■五月二〇日 物語學の授業
ボク―儚内薄荷――は、朝一で、平民女子寮の大食堂に行った。
一昨日の夕食から、昨日の朝食、昼食、夕食まで、何も食べてない。
お陰で、昨夜はまともに眠れず、お腹が鳴って困った。
ありがたいことに、今日の朝食は、中華粥だった。
鶏と干し貝柱の中華だしで、米の形がくずれるほど、煮込んである。
断食明けの胃に優しいメニューだ。
白粥に、好みのトッピングができるシステムだ。
小ネギ、ザーサイ、ピーナッツ、パクチー、いりごま、栗甘露煮、油條
トッピングを変えて、三杯おかわりした。
三杯目は、パクチー山盛りだ。
三杯目をテーブルに運ぼうとしているところへ、金平糖菓ちゃんが、やってきた。
糖菓ちゃんは、トッピンクなしの白粥を、半分だけ注いでもらっている。
糖菓ちゃんも、『青紙』を受け取ったショックで、昨夜は、ほとんど眠れなかったそうだ。
「明け方、うとうとしてたら、夢を見たんよ。うちが、スクール水着姿なんを、軍規違反だって咎められて、水責めにされて、銃殺にされたところで目が覚めたんよ」と、震えている。
昨夜、五月二〇日のうちに、『服飾に呪われた魔法少女』仲間と電話で確認し合った。
『青紙』は、五人全員に届いていた。
そして、『青紙』に記載されている出頭日は、五人揃って、明日、五月二一日だ。
今日、五月二〇日はというと、物語學の授業がある日だ。
ボクと、糖菓ちゃんは、同じ授業グループで、先生は、萵苣博學宰相だ。
ボクは、糖菓ちゃんの体調が、心配だ。
だって。睡眠不足で、フラフラ身体が揺れている。
「明日出頭しなきゃ、それこそ軍規違反だよ。大事を取って、今日の物語學の授業は、休んだら?」
糖菓ちゃんは、首を横に振る。
「博學先生なら、きっと何か助言してくれるん。明日のためにも、今日の授業は受けるべきなん」
☆
博學宰相は、この國で最も忙しい人だ。
なのに、今日はなぜか、生徒達よりずっと前に教室に来ていた。
教卓の椅子に腰掛けて、授業グループの生徒が揃うのを待っていた。
博學宰相が、教室に入ってきた、ボクと糖菓ちゃんに、「気づいているか?」と、いきなり迫ってきた。
ボクと糖菓ちゃんは、顔を見合わせる。
何のことだか、分からない。
「『昨日の朝方、この世界が、変革されたことに、気づいているか?』と、確認している」
「あっ、そうなんですよ。先生、聞いてください、ボク、パクチーって大嫌いだったのに、なぜだか急に、大好きになったんです。」
宰相様が、頭を抱えた。
「なんだ、それは――。君、世界を変革しておきながら、無自覚なのか? アホの子なのか? おバカなのか?」
宰相様が、「ほら、ここだ」と、ボクの下腹部へ手を伸ばした。
身体に触られそうになって、ボクは、さっと身を引いた。
糖菓ちゃんが、「先生、それはセクハラなん」と抗議してくれた。
宰相様は、額に青筋を立てて、怒鳴る。
「失敬な。触ったりはせん。吾輩は、世界の転換点を、指し示そうとしただけである」
ウソだ、って思った。
ゼッタイ触ろうとしてた。
でも、ただのエッチな欲望とは、ちょっと違ってた。
世界の不思議を、直接、触って確認したいっていう、そんな感じだった。
宰相様が、ボクの下腹部を指さす。
「昨日の朝方、君のミニスカートの中から、世界が変革された」
そのタイミングで、教室に入って来た子がいた。
この授業グループの生徒が全員揃った。
「よし、今日の授業では、そこのところを講義する。全員着席するのである」
☆
宰相様によると、『変革』は、物語内において、しばしば起こるものらしい。
『新章』、『新展開』、『新局面』、『新基軸』、『パラダイムシフト』など、呼び方も様々だ。
以前の授業でも、「物語の力が、『あの世界』で数千年かかった発展を、『この世界』では、僅か百年で達成せしめた」と、教えていただいた。
で、物語内で起こる『変革』こそが、歴史を短縮せしめる……のだそうだ。
殊に、『服飾の呪い』みたいな、『大物語』ともなると、ごくあっさりと、世界の在り方を『改変』してしまうらしい。
で、今回は、ボクのパンツを軸に、世界の認識が、書き換わったらしい。
国営放送による昨夜の『緊急討論会』こそが、『変革』の証左であるそうだ。
わけが分からない。
ボクのパンツごときで、世界が変わるとは思えない。
仮に、ボクのパンツを軸に世界の認識が変わったのだとして、だからどうだって話しだ。
ボクにとっては、恥ずかしくて、いたたまれないだけだ。
どう考えても、そんなものが、世界の行く末を左右するはずもない。
ボクがそう反論したら、宰相様から、鼻で笑われた。
中小の物語内での『変革』程度であれば、その認識を否定しない。
しかしながら、大物語の『変革』を、甘く見てはいけない。
これを転換点にして、世界が変貌していくだろう、と大真面目で宣言された。
以前の授業で、この世界における百年の物語が、二十年ごとに変化してきたことを説明した。
一年目から二〇年目までが、神話の時代。
二一年目から四〇年目までが、御伽噺の時代。
四一年目から六〇年目までが、寓話の時代。
六一年目から八〇年目までが、ロマンの時代である。
そして、八一年目から、一〇〇年目となる今年までの、直近の二十年には、まだ名前がついていないと講義した。
直近の二十年にまだ名前がないのは、この呼称が、時代が終わったあとに、付けられるものだからである。
しかしながら、吾輩としては、直近の二十年を、リアルの時代と呼ぶべきではないかと考えておる。
物語が、より現実的で、写実的なものになってきておるからだ。
そして、一〇〇年を越えたその先へ繋がるキーワードが、昨夜の『緊急討論会』で提示された。
偶像だ。
我々『この世界』の人間は、過酷な現実に耐えきれず、その先に、心の安寧をもたらしてくれる偶像を希求しておるのだ。
やっぱり、意味が分からない。
「偶像って、何ですか?」と訊ねてみた。
やっぱり、とんでもない回答が返ってきた。
新たな呼称である偶像については、人々の認識も定まらぬ現時点で、定義することは難しい。
ただ、いくつかの、「偶像は、かくあるべき」的な、暗黙の了解があるだけだ。
たとえば、暗黙の了解として、『偶像は、排泄行為を行わない』。
「ちょ、ちょっと待ってください」とボクは、もじもじしながら、口を挟む。
偶像だって人間なんだから、排泄しますよね。
ボク、『聖女親衛隊』に拉致監禁されたとき、二十時間以上、拘束されてたんですよ。
救出されたとき、身体を清潔に保てていたのは、着用させられている『呪われた服飾』の浄化機能のお陰でしかないんです。
「そんな問題ではないのだ」と宰相様。
偶像とて、実在する人間としてはトイレに行っているであろうが、物語中においては排泄を行わない存在として描写される、ということである。
そして、暗黙の了解が、もうひとつ。
薄荷君にとっては、これが大事である。
「『偶像の、パンツは見えない』。いや……この言い方は正確でないか……但し書きがいるか……。『偶像の、パンツは見えない。ただし、偶像自身が、それを容認した場合を除く』」
ボクだけでなく、教室にいる全員が、「ちょっと、ナニ言ってるか、分かんないんですけど……」という顔になった。
つまりだ、偶像本人に、その意思がないにもかかわらず、スカートを捲られた場合、そこにパンツが見えていたとしても、描写=認識されない。
ところが、スカートを捲られた際、偶像本人に、それを許容する気持ちが僅かでもあれば、そのパンツは見られてしまう。
分かりやすい例を挙げよう。
偶像が、『見せパン』を履いた場合、そのスカートは捲り放題ということだ。
ナニ言ってるか、やっぱり、分かんないんですけど……。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月二一日 皇國軍鹿鳴駐屯地出頭
ボク、徴兵されちゃいました。
どうして、こんなことに……。
やっばり、皇國のために、死んでこいってことだよね。
きっと、ボクが、イロモノの貧民のくせに、世界の秩序を乱したからだよね。
誰かエライ人が、ボクの廃棄を決めたんだよね。