■五月六日③ 召喚勇者の激怒
ボク――『セーラー服魔法少女』儚内薄荷――と、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃんに、救いを求めてきた金魚如雨露さん。
如雨露さんの話しは、この事態に至るまでの告白から始まった。
『召喚勇者シリーズ』の最新話『陸上部のエース』が、その『前編』放映後に、続けて放送された『服飾に呪われた魔法少女シリーズ』によって、その『後編』が、撮影すらできず、放送延期に至っていると説明された。
そして、いよいよ、如雨露さん自身が、助けを求めて、糖菓ちゃんと、ボクのところへ、やって来る事態に至った次第と、どのような助けを求めているのかを、語ろうとしている。
ボクと、糖菓ちゃんは、固唾を呑んで、如雨露さんの話しに聴き入っている。
☆
あたいに課せられていたメインの仕事は、水泳部への潜入っす。
だけど、それ以外の雑務を命じられることも多いっす。
だから、水泳部の連中に気取られないよう注意しながら、水球部棟にもしょっちゅう出入りしているっす。
いつも感じることだけど、水泳部と水球部では、部の成り立ちや雰囲気が、全く違うっす。
水泳部は、十名ほどの金平水軍の残党のみで構成されてるっす。
義賊としてのプライドを持ち、金平水軍再興を目的に、団結しているっす。
一方、水球部は、河童水軍を中核としているものの、怪盗義賊育成科の不良を抱え込み、百名ほどの、無法者集団と化しているっす。
あたいが、水球部棟に、顔を出したら、部内の雰囲気は、一際、極悪な状態となっていたっす。
数日前の『水泳部トロピカルランド』襲撃が失敗に終わり、十数名の死者と、三十名を超える負傷者が出たっすからね。
仲間の仇を取ろうなんて、考える奴らじゃないっすよ。
どいつも、自身の保身を図ったうえで、この機会に利益を得て、成り上がろうと考えているっす。
目をギラギラさせて、剣呑な雰囲気になっていたっす。
あたいは、自身が水球部を裏切り水泳部を救うと決意したことを気取られないよう、強気に振る舞ったっす。
死人まで出しときながら、『鉤の鉤爪』を奪取できなかった奴らを、バカだ、無能だと、嘲笑ってやったっす。
自分がせっかく、菖蒲綾女を誘拐し、自分たち誘拐犯が、水球部ではなく、水泳部だと欺くことに成功したのに、無駄になったと怒ってみせたっす。
お陰で、疑われるどころか、水球部の実質的なトップである藪睨謀から、労いの言葉すら引き出せたっす。
謀は、「これから、この水球部棟に、召喚勇者が打ち合わせに来るから、立ち会え」って、あたいに言ったっす。
これまで、蝙蝠みたいな立ち位置のあたいが、召喚勇者との打ち合わせに呼ばれることなんて無かったっす。
理由を尋ねたら、謀としては、あたいをダシにして、召喚勇者と、こんな駆け引きをしたいらしかったっす。
○加点ポイント:
召喚勇者から依頼のあった綾女誘拐は、
水球部の、この金魚如雨露が成功させた。
その後、綾女を逃がしたのは、召喚勇者側の手落ちだ。
そのせいで、うちの、だいじな如雨露がケガしちまった。
○減点ポイント:
『鉤の鉤爪』を狙って、
勝手に『水泳部トロピカルランド』を襲撃したことについちゃ、悪かった。
『河童水軍』が長年追い求めてきたものを、
あんな形で見せられたもんで、カッとしちまってよ。
○落とし所:
お互い、この辺のことは追求せず。チャラにしようぜ。
☆
召喚勇者北斗拳斗は、賢者の天壇沈香を連れて、水球部棟へ乗り込んできたっす。
召喚勇者は、水球部棟へ着くなり、怒鳴りまくっていたっす。
『コイツ、やっぱ、イカレテる』と実感したっす。
だって、召喚勇者は、自分の偉大さを理解し恭順しようとしない、綾女様や、他の『服飾に呪われた魔法少女』たちにのみ、怒りを向けていたっす。
せっかく、念入りに準備した『陸上部のエース』のストーリーを台無しにされたと、激怒していたっす。
自身が綾女様に手を出し、陥れようとしたことが全ての原因であるなどとは、思ってもいないっす。
更には、水球部が勝手に水球部を襲撃したことも、何とも思っていない様子っす。
お陰で、謀は、内心、安堵してるみたいっす。
召喚勇者って、召喚される前、『あの世界』に居た頃から、物事に執着するマニアックな性格だったそうっす。
『この世界』に来てからは、己が『物語』とハーレムに固執し、その維持・拡大のためなら手段を選ばない、勇者らしからぬ人間性が、露になってきているっす。
あたい、正直なところ、召喚勇者より、傍らに控えている賢者沈香の方が、恐いって思ったっす。
賢者は、荒れ狂う召喚勇者を、平然といなし、この場で打ち合わせるべき事柄を、淡々と話し進めていくっす。
賢者沈香は、裾が踝に届くほど長いローブを纏ってるっす。
ローブの下から覗く黒い貫頭着は、ノースリーブのミニ丈っす。
黒い長手袋とニーソックスに、背丈より長い黒檀の杖。
なのに、足元はなぜか、ゴツイ安全靴っす。
二年前に卒業し、現在は教師として學園に在籍しながら、勇者パーティーメンバーの纏め役を務めてるっす。
この人、恐ろしいことに、聖力による『ロール干渉』と『ロール改変』の力を持っているっす。
色々制約はあるものの、誰かのロールを歪めたり、書き換えたり、できるっす。
これって、本来、歴代の教皇にのみ発現する力だそうっす。
あるべき『物語』展開に、逆らい、歪めた大罪人を、罰するため、神々が与える力っす。
だから、現教皇を含む、歴代教皇は、この力の行使に慎重を期し、決して我欲のために行使することのないよう、自らを戒めてきたっす。
賢者沈香が、この力を持つのは、次代の教皇となるべき御方だからだとされているっす。
賢者沈香が恐いのは、召喚勇者拳斗ためなら、迷うことなく、この禁断の力を行使してくることっす。
沈香が、ロール干渉・改変するには、まず、物語的な必然性が必要らしいっす。
でも、状況さえ作り出せば、干渉して記憶や感情を歪めたり、更にはロールそのものを改変することができるっす。
善良な人間を悪党に仕立てたり、悪人を悔恨させ善人にすることだってできるっす。
☆
「こうなったら、力技でゴリ押しだ。『陸上部のエース』の『後編』は、放送日を遅らせるしかないし、つじつま合わせの破綻した物語になっちまうが、仕方ねえ、『陸上部のエース 後編』を、一から仕組み直すぜ。その新『陸上部のエース』の中で、俺っちの勇者物語を破綻させた奴らには、キッチリ責任を取ってもらうぜ。」
話し合いというより、召喚勇者が一人で怒鳴りまくった結果、召喚勇者自身が、そう方針を決定したっす。
召喚勇者と、賢者と、謀の三人は、『陸上部のエース 後編』について、新ストーリーを捻りだし、急ピッチで準備を進めることにしたっす。
まず、半壊してしまった『水泳部トロピカルランド』に代わる、『後編』の決戦場を、『鹿鳴陸上競技場』としたっす。
ストーリーを、『水泳部の悪漢が、『陸上部のエース』を『水泳部トロピカルランド』へ連れ去った』というものから、『水泳部の悪漢が、『陸上部のエース』を狙って、『鹿鳴陸上競技場』を襲撃占拠した』というものに変更するっす。
『鹿鳴陸上競技場』は二万人を収容可能な施設っす。
グラウンドを、三階まである観客席が取り囲んでいるっす。
つまり、悪漢たちが立て籠もるに適し、更には、ここをホームグラウンドとしている『陸上部』――つまり、勇者パーティー――が、奪還するにも適しているってことっす。
新『陸上部のエース』の物語は、ここに至るまでのゴタゴタを払拭するため、これまでにない強大な敵として、魔王側近の高位魔族を登場させ、物語の規模も、これまでにない大がかりなものとする、そうっす。
そのために、謀と『水球部』は、自分たちの息がかかった不良どもを、その競技場に集結させるっす。
フェンシング部、ボクシング部、カバディ部、セパタクロー部、インディアカ部、アルティメット部などの部活に属する、怪盗義賊育成科の平民で、総勢六百人を超えるっす。
賢者沈香様が、その六百人のロールに干渉して、誘導するっす。
その六百人には、自分たちを、魔王側近である高位魔族の配下だと、信じ込んでもらうっす。
六百人の魔族配下は、『陸上部のエース』を含む魔法少女五人を襲うっす。
そして、『陸上部のエース』たちが、あわやこれまでとなったところへ、正義の味方である召喚勇者が、自身のパーティーメンバーを率いて登場し、六百人の魔族配下と、その高位魔族をも打ち倒す、って展開っす。
あたい、その場に同席させられてたから、発言権も与えられていないのに、思わず疑問を口だししてしまったっす。
「その『魔王側近の高位魔族』って、どこから連れて来るっすか?」
すると、召喚勇者と、賢者と、謀の三人が、蔑むような目で、あたいを見てきたっす。
三人揃って、そんな当たり前のことが分からないのかって顔っす。
謀が、ニタニタ笑いながら、口を開いたっす。
「水泳部キャプテンの喇叭辣人にやってもらうに、決まってんじゃねぇか。辣人こそが、『魔王側近の高位魔族』であり、全ての悪事の首謀者だ。辣人と水泳部員全員は、召喚勇者様から成敗されるんだよ。言い方を変えれば、口封じのため皆殺しってこった」
賢者が、横から謀の言を捕捉したっす。
「喇叭辣人については、単なる『ロール干渉』では足りん。『ロール改変』により、本物の魔族になってもらうのじゃ」
あたい、不意打ちを喰らって、顔面から、血の気が引いていくのが、自分で分かったっす。
「おいおい、水泳部全員皆殺しったって、如雨露、テメエは数に入れてないから安心しろよ。まあ、水泳部の奴らを『水泳部トロピカルランド』から、『鹿鳴陸上競技場』に連れ出す役目は担ってもらうがな」
あたい、不覚にも、震えてしまって、言葉がでなかったっす。
「面白れえ。アタイにダマされてたと分かったときの、水泳部の奴らの顔が愉しみだ」とか「やっと水泳部のお守りから解放される」とか、いくらでも誤魔化しようがあったのに――。
すると、賢者が、アタイの顔を覗き込んできたっす。
「なんじゃ、顔面蒼白ではないか。それに、その眼……恋する乙女の眼じゃな」
賢者が、ニンマリ笑ったっす。
「どうやら、この女、水泳部と運命をともにしたいようじゃ」
☆
そして、昨夜、新『陸上部のエース』物語の準備は、最終段階となったっす。
つまり、辣人くんと水泳部員たちが、『水泳部トロピカルランド』から『鹿鳴陸上競技場』へと、誘い出されたっす。
それも、悔しいことに、辣人くんたちは、あたいをエサに釣り出されたっす。
拘束され、乱暴狼藉を受けている、あたいを救いだそうと、のこのこ『鹿鳴陸上競技場』に忍び込んできて、まんまと確保されたっす。
エサとして、縛られて転がされていた、あたいの横に、捕まった辣人くんと水泳部員たちも、拘束されて並べられたっす。
謀は、水泳部の全員を、嘲笑ったっす。
「喇叭辣人、テメエ、実は、魔王側近の高位魔族なんだってな。しかも、水泳部全員が、その配下の魔族だっていうじゃねえか。魔王の指示で、貴い召喚勇者の皆様方と、その仲間に加わろうとしている魔法少女たちを、罠にはめ、倒しちまおうなんて、企ててるんだって。コエーな、なんて怖い奴だ」
「いったい、どうやるんだ。えっ、洗脳した怪盗義賊育成科の平民六百人を率いて、この競技場に立て籠もるのか。ふん、ふん、ここに『陸上部のエース』を含む魔法少女五人を誘い出して殺すのか、なるほど。更に、魔法少女を助けに来るであろう召喚勇者や、そのパーティーメンバーとも戦うのか」
「魔界の幹部らしい悪辣さだが、さすがに召喚勇者様には勝てんだろう。そうか、魔王様のために、水泳部全員、ここで死ぬのは覚悟のうえなんだな」
辣人さんが、縛られていながらも、謀を、睨み返したっす。
「オレたち『金平水軍』残党の、金平糖菓姫様に対する忠誠心は、本物だ。召喚勇者など、どうなっても知ったことではないが、オレたちが、糖菓姫様のおられる『服飾に呪われた魔法少女』たちに危害を加えることは、決してない」
謀は、「ふん」と、辣人さんの虚勢を、鼻で笑いとばしたっす。
「明朝、この『鹿鳴陸上競技場』に、勇者パーティーの筆頭、賢者の天壇沈香様がやって来られる手筈だ。沈香様が仰るには、テメエらについては、一時的な記憶操作や、感情操作なんて、生易しい『ロール干渉』じゃ済ませらんねぇ、ってさ。テメエらの持つ怪盗義賊系ロールを、魔族系ロールに、『ロール改変』しちまうそうだ」
「『ロール改変』されちまったら、テメエらは、もう普通の人間には戻れねぇ。命じられたままに、死ぬまで、人間を狩り続けることしかできねぇ」
☆
謀が、ワルダクミを楽しげに語っている間、あたいは、無い知恵を絞って、懸命に考えていたっす。
明朝、賢者がやってきて、『ロール改変』されたら、もう水泳部員は、助からないっす。
今夜のうちに、助けを呼ぶしか……。
そして、うちらみたいな海賊を助けてくれる人が、學園内にいるとしたら……。
あたは、その人と一面識もないばかりか、その人の友人を攫った女だ。
でも、その人の前に、この身を投げ出して、あたいは報いを受けるから、『金平水軍』を救ってと懇願するしか……。
あたいは、『水波』の能力を使って、競泳水着の胸元に隠していたクナイを、口で引っ張りだし、どうにかこうにか、自分の拘束を解くことに成功していたっす。
謀が、唐突に、アタイの顔を覗き込んできたっす。
「金魚如雨露、テメエには、大切な最後の役割がある。明日の午後、陸上部のキャプテンである拳斗様が、陸上部のエースである菖蒲綾女を、『鹿鳴陸上競技場』に呼び出すんだ。『俺っちと、綾女っちを騙した、スポーツマッサージ師――如雨露、テメエのことだ――を掴まえた。そのマッサージ師は、『魔界の先兵』で、どうやら、勇者パーティーと、魔法少女を仲違いさせ、潰し合いをさせようと企んでいたらしい。一緒にマッサージ師を尋問し、互いの誤解を解き、手を取り合おうではないか』ってな。綾女は、単純で、考えなしだ。必ず、ひっかかる」
謀が、「きひひひひ~」と、バカ笑いしてたっす。
あたいは、その隙をついて、ロープから抜け出し、クナイを振りかざして、謀に飛びかかったっす。
謀は、咄嗟に、腰のカトラスを抜いて、クナイを受け止めてみせたっす。
しかも返す刀で、あたいの肩口を切り裂いたっす。
あたいは、もとより、短いクナイで、謀を倒せるとは思っていなかったっす。
そのまま、逃げて、逃げて、逃げて……この平民女子寮の7474号室に辿りついたっす。
「糖菓姫様、ピンクの……薄荷さん、お願いっす。辣人くんや、水泳部のみんなを助け出せるのは、今夜のうちだけっす。明日の朝には、賢者たち勇者パーティーがやってきて、水泳部員のロールを強制書き換えしてしまうっす。水泳部員は、全員『金平水軍』の残党、つまり、平民で、この國の王侯貴族に楯突く義賊っす。魔法少女でありながら平民である、お二人以外に、水泳部を助けてくれる人はいないっす。あたいは、自分がやってしまったことの責任を負うっす。殺されても構わないっす。だけど、どうか、無実の水泳部たちを助けてやって欲しいっす」
糖菓ちゃんが、「明日の朝って……」と、窓の外を指さす。
ボクたちは、時が経つのも忘れて、長々と話し込んでいたんだと、やっと気がついた。
夕刻から、夕食を取るのもの忘れて話し込み……既に、空が、白み始めていた。
ボクは、がばっと立ち上がる。
「糖菓ちゃん、きっと、まだ間に合う。行こうよ! ボクたち二人が、『体育服』の力を解放すれば、水泳部の人たちを救い出せる」
「うん、行こう」と頷き返してきた糖菓ちゃんの目にも、迷いはなかった。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月七日① 鹿鳴館學園學生寮貴族女子棟八階
學園の暗部に巣くう秘密組織の全貌が、いま、ここに、明らかに……。