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■五月一二日 舞踏學の実習

 恐怖の舞踏學実習日だ。

 朝から、気持ちが重い。

 生死に直結する魔法学実習日よりも、気が重い。

 手にしている『転生勇者の(つるぎ)ネコ』も重い。


 昨夜のうちに、祓衣(はらい)玉枝(たまえ)學園長先生から、今日の舞踏學実習に、この(つるぎ)を持参するよう指示があった。

 今にして思えば、その時点で、ちゃんと、(つるぎ)の運び方を考えておくべきだった。


 五月八日の魔法學実習で、(つるぎ)を入手した際は、スイレン(睡蓮)レンゲ(蓮華)さんが、この部屋まで転移で、運び入れてくれた。

 だから、ボク――儚内(はかない)薄荷(はっか)――は、重いだけでなく、鞘の無い抜き身の(つるぎ)を運ぶことの大変さに、まったく思い至っていなかった。


 ボクは、(つるぎ)を両手で抱きかかえるようにして、部屋を出た。

 その体勢で、どうにか運べたのは、平民女子寮のエントランスまでだった。


 腕の力が限界を超え、ボクは、エントランスのど真ん中で、(つるぎ)を取り落としてしまった。

 ガシャンと、音を立てて(つるぎ)が転がる。


 危なかった。

 もう少しで、指を切り落としてしまうところだった。

 それに、エントランスを行き交っていた女學生たちの、視線を集めてしまった。


 柄を掴んで、再度、(つるぎ)を持ち上げようと、試みる。

 腕が疲れてしまっているうえに、抜き身の刃であることの恐さを実感したこともあって、もう持ち上げきれない。


 仕方ない。

 両手で柄を掴み、剣先で床を、ズルズル引き摺る。

 着用している『平服』を、『体育服』にチェンジすれば、持てるだろうけど、それはイヤだ。


 「神器の(つるぎ)を引き摺ったりしては、バチが当たるよ」

 呆れ果てたような声を掛けてきたのは、舞踏學のダンスパートナー、宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)様だった。

 明星(みょうじょう)様は、神器を持ち運ぶことの危険性を考慮して、貴族女子寮から、この平民女子寮まで、ボクの様子を見に来てくれたそうだ。


 明星(みょうじょう)様は、実にさりげなく、ボクから(つるぎ)を受け取る。

 (つるぎ)を両手で捧げ持ち、その(つるぎ)へ深々と一礼する。

 そのうえで、刃を上にして、自分の肩に担ぎ上げた。

 何と言うか……折り目正しく、清廉な凜々しさに満ちている。

 エントランス内にいた女子たちから、溜め息が漏れ、熱い視線が集まった。


 それにしても、男子のボクが、女子の明星(みょうじょう)様に、荷物を持たせるって、どうなのって思う。

 内心、忸怩たる思いがある。

 だけど、明らかな体格差があるうえに、ボクたちのダンスペアは、明星(みょうじょう)様が男役で、ボクが女役だ。

 騎士に護られる姫的な立ち位置を、ボクが甘んじて受け入れるしかないことは、これまでの舞踏學の実習で、さんざん思い知らされた。


 明星(みょうじょう)様にエスコートされて、魔法少女育成棟へ向う。

 行き先は、前回の、舞踏學実習と同じ、地下実習室だ。

 重厚な二重扉を潜り、結界のなかに入る。


 そこに、玉枝(たまえ)學園長先生だけでなく、男性が一人待っていた。

 その男性は、背はボクと同じくらい低いのに、ガッシリとした筋肉質の体型で、顔面は伸ばした髭に被われている。

 何となく、童話に登場するドワーフみたいだ。


 一応言っておくけど、いくら子供じみたところがある、このボクでも、亜人種なんて存在しないことはちゃんと理解しているからね。


 そのドワーフ――じゃなかった、男性は、ボクに特級鍛冶師章を見せてくれた。

 ボクたちが付けている生徒徽章に似ている。


 學園長先生の説明によれば、『勇者の(つるぎ)』は、神器扱いとなるため、カストリ皇國の国庫負担で、メンテナンスと鞘の作成をやってもらえるのだそうだ。


 學園長先生から、「作業を急がせるので、鞘ができ次第、前期末舞踏会だけでなく、常日頃から、必ず帯剣するように」と言い渡された。


 正式な舞踏会においては、警備を担当する兵士以外、武装は認められない。

 だから、本来、帯剣も許されない。

 しかしながら、貴族の儀礼剣と、神器についてだけは、身につけることが許容されるそうだ。


 特に、神器は、存在そのものが神々の意思であり、人がその携行を阻むことはできない。

 斧、槌、更には銃剣のような、破壊力や殺傷力の高い武具であったとしても、神器の持ち込みを阻むことは許されないそうだ。


 ボクは、唇を尖らせる。

 「だからと言って、神器の所有者が、それを必ず、舞踏会に携行しなければならないってものじゃないですよね。ボク、それでなくとも、ダンスはへたっぴなのに、こんな重たくて、剣呑なものを持って、踊れやしませんよ」


 學園長先生から、「黙らっしゃい」と怒られた。

 手にしている破魔矢の先端で、ボクのお尻を、ぐいぐい突いてくる。

 何だが、舞踏學実習のたびに、ボクの扱いが酷くなっていく気がする。


 學園長先生によれば、これは体面の問題らしい。


 敵対する教皇派閥の召喚勇者は、舞踏会に出席する際、必ず『召喚勇者の(つるぎ)タチ』を帯剣してくる。

 従って、ボクは、斎宮派閥の転生勇者として、『転生勇者の(つるぎ)ネコ』を身につけ、これに張り合わなくてはならないとのことだ。


 ボクが、諦めて、帯剣を了解したら、今度は特級鍛冶師さんが、「困ったのう」と言い出した。


 ボクが、ちくちくりんなせいで、剣を腰に吊すと、引きずることになるとの指摘だ。

 抜き身でさえ、そうなのだから、鞘なんてつけたら、ずるずる引きずって歩くしかない。

 ましてや、ダンスなんて踊りようながない。


 そこで、特級鍛冶師さんから提案されたのが、背中に背負うタイプの鞘だ。

 これなら、剣を背負ったままダンスを踊ることも難しくない。


 ただし、普通にそんな鞘を作ったら、一旦背中から降ろさないことには、剣を抜けない。


 時折、背中に剣を背負った戦士の絵姿を、見かけることがある。

 その姿はカッコイイが、実のところ、その状態から、瞬時に抜刀することは難しいそうだ。


 つまり、剣を背負ってなどいては、敵対している召喚勇者が仕掛けてきたときに、抜刀もできないまま斬り殺されてしまうってことだ。


 「普通であれば、剣を背負うなど愚の骨頂じゃが、幸い薄荷(はっか)殿は魔法少女じゃ。そこで、鞘に魔術式を組み込み、詠唱により、背中の剣を眼前に移動させ、そのまま抜刀に至るシステムを、提案したい」


 學園長先生が、「前代未聞ですね」と、首を傾げる。


 「こんなことができるのは、魔力の高い魔法少女ぐらいかの。じゃが、通常、魔法少女が武具を手にするとしたら、メイス、ロッド、スタッフ、ワンド等、魔力を増幅する類いのものばかりじゃろ。剣を腰に吊せんほど低身長の魔法少女が、剣を装備する状況自体が、本来あり得ん」


 學園長先生が、ボクの意見など聞くことなく、「了解しました。魔術式付き背負い鞘でお願いします」と答えた。


 「では、鞘に組み込む、抜刀時の詠唱文言を決めてくれ」


 學園長先生が、「う~ん」と考え込んでから、ぶつぶつ小声で呟いている。

 「……美少女魔法戦士ピンクちゃん見参!……悪い子は魔女っ子ピンクがお仕置きね!……ミニスカセーラーピンクが今日もあなたをくぎづけよ!……う~ん、どうも、しっくり来ないわね……」


 ――こっ、これはマズイ。

   そのセリフ、ボクが言うんだよね。

   學園長先生に任せておいたら、とんでもなく恥ずかしいものなっちゃう。


 ボクは、慌てて口を挟む。

 「そんなもの『抜剣!』だけでいいじゃないですか。長すぎたら詠唱中に殺されちゃいますよ」


 すると、學園長先生から、叱られた。

 「事情の分かっていない者は、口をつぐみなさい。生半可なものでは、番組スタッフも、協賛スポンサーも、何より番組視聴者が納得しないのです」


 横から、明星(みょうじょう)様が口を出す。

 「學園長先生、そういうことであれば、清女(きよめ)総帥のご意見を、お聞きする必要があるかと、存じます。一日猶予をいただいて、『801』号室案件とさせてください」


 學園長先生は、「確かに、若い者の意見を聴くのが最良でしょうか――。では、よしなに」と言う。


 「仕事を急がせるのじゃから、せめて基本デザインだけでも、この場で決めてくれんか」と、ドワーフさん……じゃなかった特級鍛冶師さん。


 これも、學園長先生が、即決する。

 「ピンクのカワイイ~のをお願いしましょう。鞘だけでなく、柄や鍔も、ピンクで一新して欲しいの。花柄や、ハートや、星を散らしてください。そうだわ、鍔は、翼の意匠にしましょう。これは、決まりね。あと、どうせ魔力を刻むのだから、発動させたら、全体が蛍光ピンクで、ピカピカ点滅するようにしてくださらない?」


 やっぱり、ボクの意見を聴く気はないようだ。


 呆れ顔の特級鍛冶師さんが、『転生勇者の(つるぎ)ネコ』を預かって、退席した。


 學園長先生が、パンパンと二回手を叩く。

 「さあ、さあ、おしゃべりは、このくらいにして、あとは特訓の続きよ」


 ――話の後半、明星(みょうじょう)様は、どこかへ行ってしまっていたし、

   ボクは、ずっと口を噤んでましたけど……。

   しゃべってたのって、學園長先生と特級鍛冶師さんだけなんですけど……。


 戻ってきた明星(みょうじょう)様が、何やら棒状のものを手にしている。

 鉄芯入りの木刀だそうだ。

 『転生勇者の(つるぎ)ネコ』と、ほぼ同じ長さと重さのものを選んだとのこと。

 「今日からのダンスレッスンは、これを背中にくくりつけて、やろうね」という。


 『平服』のまま、背中に、鉄芯入りの木刀を括り付けてみた。

 ずっしり重くて、肩に食い込む。

 立っているだけで、仰向けにひっくり返りそうだ。

 歩くと、ひょこひょことした足取りになる。


 こんなものを『日頃から、必ず帯剣するように』と言いわれても、辛い。

 ダンス訓練の前に、歩く訓練から必要だ。


 衣装を『体育服』にチェンジし、魔力を全身に纏う。

 すると、剣の重みは、感じなくなった。


 「シェネ・ターンをやってみて」と學園長先生から指示された。

 それは、前回の実習で、どうにかこうにか形になった技だ。

 両脚で、床の上に鎖を描くように、素早く回転しながら進む……はずが、すぐに重心がぶれて、バランスが崩れ、身体が床を転がる。

 背中の木刀が安定せず、ダンスの難易度が、跳ねあがった気がする。


 學園長先生と、明星(みょうじょう)様が、顔を見合わせて、「体幹を鍛えるしか……」と、溜め息を吐いている。


 またしても、あの恥ずかしい『道衣』姿になって、一からやり直すよう命じられた。


  【えっ、なんですか?

   だから、『道衣』の描写は、絶対ムリですって!

   教えませんよ、教えない!】


 學園長先生は、浮遊した三本の破魔矢を操っての、スパルタ指導を開始した。

 まるで出来ていないので、學園長先生の破魔矢で、またしても散々お尻をぶたれる結果となった。


 ぜんぜん踊れていないと言うのに、授業の最後にこんなことを宣告された。

 「神剣を持つ舞踏者は、ダンスのなかに、抜剣、剣舞、衲剣を組み込む慣習があります。次回の授業からは、その練習も加わりますので、観念なさい」


 お尻が、パンパンに腫れ上がって、まともに歩けない。

 ――今日も、痛みで、湯船に浸かれないな。

   もう、ヤだよ。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■五月一四日 リリアン市 儚内(はかない)

妹の薄幸(はっこう)が、ボクの知らないところで、大変なことに……。

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