■五月一五日① 外出禁止の休講日 その1
『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』の第三話は、六話構成の大作だ。
そのテレビ放送は、五月一〇日から一五日まで。
つまり、今日が、放送最終日だ。
學園内に居ると実感が沸かないけど、カストリ皇國中が、大騒ぎになっているみたい。
大方は、魔法少女に同情的で、召喚勇者に批判的だ。
だけど、その一方で、召喚勇者の熱心なファンたちが、魔法少女へ憎悪を向けているらしい。
召喚勇者側には、『信者』と呼称される、病的なファンが結構いて、魔法少女抹殺を宣言したそうだ。
現に、昨日、魔法少女育成科二年生の物語『カードパーシヴァーさいこ』のメンバー一人が、學園内で襲われ死亡した――と、ニュース報道されている。
學園から、魔法少女育成科全員に、公示が出ている。
・当面、魔法少女育成棟以外への外出は、控えること。
・特に、一般人や観光客の出入りが可能な、
商業区域やショッピングモールへの外出は禁止する。
それとは別に、『服飾に呪われた魔法少女』五人には、學園長直々の通達が来ている。
・一週間サイクルの授業日程通りであれば、
次の魔法學実習日は五月十五日であるが、
状況に鑑みて、これを順延し、次回は、五月二二日とする。
・『服飾に呪われた魔法少女』五人については、
五月十五日の授業は無くなるが、安全性を考慮し、
學生寮から出ることを禁ず。
いやはや、なんとも、まったく……。
授業もない、完全フリーの一日だよ。
なのに、ピチピチの十五歳ギャル(偽)が、外出するなと言われて、大人しく部屋に閉じ籠もっていられるだろうか?
無理、無理、無理デスヨ。
だって、ボク――儚内薄荷――には、行きたいところがあるんだ。
美容院だよ。
いつもの理髪店ではなく、初めての美容院だよ。
ミエはりました、スミマセン。
実は、ボク、理髪店にすら、行ったことがないんだ。
お金がモッタイナイから、いつも母に散髪してもらっていたからね。
ボクは、セーラー服でこの學園に通うことが決まって以来、ずっと髪を切らずにきた。
おかげで、ようやく、いくらか伸びてきた。
いま、ちゃんとカットしてもらえば、カチューシャなしでも、ショートカットの女の子に見えると思う。
先日入金された奨學金が、まだある。
學割カットだけなら、ちゃんと支払える。
學生寮から、ほんの少し歩いたところに、ヘアースタジオ・ピンキーキラーズという看板を出している美容室がある。
店舗のネーミングセンスは、ちょっとどうかと思う。
でも、あの立地なら、見とがめられても、「えっ、ここって、學生寮の敷地内かと思いました」とか、とぼけることが出来そうだ。
実は、もう、数日前に予約を入れてあるから、いまさらキャンセルしたくないんだ。
大きなガラス窓があるお店だ。
外から店内が見通せる。
初美容院のボクには、そこが安心できた。
美容師さんは、なぜだか、山高帽を被って、ステッキを手にしている。
ボクが入店すると、山高帽をクイッと脱いで挨拶し、ステッキと一緒に、傍らの衣紋掛けに引っかけた。
雰囲気のある女性……いや、たぶん男性だ。
細身で確りお化粧しているけど、上背があって、肩幅があって……喉仏がある。
美容師さんの、人懐っこい笑顔に、肩の力が抜けた。
何と言うか、するりと懐に入り込んでくる感じだ。
この人なら、安心して、身を委ねられそう……。
スタイリングチェアに案内され、ヘアカットケープを被らされる。
ヘアカットケープって、ほら、首を出すところに穴の開いた、防水性のある長い布のことだ。
「髪、ピンクにカラーリングしますね」
準備が整ったところで、そんなことを言われた。
――ええーっ、いきなり、なんなんですか!
これは、うかうか身を委ねてなんていられない。
だって、普通なら髪型の希望を訊かれそうなタイミングだよ。
それに、茶髪とかならまだともかく、ピンクの毛染めって!
そんな髪色の人なんて、見たこともないんですけど!
それも、「してはいかがですか」とかではなく、「しますね」って――。
ボクは、叫びだしそうな自分を抑え込んで、「染めじゃなく、カットで」と、声を絞り出した。
「髪型の、ご希望はありますか?」と訊かれた。
よかった、今度は、真っ当な質問だ。
ボクに、女性の髪型なんて分からない。
辛うじて、「可愛くしてください」とだけ答えた。
そう答えてしまってから、自分が自分への希望を「かわいく」と形容したことに気がついた。
無論、顔面などではなく、髪型のことなんだけど、それでも恥ずかしい。
自分の顔面が、カッと熱を帯びたのが分かった。
美容師さんは、動揺するボクをさりげなくスルーしてくれた。
「ワンカールパーマで、毛先に内巻きのカールをつけましょう」
確かに、それはカワイイと思う。
「それで、お願いします。」
「分かりました。では、髪型を作ってから、ピンクにカラーリングしますね」
「いや、だから、カラーリングはしませんって」
「ピンクちゃんなのに、どうして? 髪、ピンクにしないと笑われちゃうよ」
美容師さんは、ボクが着ているピンクのセーラー服を指さして、そう言った。
心底納得がいかない様子で、首を傾げている。
「いや、いや、髪をピンクなんかにしたら、それこそ笑われちゃいますって」
どうやら、美容師さんは、ボクが『セーラー服魔法少女』だって、分かっている様子だ。
そして、どうしてそうなるのか分からないけど、『セーラー服魔法少女』であるピンクちゃんの髪は、ピンクでなければならないと、強く思い込んでいるみたいだ。
この美容師さんは、ボクが何回否定しても、ボクの髪をピンクにしてきそうな気がする。
ボクは、『パーマが終わったら、カラーが開始される前に、逃げよう』と、心に決めた。
髪にハサミを入れながら、美容師さんが、ボクの顎を、指先でなぞって確認する。
「頭髪と眉以外の体毛が、全くないんですね」
それはボクのコンプレックスのひとつだけど、美容師さんは心底羨ましそうな口調だ。
ご自身が、日頃、苦労されているのだろう。
当たり障りのない學園の四方山話をしながら、パーマをかけてもらう。
ちょっとだけ感心したのは、美容師さんが、ボクが『セーラー服魔法少女』だと気がついていて、しかも、どうやら、ボクのファンらしいのに、魔法少女にかかわる話題に、一切触れなかったことだ。
ボクが、自分のことを喋りたくないのだと、敏感に察知しているらしかった。
美容師さんが、ヘアカラーの並んだ棚へと、手を伸ばした。
ボクは、それを見逃さなかった。
カットケープを被ったまま、スタイリングチェアから立ち上がる。
「お会計、おねがいし――」と、言いかけて、目を見開いた。
広く開放的な、美容院の窓の外に、ヤジウマが鈴なりになっていた。
全員が、ボク――というか、『セーラー服魔法少女』――を見物している。
「ど、どうしてこんな、衆目を集める事態に……」
美容師さんが、どうしてこんな状況になったのか、教えてくれた。
「最初、通りかかったご近所の小さな女の子が、ここにピンクちゃんがいるって、気がついたみたい。一緒にいたお母さんに伝えて、そのお母さんがママ友を呼んで、あとは、もう、わらわらと集まってきたの。ワタシだってピンクちゃん推しだから、気持ちはよ~く分か……そうだ、ちょっと、みんなの意見を聴いてみるね!」
美容師さんが、ツカツカと歩いて、美容院のドアを解放した。
そこに集まっている人々に、声を張り上げて尋ねる。
「吉田さんの奥さん、山本さんの奥さん、佐藤のおばあちゃん、こんにちは。ねえ、ねえ、聞いてよ。ピンクちゃんの髪がピンクじゃなかったの。ワタシ、驚いちゃって、すぐにピンクに染めましょうって提案したの。なのに、ピンクちゃんたら、ピンクちゃんのくせに、ピンク髪を嫌がるの。どう思う?」
吉田さんと、山本さんと、佐藤さんだけじゃなく、その場にいる全員が、口々に答えてくれる。
「テレビだと白黒だからねぇ。」
「ピンクちゃんって、學園の公式公示にも、全身ピンクって書いてあったよね」
「黒髪で出歩いちゃ、さすがに、まずいんじゃないの?」
「ほら、うちの子がさっき買った食玩のオマケシール、これ見て、頭どころか、肌までピンク一色でしょ」
「いや、それは、色数減らして、製造単価を下げているだけで……」
「ワタシのパート先の宮田模型で、いま、塩ビ人形やブリキ玩具の製造を急いでるの。あれは、肌は肌色だけど、頭髪はピンクだったわ」
「ピンクちゃん、協賛企業から、訴えられちゃうんじゃない。ダイジョウブかな」
「ピンクちゃんがピンクじゃなきゃ、ピンクちゃんじゃないよ~」
「ブラックも、レッドも、イエローも、グリーンも、ブルーもあり得ないって、時代はピンクだよ」
「ピンクちゃんのエゴで、子供の夢を壊しちゃだめだよな」
――え~っ、ボク、ビンクの髪じゃなきゃマズイの?
呪われてるのは服飾だけで、
頭髪は含まない……はずだよね。
――それでなくとも、ピンクのミニスカセーラー服なんか着させられて、
男のプライドを全否定されてるのに、
ピンク髪になんてなったら、
人間としてのプライドまで全否定されちゃうんじゃ……。
美容師さんは、いつの間にか、スタイリングチェアのところに戻っている。
スタイリングチェアの台座をポンポン叩いて、「さあ、おいで。もっと、カワイくしてあげるから。ピンクの頭髪って、絶対ステキだから」なんて、誘ってくる。
ボクは、カクンと肩を落とす。
観念して、スタイリングチェアに座り込んだ、そのとき――。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月一五日② 外出禁止の休講日 その2
美容室に行っただけなのに、どうしてこんなことになっちゃうのかな。
なんだか、どんどん、どんどん、訳の分からないことになっていくんですけど……。