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■五月一〇日 初めての奨学金支給日

 生徒徽章が、學園内において、財布として機能することは、前に説明したよね。

 生徒徽章には、入學前の受け取り時に、ひと月分の小遣い相当額がチャージされていた。

 文字通り最低限の、ごく僅かな額だよ。


 生徒の多くは、小遣い相当額だけでは不足を感じ、同時に送られて入學準備金から、いくばくかの額を、生徒徽章に入金してもらうそうだ。

 だけど、ボク――儚内(はかない)薄荷(はっか)――のうちは、母子家庭だ。

母一人で、懸命に、ボクと妹を育ててくれた。

 なのに、これからやっと、家計を支える働き手の一人になるはずだったボクが居なくなる。


 だから、ボクは、入學準備金は全額、母に渡した。

 ボクの方は、今日まで、生徒徽章内の小遣いだけで、何とかやり繰りしてきた。


 今日、五月一〇日は、待ちに待った、一年生にとっては、初めての奨學金支給日だ。

 ひと月分の奨學金が、翌月一〇日に、生徒徽章にチャージされる仕組みだ。


 鹿鳴館學園での修學は、労働と見做される。

 従って、小遣いではなく、労働対価としての給料が、毎月、奨學金という名目でチャージされる。

 最低賃金程度の額だけど、ボクにとっては、初めて自由にできる大金だ。


 念のため追記するけど、奨學金については、成績や、物語への貢献度などは一切考慮されない。

 死にそうな目にあったとしても、額が増えることはない。

 ただし、一年生、二年生、三年生と、僅かづつ増額するそうだ。


 ☆


 ボクは、奨學金が支給されたら、やろうと決めていた、いくつかのミッションを胸に、一人で學生寮を出た。

 木炭バスに乗って、學園内にあるショッピングモールへ向う。


 チュートリアルで、教導役萵苣(ちしゃ)智恵(ちえ)様に、學園内を案内していただいたときは、外から眺めただけだった。

 初めて、ショッピングモールの中に入ることになる。


 學園各棟の間の移動であれば、魔力や聖力で連結された通路を使える。

 だけど、ショッピングモールは、學生ではない一般人も利用するため、通路を連結してはいけない決まりだ。

 だから、バスで行くしかない。


 バスを降りたとたん、無遠慮な視線が、此処彼処から自分に突き刺さってくるのを感じた。

 主に、顔、二の腕、太股に、刺さってくる。

 この視線が何なのかは、もう、ちゃんと知っている。


 ピンクのミニスカセーラー服着用を義務づけられてから、否応なくその視線の正体に気づかされた。

 これって、つまり、オスがメスに向ける視線だ。


 この服装を強要される前は、ボク自身が、冴えないオスの一人として、カワイイ女の子にそんな視線を向けていた。

 そのくせ、いまでは、その視線に、本能的な恐怖を感じてしまう。

 ニセモノの女の子のくせに、いっちょ前に――と、自分でも思う。


 學園の生徒専用施設と違って、このショッピングモールは、一般人を受け入れている。

 そういった一般人が向けて来る視線は、全く遠慮がない。


 小走りになって、バス停から、ショッピングモール内へと駆け込んだ。


 エントランス部分が、ホールになっていた。

 屋内なのに噴水があり、三階までの吹き抜けになっている。

 煌びやかに飾り付けられた、大空間だ。

 上の階に上がるための、木炭発動機エスカレーターまである。


 人で、溢れかえっていた。

 後から聞いたことだけど、ここでしか手に入らない品も多いそうだ。

 それを求めて、國中どころか、世界中から観光客がやってくるらしい。

 學園の正式な生徒徽章や身分証がなくとも、この辺りには、観光パスで入れるそうだ。


 ボクは、目を丸くして、エントランスホール内の光景を見上げていた。

 すると、エントランス内を、声が飛び交いはじめた。

 「あっ、ピンクちゃんよ」

 「おい、ピンクっちだぜ」

 「ピンクのサウスポーがいる」

 「セーラー服魔法少女だぞ」

 「ムリムリの拒絶ダダッ子だ」

 「ハカハカ、薄荷飴食べる?」


 ムリムリというのは、ボクがよく「無理!」って叫ぶから。

 ハカハカというのは、ハカナイハッカを縮めたものらしい。

 そんなどうでもいいことは置いといて、大変な騒動になりかけている。


 飛び交う歓声が、あっという間に数を増した。

 色々な言葉がボクに投げかけられ、指さされ、手を振られる。

 エントランス内に響き渡って、ひとりひとりが何を言っているのかは、よく聞き取れない。

 それでも、応援の言葉だけじゃなく、ボクのことを嘲り蔑むような言葉も混じっていると分かる。


 子供たちが、ボクに向って走り出した。

 更には、大人たちまで、迫り寄ってくる。

 誰もが、ボクに向って、無遠慮に、手を伸ばしてくる。


 ボクは、さっきバス停で感じた視線を、見誤っていたことに気づかされている。

 単にオスからの視線が容赦ないというだけでない。

 ボクに向けられている視線は、もはや、年齢性別を問わない、とてもキケンなものになっている。

 なんと言ったらいいのかな、彼らにはボクのことが、好きにいじくり回して良いペットか、オモチャのように見えているに違いない。


 ボクにとって幸いだったのは、そこが、ショッピングモールの入口で、お巡りさんたちが、警備に立っていたことだ。

 数人のお巡りさんが、素早く動いて、ボクを囲む。

 暴徒化寸前の人たちから、隔離する。

 そのまま、ショッピングモール脇の交番に、連れて行かれた。


 この辺りの商店街全体を管轄する警察署の、チョビ髭署長さんが、応援の警察官たちを連れて、やってきた。

 署長さんは、チョビ髭を撫でながら、「ピンクちゃん、どうして、事前の予告もなく、こんなところへ? 立場を自覚していただかないと困ります」と、憮然としている。


 なぜ、ボクの方が怒られるのか、分からない。

 それ以前に、なぜ。署長さんまで、ボクのことを『ピンクちゃん』呼びするのか、分からない。


 ボクは、とにかく「ごめんなさい。お買い物したかっただけなんです」と謝る。

 でも、納得できてはいない。


 ボクだって、『服飾に呪われた魔法少女』のテレビ放映が、全國的に大人気だとは聞いている。

 ボクの顔や、この恥ずかしいピンク衣装の知名度は、比較的高いだろう。

 だけど、この扱いは、まるで、人気芸能人か何かだ。

 ボクは、この學園の一生徒で、生き延びるために、日々足掻いていただけなんだ。


 「まだ、第三話の放送前で、ホントに良かったですな」

 チョビ髭署長さんが、自身の胃のあたりをさすりながら言う。


 昨日、『勇者の召喚』シリーズと、『服飾に呪われた魔法少女シリーズ』シリーズが、異例のコラボレーションを行うことが告知され、大々的な予告キャンペーンが展開されている。

 テレビ放送の、これまでの常識を、打ち破る大作が、連続放送されるという触れ込みだ。

 今晩、まずは『勇者の召喚シリーズ 陸上部のエース 後編』が前座として放送される。

 これで衆目を集めたうえで、明後日から『服飾に呪われた魔法少女シリーズ 第三話』の全六パートが連続放送される。


 「學園の中に居る限り、ピンクちゃんに、物語から外れた不躾な行動を取る者はいませんからな。ピンクちゃんは、きっと、一般社会における、ご自身の状況を認識しておられんのでしょう。今晩からの放送では、召喚勇者様と魔法少女の両方が登場し、しかも敵対されると聞いております。我々警察は、學園の治安を護る立場として、厳戒態勢を敷いております。學園に駐屯する皇國軍も、出動要請に備えております。どれだけの人間が、ピンクちゃんたちのために昼夜を惜しんで働いておるのか、ご理解いただきたい」


 そこまで言われても、やっぱり、ボクのせいではないと思う。

 だけど、多くの皆さんに、お手数をかける事態に至っていることだけは、理解できた。

 「すみません。ワガママ言っちゃダメですよね。ボク、大人しく、學園内に戻ります」と頭を下げた。


 ボクの返事は、チョビ髭署長さんを、逆に恐縮させてしまったらしい。

 「吾輩らは、不本意な女装までして恥辱に耐えているピンクちゃんに、一日の休息すら供与できんのか! 正義を信奉する一人の官憲として、忸怩たる思いだ……」とか、呟いている。


 署長さんは、暫し沈思黙考ののち、カッと両目を見開く。

 そして、自らが先導し、警察官数十人で、ボクを取り囲んで警護し、買い物をさせてくれると言い出した。


 今度は、ボクの方が、しり込みしてしまう。

 「ボクが行くと、モール内のお店に迷惑がかかるんじゃ……」


 決意を固めた署長さんが、これを、カカカと笑い飛ばす。

 「ピンクちゃんなら、どこのお店も大歓迎ですぞ。『セーラー服魔法少女』が来店したお店となれば、それだけで、どこも客足が数倍に伸びましょう」


 ☆


 ショッピングモールの入口付近には、キャラクター関連グッズのお店が集中していた。

 歴代の『勇者とそのパーティー』、『科学戦隊』、そして『魔法少女』。

 そこまでは分かるけど、シリーズ放送されていない『令嬢の転生』物語グッズまである。

 カード、フィギュア、ぬいぐるみ、玩具、ファンシー文具。

 キャラクター名を冠した、お菓子類も多様だ。

 新たな番組が放送されると、その週のうちに、その物語展開に関連した新商品が出るらしい。


 キャラクター関連グッズには、このショッピングモールでしか手に入らないレアなものも多い。

 なので、それを求めて、世界中から観光客がやってくるという訳だ。


 ボクは、ブロマイド店に目をとめた。

 『この世界』に、肖像権なんてものはない。

 当然のごとくボクのブロマイドも並んでいる。


 ボクのブロマイドは二種類あった。

 『平服』である半袖+ミニ・セーラー服のものと、『体育服』であるノースリーブ・ワンピ・セーラー服のものだ。

 『平服』の方も、結構なお値段ただが、『体育服』の方はとんでもない価格が書かれていて、その横に『ウルトラレア、プレミア価格』と添え書きされている。


 一応、言っておくけど、商品化の許可を求められた記憶などない。

 売り上げの一部をいただいたこともない。


 このブロマイド店に目をとめたのは、並んでいる写真に、色が付いていることに驚いたからだ。

 写真って、モノクロか、セピアしか、撮れないはずだよね。

 手に取って確認したら、何と一枚一枚、手作業で着色してある。

 写真一枚に、とんでもないお値段が付いているのは、手塗りだからかな。


 『体育服』の方は無理だけど、『平服』の方なら、なんとか手が届きそうなお値段だ

 幸い、このショッピングモールでも、学割は可能だ。

 自分の『平服』ブロマイドを指さして、「これ、一枚ください」と、財布がわりの生徒徽章を差し出した。


 チョビ髭署長さんから、「ご自分の写真とはいえ、どうしてこんな……ものを?」と尋ねられた。

 署長さんは、ショッピングモールのお土産品に相応しからぬ、ブロマイドの高額さに驚いているようだ。


 隠しても仕方ないので、正直に答える。

 「今日の目的の一つは、郵便局で、リリアン市にいる母と妹に手紙を出すことなんです。そこで、その手紙に、このブロマイドを同封しようって思いついたんです。ボクの実家は、母子家庭で裕福ではなく、ボクの写真もないんです。ボク、このまま、生きて故郷に帰れない可能性が高いでしょ。母と妹のために、自分の遺影の一枚も残しておこうと思って――」


 その答えを聞いた署長さんが、なぜか涙ぐんでいる。

 ブロマイド店の店主さんも涙ぐみながら、「ご本人からお金をいただくなんて、とんでもない。ブロマイド数枚に直筆でサインしていただけるなら、一枚無料で差し上げます」と言ってくれた。


 貧乏学生であるボクは、「ありがとうこざいます」と、感謝しつつ、この提案に乗っかろうとした。


 すると、「少々、お待ちを」と、署長さんに制止された。


 署長さんが、ブロマイド店の店主に向って、凄む。

 「そもそも、写真一枚に色を塗ったくっただけで、この価格設定は、丸儲けだろ。そのうえ、『セーラー服魔法少女』ご本人のサイン入りのブロマイドなんて、ただのブロマイドの十倍の値がつくだろ。感涙しているふうを装いながら、商魂たくましくしやがって、コノヤロウ。その様子からして、學園や、ご本人の了解もなく商売してんだろ。盗撮写真なんぞ、何枚でもお好きなだけお持ち帰りいただくてぇのが筋だろ!」


 ブロマイド店の店主さんは、『盗撮』という言葉のところで、「あひっ」と震え上がる。

 「スミマセン、スミマセン」と繰り返しながら、ボクの手に、数枚のブロマイドを握らせてきた。


 チョビ髭署長さんに促されて、ブロマイド店を出る。

 それから、自分が握っているものを確認したら、『平服』の写真二枚と、『体育服』の写真一枚があった。


 ☆


 次に、ずっと行ってみたかった、菠薐(ほうれん)洋菓子店を目指す。

 「チュートリアルの時に智恵(ちえ)様に、『美味しいチョコレートのお店をご存じだったら教えてください』ってお尋ねしたら、こちらの菠薐(ほうれん)洋菓子店を教えてくださったんです」


 ボクは、チョビ髭署長さんに、思い出を語りながら、歩く。

 「ボクと妹の誕生日になると、母が家計をやりくりして、板チョコを一枚だけ買ってくれたんです。それを家族三人で分け合って食べるんです。妹が、いつも、『口の中でゆっくり溶かそうとしてるのに、すぐなくなっちゃうの』って言うんです。だから、ボクは、『お兄ちゃんが、就労実習を終えて、最初の給料をもらえたら、食べきれないくらいのチョコレートを買ってあげるね』って約束してたんです。ほら、今日、學園から奨学金が支給されたでしょう。だから、学生寮で書いてきた手紙に、さっきの写真と、このお店のチョコレート菓子を添えて、実家に送ろうと思うんです」


 ボクは、この買い物が楽しみで仕方ないから、思わず署長さんに話してしまっただけだ。

 なのに、チョビ髭署長さんは、なぜだか涙ぐみ、取り出したハンケチで、洟までかみながら、同行してくる。


 「この菠薐(ほうれん)洋菓子店にも、吾輩から、チョコレート菓子を無料で提供するよう、強く申し入れましょうぞ。『セーラー服魔法少女』が来店したお店となれば、それだけでお客が増えるのです。文句はありますまい」


 チョビ髭署長さんが、そんなことを言い出したので、慌てて制止した。

 「ボク、チョコレート菓子は、自分の稼いだお金で、妹に買ってあげたいんです。これが、最初で最後のプレゼントになるかもしれないし……。だから、大丈夫ですよ」


 チョビ髭署長さんは、泣き声を出すのを堪えながら、ハンケチで目頭を押さえている。


 お店には、おしゃれな洋菓子が並んでいた。

 目移りする。


 お店の方が、おススメしてくれる。

 「おかげさまで、こちらの『ピンクちゃんフランボワーズケーキ』が大人気なんですよ」

 ケーキの上に、ボクがいつもつけているカチューシャを模した、カワイイ飾りが載っている。


 ボクは、自分の頭のカチューシャに触れて、にっこり笑う。

 「嬉しいな。これ、母と妹からの餞別なんです」


 チョビ髭署長さんは、遂に、声を上げて、泣き始めた。


 でも、このケーキは、生菓子だし、柔らかだし、郵送は無理そうだ。

 ――リリアン市までは、列車でも三日かかるしね。


 端っこの方に、ちょっと変わった形の六色マカロンを見つけた。

 「あっ、これって、『六色のオーブ』の物語内で使われていた変身コンパクトを模したものですよね。ボク、文具店のクジ引きで当たった、このコンパクトの玩具を、お守り代わりに、いつも持ち歩いてるんです。ほら」っと、ポシェットから、それを取り出して見せた。「ボクが、『服飾に呪われた魔法少女』の第一話を生き残れたのは、この玩具のおかげなんです」


 チョビ髭署長さんは、もう、あたり憚ることなく泣いている。

 どこに、この人の、お涙ちょうだいポイントがあるんだか、よく分からない。


 お店の方が、声を顰める。

 「これ、昨年度の一番人気だったんですけど、あの第一話の放送後、さっぱり売れなくなってしまって……」


 あの第一話で、『六色のオーブ』の最後の二人、顔黒(ガングロ)頑子(がんこ)先輩と、山姥(ヤマンバ)嫌姫(やんき)先輩が、ボクを襲ってきて、それを返り討ちにして、ボクが殺しちゃったから……だよね。

 でも、ボクは、あの二人のファンだったし、今でも大好きだ。


 「この変身コンパクトマカロン六個セットを、ひとつください」と申し出た。

 支払いのついでに、「このショッピングモール内に、郵便局はありますか?」と訊いてみた。

 すると、「こちらの商品を送るのでしたら、当店で無料発送いたしますよ」と言ってくれた。

 そこで、逆に、母と妹宛の手紙と、さっき買ったブロマイト三枚を渡し、一緒にお店から送ってもらうようお願いした。


 ☆


 ほんとうは、今日一日、このショッピングモールを徘徊して、買い喰いとかする予定だった。

 だけど、チョビ髭署長さんや、警護してくれているお巡りさんたちに、これ以上ご迷惑をおかけすることなんてできない。

 だから、「これで帰ります」と告げた。


 署長さんたちはバス停まで付いてきてくれた。

 ボクを乗せた学生寮行きのバスが動き出すまで、周囲を警戒してきれた。


 ボクは、動き始めたバスの座席に身を鎮め、ふーっと息を吐いた。


 さっき、菠薐(ほうれん)洋菓子店に向うとき、ボクは署長さんに「チュートリアルの時に智恵(ちえ)様に、『美味しいチョコレートのお店をご存じだったら教えてください』ってお尋ねしたら、こちらの菠薐(ほうれん)洋菓子店を教えてくださったんです」と言った。

 ホントは違う。

 チュートリアルの時、智恵(ちえ)様は、確かに、あのショッピングモールを、ボクと金平(こんぺい)糖菓(とうか)ちゃんに紹介してくれた。

 そして、智恵(ちえ)様の方から、こう言い足したのだ。

 「あの中に、菠薐(ほうれん)洋菓子店というチョコレートの美味しいお店があるの。皇室御用達の洋菓子店よ。薄荷(はっか)さん、初めての奨学金がでたら、そこでチョコレートを買って、妹の薄幸(はっこう)ちゃんに贈ってあげたら、どうかしら。きっと喜んでくれると思うわ」と。


 ボクの方からは、妹にチョコレートを贈りたいなんて、一言もいっていない。

 そして、ボクは、自分の妹の名前が薄幸(はっこう)であることを、智恵(ちえ)様に教えてもいない。

 ボクのことは、三月以降、さんざん新聞雑誌報道のネタにされているけど、さすがに妹の名前まで出ている記事は一件もなかった。


 智恵(ちえ)様は、宰相家のご令嬢だ。

 行政機関を管轄されている萵苣(ちしゃ)博學(はくがく)宰相であれば、ボクの戸籍の確認など容易だろう。


 それだけじゃない。

 警察機構だって、宰相の管轄なのだ。

 さっきのチョビ髭署長さんは、ボクを菠薐(ほうれん)洋菓子店まで誘導し、ボクの行動を監視するために、あそこにやってきたのだ。


 ボクは、ポシェットの中から、一通の封筒を取り出して、確認する。

 菠薐(ほうれん)洋菓子店で、ボクが母と妹宛の手紙を渡した際、店員さんがさりげなく差し出してきたものだ。


 ボクの小さな掌の中に収まるほど、とても小さな、白い封筒だ。

 宛名の記載も、差出人の記載もない。

 封蝋に押されたシーリングスタンプだけが、特殊だ。


 家紋などではなく、鋭く尖った五本爪の意匠。

 ボクは、それが、龍の爪だと知っている。

 そして、このカストリ皇國において、五本爪の龍の意匠を用いて良い御方は、お一人だけだ。


 こんなもの、できることなら、開封せずに、燃やしてしまいたい。

 だけど、そうはいかないことは、重々承知している。

 学生寮に帰ってから、施錠した自室で、開封しようと決めた。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■五月一二日 舞踏學の実習

『勇者の(つるぎ)』、メチャクチャ重いんですけど……。

非力なボクが、こんなの持って、ダンスなんかできっこないよ!


■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。

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