■五月八日⑥ 魔法學の実習 三回目 その5
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第三話 舞踏衣装魔法少女明星様の降臨 その6
僕――『舞踏衣装魔法少女』宝生明星――は、ここまで、三つの姿に分身してチアダンスを続けてきた。
だが、ここで、聖火台上にいた分身体ファイヤーバード明星が、後ろ足を高く後ろに蹴り上げ、背中を反らしたまま跳躍して、分身体ジュッテ明星に、一体化してきた。
ファイヤーバードが、ジュッテの中で、激怒している。
それは、ファイヤーバードの応援対象だった金魚如雨露が、自身のゾンビ化を受け入れず、聖火台の炎に身を投じたからだ。
ファイヤーバードは、如雨露の死を看取り、その心情と純愛に感じ入った。
だからこそ、そんな如雨露が、こんな形でその命を終えたことに、激怒していた。
そして、その怒りの矛先は、辣人に向いていた。
無論、ファイヤーバードだって、責められるべきは辣人ではないと分かっている。
如雨露を脅迫し、間諜として使い潰した藪睨謀。
謀と共謀して、如雨露を、魔法少女を手に入れるための駒として利用した召喚勇者北斗拳斗。
その召喚勇者のために、如雨露のロールを強制書換した賢者天壇沈香。
辣人を嵌め、如雨露をゾンビ化させた、漆黒の闇に潜む何者か。
本当に悪いのはそいつらだって、分かっている。
辣人にしたところで、悪役となることを、改変されたロールと物語に強要されるなか、自分は助からないとしても、何とか如雨露だけは助けたいと足掻いていただけだ。
ファイヤーバードは、そこまで分かっていても、とにかく辣人の不甲斐なさが許せない。
辣人の傍らにいたジュッテと一体化し、その勢いのまま、辣人に殴りかかった。
とにかく、一発殴ってやりたい。
☆
辣人には、さきほどの如雨露の言葉が聞こえていた。
自分が『黙示禄の喇叭吹き』になったところで、所詮、『勇者の召喚』大物語の主人公である拳斗を倒せないことなど承知していた。
あの漆黒の闇に潜む何者かは、召喚勇者へ、いやがらせをしたいだけなのだ。
ちょっとばかり、お気に入りのパーティーメンバーを減らしてやろうというだけだ。
自分や、『水泳部』の仲間たちは、いずれにせよ、ここで死ぬしかないところまで追い詰められている。
だけど、自分が『黙示禄の喇叭吹き』になることで、愛する如雨露が生き返るというのなら、それに乗ろうと決断した。
自分は、当然、如雨露は、人間として生き返るものと思っていた。
まさか、ゾンビとして生き返るなんて――。
死者を生き返らせることは、世界の摂理に反する。
後から、思えば、漆黒の闇に潜む者なら『生ける屍』を造り出すのだろうと分かりそうなものだ。
だけど、あの時、自分は、そんなこと、全くもって思いつきもしなかった。
辣人の目には、自ら聖火の中にその身を投じる、如雨露の姿が見えていた。
辣人の耳には、「そんな邪悪な取引、反故にして!」という如雨露の最後の言葉がこだましていた。
身を捩って、何とか邪悪な取引に抗おうとする。
だけど、辣人のロールは、そもそも『魔族四天王』なのだ。
辣人は、怒りと悲しみに落涙しながらも、『黙示禄の喇叭』を吹き続けることしかできない。
「ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん」
☆
ファイヤーバード+ジュッテの僕は、『黙示禄の喇叭』を吹き続ける辣人の胸ぐらを掴み、その頬を、一発殴った。
『黙示禄の喇叭』が、辣人の手を離れ、ゴトンと転がる。
僕の横から飛びだしてきた誰かが、辣人に馬乗りになって押し倒し、辣人の上半身を、ボコボコに殴り始めた。
『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃんだ。
普段は引っ込み思案でオドオドしている糖菓ちゃんが、我を忘れるほど激怒している。
「辣人のバカ! オタンコナス! オタンチン! うちは、『金平水軍』の当主を継ぐ者として、その軍師たる喇叭家を継ぐ者に命じたん! いまこそ、喇叭を吹くん! ハーメルンの笛吹きみたく、みんなを連れて逃げるんよ――って命じたん!」
「なのに、なんなん、これ。無念のまま死んだ如雨露さんが、なんでもう一回、自殺せなならん!」
「如雨露さんだけじゃないん。いま、ここで、他の水泳部員たちが、怪盗義賊育成科の平民たちが、次々、死んでいってるん」
「もう一度、言うん。ロールが、変わったからなんなん。辣人には、金平の喇叭吹きの血が流れてるん。如雨露さんの無念を晴らすため、せめて、いま眼前で、勇者パーティーに蹂躙されつつある、水泳部員たちや怪盗義賊育成科の平民たちを、救うんよ。『金平水軍』の軍師としての才覚を見せるんよ!」
☆
糖菓姫様が、オレ-―喇叭辣人――の上に、馬乗りになって、オレの頭をポカポカ殴り続けている。
なんだか、六歳ぐらいの子に叩かれてるみたいで、まるで痛くない。
逆に、頭の中の黒いモヤモヤが片側に寄って、少しだけ他のことを考えられるだけの隙間ができた気がする。
姫様が、オレに『金平水軍』のラッパ吹きとして、才覚を見せろ、と言っている。
『黙示禄の喇叭吹き』となったオレでも、何かできることが、あるかもしれない。
頭の端っこで、閃くものがあった。
そうだ、『黙示禄の喇叭吹き』となったオレが、あの御方に命じられたのは、「この場にいる者たちを鼓舞し、指揮して、召喚勇者やその眷属を倒せ」ということだ。
当然、死んでも撤退はできない。
だが、搦め手から召喚勇者を倒すための戦略的転進ならばできる。
オレは、傍らに転がっている『黙示禄の喇叭』を拾う。
オレの頭をポカポカ叩いている姫様を抱き抱えるようにして、そのまま立ち上がる。
「ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん」
片手で姫様を抱っこしたまま、『黙示禄の喇叭』を吹き鳴らしてから、残存する配下たちに命じる。
「よし、勇者パーティーは、半減させた。奴らは、初めての大敗に、怯んでいる。ここで、攻略を次の段階へ進め、確実に勇者パーティーを全滅させよう。學園内に潜んで、ゲリラ戦に転じるぞ!」
「うぉーーーーーーーーっ」
残存する魔王の配下とされた者たちが、咆哮を返す。
瞬時に身を翻し、競技場の此処彼処へ消えていく。
無論、この戦いの総指揮官である『黙示禄の喇叭吹き』であるオレは、引き続きゲリラ戦を指揮せねばならない。
姫様を、床に降ろして黙礼。
如雨露が身投げした、聖火台にも黙礼。
そして、駆ける。
競技場の各所に隠れている配下の者たちと連絡を交わし、そのまま學園内へ潜伏しよう。
この時点で、水泳部の生き残りは、三人ほど。
六百人いた配下の怪盗義賊育成科男子生徒六百人の生き残りは、八十人ほど。
敵対する勇者パーティーメンバー三十人は、十五人ほどに数を減らしていた。
☆
ファイヤーバード+ジュッテの僕は、後足で前足を追ってくっつけるシャッセから、脚を前後にスプリットして、飛翔する。
そして、陸上競技場上空にいるハードラーと、一体化し、本来の自分――宝生明星――に戻った。
この場での戦いに、ケリをつけるためだ。
眼下では、『召喚勇者の剣タチ』を構えた召喚勇者北斗拳斗と『転生勇者の剣ネコ』を持つ薄荷ちゃんが対峙している。
睨み合ったまま、互いに打ち込めず、千日手状態となっている。
僕は、チアダンスのフィニッシュを決めつつ、ゆっくりと地上に降り立つ。
そして、殊更、にこやかに、拳斗に話しかける。
「召喚勇者、貴君のパーティーメンバーは、ちやほや甘やかされてきた、負け知らずのヒロイン揃いだ。ここへ来て初めて、仲間の半数、二人に一人が死亡する事態に直面した。戦いの決着がついた訳でもないのに、ほとんどの者が、死の恐怖に怖じ気づき、まともに戦闘続行できる状態ではない。それに、貴君自身、転生勇者の薄荷ちゃんを、攻めあぐねている。負けはしないが、勝ち筋が見えず、にらめっこだ。だから、ここで痛み分けとすることと、テレビ放送予定の『勇者の召喚シリーズ 陸上部のエース 後編』について提案したい」
「ふん、我ながら不様な有様だ。召喚勇者は、批判のやり玉にあがって、番組は炎上確定だな。おおかた、テメエは、番組タイトルを『勇者の召喚』から『勇者の転生』に変更しろとでも言いたいんだろう」
「おやおや、どうやら貴君は、未だ、召喚前の世界の常識に囚われているようだ。いいかい、あの平和ボケした世界と、ここは違う。ここではね、現実の中で、物語のごとく、人々は闘い、死んでいく。それが、天津神と國津神の取り決めだ。だからね、金魚如雨露を巡る真実さえ被い隠せば、この『勇者の召喚シリーズ 陸上部のエース 後編』は、大喝采で國中に、そして世界に、受け入れられるよ。だって、考えてごらん。二年一カ月に渡って、定番の新パーティーメンバー獲得展開のみを繰り返してきた召喚勇者の物語に、大転換が訪れたんだ。番組に、初めて宿敵の魔王と思しき人物が登場し、その配下との闘いで、パーティーメンバーの犠牲者もでた。これ以上ないぐらいの激アツ展開ではないか」
ただし、興奮した視聴者たちは、次回以降の番組に、早々の魔王登場と、より大規模で過激な、戦闘と殺戮を求めるだろうけど、そんなことを、ここで言うつもりはない。
「そこでだ。如雨露にかかわる事実について、僕たちの番組でも触れないことと引き換えに、『勇者の召喚シリーズ 陸上部のエース 後編』と『服飾に呪われた魔法少女シリーズ 第三話』の、コラボレーションを提案したい。」
「明日、大々的にコラボレーションの告知と、予告をやろう。そのうえで、明後日、『勇者の召喚シリーズ 陸上部のエース 後編』に前座を務めてもらう。これで衆目を集めたうえで、明明後日から『服飾に呪われた魔法少女シリーズ 第三話』の全六パートを連続放送させていただく。世界が沸き立つ一週間となりそうだね。召喚勇者も、よもや、異存などないよね?」
拳斗は、苦虫を噛みつぶしたような顔で、舌打ちする。
「提案を受け入れる。好きにしろ。だがな、これだけは言っておく。この世界に、勇者は一人だけでいい。召喚されし正当な勇者である俺っちが、あの漆黒の闇に隠れている邪悪な女も成敗し、俺っちの物語を大団円で終わらせる」
拳斗は、僕に向けていた視線を、薄荷ちゃんへ戻す。
「だからな、儚内薄荷、テメエは、首を洗ってまってろ」
そう言い放って、やっと、『召喚勇者の剣タチ』を、腰の鞘に収めた。
ぐるりと振り向いて、パーティーメンバーへの対応にあたっている、賢者や聖女たちの方へ、歩き出した。
ちなみに、『召喚勇者の剣ネコ』には、鞘がない。
薄荷ちゃんは、抜き身の剣を握ったまま、呆然とした表情で、立ち尽くしている。
その表情から察するに、僕と拳斗の話の内容や、拳斗が退いた理由について、全く理解が及んでいないようだ。
この結末に、一番不満そうだったのは、菖蒲綾女ちゃんだ。
だって、『陸上部のエース』である自分が主役の番組のはずなのに、ほとんど出番がなく、何をどうしてよいか分からないまま、表彰台上で呆然としているうちに、収録が終わってしまったからだ。
かくして、綾女ちゃんだけは納得していないものの、長い長い一日が、終わりを告げた。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月一〇日 初めての奨学金支給日
今日は、最初の奨学金支給日。
言ってみれば、初任給みたいなものだよ。
ボク、貧しい家庭に育ったら、自由に使える、纏まったお金を手にするのって、初めてなんだ。
この日、ボクには、どうしても、やっておきたいことがあるんだ。
いざ、ミッションを果すべく、ショッピングモールへ。
……あれっ、なんでこんな騒ぎになっちゃうの?