■五月七日② 鹿鳴陸上競技場 魔獣用檻
ボク、『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷だよ。
ええっとね、今、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃんと一緒に、『鹿鳴陸上競技場』にある、魔獣用檻の中です。
てへっ。
後から思えば、あの時、焦って行動しちゃったのが、いけなかったんだよね。
急がば回れで、『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様か、『文化部衣装魔法少女』のスイレンレンゲさんに、ちゃんと相談してたら、こんなことに、なってなかったよね。
こんな不様なことになってるって、二人に知られたら、叱られちゃ……。
あれっ?
『服飾に呪われた魔法少女』って、五人とも鹿鳴館學園の一年生で同年齢なのに、なんか、いつの間にか、明星様と、レンゲさんが、お姉さま的な立ち位置になってない。
う~ん、明星様とレンゲさんに言い訳できるよう、頭の中で状況を整理しておこうかな。
どうせ明日まで、ここから出れそうにないし、考える時間だけはあるからね。
☆
昨夕、金魚如雨露さんが、糖菓ちゃんと、ボクに、救いを求めてきたんだよね。
大怪我を負わされながらも、『水球部』コーチの眼帯男、藪睨謀から逃れてきたんだ。
ボクが、その傷を『拒否』して治療し、二人で如雨露さんの話しを聴いた。
この状況こ至るまでの、如雨露さんの事情。
『召喚勇者シリーズ』の最新話『陸上部のエース』が、『前編』放映後に、続けて放映された『服飾に呪われた魔法少女シリーズ』によって、『後編』が、撮影すらできず、放送延期に至っていること。
修正された新たな『後編』のために、喇叭辣人さんたち水泳部員が、攫われたこと。
如雨露さんの話しを聴き終わったのが、今日の明け方。
なのに、その日の午前中には、水泳部員たちが、『ロール改変』されちゃうって言うんだ。
勇者パーティーメンバー筆頭の、賢者天壇沈香様が、『ロール干渉』や『ロール改変』なんていう、とんでもない能力を持ってるんだって。
でもって、その能力で、水泳部員たちのロールを、魔族のワルモノにしちゃうって。
『ロール改変』って、人格を破壊するようなものだから、それをヤラレちゃったら、もう元には戻れない。
如雨露さんから、そう聞かされて、ボクと糖菓ちゃんは、即座に行動を起こすことを決意したんだ。
水泳部員たちは、新『陸上部のエース 後編』の舞台となる『鹿鳴陸上競技場』に連れ去られていた。
ボクと糖菓ちゃんは、隠密スキルを持つ如雨露さんに先導してもらって、競技場内に潜入した。
競技場内は、謀が集めた、ガラの悪い奴らが、占拠していた。
護りを固めてるというより、ただ、ただ、たむろしてる感じだ。
如雨露さんの話しでは、フェンシング部、ボクシング部、カバディ部、セパタクロー部、インディアカ部、アルティメット部などの部活に属する、怪盗義賊育成科の平民で、総勢六百人を超えているそうだ。
あくまで、テレビ番組視聴者向けの、分かりやすい悪役下っ端として集められていて、番組の最後では、勇者パーティーメンバーに討伐されてしまう予定なんだって。
辣人さんたち水泳部員の居場所は、捜すまでもなかった。
だって、競技場中央に引き出された檻の中だ。
後から思えば、あからさまな罠だよね。
フィールドに入るためのゲートの影に隠れて、状況を確認。
如雨露さんが、あの檻は、魔獣用のものだって、教えてくれた。
『鹿鳴陸上競技場』には、剣闘士ロールを持つ人たちと闘わせる、魔獣用の檻があるんだ。
魔獣は、魔力を使って攻撃してくるから、魔獣用の檻は魔力を遮断する造りになっている。
ボクや糖菓ちゃんの魔力でも壊せない、堅牢なものらしい。
しかも、魔獣用の檻の回りにだけ、ちゃんと警護している者たちがいる。
フェンシング用の、白いメタルジャケット、プロテクター、グローブを身につけ、マスクを被った人たち。
フルーレ、エペ、サーブルのいずれかを持ち、統率された動きをしている。
指揮しているは、フェンシング部のキャプテンなのかな。
糖菓ちゃんが、ボクのほっぺを突っついてから、フェンシング部キャプテンの腰のあたりを指し示した。
――鍵だ。
魔獣用檻の警護リーダーが腰からぶら下げているのだから、これはもう間違いなく魔獣用檻の鍵だ。
とても分かりやすい。
ボクが、『あっ、鍵だ』と思った時には、もう糖菓ちゃんが、飛びだしていた。
フェンシング部員たちの前に躍り出る間に、糖菓ちゃんの衣装が変化する。
羽織っていたバスタオルポンチョは脱ぎ捨て、『平服』のスカート付きスパッツ風スクール水着から、『体育服』の旧スク水へチェンジだ。
「心正しき『金平水軍』を穢そうなんて、うちが、この『スクール水着魔女っ子』糖菓が許さないんよ」
――糖菓ちゃん、ぜったい前もって、決めゼリフ考えてあったよね。
ボクは、なんにも考えてなかったけど、とにかく、もう、やるしかない。
ボクは、如雨露さんに「ここに隠れて、待ってて」とだけ声をかけ、衣装を変化させながら、糖菓ちゃんに続く。
『平服』の半袖セパレーツセーラー服から、『体育服』のノースリーブワンピースセーラー服にチェンジする。
な、なにか、決めゼリフを言わなきゃ。
「えっと、ボクは、薄荷だよ。『男の娘』だけど『セーラー服魔法少女』なんだ。ゴメンナサイ。悪い人は倒しちゃうけど、痛かったらゴメンナサイ」
二人で、背中合わせになって、ポーズを決めた。
一瞬の、静寂。
――あれっ、スベった?
ボクの決めゼリフが、グダグダだったからだよね。
ゴメンナサイ。
一拍置いて、フェンシング部員たちから「うひょひょひょひょーっ」という奇声があがった。
「こちっは、俺のだ。誰にもやらん」
「女だ、女。男はいらん」
「バカ、男の娘こそ至高だ」
そんなことを口走りながら、わらわらと駆け寄ってくる。
我が身の安全など気に留める様子もなく、ボクたちにタックルしてくる。
タックルというか、抱きしめようとしてくる。
ボクたち魔法少女の戦闘力の高さは、知ってるはずなのに――。
これって、賢者沈香様の力で、『ロール干渉』されているからに違いない。
ボクは、「男の人って、コワイから、ムリだから!」と叫ぶ。
ボクの『拒否』の力が発動し、フェンシング部員たちが弾きとばされる。
これでも、ボクは、魔力で弾きとばすだけで、極力、殺傷に至らないよう留意している。
その間に、糖菓ちゃんは、フェンシング部キャプテンに肉迫し、片手を振りかざす。
その手には、『鉤の鉤爪』が出現していた。
既に、糖菓ちゃんは、『鉤の鉤爪』を、『呪われた服飾』の一部として、瞬時に出し入れできるようになっている。
フェンシング部キャプテンは、手にしていたサーブルで、糖菓ちゃんへ、突きを放つ。
糖菓ちゃんは、手甲鉤の一振りする。
五本の鉤から迸った水飛沫が、フェンシング部キャプテンの身体を、サーブルごと、切り裂く。
糖菓ちゃんは、覚悟の足りないボクなんかとは違って、必要とあれば人を殺すことに、もはや躊躇はないのかな。
糖菓ちゃんが、鍵を拾って、檻へと急ぐ。
ボクも、糖菓ちゃんの背後を護りながら、これに続く。
糖菓ちゃんが、鍵を、檻の鍵穴に差し込もうとするが、うまくいかない。
その手が、カクカクと震えている。
ボクは、ハッとして糖菓ちゃんの顔を見る。
前言撤回しなきゃ。
糖菓ちゃんは、また人を殺してしまったことの自責に、耐えているんだ。
檻の中から、片手が差し出された。
辣人さんだ。
糖菓ちゃんが、鍵を渡す。
辣人さんは、檻の内側から伸ばした手で、外側にある鍵穴に鍵を差し込み、器用に檻を開けた。
水泳部員たちが、次々と、檻から出てくる。
回りは、敵だらけだけだ。
ここから逃げおうせるまでは、気を抜ける状態ではない。
だけど、水泳部員たちが、「ありがとう」と手を伸ばしてくるので、ボクたちも「どういたしまして」と、とにかく握手だけでも――。
水泳部員たちが、ボクと糖菓ちゃんの腕を、むんずと掴む。
そのまま、ボクと糖菓ちゃんの身体を抱えあげる。
ボクも糖菓ちゃんも、幼児体型だからね。
軽々抱えあげられて、そのまま、檻の奥へ、投げ込まれてしまった。
辣人さんが、手にしていた鍵で、すかさず施錠する。
水泳部員たちを助けに来たのに、まさか、その水泳部員たちから裏切られるとは――。
予想外のことに、何の対応もできなかった。
糖菓ちゃんは、手甲鉤を振って水飛沫を飛ばす。
水飛沫は、確かに発生し、飛んでいくのに、鉄格子のところで掻き消えてしまう。
鉄格子の向こうに、水泳部員たちが見えているのに、糖菓ちゃんの攻撃が檻の外に出ることはない。
ボクは、「ムリ!」と叫んで、檻の破壊を試みる。
魔力の圧が、膨れ上がって四散するのに、檻はびくともしない。
「魔獣用檻は、鍵が開かないかぎり、中からも外からも攻撃は通らねぇぞ」という声がした。
声がした方に振り向くと、眼帯男が進み出てきた。
藪睨謀だ。
「しっかし、魔法少女って、菖蒲綾女と言い、テメエらと言い、ホント、頭の構造がお子ちゃまだぜ。如雨露はな、俺がワザと逃がした。そうすりゃ、如雨露が助けを求める先なんて、『金平水軍』の姫のところしかねぇ。如雨露には、水泳部員の『ロール改変』は、今朝だと教えた。だがな、実際は、昨日のうちロールを改変してもらい、こうやって、テメエらが罠にかかるのを待ち構えてたって訳だ」
ボクは、ハッと思い至って、競技フィールドに入るためのゲート付近に目をやる。
ボクと糖菓ちゃんは、如雨露さんを、あの辺りに残したまま、飛びだしてきてしまった。
「如雨露なら、とっくに捕獲済みだぜ。明日の本番のために、別室で、賢者沈香様から、『ロール改変』してもらってるぜ」
「明日の本番って、なんなん?」と、糖菓ちゃんが首を傾げる。
「手間取っちまったが、明日、この陸上競技場で、『陸上部のエース 後編』を撮影する手筈だ。テメエら二人には、この檻の中で、一晩過ごして、開演を待ってもらう」
謀は、後ろに振り返って、「それから、テメエら水泳部は、俺と一緒に来い。悪役ってものの心得を教えてやるぜ」と、笑った。
☆
ボクは、魔獣用檻の中で、回想を終えた。
鉄格子の上に、夜の帳が降りている。
えっ、ボクと一緒に檻の中にいる糖菓ちゃんは、いま、どうしてるのか、って?
寝てますけど、なにか?
バスタオルポンチョを毛布代わりにして、ボクの身体に、ギュッて抱きついたまま、スースー寝息たてる。
ボクは、もう、完全に、糖菓ちゃんの抱き枕扱いだよ。
糖菓ちゃんってさ、ボクとの距離が近すぎるんだよ。
もう何度も、「ボクって、こんな外見でも、男だからね」って言ってるのに、いつだって不用意に、ひっついてくるんだ。
ボクも、糖菓ちゃんも、昨日の昼食を食べたきり、以降なにも食べていない。
緊張感が勝っているせいか、さほど空腹感はない。
水だけは、糖菓ちゃんが魔力を使って出してくれる。
ふぁ~~っ、ボクも眠たくなってきた。
明星様とレンゲさんから、警戒心が足りないって叱られそうだけど、昨日から寝てないし、二人揃って寝ちゃっても仕方ないよね。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月八日① 陸上部のエース 後編
やっぱり、召喚勇者には勝てないよね。
だって、正義の勇者様だもん。
ボクなんか、メイン料理前のデザートがわりに、蹂躙されちゃうんだ、きっと……。