■五月二日 生徒会室での事情聴取 二回目
またしても、生徒会から呼び出された。
そして、ボクは、生徒会室のモニターで、録画映像を見させられていた。
動画の内容は、昨日開催された、『取巻令嬢』たちとのお茶会の、最後のやり取りだ。
國営放送に、提出を強要したそうだ。
『口無しの結界』が働いているため、画像のみの動画で、音声は入っていない。
・ボクが、花子様のテーブル上に置かれたゴブレットを指さす。
・花子様が頷いて、ゴブレットの中身を嚥下する。
・花子様が悶え苦しんで、イスごと倒れて、死亡する。
どうみても、ボクが、花子様を騙すか脅すかして、毒を飲ませたようにしか見えない。
ボクは、「冤罪です!」と、叫ぶ。
すると、後ろから、声がかかる。
「いまをときめく『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷さんが、『取巻令嬢』の末摘花子様を殺害しただなんて、誰も思ってないよ。それに、既に二人ほど殺したことのある薄荷さんなら、この學園では、物語の必然性があれば、人を殺しても罪を問われないってことを、いいかげん実感してるんじゃないかな」
生徒会書記、公爵令息で三年生の萵苣強記様の声だ。
別の声も、聞こえてきた。
「むしろ、自分たち生徒会は、この画像を、夕方のニュースで流そうとしておった國営放送に圧力をかけて、握り潰しておる。こんなもの流されては、今や空前の大人気番組となっておる『魔法少女シリーズ』に、ケチがついてしまおうからな」
こっちの声は、生徒会庶務、侯爵子息で三年生の御柱太史様だ。
御柱猛史騎士団長の長男で、次期騎士団長確実と目されている。
三人目の声。
「どうだい、薄荷さん、生徒会の心優しい対応に感激しただろう。チャーミングなピンクフレーム眼鏡を受け取って、生徒会会計を務めたくなったのではないかな」
これは、生徒会長、三年生の第一皇子白金黄金様の声だ。
ボクは「なりません」と答えつつ振り返る。
ボク以外で、生徒会室にいるのは、いま声をかけてきた男性三人と、副会長、第一皇女で、二年生の白金砂金様だ。
生徒会は、昨日の花子様毒殺と、先の『転生令嬢毒殺事件』との関連性をきちんと認識してくれいるみたい。
だからこそ、ボクに、ボクが取り組んでいた『転生令嬢毒殺事件』の捜査状況と、花子様毒殺に至るまでの経緯を、説明して欲しいらしい。
砂金様が、ボクに微笑みかける。
「生徒会権限により、國営放送のテレビカメラであっても、生徒会室の中にまでは入ってこれないの。安心して、なにもかも話してね」
ボクは、時間軸に沿って、整理・説明する。
○『転生令嬢毒殺事件』の現場には、芍薬百合様もいて、
問題のワイングラスの受け取りを拒否していたこと。
○ボクが、『転生令嬢毒殺事件』について、
萵苣智恵様にご相談していたら、
百合様が乱入してきたこと。
○ボクがスイレンレンゲさんに、
『転生令嬢毒殺事件』での出来事を確認していたら、
百合様が乱入してきたこと。
○ボクが、『令嬢の転生』の『攻略対象』である白金鍍金様と、
前期末舞踏会でのダンスを約束して以降、
『取巻令嬢』三人への『物語』からの強制力が強まったこと。
○芍薬百合様は、『取巻令嬢』三人につきまとい、
『転生令嬢毒殺事件』の犯人として名乗り出るよう脅していたこと。
○突然死を遂げた末摘花子様は、
『二次創作ヒロイン』もしくは『メタヒロイン』とでも呼ぶべきものが、
事件の鍵であると考えていたこと。
これを聞いた、書記の強記様が、「メタヒロインか……なるほどね」と、妙に納得したような声を出した。
「強記様は、このへんな言葉の意味が分かるんですか?」
強記様は、「『令嬢の転生』って、そもそも、メタな物語なんだよ」と言って、次のような説明をしてくれた。
一次創作においては、『ヒロイン』令嬢が、『悪役令嬢』を退けて、逆ハーレムを造り出し、『攻略対象』を勝ち取る。
二次創作においては、一次創作の知識を持つ者が、『悪役令嬢』や『モブ』として『転生』し、前世の知識を活かして『転成ヒロイン』となり、『攻略対象』を勝ち取る。
更には、その二次創作を踏まえた、もっとメタな、三次創作だって、起こり得る。
強記様は、以上の知識を踏まえて、末摘花子様の考えを推測してみせた。
それは、芍薬百合様が、『令嬢の転生』がメタ物語であることを踏まえたうえで、何らかの介入を行ったのではないか――というものだ。
まず、肝心なのは、物語のタイトルが『令嬢の転生』であること。
よほどトリッキーな展開とならないかぎり、ヒロインは転生者となる。
あの『鹿鳴館學園祝入學進學舞踏会』の開始時点で、『令嬢の転生』物語のヒロインになると目さされていたのは、成上利子様だけだった。
なぜなら、貴腐ワインを造り出した利子様が、転生者であることは、広く知られていたからだ。
ところが、舞踏会開始早々、ひとつの出来事が起こる。
ピンクのミニスカセーラー服を着た生徒が、恥ずかしげもなく大声で、「ボク、平民の貧しい家庭で育ったんで、まともに『盆踊り』だって踊ったことないんです。」と宣言したのだ。
この時点で、『盆踊り』なるものが、『あの世界』の『お盆』という宗教行事において踊られるものだと知っている者など、ほとんど、いなかったはずだ。
だが、その『盆踊り』を知っていると、自ら公言した者が一人いる。
百合様だ。
つまり、百合様だけは、この時点で、ピンクのミニスカセーラー服の生徒が、『令嬢の転生』物語の『メタヒロイン』たりえると、気がついていた。
整理しよう。
まず、本来は、一次創作の『令嬢もの』があり、その王道ヒロインとなるはずだったのが、芍薬牡丹様。
次に、二次創作『令嬢の転生』物語の『転生ヒロイン』となる可能性が高かったのが、成上利子様。
ところが、物語冒頭イベント発生の土壇場で、新たなる転生者として、三次創作『令嬢の転生』物語の『メタヒロイン』たりえるピンクのミニスカセーラー服の生徒が登場した。
なるほど、強記様は、証拠がないから明言しないけど、こう考えている。
○舞踏会の開始直後、百合様は、
『ピンクのミニスカセーラー服の生徒』が転生者であり、
『令嬢の転生』物語の『メタヒロイン』たり得ると知った。
○だから、百合様は、何らかの理由で
舞踏会中に、『転生令嬢毒殺事件』を引き起こし、
『令嬢の転生』物語のヒロインを強制交代させた。
○更には、その隠蔽のために、何らかの手段を用いて、
百合様は、花子様まで毒殺した。
「強記様、スゴイです! ほんものの名探偵みたいです。ただ、ボクのことを、繰り返し『ピンクのミニスカセーラー服の生徒』って呼ぶのは、ヤメテください」
強記書記は、ボクの発言をスルーして、「となれば、百合様に、色々と問い質したいところなのだが……」と、困り顔になる。
困り顔の理由を、黄金生徒会長が教えてくれた。
「実は、今日、薄荷さんと一緒に、百合様も呼び出そうとしたんだけど、どうやら一昨日から、行方不明みたいなんだ」
――う~ん、百合様に問い質したいことって、まずは動機だよね。
この事件って、まだまだ、この先の展開がありそうだよ。
「ところで、薄荷さん」と、砂金副会長が微笑む。
「『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』の、全五パート四日間連続となった、長い『第二話』が放映された後、ご自分のロールに変化がないか、確認はされたのかしら?」
ボクは、「えっ!」と固まった。
確かに、『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』の『第一話』で、嫌姫先輩からボクの生徒徽章を強制確認されて以降、ロールを確認していない。
見るのがコワイ。
コワイけど、見とかなきゃマズイ……よね。
ボクは、おずおずと、自分の生徒徽章に、手を翳す。
皇立鹿鳴館學園 魔法少女育成科 一年
儚内薄荷 男の娘
ロール:セーラー服魔法少女
令嬢の転生メタヒロイン ← 第二皇子の第一夫人候補
召喚勇者パーティー候補
生徒会会計候補
科學戦隊お色気ピンク
「『令嬢の転生メタヒロイン』って、なんで、こうなっちゃうんですか! ボク、綾女ちゃんを『服飾に呪われた状態』から救い出したくて、鍍金皇子に、一度だけダンスしますって、約束しただけなのに――」
涙目のボクに、砂金副会長の微笑みが、優しい。
「ご愁傷さま。完全に『令嬢の転生』物語にも取り込まれてしまったわね。敵対する『悪役令嬢』の、芍薬牡丹様の派閥は、『取巻令嬢』だけじゃないわ。多くの貴族や、國軍の支持を得てらっしゃるの。薄荷さんは、このままでは、それほど長くは生きていられないわね」
黄金生徒会長の微笑みも、優しい。
「薄荷さんが、『生徒会会計候補』のロールから、『候補』の二文字を消すことさえ決意してくれたら、この生徒会が、護ってあげられるんだけどね」
ボクは、前回の『生徒会室での事情聴取』の際と、同じ対応を取った。
つまり、しどろもどろになりながらも、『頭の中がいっぱいいっぱいで、どうして良いかわからないんです。しばらく考えさせてください』と懇願し、ほうほうのていで、生徒会室を辞去した。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月四日 神學の授業:魔力・聖力・神力
この世界の魔力と聖力と神力って、他の世界とは、ちょっと違うみたい。
うわっ、担当教諭の教皇様を怒らせちゃったみたい。
どうしよう。