■三月一五日~二五日 就労実習先への挨拶と引継
前述したように、小學校を卒業した者には、十五歳となって成人式を迎える年度までの三年間、就労実習が義務づけられている。
就労実習者の呼称は、奉公先の業務内容によって異なる。
徒弟、丁稚、見習、女中、中居、子守、手代等、様々だ。
ボク――儚内薄荷――は、三年間、落下傘工場の見習いを務めてきた。
足踏みミシンで、ひたすら落下傘を縫っていた。
実は、小學校卒業時に、ボクが希望したのは、銃剣工場での見習だった。
銃剣って、カッコいいよね。
実際、銃剣工場は、男子に人気の実習先だ。
工場には、男子実習生しかいない。
ボクが、銃剣工場を希望したら、小學校の進路担当の女性教諭から、とんでもないと諭された。
「銃剣工場は、火薬を扱うから、女の子……というか……キミは、ダメ。魔法少女の可愛いお顔にケロイドでもついちゃったら、どうするの」
将来を見越して、女性の多い職場を選ぶよう指導された。
ボクは、さんざん駄々をこねた。
すったもんだのあげく、落下傘工場に奉公先が決まった。
落下傘工場の見習は、女子ばかりだから、一律『見習女工』と呼ばれる。
だから、ボクは、男だけど『見習女工』だった。
☆
工場長によれば、ボクが、皇立鹿鳴館學園に入學することについて、この落下傘工場にも、國からこんな通知が来たそうだ。
・他の就労実習生のように、見習い終了後、そのままこの工場に就労することはないこと。
・必要な引継があれば、三月二五日までに済ませること。
落下傘工場の見習女工たちは、ボクなんかより、よほど仕事がはやい。
使用しているミシンは、足踏み式だ。
それを一日踏み続けるのには、まず体力がいる。
その一方で、縫製される落下傘には、兵士の命がかかっているから、製品としての合格基準が、めちゃくちゃ厳しい。
だから、縫製を行う際、手元の集中力を維持し続けなければならない。
ボクは、体力も集中力も、他の見習女工たちに、まるで及ばなかった。
だけど、見習女工たちは、縫製は得意でも、ミシンの調整は苦手だ。
そんなわけで、見習期間中、ボクは、縫製以外に、ミシンの調整も、任されていた。
落下傘の布は丈夫で大きいから、度々ミシンの調子がおかしくなる。
そうなったら、分解して、調整し、組み立て直すしかない。
それでなくとも、上糸と下糸のバランス調整が、毎日必要だ。
ボクは、三月二五日までの引継ぎ期間中、工場長からの依頼で、女工として正式採用され、工場に残ることになった子たちに、ミシンの調整方法を教えることになった。
工場の女工たちは、仕事も早いけど、喧嘩っ早いし、早熟だ。
髪の毛を引っ張り合っての、取っ組み合いの喧嘩だって、しばしば起こる。
結婚できるのは十五歳からだけど、その前から、男を捕まえて、同棲している子も多い。
就労実習中にロール持ちと既成事実を作ってしまおうと、ボクを押し倒してきた子もいた。
手がはやいだけでなく、口も達者だ。
足と手を動かして仕事をしながら、やくたいもないことを喋りまくる。
そんな女工たちに、何かを教えるのだから、大変だ。
「皇立鹿鳴館學園に入學できるってことは、トラウマイニシエーションを克服できたのよね?」とか「あのとき、どんなことがあったの?」なんてことを、明け透けに訊いてくる。
それは、ボクが最も訊かれたくない質問だし、答えるつもりもない。
堅く口を閉ざしたまま、金属製の油刺しの底をペコンペコンと押して、ミシン油を注ぐ。
その日は、気まずい雰囲気になってしまった。
☆
最終日、立ち上がって、女工のみんなに、三年間お世話になったことのお礼と、お別れの挨拶をした。
そしたら、みんなが、わらわらと寄ってきて、次々とハグされた。
「薄荷、トラウマイニシエーションのこと、聞いたりして、ゴメンネ」
「きっと、もう克服できたんだって思って、ヨカッタネって、言おうとしただけなの」
「そんな簡単に、何とかできるはずないのに、ゴメンネ」
「あたいら、みんな、トラウマイニシエーションを受けたときの、薄荷の様子が忘れられなくて……」
「あのときは、前日、『また明日』って、笑顔で別れたのに、一カ月以上来なくなっちゃって……」
「ここに来た当初、薄荷は、大人しくて、口数は少ないけど、笑顔のステキな子だった。なのに、あのあとは、笑顔ところか、表情を無くしちゃったみたいで……」
「あのあと、半年くらいは、誰かが、声をかけただけで、ビクッて、凍り付いてた」
「つい最近まで、男の人を恐がってたよね」
「工場長なんてね、男が、うかつに声を掛けると悲鳴をあげられるからって、薄荷に用があるときは、あたいらに伝言を頼んできてたんだよ」
「學園なんか行ったら、もう……」
「自分を強く持って、最後まで望みを捨てないで……」
遂には、全員が、黙り込んでしまった。
「うちらのマスコットが、いなくなっちゃうよ~!」
ひとりの子が、そんな、訳の分からないことを言って、わんわん声をあげて泣きはじめた。
そしたら、工場長が、慌てた様子で、後ろから出てきて、声を張り上げた。
「だ、ダイジョゥブだって、最高學府への門出なんだから、明るく見送ろうよ。薄荷さん、カワイイから、きっと、人気魔法少女になって、テレビで大活躍するよ。それを、みんなで楽しみに待ってようよ」
何とか、全員が、笑顔を取り戻し、バンザイ三唱までして、見送ってもらった。
ボクには、もう、普通に働いて、平穏無事に一生を終えることなんてできないんだなって、実感した。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■三月二七日 皇立鹿鳴館學園への出立前夜
皇立鹿鳴館學園への出立前夜は、母とボクと妹の家族三人で、タコ焼きパーティーだった。
考えの足りない、ボクだって、ちゃんと分かってるよ。
たぶんこれが、最後の家族団欒だって……。