■五月八日④ 魔法學の実習 三回目 その3
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第三話 舞踏衣装魔法少女明星様の降臨 その4
僕――『舞踏衣装魔法少女』宝生明星――は、三つに分身してチアダンスを続けている。
ハードラー明星は、陸上競技場上空から、薄荷ちゃんを見守っている。
ジュッテ明星は、勇者パーティーや、魔王の配下にされた者たちの動向を見守っている。
ファイヤーバード明星――は、金魚如雨露と聖火台上だ。
★ハードラー明星②
薄荷ちゃんは、僕――ハードラー明星――との会話を終え、不承不承ながらも、自身が『転生勇者』であることを受け入れたところだ。
召喚勇者拳斗が、薄荷ちゃんに歩み寄ってきた。
召喚勇者は、魔王配下六百人の殲滅を賢者沈香とパーティーメンバーたちに任せ、自分は、脈絡もなく唐突に登場した『転生勇者』と渡り合う心づもりだ。
召喚勇者は、薄荷ちゃんと、僕との、トンチンカンなやり取りを眼前にし、驚きを通り越して、激怒している。
「勇者なんてものはな、『この世界』に一人いりゃぁ充分だ」と、怒鳴っている。
それは、端的に言うと「主役は俺っちだ!」という強烈な自己主張だ。
召喚勇者の怒声に、薄荷ちゃんは、『転生勇者の剣ネコ』を、ギュッと両手で握り込む。
剣先を、召喚勇者拳斗へ向けたものの、その手は、剣の重みと、切り結ぶことの恐怖に震えている。
そんな薄荷ちゃんを、拳斗が嘲笑う。
「俺っちと、剣でわたりあうってか。召喚前、俺っちが育った『あの世界』の家はな、古武道の道場だった。物心つく前から、真剣を持たされて育ったんだ。テメエ、そんな、ちんちくりんななりで、勝ち目があるとでも思ってんのか。止めときな。この場でその剣を差し出したら、見逃してやる。勇者の剣が二本あれば、俺っちは、二刀流勇者だな」
「俺っち、『二刀流』だから、テメエを、俺っちのパーティーに入れてやってもいいぜ。テメエの容姿なら、男でも、アリだ。俺っちのハーレムに特別枠で加えて、カワイがってやろう」
拳斗は、『二刀流』という言い回しが気に入ったらしく、舌舐めずりしている。
薄荷ちゃんは、全身に悪寒が走り、身震いしている。
拳斗の下卑た笑いに、トラウマイニシエーションの記憶を引き摺り出されたのだろう。
「ボクが通ってた白鼠小學校でも、心正しき歴代召喚勇者様は、男の子みんなの憧れだった。みんなで勇者ゴッコして、遊んでた。『ボクも入れて』って言ったら、『オマエは魔法少女のロール持ちなんだから、あっち行け。女の子と遊べ』って言われて、一度も入れてもらえなかった。そんなだから、ボク、こんな貧相に育って、剣を振って遊んだこともない。自分が転生勇者なんてものに相応しいとも思えない。だけど、この剣を、アナタに渡しちゃいけないってことだけは分かる」
薄荷ちゃんは、全身をカクカクと震わせながらも、召喚勇者の説得を試みた。
「拳斗様、お願い。自分を正義の勇者だというのなら、『陸上部のエース』の物語や、水泳部や、ボクたち魔法少女のことは諦めて。どうか、このまま退いて――」
「それは、できねぇな。俺っちは、召喚勇者として、『陸上部のエース』の物語を力づくでも終わらせなきゃなんねぇ。ほら、周りを見な。辣人や水泳部員のロールは、義賊から魔族に改変済み。集められた怪盗義賊育成科六百名のロールは、改変こそしてないが、干渉されて、自分たちを『魔族四天王』辣人の配下だと思い込んでいる。こいつらは、もはや、血をみるまで、収まらないほど、逆上している。こうなっちまったたらな、俺っちら勇者パーティーが成敗するしか、この状況を終わらせる術はないんだよ」
★ジュッテ明星②
僕――ジュッテ明星――からの合図で、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃんが、動いた。
糖菓ちゃんは、背中に大波を発生させ、その水勢に乗って、宙を駈けた。
その目は、激情に駆られている。
僕も、ジュッテで、共に跳ぶ。
目指す先は、表彰台だ。
表彰台上では、喇叭辣人が、『陸上部のエース』――つまり、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女ちゃん――に縋りついて、泣き叫んでいた。
「如雨露を、どこへやった? オレ、如雨露を殺したのか? そんなことないよな? ちゃんと、生きてるよな?」
辣人の様子を観察する。
『ロール改変』は、天津神が、賢者にお与えになった力だ。
だから、改変された『魔族四天王』のロールが、元に戻ることは、もはやない。
つまり、辣人は、すでに、普通の人間ではなく、魔族なのだ。
ただし、『ロール改変』時に刷り込まれた精神支配からは、解放されているようだ。
さきほどの如雨露を見ていれば、死にゆく者は、精神支配から解放されるのだと分かる。
そして、辣人は、如雨露とともに、さっき一度、精神的に死んだのだろう。
辣人が、精神支配から解放されたのであれば、僕たちの話に、耳を傾けるかもしれない。
「如雨露さんは、僕たちが、別の場所へ移して蘇生を試みたが、無駄だったよ。だから、現実を直視するんだ。如雨露さんは、貴君が殺したってことを――。だけど、殺した貴君も、殺された如雨露さんも、ロールを書き換えられ、自らの意思に反して、その役どころをやらされただけだ。憎むべきは、こんなろくでみないシナリオを押しつけてきた召喚勇者とその仲間たちだ」
「辣人、いまは、如雨露の死を悼むべきときでも、己の所業を悔いるときでもない。眼前の光景を見ろ。目を背けるな。貴君の仲間である、水泳部員たちや、怪盗義賊育成科の平民たちが、ワルモノの汚名を着せられ、正義の味方を標榜する召喚勇者パーティーから、次々と惨殺され続けている。カワイソウなワルモノ役たちを指揮、統率できるのは、『魔族四天王』のロールを与えられた、辣人、貴君だけだ」
糖菓ちゃんは、迷うことなく、僕と、辣人の会話に、割って入る。
「うちは、『金平水軍』の当主を継ぐ者として、その軍師たる喇叭家を継ぐ者に命じるん! いまこそ、喇叭を吹くん! ハーメルンの笛吹きみたく、みんなを連れて逃げるんよ」
糖菓ちゃんは、同じ血族として、辣人を不甲斐なく思い、奮起させようとしているのだ。
「……姫様。……オレには、もう、資格がないんです。オレに与えられていた元のロールは、乱波だったんです。義賊の無頼漢だったんです。それを、あの賢者沈香に書き換えられて、いまや魔族になり果てて、なのにろくな魔力もなくて、肩書きだけの『魔族四天王』なんてものにされてしまった。オレ、なにを、どうしてよいやら……」
辣人ときたら、相当なヘタレだ。
「ロールが、変わったからなんなん。辣人には、金平の喇叭吹きの血が流れてるん。如雨露の意思と犠牲を無駄にしないためにも、いま眼前で勇者パーティーに蹂躙されつつある水泳部員たちや怪盗義賊育成科の平民たちを、鼓舞して、生き延びさせるるよ。それができるんは、辣人の喇叭だけなんよ。さあ、喇叭を吹くんよ!」
辣人が、宙空に手を伸ばし、何かを掴もうとする。
だが、その腕は、震え、力を失って、下へ落ちる。
「いまさら生き延びても、そこに如雨露はいない。如雨露を殺したオレが、生きていていいてはずがない」
辣人が、握り込んだ拳で、床を叩く。
そこで、とんでもないことが起こった。
床を叩こうとした辣人の拳が、ズブリと床に沈み込んだのだ。
見ると、表彰台の床に、小さな漆黒の空間が開いている。
辣人の、手首から先は、その中に沈み込んでいる。
そこから、哄笑が聞こえる。
甲高い、少女のような哄笑だ。
「新たに『魔族四天王』を標榜するやからが現われおったので来てみれば、小賢しい召喚勇者の、いつもの茶番か。しかしな、辣人とやら、其方は、ただただ搾取されるだけ搾取されたまま死んでよいのか? もし、其方が、『魔族四天王』のロールを受け入れ、己が命を投げ出してでも、あの召喚勇者に一矢報いたいとの気概があるなら、妾が、その如雨露とやらを、『復活』させてやらんでもない」
『復活』の一言に、辣人が喰いついた。
「如雨露を生返らせられるのか? 憎き召喚勇者にやり返せて、それで如雨露が生返るのであれぱ、オレなんか、死んだって構わない」
僕でなくとも、それは、正しい選択ではないと感じるだろう。
「止せ。それは邪悪な取引だ。命を差し出して服従を強いられながら、与えられる対価は、真っ当なものとはならないぞ」
糖菓ちゃんも、血相を変えている。
「うちは、これ以上、金平の郎党に死んで欲しくないだけなん。辣人の喇叭で、みんなを連れて、ここから逃げて!」
だが、辣人は、己の意思を、もう決めてしまっている。
「オレのロールは、とっくに『魔族四天王』だ。ならば、たとえ邪悪なものであろうと、主とすべき者と契約し、仕えることに異存はない」
少女の哄笑が、高まる。
「面白い。ただ踏みつけられるだけの雑草かと思うたら、意外な拾いものを得たようじゃ。あの召喚勇者が使い捨てにしたものを、あてつけに使うのも一興じゃからな。喇叭辣人、其方を、妾の、正式な四天王に取り立てよう。其方、『黙示禄の喇叭吹き』と名乗るがよい。さあ、拳を握り直し、その腕を、この漆黒の闇より抜け」
辣人は、言われるがまま、足元に小さく開いた漆黒の空間の中で、一度、拳を握り直し、グイッと引き抜いた。
その辣人の手には、何か、不気味な形のものが握られていた。
不格好ではあるが、その構造から見て、喇叭のようだ。
もしかしたら、その喇叭は、人間の大腿骨で造られているのではなかろうか。
「『黙示禄の喇叭吹き』よ、其方に喇叭を貸与する。この喇叭には、世界を滅ぼす七段階の力があるのじゃが、其方ごときでは、その第一段階すら引き出せんだろう。それでも踏みにじられてきたものたちの怨嗟を込めて、吹き鳴らせば、この場にいる雑兵を鼓舞し、指揮することはできよう。さあ、妾のために、召喚勇者やその眷属を打ち破れ……などとは言わん、其の方にできる、嫌がらせをせよ」
そんな言葉だけを残し、漆黒の空間は消え去った。
空間の向こうから聞こえた声の主は、ついに名乗ることがなかった。
まさかの事態だ。
『物語』視点で、状況を整理すると、たぶん、こういうことだ。
まず『勇者の召喚』物語が、僕たちの『服飾の呪い』物語に、ちょっかいをかけてきた。
そこで、僕たち『服飾の呪い』は、『勇者の召喚』の手を跳ね退けようとした。
ところが、そこへ、まだタイトルも分からない、新たな物語が乱入してきたのだ。
――乱入してきた物語って、『混沌の浸蝕』のような気がする。
来年度の物語のくせに、もう『浸蝕』してきているのだと思う。
この場で、漆黒の空間を視認し、そこからの声を聞いたのは、辣人と、綾女ちゃんと、糖菓ちゃんと、僕――ジュッテ明星――の四人だけだ。
他の者たちは、この事態に気がつくことなく、生死を賭けた戦いの渦中にある。
★ファイヤーバード明星②
僕――ファイヤーバード明星――は、聖火台上にいる。
一緒にいるスイレンレンゲさんが、瀕死の金魚如雨露の、上半身を抱えている。
僕は、如雨露の胸に、掌を宛がい、魔力を刻み込む行為を繰り返している。
如雨露の生命力にバフをかけ、傷や痛みにデバフをかける。
でも、魔力は刻んだ端から、崩れていく。
もはや、それは、なんの意味もない行為だ。
だって、如雨露は、とっくに、死んで……。
如雨露の全身が、ピクンと痙攣した。
口から泡を吹き、続けて言葉が漏れ出る。
「あう、あ、あ、あっ……辣人くん、誰と喋ってるっす? あ、あ、あう、邪悪な取引って、なにっす? あたいのことで、なに、勝手に……」
如雨露の上半身が、自力で、むっくりと起き上がった。
両腕が持ち上がり、自身の胸に突き立てられたカトラスを握る。
握ったのは、柄ではない。
刃の根元を、直接握りしめている。
そして、カトラスの刃を、自身の胸から、グイッと引き抜く。
引き抜いたカトラスを、ガシャンと放り出す。
胸の、刃が刺さっていた箇所には、ぽっかり穴が開いている。
その傷は、心臓を貫いているのに、血は一滴も流れ出て来ない。
如雨露が、カッと、目を見開く。
カクンと首を傾げる。
そして、僕に向って、確認してきた。
「あたい、生きてるっすか?」
正直に答えるしかない。
「こんな状態を生きているとは言えないよ」
僕は、如雨露の胸に開いた穴を指し示した。
如雨露は、自分の身体を見おろす。
深緑の陸上ウェア姿だ。
穴の開いたブラトップ。
自分で、自分の胸元に指を突っこんで、そこに、深い穴が穿たれているのを確認した。
如雨露が、諦観の漂う面持ちで、呟く。
「ああ、これって、生ける屍……つまり、ゾンビっすね。……辣人くんのバカ……」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月八日⑤ 魔法學の実習 三回目 その4
三つに分身した明星様が、それぞれ大変なことに……。
どうなっちゃうの?