■五月八日② 魔法學の実習 三回目 その1
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第三話 舞踏衣装魔法少女明星様の降臨 その2
僕は、宝生明星。
『舞踏衣装魔法少女』だよ。
鹿鳴陸上競技場の聖火台上に、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女ちゃんと、『文化部衣装魔法少女』のスイレンレンゲさんの三人で立っている。
ついさっき、レンゲさんに、ここまで転移させてもらったところだ。
聖火台は、観客席の最も高い位置にあるので、競技場全体の状況が、見おろせる。
眼下の人々は、僕たち三人が、ここにいると気づいていない。
レンゲさんは、転移が可能な『体育服』、真紅のゴスロリ衣装だ。
綾女ちゃんも、これからの行動に備えて、『体育服』である、鮮やかな若葉色をした陸上選手用のブラトップとレーシングブルマ姿だ。
『服飾に呪われた魔法少女』五人の中で、僕だけが、空色ミニ袴巫女服姿の『平服』しか、まだ見せていない。
だけど、いよいよ、この僕も、恥ずかしながら、『体育服』姿を晒さなければならない。
聖火台脇にある、点火スペースに立つ。
「燎原烈火」と唱える。
聖火台から、勢いよく炬火の炎が上がった。
両手を横に広げる。
すると、両掌に、キラキラと空色に輝く――ポンポンが出現した。
ポンポンって、ほら、チアリーダーが持っている丸いやつだ。
そう、僕の『体育服』は、チアリーディング衣装なのだよ。
トップスは、ミニ羽織から、肩を露出したホルターネックへ。
ボトムスは、ミニ袴から、フリフリのミニプリーツスカートへ。
足元の脚絆と草履は、三本線のハイソックスとチアリーディングシューズへと変化する。
どれもラメが散りばめられ、キラキラ輝いている。
僕は、幼い頃より、御社の巫女服を常用してきた。
『平服』のミニ袴巫女服を強要されたときですら、その姿は冒瀆行為だとしか思えず、着用には強い抵抗感があった。
だけど、それでも、ミニ袴だって、キュロットみたいなものだ。
僕は、ミニスカートなんて破廉恥なものを、自分が着るなんて、考えたこともなかった。
巫女服の伝統的な清々しさや落ち着きと対極にあるような、チア衣装の軽薄なまでのキラキラしさは耐えがたい。
が、とにかく、平然とした様を装う。
この衣装は初公開だけど、チアダンスの練習だけは、きちんと重ねてある。
チアダンスだって、僕の得意とする、舞踏の一種だ。
習得は、難しくなかった。
僕は、プレパレーションで後ろに引いた足を、三角形のパッセにして、その場で身体を回転させる。
ピルエットだ。
シェネターンで、回転しながら、聖火台の端へと進む。
いける。
胸中に湧きあがってくる、この高揚感があれば、飛べる。
高く上げた足でキックし、両脚を広げたまま、トゥタッチで宙へと舞い上がる。
そして、アームモーションを様々に変化させながら、眼下の戦いを睥睨する。
☆
競技場内の此処彼処には、六百人もの怪盗義賊育成科の平民男子がいる。
彼らは、自分たちを、魔族四天王の一角喇叭辣人の配下だと信じ込まされてる。
魔法少女三人を贄とし、魔王様を復活させ、召喚勇者パーティーと戦う気でいる。
対する、召喚勇者北斗拳斗は、観客席に出現した舞台から、グラウンドに降りようしている。
同じく、観客席に出現したVIP席から、勇者パーティーメンバーの三十名も、グラウンドに降りようとしている。
勇者の右側に進み出た黒ローブは、賢者の天壇沈香。
左側に進み出た白ローブは、聖女の天壇伽羅だ。
剣士、魔法使い、僧侶、踊り子、遊び人などのロールを持つ召喚勇者パーティーメンバーの少女たちが、その後ろに続いている。
『陸上部のエース』物語の修正シナリオは、召喚勇者と、そのパーティーメンバーたちが、魔法少女三人を助けようとするが間に合わず、魔法少女たちの無念を晴らすべく、魔王配下のワルモノ六百人を成敗するというものだ。
魔王配下のワルモノが六百人で、対する召喚勇者パーティーは三十人。
二十倍の人数差があるが、召喚勇者パーティーの実力をもってすれば、余裕で成敗可能だ。
捕らえられている魔法少女三人が、魔王を復活させるための贄となろうとしている。
内二人――『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷ちゃんと、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃんは、グラウンド中央に引き出された魔獣用檻の中に、閉じ込められている。
檻の下に敷かれた薪に、火がつけられており、生きたまま鉄板焼きにされるところだ。
贄となる三人目、『運動部衣装魔法少女』の綾女ちゃんは、表彰台上だ。
そして、今まさに、その綾女ちゃんの胸に、魔族四天王の一角となった辣人が、カトラスの刃を突き立てたところだ。
これは、勇者側が用意した『陸上部のエース 後編』修正版ストーリーの、悲劇的な見せ場だ。
でも、最初に話したように、ホンモノの綾女ちゃんは、僕と一緒に転移してきており、今も僕の隣にいる。
表彰台上で胸を刺されたのは、ニセモノだ。
ニセモノをやらされていたのは、金魚如雨露って子だ。
『金平水軍』の残党でありながら、両親を人質にされ、脅されてスパイをやらされてきた。
そして、賢者沈香の『ロール改変』により、今ここで、『陸上部のエース』として殺されるところだ。
陸上競技場内に、辣人の絶叫が響き渡った。
それは、愛する如雨露の胸を、改変されたロールに強制され、自分の手で刺し貫いたしまったがゆえの絶叫だ。
陸上競技場内にいる者たちは、魔王に与する側も、勇者側も、一瞬動きを止めた。
なぜなら、辣人は、賢者により、『魔人四天王』に『ロール改変』されており、改変前の如雨露への思いが、表に出てくることなどないはずだからだ。
強制されたロール通りであれば、辣人は、ここで、声高らかに魔王の復活を願うべき場面だ。
なのに、辣人は、自身がカトラスを突き立てた如雨露の身体を抱きしめたまま、動かない。
この肝要なシーンで、勇者側のシナリオを逸脱した何かが、起ころうとしている。
☆
僕は、チア衣装に魔力を集めながら、フライアウェイにより宙を飛翔し続けている。
衣装に散りばめられたラメが、そして、両手のポンポンが、キラキラと輝く。
僕の家――我が宝生家は、代々、御社に舞を奉納してきた家柄だ。
九十九年前の最初の物語『天の岩戸』において、國津神は、天津神をこの世界にお迎えになった。
その際、『この世界』の岩戸を開くために舞ったのが、我が一族の開祖だと伝えられている。
舞は、人と人、人と神、神と神が、意思疎通を図るうえで、最も直接的な方法だとされている。
言語が異なる人と人、在り方の異なる人と神、異界の神と神であっても、舞を通してであれば語りあうことが可能となる。
だからこそ、舞踏は、カストリ皇國においても、最強のコミュニケーション手段として、重要視されている。
僕は、幼少期より、舞の修行を強要された。
六歳となり、白虎小學校入學時に与えられたロールは、当然のごとく『舞姫』。
ところが、なぜか、与えられたロールが、もう一つあった。
それが、『魔法少女』だ。
高位のロールである『舞姫』を得たことで、一族の僕への期待は高まり、課せられる舞の修行は、激しさを増した。
九歳のとき、あまりの厳しさに挫折し、逃亡を図った。
逃げ込んだ先が、この鹿鳴館學園だった。
學園では、九月の定例行事である武闘体育祭が開かれていた。
もちろん、その主役は、武術など、体育系クラブの部員たちだ。
だが、僕の目を引いたのは、応援合戦の方だった。
男女ともに、男子用の詰め襟學生服姿だ。
白いカーラー、白手袋、白いズック靴。
頭に巻いた白鉢巻は、とても長くて、膝下に届いている。
男女の違いは、男子が長ズボンなのに対し、女子が体育用のショートパンツなことだけだ。
凜々しい、その姿に魅せられた。
長ズボンまで履いて男装した自分が、男子と間違われたまま、イケメン応援団員に言い寄られるさまを妄想してしまった。
激しく、ときめいた。
そして、その妄想を現実のものにしようとした。
あげく、すったもんだあった。
僕は、家へと連れ戻され、謹慎処分となった。
体験したことのあれこれを、ここで話すつもりはない。
とにかく、あれが、僕のトラウマイニシエーションだった。
トラウマイニシエーションは、通常、小學校卒業後に起こる。
僕の外見が大人びていたとはいえ、九歳での前例は、ごく僅かだ。
年齢のことがあるから、何があったかは話さないにしても、いくつか言っておいたほうが良いかもしれない。
あの時、僕は、被害者ではなく、加害者だった。
何人もの純粋な學生たちの感情を弄んだ。
その結果、自分では手を出さなかったものの、死傷者が出る事態へと至らしめた。
あのとき、のっぴきならない状況に立ち至った僕を救い出してくれたのが、祓衣清女様だった。
清女様は、行き場を失った僕を、『801』号室へ迎え入れてくれた。
清女様は、僕に道を示してもくれた。
「詰め襟學生服を、自ら着用することは封印なさい。あなたには、あなたにしかできない、舞踏や、応援があるはずです」
僕は、『801』号室の禁書庫に入り浸りつつ、自分の在り方を模索した。
我が宝生家において、舞の基本は、情動、つまりは喜怒哀楽の操作にあるとされている。
衣装と演舞で、喜怒哀楽を掻き立てることにこそ、自分の本領があるのではないか。
そして、『チア』へと辿り着いた。
『チア』とは、『応援する』ことだ。
僕のチアダンスは、味方にバフをかけ、敵にデバフをかける。
その力が、舞台に立つ者たちを高揚させれば、確定した物語を変容させることすら可能となる。
☆
僕は、魔力を集めながら、フライアウェイにより宙を飛翔し続けている。
『服飾の呪い』の物語力が高まっている。
『勇者の召喚』の物語に介入するなら、今だ。
僕は、ポンポンを振る。
アームモーションで、レンゲさんと綾女ちゃんへ合図した。
レンゲさんが転移を駆使し、表彰台上の如雨露と、綾女ちゃんを、瞬間的に入れ替えた。
入れ替わった綾女ちゃんは、如雨露だと思って、自分を抱きしめて泣き叫んでいる辣人の肩を、軽く叩く。
辣人は、自分が抱きしめている相手の異変に気がついた。
自分が抱きしめている肉体は、さっきまで、力なく弛緩し、死にかけていた。
ところが、唐突に全身の筋肉が力強く引き締められ、その手が動き、自分の肩を優しく叩いてきたのだ。
ハッと、上半身を離し、相手の顔を確認する。
度肝を抜かれた。
それが誰なのか、死んでいないのか――とかいった認識は、まるで追いつかない。
ただただ本能的に、恐れ慄き、腰を抜かしたまま、とびすさった。
ホンモノの『陸上部のエース』である綾女ちゃんが、立ち上がった。
競技場内にいる者全員が、驚愕に目を見開きながら、動向を見守っている。
競技場内にいる者たちには、胸に刃を突き立てられ、瀕死であったはずの『陸上部のエース』が、突然、生返ったかのようにしか見えてない。
『陸上部のエース』の手には、その胸元に突き刺さっていたはずの刃が、握られている。
いつの間に、それも、どうやって、胸から引き抜いたというのか?
いや、そもそも、『陸上部のエース』の胸元には、傷跡らしいものが見当たらない。
そこから刃を引き抜いたはずなのに、血飛沫どころか、血痕すらない。
『陸上部のエース』は、平然とした表情を崩すことなく、その刃を掲げてみせた。
競技場内にいる者はみな、驚愕している。
だって、さきほど、『陸上部のエース』に突き立てられたものと、明らかに刃の形状が違っている。
『陸上部のエース』に突き立てられた刃は、カトラスだったはず。
あれは、間違いなく、短い片刃の、反り返った、武骨な海賊刀だった。
いま、『陸上部のエース』が掲げているのは、長さのある両刃の直剣だ。
柄に美しい装飾が施され、神々しく輝いている。
競技場内にいる者のうち、召喚勇者とパーティーメンバーには、その剣に見覚えがあった。
パーティーメンバーの、問いかけるような視線が、一斉に召喚勇者へ集まった。
より正確にいうと、召喚勇者の腰に吊されている剣へと集まった。
勇者が、慌てて、パーティーメンバーへ向って、首を横に振ってみせる。
「ちっ、違う、あれは、『勇者の剣』なんかじゃねぇ。ホンモノの『勇者の剣』は、こっちだ。俺っちが召喚されたととき、天津神が授けてくださったんだ。間違いねぇ」
勇者拳斗にとっても、あり得ないことだったらしく、慌てて、自身の腰に吊した剣を、鞘から抜いて、掲げてみせた。
二つの剣は、全く同じものに見えた。
それだけではなく、どちらの剣からも、神々しさが伝わってくる。
『陸上部のエース』が、緊張感のない、間の抜けた声を出す。
「ええっとさぁ、さっき死んでたときにさぁ、國津神様とお会いしたんだ。國津神様が、召喚勇者のこと、えらく怒ってたぜ。『勇者が女たらしなのは設定どおりだけど、他の物語のヒロインを、片っ端から掻っ攫うのは、いかがなものかしら。ちょっとお灸をすえなきゃね』って――この剣を、渡されたんだぜ」
「テメエが持ってる、その剣は、なんなんだ?」と勇者が訊ねる。
「『勇者の剣』は二つあるって、國津神様が仰ってたぜ。そっちの剣は、天津神様が与える『召喚勇者の剣タチ』。こっちの剣は、國津神様が与える『転生勇者の剣ネコ』なんだってさ」
「勇者の証が何本もあってたまるか! ニセモノの剣なんぞ持ち出して、何しようってんだ?」
「國津神様からさぁ、『あなた、生返って、この剣をあの子に渡しなさい』って、命じられたんだ」
『陸上部のエース』は、会話を続けながら、剣を握っていない方の掌を、広げてみせた。
その掌に握られていたのは、さっきまで辣人の頭にとめられていた水中眼鏡と、魔獣用檻の鍵だ。
「『あの子』って、誰だよ?」
『陸上部のエース』は、水中眼鏡のゴムバンドで、魔獣用檻の鍵を、『転生勇者の剣ネコ』に巻き付ける。
「黙ってねぇで、答えろ! 剣を渡す相手が、転生した勇者だなんて、ふざけたことを言うんじゃねぇだろうな?」
召喚勇者の声は、うわずっている。
『陸上部のエース』は、足元の表彰台の幅を視認し、そそのまま助走に入る。
大きく振りかぶり、表彰台の端、ギリギリの位置で、渾身の力を込めて投擲した。
「剣を渡す相手は、この子だよ!」
魔獣用檻の鍵が括り付けられた剣は、神々しい輝きを撒き散らしながら、蒼穹へと飛ぶ。
ゆっくりと放物線を描いて落ちていく。
その飛距離は、女子槍投げの世界記録を越え、一〇〇メートルに届こうとしていた。
その剣が落ちていく先には、魔獣用の檻があった。
剣は、鉄格子の狭間から、檻の中へと消えていった。
魔獣用の檻は、既に、けっこうな長時間、下に敷かれた薪からの炎で炙られている。
炎と煙で、中に閉じ込められている魔法少女二人の姿は、視認できない。
二人が無事だとは、とうてい思えない状況だ。
扉脇の鉄格子から、華奢な腕が差し出された。
その手には、檻の鍵が握られている。
鍵は、檻の外側にある鍵穴に差し込まれ、回され、ガチャリと音をたて開いた。
扉は、勢いよく開け放たれ、そこから大量の水が溢れでてきた。
水は、あっという間に、檻を包んでいた炎を消し去っていく。
魔獣用の檻は、魔力を遮断する。
だが、檻の中で、魔力を使うことは可能なのだ。
糖菓ちゃんが、着用しているスクール水着から大量の水を発生させ、その力で、自分と薄荷ちゃんを護っていたのだ。
糖菓ちゃんと薄荷ちゃんが、仲良く手を繋いで、外に出てきた。
糖菓ちゃんが、水を操りながら、勇ましく先導している。
薄荷ちゃんは、びしょ濡れになったセーラー服の裾を気にしながら、もじもじと付き従っている。
僕としては、これは、さすがにどうかと思う。
ここは、薄荷ちゃんの方が凜々しく、糖菓ちゃんを、エスコートすべき場面だ。
二人とも、既に『体育服』姿だ。
糖菓ちゃんは、紺の旧スク水。
片手に、『鉤の鉤爪』と呼ばれる手甲鉤を装備している。
薄荷ちゃんは、ピンクのノースリーブミニワンピセーラー服。
水でびしょ濡れになって、薄い絹の布地が、身体に貼り付いている。
その手には、『陸上部のエース』こと綾女ちゃんが、さっき投げてよこした『転生勇者の剣ネコ』を、ぎゅっと握りしめている。
糖菓ちゃんが、繋いでいた手を離す。
薄荷ちゃんの背中を押して、前にだす。
薄荷ちゃんのセーラー服は、自浄作用により、急速に乾いていく。
薄荷ちゃんは、服の布地が身体に密着しなくなったことで、ようやく、ふんぎりがついたらしい。
自分の持っている剣の先を、召喚勇者――ではなく、僕へと向けた。
えっ、僕なの?
どうやら、薄荷ちゃんは、鹿鳴陸上競技場の上空に浮かんで、事の成り行きを采配している、この僕――『舞踏衣装魔法少女』宝生明星――に、何か言いたいことがあるらしい。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月八日③ 魔法學の実習 三回目 その2
明星様がね、飛翔したうえに、分身しちゃうんだ!
スゴイよね。
なんか、もう、魔法少女みたい……ってか、その魔法少女なんだった。