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■五月七日① 鹿鳴館學園學生寮貴族女子棟八階

 鹿鳴館學園の學生寮は、巨大な建物で、上から見ると十字型になっている。

 北が貴族男子棟、東が貴族女子棟、南が平民男子棟、西が女子平民棟だ。


 各棟とも、地上七階地下一階建てということになっている。

 『~ということになっている』と書いたのは、実は、貴族女子棟だけ、八階が隠されているからだ。


 貴族女子棟の木炭発動機エレベーターだけ、なぜか一階のボタンが『1』ではなく、ロビーの『L』になっている。

 そして、地下(ベースメント)の『B』と、ロビーの『L』の二つのボタンを、同時に長押しすると、隠された八階へ行くことができる。


 學園の四寮は、各フロアに、平民寮であれば999室、貴族寮であれば99室を擁する。

 それだけの敷地面積がありながら、この八階には、一部屋しかない。

 しかも、窓はなく、扉もひとつだけだ。

 その扉もごく、シンプルなもので、部屋番号を示す『801』のプレートのみが、貼り付けられている。


 ところが、その扉の内側はというと、王宮に匹敵するほどの豪奢な造りとなっている。


 この『801』号室は、とある御方の住居だ。

 その御方の名は、祓衣(はらい)清女(きよめ)様という。


 清女(きよめ)様は、この鹿鳴館學園の三年生である。

 だが、學生として、この寮の一室を貸し与えられているわけではない。

 清女(きよめ)様は、この『801』号室を所有しておられる。


 清女(きよめ)様に、この部屋を与えたのは、母君の祓衣(はらい)玉枝(たまえ)様だ。

 玉枝(たまえ)様は、現國皇の実妹であり、斎宮であり、この鹿鳴館學園の學園長だ。

 清女(きよめ)様の方は、『次期斎宮』のロールをお持ちだ。


 ――という公の情報は、真実ではない。

 真実は、ごく限られた、関係者にしか知られていない。


 玉枝(たまえ)様が六歳で与えられた『斎宮候補』のロールは、十四歳のトラウマイニシエーションの後、『前斎宮』に変わっていた。

 つまり、玉枝(たまえ)様は、トラウマイニシエーションの瞬間に『斎宮』になられ、即座に退任された。

 そして、清女(きよめ)様は、産まれ出られたとき、既に『斎宮』のロールをお持ちだった。


 清女(きよめ)様は、この學園の生徒でありながら、実質、この學園を支配されている。

 だからこそ貴族女子棟の最上階に、とんでもない広さの部屋をお持ちなのだ。


 また、清女(きよめ)様は、六歳になられて以降、學園の女生徒やOGを組織し、とある秘密クラブを主宰する立場となられた。

 この『801』号室の一部のエリアを改装し、組織の事務局を置いた。


 この組織は、構成員以外に、その活動目的を明かしていない。

 組織名もない。

 ただ、構成員たちが、自分たちの組織のことを呼ぶ必要がある際は、この部屋番号から『801(やおい)』と呼びあっている。


 ☆


  ♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ

  ♥♥♥第三話 舞踏衣装魔法少女明星(みょうじょう)様の降臨 その1


 僕は、宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)

 『舞踏衣装魔法少女』だ。


 五月三日、學園から、僕たち『服飾に呪われた魔法少女』五人それぞれに、通知が届いた。

 通知の内容は、魔法學実習の予定日に関するものだった。

 僕たち五人の魔法學実習は、想定外の出来事続きで、一旦予定が白紙になっていたのだ。


 届いた通知には、魔法學実習の三回目は、五月八日になると書かれていた。

 その三回目の実習において、僕=宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)が『舞踏衣装魔法少女』としての力に覚醒予定だと書かれている。


 この通知文書は、祓衣(はらい)玉枝(たまえ)學園長名で出されている。

 だが、実のところ、魔法學実習三回目の日程と授業内容を決定したのは、祓衣(はらい)清女(きよめ)様だ。

 そして、それを進言したのは、僕=宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)自身だ。


 どうして、自分の覚醒にかかわる授業日程を、自分自身で決定できるのか?


 まず、祓衣(はらい)斎宮家は、カストリ皇國の御社(おやしろ)を主宰する立場にある。

 そして、我が宝生(ほうしょう)侯爵家は、代々、御社(おやしろ)の社務所統括を務めてきた。


 祓衣(はらい)斎宮家と、宝生(ほうしょう)侯爵家は、家族ぐるみで親交がある。

 清女(きよめ)様と、僕は、二歳差であり、姉妹のように育った。


 僕は、幼い頃から、『801』号室にも出入りしていた。

 そして、白虎小學校卒業後の就労実習先も、当然のごとく、『801』号室だった。


 『801』号室で僕に与えられた仕事のひとつが、禁書庫の掃除係だった。

 禁書庫に本来出入りできるのは、前斎宮の玉枝(たまえ)様と、現斎宮清女(きよめ)様だけだ。

 従って、掃除係であっても、高位の者でなければ任せられず、僕に御役目が回ってきたのだ。


 斎宮でない僕に許されているのは、あくまで書庫の掃除だけであり、そこに納められ禁書を読むことは許されていない。

 『まかり間違って斎宮以外の者が禁書を読んだら、腐る』と脅されていた。

 生きたまま、身体が腐っていくのだそうだ。


 僕は、絶対に本を開かないよう細心の注意を払って掃除していた。

 なのに、清女(きよめ)様は、何を考えているのか、僕を冒瀆行為に陥れようとする。


 清女(きよめ)様ったら、わざと、本を開きっぱなしにして、放置するのだ。

 しかも、刺激的な挿絵のあるページだ。


 それに、本を棚に仕舞うには、タイトルだけは読まなきゃいけない。

 清女(きよめ)様ったら、片付けに際して、必ず僕に、書名を声に出して読み上げるよう強要してくる。


 それでも抵抗し続けていたのに、ある日、僕は、あの本に出会ってしまった。


 とある少年の、トラウマイニシエーション。

 このカストリ皇國の暗部にもかかわる実話。


 どうして、僕はあの本を開いてしまったのだろう。

 抗えなかった理由なんて、分かっている。

 あの本に出会うことまでが、ボクの運命、ボクのトラウマイニシエーションだったのだ。


 僕は、その少年と同い年だ。

 そして、僕が六歳の時に得たロールは、その少年と同じ『魔法少女』。

 だから、僕は、自分が、その少年とともに『服飾に呪われた魔法少女』に選ばれることを知っていた。


 今年、その少年と僕が、鹿鳴館學園に入學した。

 すると、案の定、今年度の物語『服飾の呪い』だけでなく、同時進行している物語の多くが、その少年を中心に動きはじめた。


 僕は、その少年の仲間であるために、自身の能力覚醒を急がねばならないのだ。


 ☆


 『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ 第三話 舞踏衣装魔法少女明星(みょうじょう)様の降臨』のストーリーが展開するのは、魔法學実習のある明日=五月八日だ。

 だけど、今日=五月七日の午後から、その撮影は始まっている。


 斎宮家の許可を得て、秘密のベールに包まれていた『801』号室内に、この日初めて、國営放送のテレビカメラが入っていた。

 ただし、番組内で、この部屋についての説明は一切ない。

 僕以外の秘密クラブ構成員が、画面に映り込む際は、目隠し線が入る約束だ。


 僕は、現在、『801(やおい)』の事務局長を務めている。


 事務局長執務室で決裁書類に目を通していたら、事務局員のひとりが、僕へ連絡にきてくれた。

 「事務局長、情報部長が、報告に来られるお時間です。総帥が、花菖蒲を愛でながら三人でお茶にしたいと、ご所望です」


 僕は、その事務局員に、「ありがとう」とウィンクしてから、席を立つ。


 『花菖蒲を愛でながらお茶』となれば、場所は中庭だね。


 ここ、鹿鳴館學園貴族女子寮の八階には、一切窓がない。

 では、採光はどうしているのかと言うと、最上階であることを利用して、中庭が造られている。

 中庭には、土が持ち込まれ、草花どころか、樹木も植えられ、池まである。

そして、池の傍らに、花菖蒲が植えられた一角があるのだ。


 案の定、池そばの四阿(あずまや)に、総帥がおられた。


 祓衣(はらい)清女(きよめ)総帥は、その住居である『801』号室におられる際は、學園指定のセーラー服を着用しておられないことが多い。

 では、何を着用しておられるのかと言うと、御社(おやしろ)の正装である巫女装束だ。

 白衣、緋袴のうえに、千早を羽織っておられる。

 長く艶やかな御髪(おぐし)を、白紙で一本に結び、御幣(ごへい)を手にしておられる。

 巫女装束は、幼少時より常用されておられる衣装なので、こちら方が落ち着かれるそうだ。


 実は、僕も、學園への入學前は、この『普通の巫女服』を常用していた。

 だけど、『舞踏衣装魔法少女』となってしまったがために、今は、恥ずかしながら、僕のために用意された呪われた衣装の『平服』を着用せざるを得ない。


 僕の『平服』は、ひとことで言うと、『普通でない巫女服』だ。


 空色の羽織は、袖は普通で、袂は腰の下まである。

 なのに、襟が、袴より短いので、腹部がちらちら見えている。


 空色の袴は、極端に短かいものだから、襞のあるキュロットみたいに見える。

 腰板を紐で結ぶ構造は袴のものだけど、投げのところが、ポケットみたいなっている。


 つくづく、普通の袴みたいに投げところに穴が開いてなくて良かったと思う。

 白衣が短いのだから、そこに穴が開いてたら、腰の両横が大きく露出してしまっていたところだ。


 膝下には脚絆が巻かれていて、足下は草履だ。


 僕に続いて、四阿(あずまや)に、情報部長が転移してきた。


 情報部長の衣装は、装飾過多なレースやフリルやリボンだらけで、袖や裾がひらひら広がった真紅の超ミニワンピ――つまり、ゴスロリ服だ。

 正確には、スウィートロリータ=甘ロリ服だ。


 髪を縦ロールにしており、その上に、大きく広がったレースのボンネット。

 足下は、総レースストッキングに、厚底ブーツ。


 キラキラ光るビーズで飾られた仮面をつけている。

 こんな派手な恰好なのに、仮面には、認識阻害の権能が付与されている。


 そして、転移の能力を持ったゴスロリ少女なんて、『この世界』に、一人しかいない。

 情報部長とは、『文化部衣装魔法少女』スイレン(睡蓮)レンゲ(蓮華)さんの、この組織での役職名だよ。


 総帥と、僕と。情報部長の衣装を見て、傍らに控えている、執事服姿の女生徒たちが、目を輝かせているね。

 「三麗人、お揃いよ」などと、囁き交わす声が、聞こえてくる。

 僕たち三人が着席したところで、女生徒たちが、お茶とお菓子を運んできてくれた。


 花菖蒲を愛でながら、静かにお茶とお菓子をいただく。

 お抹茶と、お団子だ。


 ☆


 僕たち三人は、『服飾に呪われた魔法少女シリーズの第二話』が、『召喚勇者シリーズ 陸上部のエース 前編』の物語をぐしゃぐしゃにし、まともに『後編』を製作できない状態にしてしまったことを承知している。

 両シリーズともにテレビ放送済で、カストリ皇國中が、その話題でもちきりなのだから、承知していて当たり前だ。


 言っておくけど、この現状は、そもそも『運動部衣装魔法少女』である菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)ちゃんに手を出してきた、召喚勇者北斗(ほくと)拳斗(ケント)側の自業自得だ。


 呆れることに、儚内(はかない)薄荷(はっか)ちゃんと、金平(こんぺい)糖菓(とうか)ちゃんと、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)ちゃんの三人だけが、当事者というか、メインキャラクターでありながら、二つの物語間に発生している緊迫した事態に、気がついていない。

 あの三人は、それぞれ、自分たちの眼前の出来事に手一杯だ。

 三人の周囲にいる者たちは、物語の展開を攪乱することのないよう、主役三人の動向を静観しているだけで、注進に及んだりはしない。


 留學生で、カストリ皇國の状況に疎いレンゲ(蓮華)さんですら気がついて、僕に相談してきたというのにね。


 清女(きよめ)総帥と、僕は、そんなレンゲ(蓮華)さんを、僕たちの組織に引き入れた。

 隠密や、暗殺者系のロール持ちを集めて、情報部を立ち上げ、レンゲ(蓮華)さんを、その長とした。

 レンゲ(蓮華)さんの転移能力があれば、監視や情報収集が容易になるからね。


 僕らは、勇者側が、まず、綾女(あやめ)ちゃんの確保に動くものと考えている。

 だって、物語のタイトルが『陸上部のエース』なのだ。

 そのエースである綾女(あやめ)ちゃんがいなくては、物語に収拾のつけようがない。


 情報部には、二十四時間体制で、綾女(あやめ)ちゃんの警護と、勇者側の監視を、続けてもらっている。


 だけど、綾女(あやめ)ちゃん自身には、敢えて状況を知らせていない。

 綾女(あやめ)ちゃんに下手なことを言うと、短絡的に乗り込んで行って、自分から罠に嵌まりかねないからね。


 レンゲ(蓮華)さんが、今日、『801』号室へやって来たのは、清女(きよめ)総帥と、僕に、警護と監視の状況報告を行うためだ。


 「あれだけの事件があったのに、綾女(あやめ)ちゃんタラ、ナニ考えてるか、さっぱり分からないデス」

 レンゲ(蓮華)さんは、心底、呆れ果てた様子で、溜め息を吐く。

 「召喚勇者が、綾女(あやめ)ちゃんに、しれっと、こんな電話をしてきたデスよ」


  俺、俺、俺っち、召喚勇者様だぜ。

  俺っちさあ、俺っちと、綾女(あやめ)っちを騙した、

  スポーツマッサージ師を掴まえたぜ。

  金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)って女だ。

  この如雨露(じょうろ)って女を問い質したら、

  自分は『魔界の先兵』だって、白状しやがった。

  喇叭(らっぱ)辣人(らっと)っていう、魔王側近の高位魔族がいて、

  こいつが仕組んだことらしいぜ。

  どうやら、勇者パーティーと、魔法少女を仲違いさせ、

  潰し合いをさせようって、タクラんでいたんだそうだ。

  他にもタクラミがあるみたいだし、

  綾女(あやめ)っちも、直接問い質したいだろ。

  いま、来れるなら、『鹿鳴陸上競技場』で、拘束してるぜ。

  来るなら、ついでに、槍投げの練習もやろうぜ。

  忘れずに、『神槍グングニル』も持って来いよ。


 「綾女(あやめ)ちゃんの反応には、呆れたデス。『おう、久々の練習だ』と、グングニルを掴んで、衣装を『体育服』の陸上ウェアにチェンジして、そのまま駆けだして行こうとしたデス。どう見ても、これまでの出来事を忘れ、マッサージ師を問い質すつもりもなく、頭のなかは、槍投げ練習のことだけで、いっぱいの様子だったデス」


 これには、「きっと、なにも考えてないのだろうね」と、僕も呆れた。


 総帥も、驚いている。

 「レンゲ(蓮華)さん、綾女(あやめ)ちゃんを制止するの、大変だったでしょう」


 レンゲ(蓮華)さんが、「大変だったデス」と嘆息した。

 「ワタシが真剣に説得しているのに、綾女(あやめ)ちゃんは、そのスキをついて、駆けて行こうとするデス。逃げる綾女(あやめ)ちゃんを、ワタシが転送で連れ帰ル。その、繰り返しデス。綾女(あやめ)ちゃんは、鬼ごっこがナニかと勘違いしていて、無邪気に逃げ回るデス」


 「やむなく、一計を案じたデス。第二皇子の白金(しろがね)鍍金(めっき)様に、庭球(テニス)部のキャプテンの立場での協力をお願いしたデス。鍍金(めっき)様から、綾女(あやめ)ちゃんに、百人抜き庭球勝負を申し込み、百人抜きを果したら、『鹿鳴館學園庭球(テニス)部最終奥義』を伝授するって、宣言してもらったデス。


 「あの『超スペシャルミラクルデリシャスロンギヌス』という技だね」

 「いえ、『超ハイパーアルティメットデリシャスロンギヌス』でしてよ」

 「……『超ウルトラグレートデリシャスロンギヌス』デス」


 「それから、女子相撲部にも協力を要請したデス。こちらは、女子相撲部に伝わる『伝説の鳳凰チャンピオンまわし』が授与される勝抜戦を開催してもらっているデス」


 「そんなスゴイ『すもうまわし』があったんだ。きっと歴史的価値があるね」

 「わたくし、學園を統括する立場にありながら、初耳ですわ」

 「……ワタシが入部した服飾文化研究部で、コスプレ用小道具として造ってもらったデス」


 「綾女(あやめ)ちゃんは、練習も好きデスが、試合や勝負はもっと好きデス。現在、陸上部の練習のことなんか忘れて、この二つの勝負に夢中デス。どちらも、順調に勝ち進んでいるデス」


 「庭球(テニス)部の『百人抜き庭球勝負』は、國立庭球場センターコートで、女子相撲部の『伝説のすもうまわし争奪戦』は國技館で開催されていて、連日超満員デス。全試合を國営テレビが撮影しているデス。人気選手のプロフィール紹介や、練習風景を加え、新スポーツ番組として放送開始予定デス。」


 「『陸上部』側は、その後も、あの手この手と、綾女(あやめ)ちゃんへの接触を図ってきているデスが、これまでのところ、我が情報部が、すべて事前にシャットアウトしているデス」


 さすがは情報部長だと、総帥と僕は、レンゲ(蓮華)さんの手腕に感服した。


 総帥が、「それにしても――」と、顔を顰める。

 「この辻褄合わせの、やり口は、賢者天壇(てんだん)沈香(じんこう)のものですね。あの女の臭いがします」

 國津神に仕える斎宮である総帥は、天津神に仕え、次期教皇と目されている賢者沈香(じんこう)様と、以前から反目しあっておられるのだ。


 「ピロリロリ~ン」

 どこからか、間の抜けたベル音が聞こえた。


 「情報部員003(ダブルオースリー)」からの、緊急呼び出し音デス。003(ダブルオースリー)には、召喚勇者側を見張らせていたデス。ちょっと、行ってくるデス。数分で戻るデス」

 その言葉とともに、情報部長の姿が、その場から掻き消えた。

 転移したのだ。


 総帥と僕は、花菖蒲を愛でながら、お抹茶とお団子を堪能する。

 『801』号室中庭の四阿(あずまや)を、静寂が支配する。


 すると、これまで、意識の外にあった、微かな音が聞こえてきた。

 池の向こう側に設置された水琴窟の音だ。

 伏せた甕の底に溜まった水面に向って、水滴が一滴、一滴と、落ちる。

 その音が甕の空洞で共鳴し、琴のような音を響かせている。


 総帥の、たおやかな、かんばせは、國津神と対話でもされているかのような崇高さだ。

 総帥の唇から、「ネコの(つるぎ)」という言葉が紡がれた。


 僕は、黙って、抹茶を口に運んだ。

 総帥の呟きは意味不明だけど、問い質したりはしない。

 総帥が、斎宮として、何か啓示を受けられたのだと分かったからだ。


 「戻ったデス」という、緊迫感のある情報部長の声が聞こえた。

 見上げると、転移で戻ってきた情報部長の眼光に、鋭さがある。

 水琴窟の音が、意識の外へ、弾き出される。


 「想定外の事態となったデス。綾女(あやめ)ちゃん狙いだとふんでいた勇者が、薄荷(はっか)ちゃんと糖菓(とうか)ちゃんに手を出していたデス」


と、なると、綾女(あやめ)ちゃんへのアプローチは、本当の狙いを隠すためのものだったのか? 

それとも、『服飾に呪われた魔法少女』全員を誘い出すつもりなのか?


 「あの無節操、女たらし勇者!」と、僕も表情を変える。


 「どうやら、昨日のうちから、金魚(きんぎょ)如雨露(じょうろ)が、薄荷(はっか)ちゃんと糖菓(とうか)ちゃんに接触していたようデス。如雨露(じょうろ)に誑かされた二人は、今朝ほど、『鹿鳴陸上競技場』へ向かい、奸計に嵌まって、魔獣用の檻に閉じ込められたデス」


 「もう、『陸上部のエース 後編』の撮影が始まっているの?」


 「イエ、撮影は、明日デス。薄荷(はっか)ちゃんと糖菓(とうか)ちゃんは、魔獣用の檻に閉じ込められてはいマスが、撮影開始まで手を出されることは、なさそうデス」


 「それなら、こちらも対応策を準備できそうだ」

 僕は、ホッと息を吐く。

 「それにしても、綾女(あやめ)ちゃんだけでなく、薄荷(はっか)ちゃんと糖菓(とうか)ちゃんも、ほんとうに、何をやらかすか分からないね。」


 僕の表情が変化したのを見てとって、総帥が微笑む。

 「事務局長は、三人のそんなところが、カワイイと、思っているのでしょう。『服飾に呪われた魔法少女』五人は、全員同學年で、學園の一年生のはずなのに、あの三人は幼くて、とても事務局長や、情報部長と同學年とは思えませんものね」


 情報部長まで、同意する。

 「薄荷(はっか)ちゃんと糖菓(とうか)ちゃんは、見た目も、精神年齢も、小學生ぐらいに感じられマス。綾女(あやめ)ちゃんは、大人以上の超人的身体能力を持った、幼児デスね」


 これには、僕も同意するよ。

 「三人とも、子供みたいに、正義感だけで、猪突猛進してしまうし、まさに主人公体質だね」


 すると、総帥の思考が、『801(やおい)』暴走する。

 「『ざまぁ展開』のためにも、主人公は、窮地に陥らないといけませんものね。わたくし、薄荷(はっか)ちゃんが、ワルモノや、勇者に弄ばれるシーンを想像しただげで、ご飯三杯はいけますわ。拳斗(ケント)×薄荷(はっか)は、ご馳走ですわ」


 「いや、いや、薄荷(はっか)×拳斗(ケント)こそ、至高でしょ」


 妄想逞しくしている総帥と僕に、まだこの組織のノリを理解していない情報部長が、「いやいや、『服飾に呪われた』仲間として、ワタシ、それは、ちょっと……」と戸惑いを見せる。


 「レンゲ(蓮華)さん、『801(やおい)』の情報部長になられたのだから、『物語』における、シチュエーションの大切さを、理解して欲しいわ」


 情報部長は、何かを諦めたような、深い溜め息を吐いた。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■五月七日② 鹿鳴陸上競技場 魔獣用檻

ゴメンナサイ、捕まっちゃいました。

いま、魔獣用檻の中です。

もう、ダメかな……。


■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。

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