■五月一五日② 外出禁止の休講日 その2
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學生寮近くの美容室、ヘアースタジオ・ピンキーキラーズ。
ボク――儚内薄荷――は、美容師さんや、ヤジウマさんたちの圧力に屈し、頭髪をピンクにカラーリングすることを、受け入れかけていた。
そのとき、「ピンクちゃん、君、やっぱ、バカだろ!」という野太い声が、美容室を取り囲む人混みの後ろから飛んできた。
あれっ、人混みの後ろで、ふんぞり返っている、あの人、誰だっけ?
ああ、顔はうろ覚えだけど、あの全身タイツで誰だか分かる。
『雷撃イエロー』さんだ。
『雷撃イエロー』さんとは、この學園への入學に際して利用した、大陸横断鉄道煩悩号で顔を合わせて以来だ。
あのとき、『雷撃イエロー』さんは、學園の詰め襟學生服を着用していた。
でも、今日は、真っ黄っ黄の、タイツとヘルメットを着用している。
この服装なら、初対面の人でも、『雷撃イエロー』さんだって、分かっちゃうよね。
この服装ってことは、科學戦隊も學園内の不穏な空気を感じて、巡回警備でもしているのかな。
だって、『雷撃イエロー』さんの様子が、緊張感に満ちている。
ほら、全身の筋肉が、電流を纏って、ピクピク震えている。
眉間のあたりから、火花が飛んできそうだ。
『雷撃イエロー』さんのすぐ横に、服装で誰だか判明しちゃう人が、もう一人いる。
この、鮮烈な緑のタイツとヘルメットは、『旋風グリーン』さんだ。
初対面だけど、間違いない。
『旋風グリーン』さんは、『雷撃イエロー』さんと違って、緊張感がない。
どこ吹く風といった、のほほんとした空気感だ。
科學戦隊の四人は、揃ってマッチョマンだけど、はっきりとした違いがある。
この場にいない二人も含めて比較しよう。
『爆炎レッド』さんは、大柄で衣服が弾け飛びそうな、能筋の筋肉ダルマ。
『氷結ブルー』さんも大柄だけと、引き締まったガチムチ系で、理知的。
『雷撃イエロー』さんは、幾分スラリとしていて、神経質そうな感じ。
『旋風グリーン』さんは、ちょっとだけ低めの身長で、穏やかそうだ。
初対面の『旋風グリーン』さんについて捕捉すると、身軽でありながら、筋力が高いため、ゴム鞠みたいに、絶えず跳ね回っている感じだ。
『雷撃イエロー』さんは、『旋風グリーン』さんを引き連れて、窓の向こうの人波を書き分け、美容室の中に、ヅカヅカ押し入ってきた。
「僕は、魔法少女のことなんて、何も知らない。だけど、科學戦隊の『お色気ピンク』のことならよく知ってる。いいか、歴代『お色気ピンク』はな、全員、ショッキングピンクの全身タイツ姿だった。だけど、それでも、頭髪をピンクに染めてたやつなんて、過去一人もいないぞ。仲間や、魔法少女シリーズのプロデューサーへの確認もせず、独断で、髪型変えたり。頭髪染めたりするんじゃな……な……なんなんだ、その髪型? それでも、男か! 信じられん!」
『雷撃イエロー』さんは、あんぐり口を開けて、ボクの頭部を指さした。
ボクは、『雷撃イエロー』さんの反応に、青ざめる。
「えっ、ボク、変かな? やっぱり、男のくせに、ワンカールパーマなんかかけて、毛先に内巻きのカールなんかつけちゃ、ダメだった?」
「信じられん……くらい……カワイイ――」
『雷撃イエロー』さんは、ふるふると首を横に振って、そう答えた。
「な、グリーンも、そう思うよな」
『旋風グリーン』さんは、ピョンピョン跳ねながら、首を縦に振る。
「激しく、同意。『お色気』は、まるで無い。でも、歴代『お色気ピンク』で一番、カワイイ」
――いや、いや、ボク、歴代『お色気ピンク』の末席に加わるなんて、同意してませんよ。
ボクは、『旋風グリーン』さんを、キッと睨みつけた。
そしたら、『旋風グリーン』さんは……自身の胸元を押さえながら、キュンと頬を赤らめた。
――ナニ、そのアオハル的な反応?
『旋風グリーン』さんが、いきなり、ボクの前に跪いた。
「ピ、ピンクのレディー、一目惚れしました。僕は、カストリ地方の西の外れに領地を持つ西戎男爵家の五男で広目と言います。嫡男ではないので、家督は継げませんが、『旋風グリーン』として名をあげて、騎士爵位を得ることをお約束します。必ずや、幸せにします。ですから、どうか、この僕と、結婚を前提にお付き合いしてください」
「バ、バカヤロウ。グリーン、目を覚ませ。どんなにカワイクとも、コイツ、男だぞ」
「愛があれば、性別なんて、何の障害にもなりませんよ」
『雷撃イエロー』さんが、「うぐっ」と言葉に詰まった。
『旋風グリーン』さんを諫める言葉が、思いつかないらしい。
しかたない。
ここは、やっぱり、ボクが、誠意をもってお答えするしかないよね。
「『旋風グリーン』さん、女装を強要されているボクのことを、弄んでるんじゃないんですよね? 本気で言ってくれてるんですよね?」
『旋風グリーン』さんは、自分の胸を押さえながら、真摯な瞳を、まっすぐボクに向けてくる。
「はい、本気と書いてマジと読みます。ああ、この胸のときめき……。これは、僕の、初恋です」
「では、ボクも本気でお答えしますね。ボク、トラウマイニシエーションで、色々あって、男の人が恐いんです。最初は、ちょっと触れられただけでも、卒倒するほどだったんですよ。最近、やっと耐性がついてきて、手を触れたり、ダンスしたりするくらいならダイジョウブになってきました。でも、男の人と一緒に生活するなんて、絶対ムリです。それに、そんなトラウマを与えられる前から、ずっと、ボクの恋愛対象は、男性じゃなくて、女性なんです。だから、ごめんなさい」
『旋風グリーン』さんは、グッと唇を噛みしめる。
跪いた姿勢から、グラリと上半身を傾け、そのまま、床に、両手をついた。
ボクは、思わず、スタイリングチェアを降りて、『旋風グリーン』さんの前に、しゃがみ込み、その両手を取っていた。
「ホントに、ホントに、ごめんなさい。でも、ボク、男の人は、ゼッタイ、ムリなの」
『旋風グリーン』さんは、唇を引き結んで、ゆっくりと顔をあげた。
もし、ボクの方が告白する側だったら、きっと、もう、ボロボロに泣いていたに違いない。
でも、『旋風グリーン』さんは、ボクなんかと違って、ホンモノのオトコノコだ。
端正な顔を歪めながらも、ちゃんと笑顔を作れていた。
「残念です。でも、これから、科學戦隊仲間として、お友だちになってくださいね」
ボクも、極力明るい笑顔を、『旋風グリーン』さんに向ける。
「はい、科學戦隊仲間にはなれませんが、お友だちからはじめましょう。仲良くしてくださいね」
――仲良くしましょうの言葉に、ウソはないよ。
ボク、『お色気ピンク』になるつもりはないけど、
不本意ながら、『お色気ピンク』のロール持ちだし、
科學戦隊へ協力することだけは、約束してるからね。
ボクと『旋風グリーン』さんの周囲に、暖かな拍手が巻き起こった。
見回すと、美容師さんを筆頭に、お店の前に集まっていたヤジウマのオバサマ方や、その子供たちが、ニコニコしながら、拍手している。
美容師さんなんて、両手を自分の頬にあて、首をふるふる揺らし、身体をクネクネ捩りながら、「若いって、いいわね」とか呟いている。
――うわっ、自分が、いま、ヘアカットケープを被ったまま、
美容院の中にいるってことを、完全に失念してたよ。
――それに、なんなの、この砂糖菓子みたいに甘々な空気感!
いたたまれないんですけど!
『雷撃イエロー』さんが、「コホン」と、咳払いした。
「とにかくだ、僕らが偶然通りかかって、ピンクちゃんの、毛染めを制止できて良かった。こんな可愛くなったうえに、頭髪をピンクに染めて、街中を出歩いたりしてたらと思うと、気が気でない。そんなことしてたら、猥褻物公然陳列罪で、官憲から、逮捕、連行されてたぞ」
――えっ、ボクって、歩く猥褻物なの?
『旋風グリーン』さんも、ボクのことが心配みたい。
「何はともあれ、狂信的な召喚勇者信奉者が魔法少女を狙っているってニュース報道がなされているなか、ピンクのレディーを一人で街中に放置できないな。僕らに、學生寮までエスコートさせてよ」
ピョンピョン跳ねながら、そう申し出てきた。
やっと、訳の分からない展開を収拾できそうだと、安堵した。
……ところへ、新たな乱入者があった。
揃いの騎士服を着た一団が、一糸乱れぬ隊列を組んで、小走りで、この美容院へ押し寄せてきた。
三×十の隊列なので、三十人。
全員、ガタイの良い男性ばかりだ。
三×九を美容院の前に待機させ、先頭の三人が、美容院の中に入ってきた。
隊長と、副官二人って感じだ。
隊長っぽい人が、口を開いた。
「魔法少女育成科一年儚内薄荷で、宜しいか? 貴君ら『服飾に呪われた魔法少女』五人には、學園長の通達があったろう。安全性を考慮し、貴君らは本日の外出を禁じられている。我々は、騎士団所属の學生部隊である。學園長より、我々に直命があった。外出禁止の命を破った薄荷を、騎士団の學園支部へ連行し、明朝まで、保護するようにとのことである」
口調は丁寧だけど、慇懃無礼な感じだ。
気のせいかもしれないけど、男のくせにピンクのミニスカセーラー服なんか着て、美容院でパーマなんかかけてるボクのことを、心底見下している感じがした。
それでなくとも、三十人もの男性に取り囲まれて、一晩過ごすなんて、ボクには耐えられそうにない。
「學園長の通達を破っちゃって、ごめんなさい。でも、ほら、學生寮は、すぐお隣です。ちょうど、科學戦隊のお二人に、エスコートしてもらって、寮に戻ろうと……」
隊長っぽい人が、胸ポケットから取り出した紙を、『雷撃イエロー』さんと、『旋風グリーン』さんに、広げて見せた。
「學園長の命令書である。貴君ら科學戦隊は、これを覆せる何かをお持ちか?」
「いえいえ、僕らは、パトロール中に、偶然通りがかっただけでして……」と、『雷撃イエロー』さんが、口ごもる。
『旋風グリーン』さんが前に出て、何か言いつのろうとするのを、『雷撃イエロー』さんが、押し止めている。
「ならば、即刻、退去していただこう」と、隊長さんが凄む。
『雷撃イエロー』さんが、『旋風グリーン』さんの背中を押すようにして、出ていった。
「ほら、行くぞ。騎士団は、ピンクちゃんを保護するために来ているだけだから、落ち着けって」という声とともに――。
科學戦隊の二人が、立ち去ったのを確認してから、隊長さんが、「確保!」と命じた。
予め、手筈が決められていたのだろう。
副隊長さん二人が、素早く動く。
一人が、ロープを取り出し、ボクをヘアカットケープごと縛る。
もう一人、ボールギャグを取り出して、ボクの口を塞ぐ。
ボクは、この時まで、いざとなったら、何とでも対応できると考えていた。
発動可能となった魔法少女の力を使えば、不測の事態に陥っても恐くないと楽観していた。
実際、すぐさま拒絶の力で、ロープ、ボールギャグ、そして隊長さんたち三人を、跳ね退けようとした。
ところが、身体に、まるで力が入らない。
魔力が紡げないだけではない。
身体が持つ、元々の筋力すら出せない。
『なぜ?』っと考えて、ハッと気づいた。
頭から被らされ、全身を包んでいる、このヘアカットケープのせいだ。
ボクにかけられた呪いは、『与えられた三種のセーラー服以外、着用してはならない』というもの。
この『着用してはならない』という表現がくせものだ。
たぶん、このセーラー服を脱いだとしても、『服飾の呪い』は発動しない。
素っ裸になったとしても、『着用していない』分には、何の問題もない。
いや、そんな事態になったら、恥ずかしさのあまり、逆に力が、暴発しそう。
だけど、『着用してしまったら』どうだろう。
他の服で出かけたり、着替えてしまったら、当然アウトだ。
そして、そして、セーラー服の上に、さらに何かを『着用してしまって』もアウトなのだ。
つまり、被っているヘアカットケープが、『服飾の呪い』を発動させているのだ。
ボクは、いつの間にか自分の魔力が、ほとんど消え失せていることに、やっと気がついた。
美容院での騒動に継ぐ騒動で、自分の身体の異変に、まるで思い至っていなかった。
魔力どころか体力まで奪われている。
もはや、自力では、立つことも、腕を動かすことも、できそうにない。
指先一本に至るまで、全く力が入らない。
科學戦隊の二人がいるうちに気づいていたら、助けを求めることだってできたのに……。
悔やまれる。
騎士団の隊長さんが、ニタニタ笑いながら、ボクの耳元に囁く。
「我々は、真実、騎士団所属の學生部隊だ。……たがな、この學園長の命令書はニセモノだ。……それから、我々の隊には、別名があってな、世間からは『聖女親衛隊』と呼ばれている」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月一六日① 現代史特別補講
ゴメンナサイ。
明日、十六日は、大切な現代史特別補講の日だっていうのに、ボクったら、また捕まっちゃいました。
なんか、ヤバゲです。
ボク、もう、無事じゃすまないみたい。