■三月七日 セーラー服でお出かけ
ボク――儚内薄荷――は、恐くて、ずっと、家に引き籠っていた。
だって、テレビ報道から四日も経ったというのに、わが家の前は、相変わらず、ヤジウマだらけなんだよ。
窓は、締め切ったままだし、外出なんてできやしない。
だけど、學園への入學を控え、準備が必要だし、いつまでも、こうしてはいられない。
この日、製糸工場の仕事を休んだ母に、説得されて、意を決した。
平服のセーラー服を着用して、外出することにした。
セーラー服の着方が、分からない。
だって、ファスナーが服の前にじゃなくて、脇の下にあるんだよ。
これ、どうやって着るの?
この歳になって、恥ずかしながら、着替えを母に手伝ってもらうハメになった。
とにかく着替えて、姿見の前に立つ。
母に指示されて、その場で、くるりとターン。
母は、小首を傾げ、ボクのスカートのウエストに両手を入れ、クイッと引き上げた。
ボクは、ズボンを着るときのように腰骨の下あたりにウエストを持ってきていた。
でも、母の説明によれば、スカートのウエスト位置は、臍よりもっと上なのだそうだ。
恥ずかしさに、膝が笑ってしまう。
だって、それでなくとも、思いっきりミニ丈のスカートなんだよ。
これで、ウエスト位置をこんなに高くしたら、もう股下には、ほとんど布地がない。
それを母に言ったら、「観念しなさい」と叱られた。
横で、ボクの様子を見ていた妹が、「カワイイは正義なの!」と親指を立ててきた。
励ましてくれているらしい。
まじまじと、姿見の中の自分を見る。
前にも話したように、ボクは低身長で、お子様体型だ。
だから、セーラー服を着用するにあたって、一番の問題は、頭髪の長さだって思う。
この國の人間は、他國の血が混ざっていなければ、黒い瞳で、黒くて癖の少ない髪だ。
パーマや髪染めは、不良扱いされる。
女子は基本長髪だけど、短髪も許容される。
男子は、短髪か、坊主頭。
ボクは、坊主頭や、刈りあげにはしていない。
だけど、どう見ても、女子には、あり得ないほどの短髪だ。
「やっぱり、ヘンだよ。みんなから、笑われちゃうよ」
ボクは、姿見の向こうの自分を見て、あまりの情けなさに泣きたくなった。
妹から、「よしよし、なの」と頭を撫でられた。
ボクが、お兄ちゃんなのに……。
妹が、それならと、自分のヘアピンを貸してくれた。
桜花の意匠を散りばめた、ピンク色のカワイイのだ。
付けてみたら、確かに、露骨な女装感が薄れた……と、思いたい。
それ以上に装うことはあきらめて、母と一緒に、玄関を開ける。
妹は、お留守番だ。
家の前に、人だかりができていた。
そこに居たのは、ヤジウマだけではなかった。
門扉の横に、國営放送のテレビカメラまで、据えられている。
玄関から歩み出るボクを視認したヤジウマたちが、「おーっ!」と歓声をあげる。
「可憐だ~!」とか「惚れちゃいそう~!」とかいった、ヤジが飛んで来る。
人混みを掻き分けて、物陰に隠れていた数人が、駆け寄ってきた。
パシャパシャと、フラッシュを焚いて、ボクの写真を撮っている。
カストリ雑誌社の腕章をつけたオジサンなんか、ボクの足下めがけてスライディングし、ミニスカの中を煽るような角度で、写真を撮ってきた。
母が、ハンドバッグを振り回して、「痴漢よ。おまわりさん助けて!」と叫ぶ。
近所のオバサンたちが、交番へ駐在さんを呼びに行ってくれた。
後から知ったのだけど、國から警察庁に、ボクの外出に配慮するよう、通達が出ていたそうだ。
待機していた二十人近いお巡りさんが、一斉に駆けつけてくれた。
記者たちは、慣れた様子で、撮影済みのカメラフィルムを没収されないよう、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ヤジウマたちも追い払われ、しつこい者たちは職質を受けている。
その後、外出中ずっと、数人の警官が同行してくれた。
『呪の服飾着用者への厳命』文書内には、入學に際して準備すべき品々が、詳細に書き出されていた。
制服を着用しての初外出の目的は、その入學準備品の買い出しだ。
まずは、文具店へ。
小學校の頃から利用している好文堂というお店だ。
文具については、ピンク色をした、キャラクター入りのファンシーなもので揃えるよう、わざわざ指示されている。
小學校低學年の女児しか使わないような、キラキラ文具を買うしかない。
國営テレビで放映していた、魔法少女番組『六色のオーブ』のキャラクターで買い揃えることにした。
毒喰らわば皿まで、の心境だ。
わが家にテレビはないけど、ボクのロールが『魔法少女』なので、回りの大人や友だちが気をつかってくれて、『魔法少女』のテレビシリーズだけは、ずっと誰かの家や、街角テレビで見せてもらってきた。
『六色のオーブ』の物語には、白、黒、赤、青、黄、緑、それぞれの色のオーブを持つ魔法少女が二人づつ、合計十二人登場する。
テレビ画面は、モノクロだから、色なんてついていない。
なのに、ボクの脳内では、十二人の女の子たちは、それぞれの色に着色され、みんなキラキラ輝いていていた。
文具をたくさん買い揃えたものだから、キャンペーン籤を引かせてもらえた。
『六色のオーブ』内で使われている変身コンパクトの玩具が当たった。
女性店員さんから「一等、大当たりよ。コンパクトに嵌めるオーブを選んでね」と、言われた。
続けて、「ごめんなさい、きっと、そのセーラー服と同じ色がいいのよね。でも、『六色のオーブ』の物語にピンクはないの」と謝られた。
ボクは、顔を真っ赤にして、ぶんぶん首を横に振った。
「ピンクなんて、女の子の色だから、ほんとはイヤなんだ……。黒をください」
『六色のオーブ』の物語で、ボクのお気に入りは、黒の二人だ。
黒の二人は、不良で、いつも一緒につるんでいる。
なんと言うか、ほら、他の子みたいにカワイイんじゃなくって、カッコイイんだよ。
自分が、『魔法少女』になるしかないんだったら、せめて、あんなふうになりたいって思ってた。
あと、コンパクトって言っても、小さい子供用の玩具で、化粧品ではない。
何の役にもたたない代物なんだけど、なぜだが、學園に持ち込む荷物に加えようと思った。
☆
次に、婦人服店へ。
母が懇意にしているレディースファッション乙女洋装店へ、初めて入った。
奥が下着コーナーになっていて、そこに居るだけで、恥ずかしくてたまらない。
でも、本日の目的は、自分用の女性下着の購入だ。
『呪の服飾着用者への厳命』文書内には、白いブラと、白いアンスコ、白いルーズソックスの指示がある。
母から、學園で侮られないよう、Cカップブラにパッドを詰めることを勧められた。
でも、「無理、絶対ムリ」と拒否して、AAカップのスポーツブラにしてもらった。
母から、「練習のために、ここで着替えて、帰りましょう」と、言われた。
確かに、練習は必要だ。
更衣室をお借りして、着替える。
実は、このお店までは、ミニスカの下に、小學校時の半ズボンを履いてきていた。
それを脱いで、指定通り、アンスコを直履きする。
そして、ルーズソックス。
どうして、ルーズソックスなんだろう。
學園の一般生徒には、着用する靴下の指定なんて無い。
女子については、素足、ソックス、ハイソックス、ニーソックス、ストッキング、タイツいずれも可だ。
だけど、ルーズソックスなんて、いまどき、他に履いてる子がいるとは思えない。
お店の方から、「脱いだ男児用の下着や半ズボンはどうしましょう。持ち帰られますか?」と訊かれた。
「ハイ」と答えようとしたボクを制し、母が「捨ててください。未練が残らないように」と答えた。
お店を出て、帰途につく。
半ズボンがアンスコに変わっただけで、スカスカして、あまりにも心許ない。
スカートがこんなに短くては、ちょっと所作が荒くなるだけで、翻ってしまうだろう。
自然と内股になって、ちょこちょこと歩いている自分に気がつく。
もう、引き返せない。
逃げるべきじゃない。
運命と闘うんだ、と自分に言い聞かせながら、ちょこちょこと歩いた。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■三月一〇日 白鼠小學校への挨拶
ボクは、初等科義務教育を受けた白鼠小學校へ、挨拶に赴いた。
ロールを与えられた日のこと、幼なじみのこと、色々思い出しちゃうな。
■拙文を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
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