、「お尻ぺんぺん」をして、吾輩を呼ぶ。
吾輩は、薄荷ちゃんのパンツの中から抜け出して、ともに戦う。
確かに、他のパンツ、つまり、ピンクや、縞柄や、猫柄も魅力的だ。
だけど、薄荷ちゃんは、神使である白鼠様のパンツに護られているのだ。
もはや、薄荷ちゃんのパンツについて、異存を唱える者などいようはずがない。
テレビ放送に、度々登場した吾輩は、いつしか、「マスコット精霊の白鼠ちゃま」として親しまれるようになる。
そして、白鼠ちゃまパンツが量産され、全國の女児……どころか男児にまで愛用されるようになってしまう。
吾輩は、やがて、叫ぶことになる。
――どうして、こうなった!
許しもなく神使の絵姿パンツを履くなど、不敬であるぞ!
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月二三日① PAN2式実装試験 フェイズ1~2
皇國軍造兵廠が総力をあげて開発した、ボク――儚内薄荷――専用特殊兵装。
その名も、パーフェクト・アーマー・ネイキッド2式、略して、PAN2。
その日、3フェーズに及ぶ実装実験が行われようとしていた。
まずは、「フェイズ1:オトコノコのくせに魔法少女なの認定」と、「フェイズ2:こんなコ選ぶなんて勇者の剣ってホンモノなの認定」からだ。