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■五月八日① 陸上部のエース 後編

  ◆◆◆召喚勇者シリーズ

  ◆◆◆陸上部のエース 後編 【修正版 本番】


 『陸上部のエース』こと、オレ、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)は、ハッと目を覚ましたぜ。

 なぜだか、身動きが取れない。

 どうやら、立ち姿勢のまま、大きなポール状のものに縛り付けられているみたいだ。


 縛られたまま、上半身を傾げ、うなだれるように、眠っていたらしい。

 (こうべ)を、僅かに巡らす。

 前髪が、眼前を覆い、周りがよく見えない。

 それでも、自分が、陸上ウェアのまま、亀甲縛りにされているのが確認できたぜ。


 ここって、鹿鳴陸上競技場の表彰台上だ。

 オレ、表彰台の後ろにある國旗掲揚ポール三本のうち、中央の一位用ポールに縛り付けられてるんだ。


 唐突に、記憶が蘇ってきたぜ。


 ――オレって、確か、『陸上部のエース 前編』の最後のシーンで、

   陸上部キャプテンの召喚勇者北斗(ほくと)拳斗(ケント)様から指示されて、

   この競技場内にある選手控室で、

   スポーツマッサージを受けてたんだぜ。


 ――もしかして、あのまま、眠ってしまった?

   だとしても、オレ、なんで、こんなところに縛り付けられてんの?


 もぞもぞと、身体を捻って、競技場内を確認する。

 ゲート等の要所を、カトラスを持った男たちが、固めている。

 総勢、六百人はいそうだ。

 ちなみに、カトラスっていうのは、短い片刃の反り返った、海賊刀のことだ。


 俯いたままなので、ちゃんと見えないが、オレの隣、三位の表彰台上に立った男が、競技場内の六百人に向って、演説してるぜ。

 「……大物語『勇者の召喚』が始まって、既に、二年一カ月が経たんとしている。その間、我ら、魔王様を奉じる者は、魔王様に復活していただくべく、身を呈して闘ってきた。しかしながら、闘いの度ごとに、あのにっくき召喚勇者北斗(ほくと)拳斗(ケント)が、我らの前に立ち塞がった。我らが野望を阻止しただけでは飽き足らず、その度ごとに、美少女キャラを救出し、己が勇者パーティーメンバーに加えてきた。」


 その男は、赤いジャージの上着と、赤い競泳用ブーメランパンツ。

 『鹿鳴館學園水泳部』と書かれた水泳帽と、水中眼鏡を装備している。

 腰には、青い鞘に入ったカトラスを吊している。


 「諸君、認識しているか? 二年一カ月だぞ。召喚勇者は、すでに學園の三年生であり、来年には卒業してしまう。なのに、我らは、未だ、魔王様の復活すら果たせていないのだ。一方、あのゲス勇者は、その間に、パーティーメンバーを増やし続け、今や勇者パーティーは、三十人もの美少女ハーレムと化している。我々、魔王様を奉じる者は、勇者と魔王の物語を私物化し、己がハーレムにのみ執着する召喚勇者拳斗(ケント)を許して良いのか! 否、断じて否!」

 その男が、拳を振り上げる。


 競技場内にいる男たちも、口々に声をあげたぜ。

 「そうだ、その通り!」

 「勇者め、ちょっとカッコイイからって、なんでも許されると思うなよ!」

 「ぽっと出の召喚野郎に、『この世界』の美少女キャラを独占させるな!」


 「時は来た。召喚勇者側の思惑通りの、横暴な番組展開はここまでだ。我らは、この『陸上部のエース 後編』において、遂に悲願を果す。見よ!」

 その男が、隣でポールに縛り付けられたまま俯いている、オレの頭髪を引っ掴んだ。

オレの頭部をグイッと持ち上げ、オレの顔を、競技場内にいる男たちの前に晒した。

 「今回の美少女キャラ『陸上部のエース』にして『運動部衣装魔法少女』、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)は、我らが手中にある」


 オレは、その男と、一瞬、目が合ったぜ。

 オレ、この男のこと知ってる。


 オレ……あたい……が、何としても助けたい、大切な人?


 競技場内にいる男たちが、オレを見て、「うぉぉぉぉぉーっ」と、吠えてるぜ。

 「陸上っ子、キター!」

 「『運動部衣装魔法少女』の綾女(あやめ)ちゃんだよ~!」

 「深緑のレーシングブルマ姿が、可憐ですぞ~!」


 そんな叫びに混じって、オレの耳には、こんな疑問も聞こえてきた。

 「あれっ、あの陸上部のエース、『前編』のテレビ放送と、雰囲気違くね?」

 「なんかさぁ、妙にメイク濃いし、胸がでかくなってね?」

 「レーシングブルマの色、濃すぎね? 呪われた魔法少女の運動部衣装って若葉色だよな。」


 ――確かに、なんかヘン。

 言われているのは、自分のことなのに、そう思ってしまった。

 「オレ……あたい……あたいは、誰?」


 「我ら魔王配下が手中にしたのは、この『運動部衣装魔法少女』だけではない。あの魔獣用檻を、見よ!」


 男が指さす先は、陸上競技場のフィールド中央に置かれた魔獣用檻だぜ。

 オレが縛り付けられている表彰台からは、一〇〇メートル近く離れてる。


 檻を被っていた白い布が、男の発した『見よ』の一言にタイミングを合わせて、取り払われる。

 鉄格子の中には、二つの人影があったぜ。


 「『セーラー服魔法少女』儚内(はかない)薄荷(はっか)。そして、『スクール水着魔女っ子』金平(こんぺい)糖菓(とうか)。この二人も、我らの奸計に嵌まった。今や、服飾に呪われた魔法少女五人のうち三人が、我ら魔王配下の手中にあるのだ」

 男は、水中眼鏡のゴムバンドに挟み込んでいたものを、引き抜いて、掲げて見せる。

 男から説明はなかったけど、どうやら、それは、魔獣用檻の鍵のようだぜ。


 またしても、「うぉぉぉぉぉーっ」という男達の歓声が、競技場内に響き渡った。


 その吠えるような歓声を片手で制し、鍵を水中眼鏡のバンドに戻しながら、男が名乗る。

 「我こそは、魔王直属、魔族四天王が一角喇叭(らっぱ)辣人(らっと)である。綾女(あやめ)の奪取も、薄荷(はっか)糖菓(とうか)の誘い出しも、この辣人(らっと)の喇叭のもと、『鹿鳴館學園水泳部』が実行した。しかして、この『水泳部』こそが、魔王様にお仕えする魔人の血族、『金平(かねひら)水軍』なのだ」


 「昨夜、我らは、最愛の同胞、金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)を失った。……あれっ、ホントにそうだっけ……いや、我の記憶に間違いはない。如雨露(じょうろ)は正々堂々と、召喚勇者拳斗(ケント)を背後から不意打ちした。ところが、召喚勇者は卑劣にも、如雨露(じょうろ)を正面から返り討ちにしたのだ。如雨露(じょうろ)よ、暫し地獄で待て。我も、じき、そこへ行く」


 ――金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)

   そうだ、オレ……あたい……は、金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)


 ――あたい、陸上部のエースでも、魔法少女でもないっす。

   あたいは、『金平(かねひら)水軍』の義賊、

   金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)っす。


 ――喇叭(らっぱ)辣人(らっと)くん、思い出して。

   あたいの大好きな辣人(らっと)くんは、

   魔族四天王なんかじゃないっす。

   心正しき、義賊っすよ。


 「我らは、美少女を独占するゲス野郎、召喚勇者拳斗(ケント)とは違う。我らは、カワイイ魔法少女三人の命を、魔王様にお捧げする。本年度の物語『服飾の呪い』のメインキャラだけが持ちうる物語力と魔力の全てを、魔王様にお捧げする。さすれば、小賢しい勇者拳斗(ケント)が二年一カ月に渡って阻みつづけた魔王復活が、今こそ果たせるであろう」


 辣人(らっと)くんが、腰のカトラスを抜き、高く掲げたっす。


 「させんぞ!」という大音声が、鹿鳴陸上競技場内に響き渡ったっす。

 競技場内の人々は、声の主を求めて、視線を彷徨わせる。


 と、観客席の一角が変形し、舞台と、豪奢な造りのVIP席が、せり上がってきたっす。


 舞台上には、一人の男が、仁王立ちしている。

 誰あろう、召喚勇者北斗(ほくと)拳斗(ケント)その人っす。


 召喚勇者が身につけているのは、これまでに入手できた神器武具のフルセットっす。

 両側頭部に不死鳥の羽根飾りをつけた、オリハルコン兜。

 魔獣の爪を何枚も重ねた肩アーマー付きの、ミスリルのチェインメイル。

 魔獣の鱗を使った腕用防具マニカと、脚用防具グレアウェ。

 そして、『勇者の(つるぎ)タチ』を、腰に佩いているっす。


 そのどれもが、キラキラと眩しいっす。

 ただ、なんと言うか、勇壮というまえに、華美であり、成金臭がするっす。


 さきほど、「させんぞ!」と声を上げたのは、この召喚勇者っす。


 召喚勇者は、舞台がせり上がりきるタイミングで、『勇者の(つるぎ)タチ』を抜き放つ。


 腕を上げ、刃の向きを反転させて、前に突き出す――『霞の構え』。

 でも、これって、片刃で反りのある日本刀のための構えっす。

 両刃の直刀である勇者の剣で、この構えを取る意味は、全くないように思えるっす。

 召喚勇者がこの構えを取るのは、たぶん、これが一番かっこいいと思っているからっす。


 召喚勇者は、かっこいいポーズで、かっこいいセリフをきめるっす。

 「ツンデレが呼ぶ、ヤンデレが呼ぶ、クーデレが呼ぶ、ハーレムに入れてと叫んでる、モテモテ召喚勇者拳斗(ケント)、ここに参上!」


 舞台と同時にせり上がってきたVIP席には、三十人の美少女が、居並んでいるっす。

 美少女たちは、緊迫したグラウンドの様子などそっちのけで、ついさっきまで歓談にふけっていたようっす。

 サイドテーブル上や、足下に、コーラ、ジンジャエール、ポテトチップス、ポップコーン等の器や中身が散乱しているっす。


 美少女たちは、召喚勇者が、ポーズとセリフを決めるや、ヤンヤの喝采をあげる。

 パンパンと、クラッカーが鳴らされ、紙吹雪が舞い踊る。


 召喚勇者は、片手を振って、少女たちの喝采に応えるっす。

 その上で、表彰台上の辣人(らっと)くんを睨むっす。

 「辣人(らっと)、テメエ、どうせここで、勇者に成敗される役どころだからって、改変されたロールの許容範囲内で、好きに喋らせてやったら、俺っちのことを好き放題ディスりやがって――。ここにいるパーティーメンバーに、笑われっちまったじゃねえか。さっきまでは、苦しませずに楽にしてやろうって思ってたが、我慢ならねえ。思いっきり、いたぶって殺してやる」


 ☆


 あたいの中で、本来の金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)と、上書きされた菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)が、せめぎ合ってるっす。

 『ロール改変』は規格外の力だけど、それでも、誰かに、自分自身を、実在する別の誰かだと思い込ませることは、難しいみたいっす。

 あたいは、脳内のいたるところで発生したアイデンティティーの齟齬により、強烈なフラッシュバックに襲われてるっす。


 あれは、昨日のことっす。

 あたいは、浅はかにも奸計に嵌まって、糖菓(とうか)姫さまと。ピンクの人――薄荷(はっか)さん――を、この陸上競技場に連れてきてしまったっす。

 お二人は魔獣用の檻に閉じ込められ、あたいも捕まってしまったっす。


 あたいは、水泳部の赤い競泳水着から、深緑色の陸上ウェアに着替えさせられたっす。

 鹿鳴陸上競技場の表彰台上に連れて来られ、國旗掲揚ポール三本のうち、中央の一位用ポールに亀甲縛りで、縛り付けられたっす。


 あたいの前に、三人の人間が、やって来たっす。


 ニマニマ笑っている眼帯男、藪睨(やぶにらみ)(たばかる)

 黒いローブ姿の、賢者天壇(てんだん)沈香(じんこう)

 そして、喇叭(らっぱ)辣人(らっと)くん……っす。


 (たばかる)は、ニマニマ笑いながら、辣人(らっと)くんの後頭部をはたいたっす。

 「こいつは、賢者様により『ロール改変』済みだ。自分のことを、魔族四天王の一人と思い込んでいる」


 辣人(らっと)くんは、縛られることもなく、虚ろな表情で、賢者に付き従っていたっす。

 眼前で縛られている、あたいのことを、ちゃんと認識できてないみたいっす。


 『鹿鳴館學園水泳部』の文字が入った、赤い競泳用ブーメランパンツと、水泳帽。

 水泳帽の上に、水中眼鏡をひっかけているところまでは、いつも通り。

 違うのは、水球部から支給されたらしい青い鞘のカトラスを腰に佩いているところっす。


 賢者沈香(じんこう)は、武器を持った辣人(らっと)くんを背後に従えているのだから、自身が施した『ロール改変』に、絶対の自身があるってことっすね。


 でも、これって変っす。

 だって、自分を魔族四天王と思い込んでるなら、魔王に敵対する勇者パーティーメンバーの賢者に、唯々諾々と付き従ったりはしないはずっす。

 『ロール改変』された人間って、自意識が矛盾だらけで、元の自分を完全に失ってはいない気がするっす。


 賢者沈香(じんこう)が、唐突に、語り始めたっす。

 でも、語る内容は、現状説明というより、私的な感情の独白めいていたっす。


 「()はな、『あの世界』から召喚されてきた拳斗(ケント)に、一目惚れしたしもうたのじゃ。そして、気づいてしもうた。自分でも驚いたことに、()はな、一人の男に妄執し、尽すタイプの女だったのじゃ。惚れた拳斗(ケント)がな、また困ったことに、蒐集癖が強くてな。『この世界』に来てからは、武器と女を蒐集し始めたのじゃ。しかも、學園内で繰り広げられている様々な物語に登場する武器とヒロインをセットで欲しがる。()はな、賢者としての智恵を巡らし、『ロール干渉』や『ロール改変』の力を用い、拳斗(ケント)の望むままに、幾つもの物語を壊した。そして、その物語の武器とヒロインを拳斗(ケント)に与えてきた」


 賢者沈香(じんこう)の目が、狂気じみていて恐いっす。


 「だがな、拳斗(ケント)の欲望は、止まるところを知らん。()の知らぬうちに、『服飾の呪い』のヒロイン五人にまで手を出しておった。『服飾の呪い』は、神託のあった『大物語』じゃ。同じ『大物語』である『勇者の召喚』と同等の物語力を持つ。召喚勇者であっても、そんなことをしたら、どうなるか分からんというのに――」


 「それでも、じゃ。拳斗(ケント)が欲するのであれば、()は、世の理に逆らうことになろうとも、それを与えよう」


 話しが進まないことに痺れをきらした(たばかる)が、「こんなところで、何を自分語りしてんだ」と、割って入ってきたっす。


 「如雨露(じょうろ)、テメエは、色々知りすぎてる。だから、ここで確実に死んでもらうぜ。それも『陸上部のエース』になりきって、魔王復活の贄として、魔族四天王の一人である辣人(らっと)に殺される役どころだ。菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)が生きていようと、問題ない。そもそも『勇者の召喚』物語内での『陸上部のエース』は、テメエだったってことになるからな。どうだ、如雨露(じょうろ)、愛する男に殺してもらえるんだから、嬉しいだろ」


 (たばかる)は、どこまでも、軽薄な口調っす。


 「心配するな、ここにいる辣人(らっと)も、すぐにテメエの後を追って、地獄に行くってよ。何しろ、コイツは、今回の事件の首謀者役だ。事の全てをやらかしたワルモノとして、召喚勇者様に成敗されなきゃなんないからな。」


 「糖菓(とうか)姫さまと、薄荷(はっか)さんは、どうなるっすか?」

 脅されていたとはいえ、あたいがスパイだったことは事実っす。

あたい、自分のことは、諦めてるっす。

 ただ、あのお二人を、巻き込んでしまったことが、心底悔やまれるっす。


 「さっき、賢者様が説明たしろ。大物語『服飾の呪い』のヒロインである『服飾に呪われた魔法少女』五人は、強い『物語力』を持つ。魔族四天王とその配下六百人は、命を賭して戦うが、まず、魔法少女は殺せねえだろうな。でもよ、召喚勇者様が、ヒーローだけが持つ魅力を発揮して、組み敷いたら、魔法少女だろうと抗えず、召喚勇者様に惚れちまうだろうよ」


 糖菓(とうか)姫さまと、薄荷(はっか)さんが、ここで死ぬ可能性は低いってことっすかね。

 何とか、召喚勇者の魔の手から、逃げ延びて欲しいっす。


 「さて、辣人(らっと)の『ロール改変』を仕上げちまおう」


 (たばかる)は、辣人(らっと)くんを、ポールに縛りつけられている、あたいの前に立たせたっす。

 「辣人(らっと)、テメエは、明日、水泳部キャプテンとして、この女を殺す。この女の名前は金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)。この女は、『金平(かねひら)水軍』の生き残りとして、水泳部に入部した。だけどなあ、実は、俺ら『河童(かっぱ)水軍』のスパイだ。『(フック)の鉤爪』を捜し出すため、俺らが送り込んだ、裏切り者だ。スポーツマッサージ師に扮して菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)を攫ったのはコイツだ。水泳部の死傷者についても、この女には責任の一端がある。だから、辣人(らっと)、テメエは、水泳部キャプテンとして落とし前をつけなきゃなんねえ」


 (たばかる)は、辣人(らっと)くんの目を、自分の掌で、一度被ってから、再度、あたいを見せたっす。

 「辣人(らっと)、テメエは、明日、魔族四天王として、この女を殺す。この女は、『陸上部のエース』、そして『運動部衣装魔法少女』だ。『陸上部のエース』はな、魔王様の宿敵である召喚勇者のハーレムに迎え入れられようとしている女だ。しかも、魔法少女たちは、召喚勇者のパーティーメンバーとなり、召喚勇者ともに魔王様を倒そうとしている。だけど、魔族四天王であるテメエは、そんなことお見通しだ。先手をうって、この女を確保した。明日、この女を邪神に捧げ、念願の魔王様復活を果すんだ」


 「最後に、テメエが、この女を殺すタイミングを教えといてやるぜ。いいか、召喚勇者様が陸競技場の観客席を出て、競技フィールドに降り立った、まさにその時、テメエは、この女を、魔王様復活の贄として捧げるんだ。勇者様の助けが、タッチの差で間に合わず、『陸上部のエース』が殺されちまうっていう、ドラマチックな展開だ」


 (たばかる)は、ここまで言い聞かせてから、辣人(らっと)くんの両耳を、自分の両手で塞ぐ。

 そして、賢者に「こんなもんで、どうだ? 『ロール改変』できてるか?」と囁いた。


 賢者は、辣人(らっと)くんの眼を覗き込んでから、「充分だ」と囁き返した。

 「あとは、如雨露(じょうろ)の『ロール改変』だけだな」


 ☆


 鹿鳴陸上競技場内に、『ロール改変』により魔族四天王と化した辣人(らっと)くんの声が、響き渡ったっす。

 「おのれ、召喚勇者め。もはや猶予はない。生贄を捧げて、魔王様の復活を急ぐのだ」


 辣人(らっと)くんが、魔獣用の檻の脇にいる水泳部員に合図したっす。

 その水泳部員は、隠し持っていた燐寸(マッチ)を取り出す。

 魔獣用檻の下に敷き詰めてあった薪に、素早く点火する。


 薪には、油か何かが染み込ませてあったに違いないっす。

 ボッと燃え上がり、瞬く間に、炎が広がったっす。


 魔獣用の檻は、魔力は通さないけど、物や、熱は通るっす。

 檻の底は、鉄格子じゃなくて鉄板だけど、あの火力では、すぐに熱せられてしまうっす。


 ――うそ、と糖菓(とうか)姫さまと、薄荷(はっか)さんには、手を出さないって……。


 辣人(らっと)くんが、ギロリと、振り向いたっす。

 血走った目を、表彰台のポールに縛り付けられている、あたいへ向けたっす。

 「『陸上部のエース』よ、あの魔法少女二人とともに、魔王様の復活の贄となれ!」


 辣人(らっと)くんが、さっきから抜き身で振り回していたカトラスを、大きく振りかぶって……。


 あたいは、ギュッと目を瞑ったっす。

 もう、覚悟はできてるっす。

 これは、裏切り者の『水波(すっぱ)』である、あたいに相応しい末路っす。


 ……あれっ……カトラスが、振り降ろされる気配がないっす。


 恐々目を開いたら、辣人(らっと)くんが、カトラスを振りかぶったまま、ぷるぷる震えているっす。

 辣人(らっと)くんのなかに僅かに残った、本来の自意識が、改変されたロールが命じる行為に、抗っているっす。

 大きく見開かれた辣人(らっと)くんの両の眼窩から、血の涙が流れ出てきたっす。

 辣人(らっと)くんの唇が僅かに開き、微かな言葉を絞り出したっす。

 「じょ……う……ろ、に……げ……ろ」


 でも、あたい、半日以上、縛り付けられてたせいで、もう身体を動かす力も出ないっす。

 それに、動けたとしても、もはや、逃げるつもりはないっす。


 ――罪深い、あたいは、ここで死すべきっす。

   だけど、あたい、辣人(らっと)くんや、

   他の水泳部員にこそ、助かって欲しいっす。


 辣人(らっと)くんの、カトラスを握る手が、再び持ち上がっていく。

見ると、辣人(らっと)くんの全身の震えが止まり、目が、死んだ魚のようになっていく。

 改変されたロールに、完全支配されようとしてる。


 「うををををーーーーっ!」

 辣人(らっと)くんが、絶叫とともに、カトラスを振り降ろす。

 そのまま、全身をカトラスに預け、あたいの上に、のしかかってくる。

その剣先が、あたいの胸へ、ズンと突き刺さったっす。


 あたいの眼前に、辣人(らっと)くんの顔があったっす。


 あたいは、自分の身体から、命がこぼれ落ちていくのを感じたっす。

 そして、迫りくる死とともに、自分が、改変されたロール、更には、元のロールからも、解放されていくのを感じたっす。


 あたいは、自分自身の意思で、必死に両手を伸ばしたっす。

 辣人(らっと)くんの頭部を掴んで、自分の口元に引き寄せたっす。

 それは、最初で、最後の接吻……。


 死んだ魚のようだった辣人(らっと)くんの目に、光が宿ったっす。

 その目を大きく見開いて、死に逝く、あたいの目を覗き込んで来るっす。

 接吻ともに、あたいのなかにある『ロールからの解放』が、辣人(らっと)くんのなかにも伝わっていくのが分かったっす。


 あたいの手に、水中眼鏡のゴムバンドと、小さな金属片が……。

 これって、なに?

 ああ、魔獣用檻の鍵っす……ね。


 そして、あたいは、自分の意識を、手放したっす。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■五月八日② 魔法學の実習 三回目 その1

満を持して、明星(みょうじょう)様の降臨。

カッコイイよね。

ボク、憧れちゃうな。


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