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■五月四日 神學の授業:魔力・聖力・神力

 恥ずかしながら、ボク――『セーラー服魔法少女』の儚内(はかない)薄荷(はっか)――が、學生の本分であるところの授業を、まともに受けていないという事実を、告白しよう。


 本日の授業科目である、神学を例に取ろう。


 最初の神學授業は、四月六日。

 これは、ちゃんと出席した。


 二回目の神學授業は、四月一三日。

 この日は、あの部活強要解禁日……欠席するしかなかった。


 三回目の神學授業は、四月二〇日

 ボクは、四月一七日の魔法學実習で、初めて人を殺した。

 そのショックで四月二一日までの四日間、自室に閉じこもっていたので、また欠席。


 四回目の神學授業は、四月二七日。

 四月二四日の魔法學実習が、ずるずると、この日まで長引いてしまって、やっぱり欠席。


 確かに、この學園は、授業より物語が優先される。

 どんなに授業を欠席しても、二月の年度末試験に合格しさえすれば問題ない。

 とはいえ、入學から一カ月も経つのに、最初の一回目の授業しか受けていないというのは、我ながら、あまりにヒドイと思う。


 ☆


 神學の授業は、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)ちゃんと一緒のグループだ。

 それは、嬉しい。


 だけど、担当教師が、恐ろしい。

 なんと、教義に厳格なことで知られる、教皇の天壇(てんだん)白檀(びゃくだん)猊下であらせられる。

 教皇様は、きっと、神殿トップである自分が受け持つ、霊験あらたかな授業を、欠席する不届き者など、許容してくれないと思う。


 糸のように細い、眼と唇、真っ直ぐ通った鼻筋。

 若作りな容姿でありながら、老人のような口調。

 表情が読みづらく、年齢の判断すらつかない。

 『百歳と見紛うぐらいに老成した壮年男性』なのかもしれないし、『異様なくらい若作りのご老体』なのかもしれない。

 厳格な理想論者と、老獪な現実主義者が、ひとつの人格に宿っている感じだ。


 國営テレビで長年担当されている、週一回早朝放送の、祈祷と法話の番組では、清らかな慈愛に満ち、優しく語りかけるような口調で、話される。

 番組の視聴者は、誰もが、教皇様のことを、半分神様みたいな貴い御方だと思い込む。


 だけど、學園の教壇に立っておられるときは、腹に一物も二物も抱えていそうな狡猾さと、ギラリとした剣呑さを漂わせている。

 きっと、ボクたち、『服飾に呪われた魔法少女』が、この世界に、良からぬものを齎すのではないかと、警戒されているのだと思う。


 ☆


 案の定、今日の教皇様は、教室に入ってきた瞬間から、トゲトゲしい不機嫌オーラを纏っている。

 ボクと、綾女(あやめ)ちゃんのことを睨んでいる気がする。

 何かにメチャクチャ怒っているみたいなんだけど、それを口にすることなく、ずんずん授業を進めていく。


 今日の授業内容は、魔力と聖力、そして神力に関すること。

 ずっと欠席していたこともあって、ボクや綾女(あやめ)ちゃんみたいな、おバカな子には、チンプンカンプンだ。


 小心者のボクは、ビクビクしながら、分からないなりに、懸命にノートを取る。

 入學前に、母と一緒に買いそろえた、ピンクのファンシー文具セットだ。

 小學校低学年の女子しか使わないような、かわいいキャラクターが描かれた、キラキラの鉛筆やノート。

 ボクの事情を知らなければ、それだけで、『オマエ、ふざけてるのか!』と怒鳴られそうだ。


 綾女(あやめ)ちゃんは……豪傑だ。

 不機嫌オーラ全開の教皇様を眼前にしながら、早々に机に突っ伏し、熟睡態勢となっている。


 だけど、教皇様は、前回と違って、もはや、それを注意しようともしない。

 つまり、ボクたち二人は、完全に見放された感じだ。


 ☆


 魔力、聖力、そして神力といった言葉があるじゃろう。

 多くの人々は、きちんとした理解もないままに、これらの言葉を混用しておる。


 先に、多くの人々の認識を述べよう。

 魔法使いや魔法少女が使う力、そして、魔具に込められた力が。魔力。

 賢者、聖女、神官が使う力、そして、聖具に込められた力が、聖力。

 神力については、神々のお力であり、神器にはその力が込められていると考えられておるのじゃ。


 ところが、近年の研究において、そんな単純なものではないと分かってきておる。

 その新たな認識を、これから講義していくのじゃ。


 神々が創りたもうた万物は、神力によって象創(かたちづく)られ、生々流転しておる。

 そして、魔力と聖力は、神力の発現形態に過ぎないのじゃ。


 ある研究者は、魔力と聖力の関係性を、二酸化炭素と酸素に例える。

 実際、動物は、日々、聖力を吸収して、体内を循環させ魔力を排出しておる。

 一方、植物は、逆に、日々、魔力を吸収し、聖力を排出しておるのじゃ。


 別の研究者は、魔力と聖力の関係性を、表裏を黒白に塗り分けられたゲームの駒に例える。

 神力によって象創(かたちづく)られた『この世界』というゲームボードが、表裏を黒白に塗り分けられた駒によって構成されているとしよう。

 その黒い側が魔力で、白い側が聖力じゃ。


 このゲームにおいて、魔力や聖力を扱う者は、いかにして、力を行使しておるか?

 この世界の神力の駒に干渉し、駒の表裏を並べ替えることで、自分なりの文様を象創(かたちづく)る。

 そこに、人智を超えた、魔力や聖力が発動するのじゃ。


 この並べ替えに際し、魔力を扱う者は黒い面で文様を象創(かたちづく)り、聖力を扱う者は白い面で文様を象創(かたちづく)る。

 ゆえに、人は、基本、魔力か聖力の、いずれか一方しか扱えん。


 逆に、全ての人は、必ず、魔力か聖力の、いずれか一方を扱えるものとされている。

 だが、その個人差が、激しい。

 ほとんど扱えない『モブ』と呼ばれる者たちから、おまえたち魔法少女のように、突出した力を持つ者までいる。


 力の個体差についても、様々な要因があるのじゃ。

 駒を反転させる力の強い、弱い。

 駒を反転させる速度の速い、遅い。

 駒を反転させる範囲の広い、狭い。

 駒で描く文様の精緻さ、粗雑さ、等々じゃ。


 魔力や聖力を扱う者どうしが戦うとき、発現した力をぶつけ合う前に、神力の駒の並べ替え合戦になることが、ままある。

 力の発現前に、互いの力を潰し合っている状態じゃ。

 自身の力の特性に応じた戦法も、これから実地で学んでいくことになるのじゃ。


 多くの研究者が、そういった力の差を、数値化し、測れないものかと試みている。

 だが、いまのところ、これに、成功した者はいない。


 また、力を強く込めれば、様々な物体に、力を固着することができる。

 一般に、『魔力を刻む』とか『聖力を刻む』とか言われている行為だ。

 魔力を刻んだものは魔具となり、聖力を刻んだものは聖具となるのじゃ。


 神々が、武具や道具に直接力を刻み込めば、神器となる。

 これは、魔具や聖具とは別次元のものじゃ。


 「ここまでの講義を総括すると、魔力と聖力は表裏関係にあり、同じ神力の発現形態の違いでしかないということじゃ」

 教皇様は、ここで、一拍置いて、「つまり、じゃ」と、唐突に声を張り上げた。

 「魔力を使う魔法少女と、聖力を使う勇者パティーメンバーは、決して敵対するものではなく、むしろ、同じ神力の(ことわり)のもと、手を取り合うべき仲間だということじゃ」


 ――えっ、いま、明らかな論理の飛躍がありましたよね。 

   いきなりそんなこと言われても、

   魔法少女たちは、誰も納得しないよ。


 ――ボク、物語學の授業で、習ったよ。

   過去に起こった幾多の物語のなかで、國の為政者や神殿は、

   魔法使いのこと、迫害してきたよね。

   魔女裁判にかけ、拷問し、一方的に悪と決めつけ、

   磔刑にし、生きながら焼き殺してきたくせに――。


 ――神殿の聖力を扱う人たちって、いまでも、

   魔力を扱うボクたちを見下してるじゃないか!

   『穢らわしい』って、露骨に蔑まれることだって多い。


 きっと、ボクの内心の怒りが、顔に出てしまっていたんだと思う。

 教皇様は、ボクを怒鳴りつけてきた。

 「何じゃ、その不満げな顔は! 『この世界』の人類の前に、真なる敵、『混沌』が立ち塞がらんとしておる、この非常時に――」


 そして、今度は、『混沌』について、講義しはじめた。


 『この世界』は、神力によって象創(かたちづく)られている。

 その魔力面と聖力面を入れ替えることで、力が行使される。

 この理屈だけだと、力の源は、行使しても行使しても無くならない。


 ところが、実際は、力が行使される度に、必ず、その幾ばくかが『混沌』に落ちていく。

 これは、不可逆的な現象であり、一度、『混沌』に落ちたものが、元の神力に戻ることはない。

 物理現象で言えば、エントロピーが増大し、やがて熱的死に至るようなものなのじゃ。


 こともあろうに、来年度の物語は、『混沌の浸蝕』じゃ。

 来年度の物語名は、本来であれば、今年一二月二四日の神逢祭で託宣されるべきものじゃ。

 それが一年早く、昨年の神逢祭で託宣された。

 もはや、事態は動き初めておる。


 おまえたち魔法少女は、この意味が、まるで分かっておらん。

 『混沌』は、もはや我らの足下まで這い寄ってきておるのじゃ!

 御社(おやしろ)は、今こそ神殿と共闘すべきときではないのか!


 教皇様が、チョークを、ぐぐっと握りしめた。

 机に突っ伏して熟睡中の綾女(あやめ)ちゃんを、睨んだ。


 あくまで、睨んだだけだ。

 チョークを投げるなどの、直接的な行動を取ってはいない。

 だけど、教皇様の全身から聖力が溢れかえり、煮えたぎっている。


 綾女(あやめ)ちゃんが、跳ね起きた。

 机を蹴倒して、立ち上がった。

 その手には、神槍『グングニル』が呼び寄せられていた。


 対峙する教皇様は、武器の出現にも動じない。

 「フン」と鼻を鳴らす。


 おまえたち魔法少女は、本当に愚かじゃ。


 勇者北斗(ほくと)拳斗(ケント)を召喚したのは、この、わしじゃ。

 わしの娘たち、賢者天壇(てんだん)沈香(じんこう)と、聖女天壇(てんだん)伽羅(きゃら)も、その召喚勇者パーティーに入っておる。

 混沌が這い寄ってきつつある、いまこそ、『服飾に呪われた魔法少女』も全員そろって、拳斗(ケント)のハーレムメンバーとなることを受け入れ、付き従うべきなのじゃ!


 ボクは、遅まきながら、教皇様の怒りを、やっと理解した。

 綾女(あやめ)ちゃんと、ボクが、召喚勇者拳斗(ケント)と与せず、対立したことに、怒ってるんだ。


 「おまえたちが、ちゃんと神學講義に出てきてさえおれば、この、わしが、手取り足取り、この世界の真実と、おまえたち魔法少女が、召喚勇者に対して取るべき恭順姿勢を教示してやれたものを――」


 綾女(あやめ)ちゃんは、キョトンとした顔だ。

 教皇様の言っていることを、きっと、まったく理解していない。


 「えーっ、オレ、召喚勇者のハーレム要員なんて、ヤだな~。オレ、交際相手には、自分のことだけ見てて欲しいもん」


 ――もしかして、考えなしなのに、直感で理解してる?


 「薄荷(はっか)ちゃんは、どう?」


 ボクは、『うげっ!』と顔を顰める。

 「いつも言ってるでしょ。ボク、これでも、男なの。好きなのは女の人で、男の人とは付き合えないの。それに、召喚勇者の拳斗(ケント)様って、なんか、キショい~」


 「好みの男かどうかなど、些末なことじゃ。わしは、『この世界』を救うための、正しい選択について話して……」

 教皇様は、地団駄踏みながら。そう言いかけてたものの、遂に、怒りが、理性に勝ってしまったらしい。

 握っていたチョークを足下に投げつけた。


 「もう、知らん! おまえたちが、そのつもりなら、物語から排除するだけじゃ。拳斗(ケント)と、娘たちに、おまえたちを潰すよう命じよう」

 教皇様は、そんな捨てゼリフを残し、肩をいからせながら、教室から出て行ってしまった。


 後日知ったことだけど、この日、教皇様は、この教室を後にしたその足で、學園長室へ赴き、神學講師を辞されたそうだ。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■五月五日 舞踏學の実習

ボク、平民出身の魔法少女なのに、『令嬢の転生』物語のヒロインにもなっちゃった。

もう、ダンス踊れないじゃ、済まされないみたい。

ダンス練習を強要してくる學園長先生が、コワイんですけど!

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