■五月八日⑤ 魔法學の実習 三回目 その4
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第三話 舞踏衣装魔法少女明星様の降臨 その5
僕――『舞踏衣装魔法少女』宝生明星――は、三つに分身してチアダンスを続けている。
ハードラー明星は、陸上競技場上空から、薄荷ちゃんを見守っている。
ジュッテ明星は、勇者パーティーや魔王の配下にされた者たちの動向を見守っている。
ファイヤーバード明星――は、金魚如雨露とともに聖火台上だ。
★ハードラー明星③
薄荷ちゃんは、召喚勇者拳斗に、このまま戦うことなく引き上げて欲しいと願い出た。
しかしながら、召喚勇者はその願いを拒否し、薄荷ちゃんを嘲笑った。
薄荷ちゃんの中で、何かが切り替わった。
もはや、戦うこと、命を遣り取りすることに、躊躇はない。
薄荷ちゃんが握っている『転生勇者の剣ネコ』が、闇を纏った。
呼応するように、召喚勇者の持つ『召喚勇者の剣タチ』が、光を纏った。
二つの剣の間に、空間の歪みのようなものが発生し、撓んでいる。
それはまるで、同じ時空にあってはならないものが、ともに顕現してしまったがゆえに、互いの存在を否定し合っているかのように感じられた。
魔王配下の一人が、勇者パーティー攻撃に弾き跳ばされた。
そして、二つの剣の間に発生した空間の歪みに、触れてしまった。
「ウギャーーーッ!」という絶叫とともに、鮮血が飛び散り、その身体が分断された。
どうやら、この歪みの中で、無事でいられるのは、転生勇者と召喚勇者の二人だけらしい。
僕――ハードラー明星――は、試みに、転生勇者にバフをかけ、召喚勇者にデバフをかけてみる。
ダメだ、空間の歪みに弾かれた。
やはり、あの歪みの中に、他者の力は介入できないらしい。
これは、マズイ。
召喚勇者拳斗は、剣の達人だ。
対する薄荷ちゃんは、これまで剣を握ったことすらない。
召喚勇者が、嗜虐的な笑みを浮かべ、ペロリと舌舐めずりする。
「すこしは、楽しまねえとな」
そして、薄荷ちゃんの身体の此処彼処に、浅い傷を負わせていく。
「ほれ、ほれ、よけてみせろ」
「きひひ。これは、どうだ。これなら、どうだ」
薄荷ちゃんは、自身の身体を切り裂かれたり、穴を穿たれたりするたび、「ムリ、この傷、ムリだから」と小さく喘ぎ、その傷の存在を否定する。
開いたばかりの傷口が、次々塞がっていく。
ただし、そのたびごとに、薄荷ちゃんは疲弊していっている。
「意外と愉しませてくれるじゃねえか。次はヤバイぜ」
召喚勇者は、一旦、胸元に突きを入れると見せかけてから、剣先を降ろし、薄荷ちゃんの片足首を切り飛ばした。
薄荷ちゃんは、血相を変えた。
跳ねとんだ足首を追って、自身も転がる。
足首を片手で拾って、傷口に宛がう。
「ぜったい、ムリ」と叫んで、何とかその傷を無かったことにした。
召喚勇者が、「けへへへへっ」と笑った。
「見えたぜ。テメエ、欠損部位がその場に無きゃ、治癒できねぇんだな」
暫し考えてから、召喚勇者が、自身の剣先で、薄荷ちゃんの股間を指す。
「よ~し、どうせなら、テメエを、『男』じゃなくしてやろう」
薄荷ちゃんが、「ヤダ! ヤダ! ヤダ!」と叫びながら、剣をムチャクチャに振り回す。
召喚勇者は、軽やかなステップでそれを交わして、薄荷ちゃんに肉迫する。
剣を握っている薄荷ちゃんの腕を跳ね上げる。
そして、自身の剣を、下段から、抉るように斬り上げる。
薄荷ちゃんが、「薄幸、助けて!」と叫んだ。
召喚勇者の剣が、何かに跳ね返された。
召喚勇者は、何が起こったか分からないものの、咄嗟に跳び退る。
距離を取って、薄荷ちゃんを観察する。
薄荷ちゃんの『体育服』、つまり、ノースリーブ、ミニスカ、ワンピのセーラー服が、ケバケバしい蛍光ピンクに発光していた。
さきほどまでのいたぶりで、『体育服』の此処彼処に開いていた穴も、塞がっている。
召喚勇者は、あの呪われた衣装が、自分の剣を弾いたのだと理解した。
「テメエ、何をした? その服、『ハッコウ!』って叫べば、発光するのか?」
薄荷ちゃんは、何かに、堪えるような表情で、口を噤んでいる。
この場にいる者の中で、何が起こったか理解しているのは、僕だけだ。
『薄幸』というのは、薄荷ちゃんの妹の名前だ。
召喚勇者の『男じゃなくしてやろう』の一言が、薄荷ちゃんの負っているトラウマを刺激した。薄荷ちゃんのトラウマが、『男』でなくなることを、強く拒否しただけだ。
薄荷ちゃんが沈黙しているので、召喚勇者には何が起こっているか分からない。
ただ、もう、お遊びは通用しないと、直感できたのだろう。
召喚勇者は、全力を込めて、一太刀で決めるしかないと判断したようだ。
召喚勇者は、「うっす」と気迫を込めて、『召喚勇者の剣タチ』を上段に構えた。
薄荷ちゃんは、半分、逃げ腰だ。
ただ、その状態は、大きく半身を切ることによって、自身の急所が集まる正中線を、相手の正面から外しているのだと、言えなくもない。
薄荷ちゃんは、剣が重くて、もう、持ち上げていられない。
ただ、その状態は、剣先を身体の後ろに隠し、相手から、刀身を正確に視認できないように、構えているのだと、言えなくもない。
それは、もしかしたら、『脇構え』と呼ばれるものではなかろうか。
召喚勇者は、動けない。
薄荷ちゃんは、隙だらけなのに、打ち込めない。
どこからだって、好き放題打ち込めるはずなのだ。
なのに、どこから打ち込んでも、逆に、斬り返されそうだ。
『召喚勇者の剣タチ』は、敵対する者の心の起こりを打つ、『先の先』の剣だ。
召喚勇者が、『タチ』を握っている限り、上段に構えさえすれば、これまで『先の先』を取れないことなど無かった。
なのに、いまは、どうしても打ち込めない。
ならば、『先々の先』をと、間合いをはかるが、やはり動けない。
召喚勇者は、そこまで考えを巡らせて、ハタと思い至った。
薄荷ちゃんが手にしている『転生勇者の剣ネコ』は、『後の先』の剣なのだ。
敵対するものが動きさえすれば、そこを必ず打つことができるのだ。
だけど、逆に、薄荷ちゃんも、先手が打てない。
先手を取ろうと動いた瞬間、スキが出来て、確実に斬り殺されると分かっているからだ。
召喚勇者拳斗は、動けない。
転生勇者の薄荷ちゃんも、動けない。
★ジュッテ明星③
鹿鳴陸上競技場内では、『陸上部のエース 後編【修正版】』のシナリオに基づいて、召喚勇者パーティーによる、魔王配下の駆逐が進められていた。
召喚勇者パーティーは、美少女ばかり三十人。
全員が、ショーテル、光輪、ジャマダハル、ランタンシールド、三節棍、鎖鎌など、それぞれの物語に由来する武具を装備し、多彩な技を持っている。
魔王配下は、怪盗義賊育成科の平民男子六百人。
ロールの強制や干渉により、自分たちを魔王の配下だと思い込んでいるだけ。
与えられたカトラスを手にしているだけで、防具はない。
召喚勇者パーティーは、賢者天壇沈香の指揮のもと、いきなり魔王配下の者たちに襲いかかってきた。
対する魔王配下側の指揮権は、『魔族四天王』のロールを与えられた喇叭辣人にある。
ところが、その辣人は、当初、我を失った状態だった。
魔王配下は、事態も飲み込めないまま一方的に、殺戮されることとなった。
最初の数分間で、数十名が、即死させられた。
僕――ジュッテ明星――は、競技場上空からその惨状を見て、放置できないと判断した。
つま先立ちで、半回転を繰り返し、鎖を繋げるようにシェネターンを繰り返す。
これにより、右手のポンポンで魔王配下となっている生徒たちにバフをかけ、左手のポンポンで勇者パーティーにデバフをかけていく。
魔王配下にされた者は、フェンシング部、ボクシング部、カバディ部、セパタクロー部、インディアカ部、アルティメット部など、体育部の部員たちだ。
スポーツで鍛えた肉体を持ち、學園生として戦闘訓練も積んでいる。
元々の身体能力は高いし、団体戦の戦い方も熟知している。
バフをかけて、攻撃力と防御力を高め、判断力や思考速度を増してやるだけで、一方的に殺戮されるようなことはなくなった。
更に、召喚勇者パーティーメンバー側にデバフをかけると、面白いように攻撃が乱れる。
武器の特性がバラバラで、お互いの技や戦い方すら把握できていない。
巧く連携が取れないばかりか、足を引っ張りあって、同士討ちすら発生している。
何とか、魔王配下側が一方的に殺戮される状態を脱却できた。
ただし。この時点で、魔王配下側の死亡もしくは戦闘不能の者は、百名に達している。
一方、勇者パーティーの戦闘不能者は、四名しか出ていない。
しかも、勇者パーティーの戦闘不能者四名については、戦列の後ろに控えていた聖女天壇伽羅が、即座に『治癒』を施している。
聖女の高い『治癒』能力をもってすれば、即死でもしていない限り、すぐにも戦列に復帰してくるだろう。
魔王配下側は、絶対に勝てない。
そもそも、勝てないように、仕組まれているのだ。
だからこそ、僕たちは、勝たせようとは思っていない。
是が非でも、魔王配下側を撤退させたいだけだ。
そもそも、魔王配下といっても、ロールの強制や干渉により、自分たちをそう思い込まされているだけの男子生徒たちだ。
しかも、『勇者の召喚』物語から、ワルモノとしてここで成敗されるよう運命づけられている。
その頸木から逃れる術があるとしたら……。
☆
「ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん」
鹿鳴陸上競技場内に、喇叭の音が響き渡った。
見ると、競技場の表彰台上に立つ喇叭辣人が、それを吹いている。
人間の大腿骨で造られたと思しき『黙示禄の喇叭』だ。
吹き鳴らされるたびに、喇叭から、赤黒い血煙のようなものが、飛散している。
辣人が、声高らかに宣言する。
「ここに集いし、同胞よ。虐げられし、まつろわぬ民たちよ。聞け。いまここに、尊き御方が、復活された。オレは、その尊き御方より、『黙示禄の喇叭吹き』の名を賜った。その尊き御方は、我らが悲願達成の代償として、更なる贄をご所望だ。さあ、自身の魂と、尊き御方に敵対する輩の魂を、ここに捧げよ」
「うぉーーーーーーーーっ」
魔王の配下とされた者たちが、咆哮する。
赤黒い血煙が、競技場内に満ちる。
更には、魔王の配下の者たちの身体に、吸着されていく。
魔王の配下の者たちの眼から、光が消えた。
腰をグイッと低くし、「くけけけけけっ」と喉を鳴らす。
そして、手近な場所にいる、勇者パーティーメンバーに、躍りかかっていく。
それまでと全く異なる、獣のような動きだ。
そして、それまでとは全く異なる戦い方だ。
ひとことで言うと、わが身や、仲間の保全を一切考慮していない。
数人が突進し、贄と見定めた勇者パーティーメンバーの武器を、わが身をもって封じる。
別の数人が、贄の身体に抱き付いて、動けなくする。
そこへ、別の数人が、抱き付いている味方の上から、贄の急所めがけてカトラスを振り下ろす。
味方数人の死と引き換えに、勇者パーティーメンバーを確実に葬っていく。
聖女の能力をもってしても、死んでしまったら蘇生はできないからこその。捨て身の戦いだ。
最悪の展開だ。
僕たちは、魔王配下への指揮権を持つ辣人を目覚めさせ、その命令により怪盗義賊育成科の平民たちを逃がしてやりかった。
なのに、いまや、その辣人が、仲間たちを死に追いやっている。
★ファイヤーバード明星③
生ける屍――つまり、ゾンビ――と化した金魚如雨露は、競技場内で最も高い場所にある聖火台上にいる。
そこから、魔王の配下と化した者たちと、勇者パーティーの間で、繰り広げられている惨劇を見おろしていた。
自分が、こんなことになってしまった経緯は、なぜか、ちゃんと理解できている。
だからこそ、言ってやりたい。
如雨露は、聖火台の縁、燃えさかる炬火の脇から身を乗り出す。
そして、表彰台上へ向って、「辣人くん、思い出して」と、語りかけた。
叫んでいるわけでもないのに、その声は、真っ直ぐ、表彰台上にまで届いた。
「辣人くん、『水泳部』新歓コンパの夜のこと覚えてるっすよね。みんなで自身の出自を告白し合って、『水泳部』の全員が、『金平水軍』の残党だって判明した、あの夜のことっす」
「辣人くん、水泳部のみんなに向って、『怪盗や、義賊や、海賊は、本来、民衆のヒーローだったんだ』って、熱く語ってくれたっす」
怪盗や、義賊や、海賊は、皇帝による中央集権化により、
悪役の汚名を着せられた。
怪盗義賊育成科は、今や、召喚勇者や科學戦隊に、
使い捨ての悪役を供給する學科と成り果てている。
オレやキミだって、いつ、奴らの『物語』から、
ワルモノになることを強要されるか分からない。
鹿鳴館學園への入學者は、毎年、一万人。
そのうち、このカストリ皇國を支配する王侯貴族育成科は、四〇〇名だけ。
しかも、九割にあたる、三六〇名もの生徒が、ちゃんと生きて卒業できる。
一方、入學者の半数五〇〇〇名が、怪盗義賊育成科に送られる。
なのに、怪盗義賊育成科で卒業できる者なんて、五十名もいない。
分かるか、この學科にいる者の、一パーセントしか、生き残れないんだ。
こんな理不尽が、許されてよいはずかない。
それは、如雨露と辣人、そして水泳部員たちが、共有している大切な記憶だ。
「あたいらは、『この世界』の理不尽に抗おうとする、熱血漢の辣人くんだから、水泳部のキャプテンに選んだっす。そして、あたいは、水波の裏切り者で、そんな辣人くんが、ホント眩しかったっす。そして、気がついたら、辣人くんを……好きになっていたっす」
「あたいは、裏切り者だから、とっくに自分の未来は、諦めていたっす。ただ、醜く足掻いたりせず、すっぱり断罪されたいって、それだけを、願っていたっす」
「辣人くん、眼前の光景を直視するっす。怪盗や、義賊や、海賊を救いたいって思っていた辣人くんが、今や、怪盗義賊育成科のみんなを、死に追いやっているっす」
「そして、潔く逝きたかったあたいを、辣人くんが、ゾンビ変えたっす。あたい、今はまだ死にたてで、自意識も残っているし、生前の外見を保ててる。だけどね、いったんゾンビになったら、身体はどんどん腐って崩れ落ち、自己も保てず、人間を襲うだけになるっす。あたい、そんなの、耐えられないっす」
「辣人くん、あたいはそんな理不尽な契約の対価となることなんて、拒否するっす。だから、そんな邪悪な取引、反故にして!」
如雨露は、自分の胸に開いた穴に、グイッと掌を突っこんだ。
そして、そこにある己の心臓を掴んで、引きずり出す。
カトラスの刺し傷はあるが、ハートの形は崩れていない。
それをギュッとにぎり潰し、聖火台の炎に、自ら身を投じた。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月八日⑥ 魔法學の実習 三回目 その5
良かった、何とか収拾がついた。
もう、これ、ゼッタイ収拾つかないって思ったよ。
って、また、ボクが大変なことになってるんですけど!