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■三月一〇日 白鼠小學校への挨拶

 ボク――儚内(はかない)薄荷(はっか)――は、初等科義務教育を受けた白鼠小學校へ、挨拶に赴いた。

 校長先生と、六年生のとき担任だった先生が、出迎えてくれた。


 小學校内にある白鼠様の御社(おやしろ)は、来年度の入學式に向けて、清掃作業中だった。

 うちの小學校は、白鼠社だけど、學校によって、御社(おやしろ)は違う。

 白鶴小學校なら白鶴社、白亀小學校なら白亀社、そして、白虎小學校なら白虎社だ。


 自分が、この小學校に入學したときのことを、思い出す。


 白鼠小學校の新入生は、毎年百五十人ほどだ。

 その新入生が一人ずつ順番に、御社(おやしろ)に向かい、二拝二拍手一拝する。


 ほとんどの子は、特に何も起こらず、傍らに控えている巫女さんから、『モブ』と書かれた白い御札を受け取って、席に戻る。


 あの年は、三人の生徒のときだけ、社の奥から、赤い御札を咥えた白鼠様が駆けてきた。

 一人目は、喇叭(らっぱ)拉太(らった)くんで、貰った御札には『海賊』と書かれていた。

 二人目は、転貂(てんてん)手鞠(てまり)さんで、貰った御札には『くノ一』と書かれていた。

 そして、三人目のボクが貰った御札には、『魔法少女』と書かれていた。


 ちょっとした、騒ぎになった。

 白鼠小學校は、過去の大物語で、メインキャラクターどころか、ヒーローにまで昇格した『鼠小僧』の出身校として知られている。

 そのためか、特別なロールを授かる子がいても、『怪盗義賊』系のロールばかりだった。

 なのに、ボクの貰った御札は、こともあろうに『魔法少女』だった。


 何度も言うけど、ボクは、男の子だよ。

 ボクは、「何かの間違いです」と言いつのり、御札を返そうとした。

 ボクの前に参拝した女の子は、「きっと、わたしのです」と主張した。


 だけど、先生方から、「白鼠様が、お間違えになることなどありません」と、逆に怒られた。


 ロールを受けた子は、なんとなく特別視される。

 イジメを受けるようなことは少ないが、他の子があまり寄ってこない。


 必然的に、『海賊』拉太(らった)くんと、『くノ一』手鞠(てまり)さんと、ボクの三人は、一緒に行動し、遊ぶことが多かった。


 拉太(らった)くんは、腕白小僧で、海賊船に見立てたジャンルジムのてっぺんに登っては、おもちゃの木刀を振りかざし、「海賊皇にオレはなる」と宣言していた。

 ボクらの暮らすカストリ皇國リリアン市は、ポコペン大陸のど真ん中で、海を見たことのある子なんて、一人もいない。

 周りの誰もが、まだ見ぬ海を脳裏に思い描き、「拉太(らった)くん、スゴイ」と羨望の眼差しを向けていた。


 手鞠(てまり)さんは、折り紙で手裏剣を作って、いつも持ち歩いていた。

 へんなことを言うと、いきなり、その手裏剣を投げてくる。


 ボクは、教室の片隅で、いじけていることが多かった。

 ボクのことを、『薄荷(はっか)くん』じゃなくて、『薄荷(はっか)ちゃん』と呼んでくる子が、かなりいて、悪気がないのが分かっているだけに、本当に嫌だった。


 そんなボクを、拉太(らった)くんと、手鞠(てまり)さんが、いつも教室から連れ出してくれた。

 三人でよくやった遊びは、『義賊』ゴッコだった。

 白鼠小學校の大先輩である『鼠小僧』の一味となって、悪徳商人越後屋の蔵から、千両箱を盗み、貧困に苦しむ市中の人々に、大判小判をばら撒くのだ。


 あんなに仲が良かった三人なのに、就労実習先がバラバラになってからは、連絡も取り合っていない。


 ☆


 校長先生と、担任だった先生は、ボクを応接室に案内してくれた。

 小學生だった当時は、一度も足を踏み入れたことのない部屋だ。


 お茶をいただきながら、小學生だった頃の思い出を、あれこれ語りあう。


 ボクは、気になっていた二人のことを尋ねてみた。

 「喇叭(らっぱ)拉太(らった)くんと、転貂(てんてん)手鞠(てまり)さんは、鹿鳴館學園進學の挨拶に来ましたか?」


 担任の先生が、首を横に振る。

 「毎年二月末に、國から進學者の一覧が届くのだが、今年の名簿には、君の名前しかなかったよ」


 校長先生が、センシティブな問題を回避した、当たり障りのない言葉をくれる。

 「小學校入學時に、ロールを得た者が、全員トラウマイニシエーションを受けるわけではありません。きっと、お二人は、トラウマのない平穏な毎日を送って、ロールを、無事、『モブ』に戻すことができたのでしょう」


 担任の先生が、思い出したように付け加える。

 「そう言えば、拉太(らった)くんのお兄さんの、喇叭(らっぱ)辣人(らっと)くんが、ひとつ先輩で、鹿鳴館學園の二年生だ。入学したら、一度訪ねてみてはどうかな」


 思い出した。

 辣人(らっと)さんには、他の二人と一緒に何度か遊んでもらった記憶がある。


 話しをしながらも、ボクは、自分が着用しているセーラー服が恥ずかしくてたまらない。

 そして、こんなことに羞恥心を抱いている自分が、許せない。


 口調だって、どうして良いか分からない。

 これまで通り、男子の喋り方で良いのかな?

 もっと女の子みたいに装わなくてはいけないんじゃないのかな?

 そもそも、一人称が『ボク』じゃ、マズイかな?


 気がついたら、会話が途切れて、もじもじしながら黙り込んでいた。

 ボクは、ミニスカートの中が見えないよう、膝をピッタリ閉じて、ずっと視線を伏せていた。


 先生御二人が、気遣わしげに、目配せし合う。

 そして、セーラー服なんかを着用している、こんなボクを、肯定してくれた。

 「儚内(はかない)薄荷(はっか)君、いや、これからは儚内(はかない)薄荷(はっか)さんと呼ばねばなりませんね。薄荷(はっか)さんは、ありのままで、まちがいなく可憐な少女ですよ。だから、これまで通りの話し方が、自然で、似合っていると思いますよ」

 「薄荷(はっか)さん、そんな所在なげに縮こまっていないで、胸を張って」


 ボクは、「でも、ボク、男子なのに、魔法少女育成科だなんて――」と、思わずポロリと本音を漏らしてしまった。


 すると、校長先生が、「例えば、科學戦隊育成科であっても、全員が男子ではないのだよ」と、言ってくれた。「レッド、ブルー、グリーン、イエローは、男子だけど、ピンクだけは女子が配される決まりだ」

 担任だった先生も、捕捉する。

 「そう、そう、同様に、魔法少女にも、少数ながら男子の前例が存在しているよ。それに、魔法少女育成科には、仮面の男子だって在籍していたことがある」


 ――そうだ、そうだよね。

   ロールは、たびたび変化するって聞くし、

   入學して物語が始まってみなきゃ、

   最終的な役どころも、

   何がどう展開するかも、分かんないよね。

   せめて、男子っぽい役柄になれたらいいな。


 校長先生が、立ち上がって、ボクに手を差し出す。

 「薄荷(はっか)さんは、この白鼠小學校が誇る立派な卒業生です」


 担任だった先生も、校長先生に続いて、立ち上がり、手を差し出す。

 「どうか立派なロール持ちとして、この國の物語に寄与してください」


 ボクは、校長先生と、そして、担任だった先生と、握手を交わす。

 「ありがとうございます。皇立鹿鳴館學園入學の暁には、出身校であるこの白鼠小學校の名を辱めることのないよう、日々精進いたします」と決意を述べて、小學校を後にした。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■三月一五日~二五日 就労実習先への挨拶と引継

ボクは、小學校卒業後の三年間、就労実習を務めた落下傘工場で、挨拶と引継を行った。

ボクには、もう、普通に働いて、平穏無事に一生を終えることなんてできないんだなって、実感した。

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