■五月一六日③ 薄荷ちゃんの救出
転移できたデス。
一度も実際に見たことのない場所への、初めての転移デス。
一度に転移させた人数も、これまでの最大で七人デス。
まず、『服飾に呪われた魔法少女』が四人。
『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃん。
『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女ちゃん。
『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様。
『文化部衣装魔法少女』のスイレンレンゲ=ワタシ、デス。
そして、『カードパーシヴァーさいこ』の三人。
念動の丸山宰子先輩。
念話の漣伝子先輩。
透視の正方呉羽先輩、デス。
拉致監禁され、瀕死状態だと思われる『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷ちゃんを捜し求めて、転移してきたデス。
転移先は、屋内練習場らしき、板張りの広間だったデス。
騎士団の制服を着た三十人もの男子生徒が、思い思いの場所に、たむろしていたデス。
何も無かった空間に突如出現した、ワタシたちに驚きつつも、武器を手に取ろうとしているデス。
広間の中央に、何かヘンなものが、転がっているデス。
長さ一五〇㎝ぐらいの、布の塊?
いや、ただの布地じゃないデス。
衣類――というか、男物のパンツに、シャツに、靴下!
それを、一人の小柄な人物に、無理やり、百枚以上重ね着させているデス。
下着はどれも黄ばんでいて、饐えたような臭いが漂っていマス。
つまり、どれも、着用済みで、洗濯されていない代物デス。
頭部には、前開きパンツを数十枚も被らされてマス。
パンツの前穴が広げてあって、その奥で、小さな鼻と口が喘いでいマス。
身体全体が、靴下で何重にも縛り上げられていマス。
呉羽先輩が、その布地の塊を指さしたデス。
「透視した。間違いなく、あれが薄荷様だよ」
これって、私刑デス。
この残虐性は、ワタシたち、『服飾に呪われた魔法少女』には、耐えがたいものデス。
ワタシたち、『服飾に呪われた魔法少女』にとって、服を剥かれることは、脅威ではないのデス。
呪われた衣服を剥かれようものなら、羞恥心とともに力が暴走し、辺りにいる者を、敵味方関係なく粉々に切り刻んでしまうからデス。
『服飾に呪われた魔法少女』にとって、最も恐ろしいのは、呪われた衣服の上に、他の衣服を重ね着させられることなのデス。
薄布一枚でも弱体化し、一時間も着てれば動けなくなるデス。
重ね着させられタラ、させラレタほど、弱体化するデス。
弱体化は、カワイイ衣装であれば軽減されマスが、ダサイ男物であれば重篤化するデス。
魔力枯渇による、魂の渇き。
それに耐えられなくなったとき、命を手放すことになるデス。
ワタシ、自分がこの立場に置かれていタラ、ひと思いに殺してと懇願していたデス。
その懇願が受け入れられなかったとしても、この状態で放置されたら、二時間もしないうちに、衰弱死したはずデス。
薄荷ちゃんは、この状態で、二十時間以上耐え抜いているデス。
それは、驚嘆すべきことデス。
もしかしたら、薄荷ちゃんが男だから、ワタシたちより、男性下着に耐性があるのデしょうか?
それとも、薄荷ちゃんには、家族のために、自分がここで死ぬわけにはいかないとかいう強い執着心デモ、あるのデしょうか?
とにかく、一瞬でも速く助け出して、薄荷ちゃんを、苦しみから解放してあげなくては――。
焦るワタシの前に、立ち塞がる者たちがいマス。
それは、薄荷ちゃんに、こんな残虐な私刑を加え、苦しみながら死に至る様を観て愉しんでいたゲスどもデス。
手に手に、剣や槍を持ち、ワタシに襲いかかってきたデス。
ワタシは、一切、迷うことなく、自身の力を発動させていたデス。
狙った相手の、背後に転移するデス。
そして、その相手の身体触れて、その上半身を、一㎝だけ横に転移させたデス。
瞬時で転移を繰り返しながら、それを繰り返したデス。
彼奴らの身体から、鮮血が吹き出し、身体の上部と下部が、バラバラに崩れ落ちていったデス。
彼奴ら、最初の一瞬は、自身の身体が、どんな状態になっているのか理解できなくて、キョトンとしたままデス。
遅れて激痛がやってきて、阿鼻叫喚の苦しみの中、のたうちながら息絶えていったデス。
実は、ワタシ、このとき初めて、人を殺したデス。
ワタシ、能力が『転移』であったことから、自ずと後方支援的な立ち位置となっていたデス。
なので、直接的に相手の命ヲ奪う行為を避けてこれたのデス。
でも、もはや、ワタシに、躊躇など無かったデス。
ワタシ、自分自身のこと以上に、仲間を害されることは許容できないのデス。
ワタシの周囲では、糖菓ちゃんと綾女ちゃんが、他のゴミどもを、次々、瞬殺しているデス。
『カードパーシヴァーさいこ』の三先輩も、加勢してくれているデス。
五種類の白いカードを、浮遊させ、展開させて戦っているデス。
カードを操作し、炎や、見えない力を発生させているデス。
ワタシは、急いで、薄荷ちゃんの元へ駆け寄りマス。
この汚れた下着類を、一枚一枚剥がしていくような悠長なこと、やってられないデス。
頭に被せられたパンツの穴に指を突っこんで、薄荷ちゃんの唇に、指先で触れたデス。
そして、薄荷ちゃんと一緒に、一メートルだけ、転移したデス。
ワタシが、薄荷ちゃんだと認識しているもの――つまり、薄荷ちゃんの肉体+ピンクのセーラー服が、外へ出てきたデス。
奇異なことに、ピンクのセーラー服は皺ひとつなく、美麗な状態を保っていたデス。
これは、『呪われた服飾』に、自己修復と、着用者の身体保全を、最優先で行う機能があるからデス。
その機能は、着用者の生命維持より優先されているデス。
『呪われた服飾』には、着用者が死亡した場合には、新たな着用者を選ぶ機能まで組み込まれているようデス。
二十時間以上、汚れた下着類に包まれていたのデスから、『呪われた服飾』の着用者保全機能がなければ、薄荷ちゃんは、汗や、排泄物まみれになっていたはずデス。
しかしながら、この機能により、薄荷ちゃんは、青白い蝋人形のような美しさを保って――。
――えっ、人形のように、静止してる!
呼吸してない!
ついさっきまで、頭部を幾重にも被っていたパンツの前穴の奥で、微かに鼻と口が喘いでたのに――。
なんてこと!
ワタシは、迷うことなく、マウストゥマウスの人工呼吸を試みたデス。
薄荷ちゃんの額を押さえ、鼻をつまんだデス。
ワタシの口で、薄荷ちゃんの口を被い、繰り返し息を吹き込んだデス。
息を吹き返す様子が、まるでないデス。
ワタシ、ピンクのセーラー服の襟を掴んで、上半身を持ち上げ、薄荷ちゃんの頬に、往復ビンタを入れながら、絶叫していたデス。
「薄荷ちゃん、目を覚ましテ! このままじゃ、汚い男物パンツまみれで窒息死って、新聞報道されちゃうヨ。そんな死に様デ、いいノ? それに、ワタシ、いまのがファーストキスなのデス。生き返って、責任取るデスよ!」
何度目かの往復ビンタで、薄荷ちゃんの喉が、ゴフッと息を掃き出したデス。
はふはふと浅い息を吐いたものの、また、そのまま、すーっと呼吸停止してしまいそうデス
また、往復ビンタを入れようと振り上げたワタシの手が、掴まれたデス。
振り返ると、明星様デシタ。
その後ろから、ゴミどもの始末を終えた、糖菓ちゃんと綾女ちゃんも、こちらを覗き込んでいマス。
更に、三人の後ろには、いつの間にか、数台のテレビカメラまで駆けつけていマス。
ボクたちの様子を撮影していマス。
明星様が、「僕に任せて」と、ワタシを下がらせマス。
そして、薄荷ちゃんの身体を、再び床に横たえたながら、こう言ったデス。
「衣服の重ね着は、僕たち『服飾に呪われた魔法少女』を殺す。では、瀕死の『服飾に呪われた魔法少女』を蘇生させるには、どうしたら良いか?」
テレビカメラが、薄荷ちゃんを取り囲みマス。
明星様は、自分の両手を、薄荷ちゃんが履いているピンクのミニスカートの中に、突っ込みマス。
そして、「脱がすんだ」と言いながら、薄荷ちゃんがミニスカートの下に履いていたアンスコを、するりと下半身から引き抜いたデス。
明星様は、ちゃんと薄荷ちゃんに配慮していて、ミニスカートが捲れることのないよう、丁寧に脱がせていたデス。
でも、ワタシたちは、薄荷ちゃんが、いつも、ミニスカートの下には、アンスコだけを直履きしてることを知ってるデス。
つまり、いま、薄荷ちゃんのミニスカートの下は……ってことデスデス。
心神喪失状態で、そのまま逝ってしまいそうな薄荷ちゃんに向って、明星様が、呼びかけたデス。
「薄荷ちゃん、目を覚ませ! 魔力を行き渡らせて、『呪われた衣装』を、自分の支配下に置くんだ! そうしないと、何かの弾みに、ミニスカが捲れちゃうぞ! 薄荷ちゃんの恥ずかしいヒミツを、世界中の人にみられちゃうぞ!」
薄荷ちゃんの胸が、ドキンと跳ねた。
ドキ……ドキ……と、ゆっくり動き始めた心臓が、急速に確かな鼓動を刻み、更には、早鐘のように、ドキドキドキドキドキと打ち鳴らさされる。
青白く凍り付いていた肌に、朱が刺し、みるみる紅潮していく。
「……は……ず……か……し……い……よ……」
明星様が、薄荷ちゃんを鼓舞するデス。
「薄荷ちゃんは、自分みたいなのが、ピンクのミニスカセーラー服なんか着ちゃいけないって恥じてるよね。でもね、その『呪われた衣装』は、そんな恥ずかしい君を、選んだ。その衣装は君だけのものだ。だからね、衣装に君が支配されてちゃ、呪い殺される未来しかない。死にたくなければ、この學園での三年間を生き延びたかったら、君がその衣装を支配するんだ」
ピンクのミニスカセーラー服が、カッと光を発したデス。
それは、溢れ出る魔力の光デス。
薄荷ちゃんの鼓動に合わせて、蛍光ピンクに点滅しているデス。
光の点滅に合わせて、薄荷ちゃんの全身が、魔力に満ちあふれていくデス。
薄荷ちゃんの身体が、ふわりと、ほんの少しだけ、浮きあがったデス。
スカートの裾も、ふわりと持ち上がって――あっ、キケンがあぶない。
薄荷ちゃんの手が、すっと伸びて、そのスカートを、押さえ込んだデス。
良かった……ぎりぎりセーフ、デス。
気がついたら、元気になった薄荷ちゃんが、その場で、女の子座りしていたデス。
男子は、太ももの付け根にある骨が骨盤にぶつかるので、女の子座りできないと聞いたことがあるデスが、薄荷ちゃんのは、それはもう可憐な女の子座りだったデス。
ワタシ、今頃になってやっと、薄荷ちゃんの髪型が、変わっていることに気がついたデス。
ワンカールパーマをかけて、毛先に内巻きのカールがつけられているデス。
魔力が、全身に行き渡り、その黒髪の一本一本が光を纏い、ピンクに点滅しているデス。
カワイクなった薄荷ちゃんは、唇を尖らせながら、明星様に、片手を差し出したデス。
「ボクのアンスコ、返して」
明星様は、まず、薄荷ちゃんを抱きかかえるようにして立たせたデス。
そして、薄荷ちゃんの足下に跪き、さっき脱がせたアンスコを広げたデス。
薄荷ちゃんの足を、片方づつ差し入れさせて、するりと引き上げたデス。
そのままスカートの中にまで手を差し入れるようにして、アンスコを履かせてあげたデス。
周囲を取り囲んでいるテレビカメラに、放送上問題のあるものが一切映り込むことのない、見事な対応だったデス。
薄荷ちゃんは、明星様にパンツを履かせてもらいながら、自分を私刑にかけた彼奴らのことを、話してくれたデス。
「あいつら、『聖女親衛隊』って名乗ってたよ。『科學の鉄槌』っていう物語の中で、魔法少女と科學戦隊が戦ったことがあって、そのとき騎士団は科學戦隊に与したんだって。その戦いで、傷ついた騎士団員を聖女が、たくさん救って、そのとき聖女の信奉者となった騎士達が結成したのが『聖女親衛隊』。だけど、ボクを私刑にかけたのは、その『聖女親衛隊』の本隊じゃなくて、學生部隊なんだって」
「『聖女親衛隊』の本隊には、上位貴族も多いと聞く。これから、政治的に難しいことになりそうだね」と明星様。
「でも、僕たち『服飾に呪われた魔法少女』に手を出した以上、知ったことではないよ。返り討ちにしてやるさ」
ワタシ、さっきまで、自分の歴史認識不足により、薄荷ちゃん、密先生、そして魔法少女みんなに迷惑をかけてしまったと、思い悩んでいたデス。
でも、今回の事件のなかで、『聖女親衛隊』相手に、自分自身の手を血で染めて、吹っ切れたデス。
歴史を踏まえることは大切デスが、歴史に拘泥することなんて、ないのデス。
ワタシ、大物語『服飾の呪い』のメインキャラの一人デス。
ワタシたち『服飾に呪われた魔法少女』は、昨日の敵を今日の友とし、昨日の友を今日の敵とし、己が魂の命じるままに助け、殺すのデス。
☆
以上、めでたしめでたし~と思っていたデス。
そしたら、トンデモないドッキリが待っていたデス。
この日、つまり五月一六日夕方から、次のタイトルのテレビ番組が、三回に分けて、一八日まで連続放送されたのデス。
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第四話 文化部衣装魔法少女レンゲさんの決意
昨日、外出禁止の休講日であったにもかかわらず、薄荷ちゃんが美容院に出かけてから、今日救出に至るまでの一部始終が、きちんと編集されていたデス。
確かに、薄荷ちゃんが拉致監禁されていた騎士団の屋内練習場に、テレビカメラが駆けつけてきて驚いたデス。
でも、その前は、どこにも、カメラさんなんて居なかったと思うデス。
どうやって撮影したのデしょうか?
転移先にカメラさんが待ち構えてるとこなんテ、探検隊が、未踏の地に初めて足を踏み入れるシーンを、その未踏の地側から撮影しているようなものデスね。
しかも、この拉致救出劇は、後追いで、魔法學実習の四回目として、取り扱われることとなったデス。
一方、五月二二日に予定されていた、次回の魔法學実習については、またしても白紙に戻され、今後の授業展開が見直されることになったデス。
状況説明のために、ちょっと整理してみるデス。
テレビ放送 魔法學実習 主役=魔力覚醒者
第〇話 金平糖菓ちゃん
第一話 一回目 儚内薄荷ちゃん
第二話 二回目 菖蒲綾女ちゃん
第三話 三回目 宝生明星様
第四話 四回目 ワタシ=スイレンレンゲ
テレビシリーズとしては、『服飾に呪われた魔法少女』五人の紹介を終えたことになるデス。
魔法學実習としては、五人全員の魔力覚醒を終えたところデス。
一八日に放送されたテレビ番組の最後デ、暫しのインターバルの後、再開後は、五人揃っての新展開が待っていると、予告されていたデス。
魔法學実習の授業としても、五人揃っての、より実践的な内容に進むことになるそうデス。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月一七日 『カードパーシヴァーさいこ』たちの夢。
魔法少女の先輩方って、可哀想すぎるって思う。
魔法少女ばかり、なんで、こんな不当な扱いを受けなきゃいけないんだろう。
三年生の『六色のオーブ』世代の方々は、勝ち目のない戦いに、自ら身を投じて逝かれた。
二年生の『カードパーシヴァーさいこ』さんたちまで、こんな辛い思いをしてたなんて……。