■五月一六日① 現代史特別補講
ワタシは、スイレンレンゲ。
『文化部衣装魔法少女』デス。
これから、御影密先生による現代史特別補講が催されマス。
これまでの出来事を踏まえ、『服飾に呪われた魔法少女』が知っておくべきと判断される現代史を、教えてくださるそうデス。
ワタシは、カストリ皇國の北に位置するウヲッカ帝國からの留學生。
カストリ皇國の歴史は、知らないことだらけ。
なのデ、この補講は、ホントありがたいデスネ。
それに、密先生は、ワタシの従兄弟なのデス。
ワタシの母は、密先生と同じ、カストリ皇國御影辺境伯家の出身。
先の戦いを収拾すべく、國境を越えて、ウヲッカ帝國のスイレン伯爵へ嫁いだのだそうデス。
ワタシは、幼い頃から、ずっと、密先生に可愛がってもらってきましタ。
密先生は、ワタシが兄のように慕う身近な存在デス。
この國に知り合いの少ないワタシのことを、支えてくれていマス。
☆
密先生、登壇。
この現代史特別補講は、開催趣旨に則り、『服飾に呪われた魔法少女』五人にだけが受講対象デス。
ところが、教室にやってきたのは、ワタシと、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃん、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女ちゃん、そして、『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様、の三人。
『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷ちゃんは、授業を欠席デス。
この學園では、授業の出欠より、物語が大切だとされているデス。
従って、講義への出欠は自由で、欠席に際して、連絡の必要もないデス。
ましてや、薄荷ちゃんは、複数の物語から引っ張りだこ。
これまでの授業だって、半分以上、欠席しています。
だから、ワタシたち四人は、「まただヨ、今度はどの物語からナンパされてるのかナ」って感じの反応デス。
ただ、密先生は、この特別補講を薄荷ちゃんにも受講して欲しかったみたいで、残念そう。
それでも、ワタシたちと挨拶を交わすと、すぐさま授業を開始したデス。
☆
今日の講義は、私、御影密が、どうしても『服飾に呪われた魔法少女』のみなさんに伝えておきたいことがあって、學園長に開催をお願いしたものです。
それは、大物語『科學の鉄槌』についての、真実です。
『科學の鉄槌』の主役は、科學戦隊。
まずは、科學戦隊について、この學園の生徒なら、どの學科であっても教わるような事柄から、お話しします。
科學戦隊のトップは、『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、『旋風グリーン』、そして『お色気ピンク』の五人です。
この五つの役柄を、科學戦隊育成科の生徒が、引継ぎながら、毎年の物語を紡いできました。
科學戦隊育成科は、學科の設立自体は新しいにもかかわらず、オトコノコたちの強い支持を得て、急速に人気を増してきました。
そして、四年前、第九六期生が、大物語『科學の鉄槌』を獲得するに至ります。
大物語ならではの強制力により、物語開始早々、『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、『旋風グリーン』、そして『お色気ピンク』の五人が、当時の新一年生に入れ替わりました。
前任者の卒業、魔獣への敗北、不慮の事故等、理由は様々でしたが、戦隊メンバーが一新されたのです。
そして、科學戦隊側が主張するところの「魔法の時代を終わらせ、科學の時代を開幕する」ための戦いが開始されます。
このとき、前時代を象徴する悪だと決めつけられたのが、魔女、つまり魔法少女たちです。
我々魔法少女は、いわれなき誹謗中傷に晒されながら、その身を挺して戦い続けました。
当初、一年で決着すると思われていたその戦いは、魔法少女の奮戦により長引き、二年目が終わる頃には、逆に科學戦隊側を追い詰めていました。
ところが、戦いが三年目に突入し、当時の戦隊メンバーが三年生になった年、新入生である第九八期生のなかに、あの白桃撓和がいたのです。
彼女は、『召喚者』であり、科學が発達した『あの世界』で、飛び級により大學卒業資格を得たほどの天才工學者でした。
顔はコケティッシュで、巨乳を揺らし、お尻が震わせながら歩く、才色兼備です。
撓和は、この世界において、ほとんど独力で、変形合体ロボットを完成させました。
そして、科學戦隊の『お色気ピンク』の座を得ます。
つまり、揃って、当時の三年生=第九六期生だった科學戦隊メンバーのうち、『お色気ピンク』だけが、一年生の撓和にとって代ったのです。
撓和と、変形合体ロボットの威力は凄まじく、科學戦隊は逆転大勝し、『科學の鉄槌』物語は幕を閉じました。
かくして、年度末、大役を果した科學戦隊メンバーのうち、『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、『旋風グリーン』の四人が、卒業しました。
途中交代した『お色気ピンク』、つまり、撓和は、最終決戦の最中、行方不明となりました。
もし、彼女が生きていれば、今年は三年生です。
☆
以上が、『科學の鉄槌』の物語について、この學園の生徒なら、どの學科であっても教わるような内容です。
ここから先は、現政権への批判と受け取られかねないような内容をお話しします。
なので、安直に口外しないよう留意してください。
『科學の鉄槌』物語の背景を掘り下げつつ、一昨年十二月末の最終決戦についてお話ししていきます。
先にお話ししたように、『科學の鉄槌』物語は、「科學戦隊VS魔法少女」という構図で捉えられがちです。
しかしながら、決して、そんな単純なものでは、ありませんでした。
科學戦隊の背後には、科學を用いて民衆側の物語を潰し、物語の一極支配を図らんとするカストリ皇室、特に、白金黄金第一皇子派の意向が働いていました。
だからこそ、科學戦隊が不利とみるや、皇室は、教皇天壇白檀に働きかけました。
その結果、撓和が召喚されたのです。
一方、魔法少女の背後には、民衆の物語を支え、物語の多様化を支持する斎宮がいます。
斎宮は白金鍍金第二皇子派とも結びついています。
最終決戦時、第一皇子が白金白金皇帝を説得し、騎士団を科學戦隊側に加勢させました。
この決定に、皇國軍を預かる芍薬矍鑠元帥が異議を唱えます。
騎士団の加勢は、皇位継承権争いへの公平性を欠くというのが、その主張です。
実のところ、元帥の愛娘である牡丹様が、第二皇子の許嫁だったことが大きいでしょう。
元帥は、皇帝をお諫めするとして、皇國軍の一部を、最終決戦に派兵しました。
最終決戦は、次のように推移しました。
当初は、科學戦隊と魔法少女だけの戦いだったのです。
科學戦隊側は、『お色気ピンク』白桃撓和の造り出した神力エンジン車と変形合体ロボットが主力兵器。
三年生の『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、『旋風グリーン』、そして一年生の『お色気ピンク』。
この五人が五色の神力エンジン車に乗り込み、変形合体して、超巨大ロボットとなるのです。
対する魔法少女たちの主力は、一~二年生でした。
と言うのも、この最終決戦に至る前に、三年生の主要メンバーは、戦死していたからです。
指揮は、物語『六色のオーブ』のメンバーである一年生たち。
白、赤、青、黄、緑、そして黒。
それぞれの色のオーブを持つ子が二人づつ、計十二人いました。
この十二人が、他の魔法少女たちの先頭に立って戦っていました。
魔法少女は、科學戦隊の圧倒的な科學力に耐え、何とか戦線を維持していました。
そこへ、伏兵の騎士団が襲いかかったことで、一挙に勝敗が傾きます。
科學戦隊と騎士団たちは、魔法少女たちを次々と屠っていきました。
元帥による皇國軍派兵は、一足出遅れていました。
皇國軍の兵たちが決戦場に到着したとき、既に、白、赤、青、黄、緑のオーブを持つ十人は、既に華々しく散っていました。
皇國軍は、それでも、どうにかこうにか、黒のオーブを持つ二人の救出にだけは成功しました。
それが、顔黒頑子と、山姥嫌姫の二人です。
ここで、ちょっとだけ、わたくしごとの、お話しをさせてください。
私、この御影密は、最終決戦当時、魔法少女育成科の二年生でした。
私は、魔法少女育成科に、毎年、数人しか居ない男子生徒です。
入學してからずっと、私は、男子として戦いの先頭に立ち、仲間の女子たちを護ろうとしました。
ところが、逆に、女子たちの方が、私を護って、次々と倒れていきました。
自分の不甲斐なさに、歯噛みしました。
一二月の最終決戦を前に、生き残っている二年生たちの集まりがありました。
話し合いの主旨は、最終決戦後の魔法少女育成科ために、一人でも多くの一年生を生き残らせることこそ、我々の二年生の役目だという確認です。
無論、私も、その決意です。
自分は、必ずやこの戦いの先陣を切り、そして、胸を張って仲間たちの元へ逝こう、と決意していました。
ところが、他の二年生たちが、私に向って、「密は、死んじゃダメ」と、言うのです。
私は、『なぜ、私だけ……。まさか、私が、男だから……』という一言を、グッと呑み込みました。
すると、私の前に、当時一年生だった祓衣清女様が進み出て来られました。
清女様は、王侯貴族育成科に所属しておられます。
しかしながら、次の斎宮となられる御方であることから、魔法少女側に立ってくださっていました。
清女様は、私を思い止まらせるために、この魔法少女育成科二年生の会合を開いてもらったのだと、仰るのです。
そして、「昨日、わたくしに、國津神様よりお話しがありました」などと、とんでもないことを仰るのです。
國津神様によれば、この最終決戦に魔法少女の勝ち目はない、とのこと。
しかしながら、二年後、魔法少女の呪いを解く、新たな物語が始まる。
だから、『科學の鉄槌』物語の真実を知る者が、一人生き延びて、その者たちを導くメンターとならねばならない。
その役目を担う者として、御影密の名が國津神様より告げられたのだと――。
そんな話しに、納得できる訳がありません。
私は、その場にいる二年生たちを振り切って、戦いに身を投じようとしました。
ところが、二年生たちが総出で、私を魔力封印し、翌年一月まで、動けないようにしたのです。
かくして、私は、このように、生き恥を晒しているのです。
☆
最後に、『服飾の呪い』世代の魔法少女であるみなさんが、『勇者の転生』物語と事を構えた以上、知っておくべき事柄を、話しておきます。
それは、賢者天壇沈香と、聖女天壇伽羅の危険性についてです。
みなさんも知っての通り、賢者と聖女は、教皇天壇白檀の長女と次女です。
『科學の鉄槌』物語の最終決戦時、二人は、教皇の命により、騎士団とともに、科學戦隊に与しました。
当時、賢者沈香が三年生で、聖女伽羅が一年生です。
召喚勇者も、当時一年生で、既に、二人は、最初の勇者パーティーメンバーともなっていました。
二人は、自分たちの能力を活用し、『勇者の召喚』物語と並行して、『科學の鉄槌』物語をも操る立場にあったのです。
賢者沈香は、当時から既に、次代の教皇と目され、現教皇と同様、ロールに干渉できる力を持っています。
聖女伽羅圧倒的な治癒能力を持ち、部位の欠損すら瞬時に治癒できます。
二人は、この能力を使い、最終決戦に参加した騎士団員たちを籠絡しました。
賢者が、皇帝に忠誠を誓った騎士団員たちのロールを操作し、その忠誠の向う先を自分たち姉妹に差し替えました。
聖女は、最終決戦において、最前線に立ち、負傷した騎士団員たちを治癒し続けることで、騎士団員たちからの崇拝を得ました。
私は、最終決戦に乱入してきた騎士団に恐怖したことを覚えています。
彼らは、賢者への忠誠心から、死をも恐れない攻撃を敢行し、瀕死の傷を負ったとしても、聖女がたちどころに治癒してしまうのです。
私の眼前で、學園での三年間を共に戦った仲間の魔法少女たちが、次々と倒され、あの戦いの勝敗を決定づけたのです。
二人は、あの決戦に参加した騎士団員を、今でも支配しています。
みなさんが、特に留意すべき者たちが、二組います。
ひとつは、『賢者聖騎士』。
神殿は、元々神官のみの組織であり、騎士は居ませんでした。
彼らは、賢者への盲信から、勝手に騎士団を抜けて、神殿に居を移した者たちです。
もうひとつは、『聖女親衛隊』。
彼らは、『科學の鉄槌』最終決戦で、瀕死状態となり、聖女に命を救われた者たちです。
所属は騎士団のままなのですが、好き放題暴れ回っています。
この二組の構成員たちが、『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』の第三話を視聴して、激怒しているそうです。
『服飾に呪われた魔法少女』五人を、賢者を貶め、聖女を汚さんとする不埒者として、成敗すると息巻いているそうです。
みなさんは、身の安全に留意し、迂闊な行動を取ることのないよう、くれぐれも心がけてください。
☆
御影密先生による現代史特別補講が終わっテ、先生が退出されたところデス。
ワタシ、頭の中が、わやくちゃです。
――ワタシ、留學生で、カストリ皇國の歴史をよく知らないデハ、
済まされないことをしでかしたのかも……。
ワタシが、薄荷ちゃんに今代の科學戦隊を紹介したことデ、薄荷ちゃんは、『お色気ピンク』のロールなんてものを得てしまったデス。
そのことについては、薄荷ちゃんには、もう、お詫びして許してもらったデス。
――でも、ワタシ、薄荷ちゃんより先に、
密先生に謝らなきゃいけなかったのかも……。
『お色気ピンク』って、魔法少女を虐殺し、滅ぼしかけた人間で、そのバックにはこのカストリ皇國の為政者側の思惑があるってことを、ワタシも、そして薄荷ちゃんも、ちゃんと理解できていなかったデス。
兄のように慕ってきた密先生が、どんな思いでいるかも……。
それに、今代の科學戦隊だっテ、先代からの引継を受けていないのデス。
きっと、今代の科學戦隊も、自分たちの先輩と魔法少女が闘った『科學の鉄槌』物語を知ってはいても、その戦いで、両者が血で血を洗う戦いを繰り広げたという実感がないのデス。
マズイです。
ワタシ、思わず、立ち上がって、声をあげていたデス。
「薄荷ちゃん、ナンデ、よりにもよって、このタイミングで、こんな大切な授業を欠席したデスカ?」
すると、糖菓ちゃんが、「あのぅ……」と言い辛そうに、声を出したデス。
「気になることがあるんよ。薄荷ちゃん、昨日、外出禁止令を掻い潜って、美容院に行ったはずなんよ。『美容院ってとこに行ってみたいんだけど、男だってバレたら逮捕されちゃうかな?』って意味不明なこと聞いてきたん。『男でも、美容院行く人はたくさんおるん』って教えたら、驚いていたん。色々問いただしたら、薄荷ちゃんち、お金がなくって、いつもお母さんに髪切ってもらってて、理容院にも行ったことがないって、白状したん。うち、『明日の現代史特別補講のとき、かわいくなった薄荷ちゃんを見せてね』って、言ったん。そしたら、薄荷ちゃん、『授業は必ず行くから、髪型がへんでも笑わないでね』って言って、電話を切ったん」
そんな約束までしておいて、糖菓ちゃんに何の連絡もないまま、今日の授業に出て来なかったなんて……それは、もう、なにかが起こっているとしか思えないデス。
「みんなで薄荷ちゃんを捜そう」と明星様も焦った表情。
「そうだな」と、綾女ちゃんまで、同意したデス。
磊落な綾女ちゃんですら、危機感を感じるデスか!
「きっと、アイツ、勢いで髪の毛ピンクに染めちゃったりして、恥ずかしくて、人前に出れないんだぜ。みんなで捜し出して、笑ってやろうぜ」
……前言撤回。
綾女ちゃんは、通常運転デス。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月一六日② 薄荷ちゃんを捜して
ボク、もう、無事じゃすまないみたい。
きっと、メチャクチャにされて、逝かされちゃう。
母さん、妹の薄幸、ゴメンナサイ。
『服飾に呪われた魔法少女』のみんな、あとはよろしくね。