■五月一日 クチナシのお茶会
學園の授業は、本来、同じ授業が週ごとに繰り返される。
魔法學の授業及び実習については、四月一〇日に一回目の授業、四月一七日に一回目の実習、四月二四日に二回目の実習と進んできた。
ところが、この二回目の実習が、とんでもなく長引いたうえに、ボクたち五人は疲弊し、きちんと回復もできていない。
ボクたちだけの、問題ではない。
魔法学実習の授業日程も、ぐしゃぐしゃになってしまっている。
今日、五月一日は、カレンダー通りであれば、魔法學実習の三回目なんだけど、とりあえず休講になっている。
この休講を利用して、ボク――『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷――は、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃんと一緒に、水泳部員たちに会いに行く約束だ。
以前、水泳部の方から、ボクたち二人に会いたいとの連絡があったにもかかわらず、物語の急展開によって、先延ばしになっているからだ。
ここへきて、水泳部=金平水軍残党と、水球部=河童水軍の確執は、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女まで巻き込む、大事件へと発展している。
ボクも、糖菓ちゃんも、水泳部との話し合いを、急ぐ必要があると感じていた。
二人で一緒に、學生寮の平民用食堂で朝食を済ませ、エントランスへ出た。
國営放送のテレビカメラが待ち構えていた。
既に録画を開始している。
ボクは、カメラマンに話しかける。
「これから水泳部と、ナイショの話をしに行くんです。撮影は、遠慮してもらえませんか?」
カメラマンは、「スミマセン」と頭を下げながらも、撮影を止める様子はない。
「『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』は、放映の度に視聴率が激増し、今や、カストリ皇國全土を席巻する怪物番組となっているんです。國営放送と學園には、呪われた魔法少女についての続報を求める声が殺到しているんです。昨夜、我々に厳命が下りました。『魔法少女隊のセンターを務めている薄荷さんに密着し、撮影し続けるように。放送する、しないは、後から決める』とのことです」
「セ、センターってなんですか! ボクたち五人には、センターも、リーダーもいません! ボクを勝手に撮影しないで!」
「分かってませんね。これは『物語』の意思です。もはや、薄荷さんたちには、プライバシーなんて存在しません。我々は、決死の覚悟で、あなたを追いかけます。どうか、我々は、いないものとして、取り扱ってください」
カメラマンは、悲壮な決意で戦場に立つ、兵士のような表情をしている。
ボクは、憤慨してよい立場のはずなのに、思わず「ゴメンナサイ」と謝ってしまっていた。
ボクみたいに、何の覚悟もできてない人間が口出しできることではなかったみたいだ。
ボクは、糖菓ちゃんに、「行こう」と声をかけ、二人で手を繋いで、寮を出た。
寮の前には、電話による昨夜の事前連絡で約束した通り、水泳部と車体に書かれた木炭車の三輪トラックが停まっていた。
運転席に座っていた、赤い競泳水着の女生徒が、「お迎えにあがりました」と声をかけてくれる。
「水泳部には、この三輪トラックしか車両がないんです。申し訳ありませんが、荷台に乗ってください」
三輪トラックには、運転席と助手席しか、座席がない。
なるほど、ボクと糖菓ちゃんが一緒に乗ろうと思ったら、荷台に並んで体育座りするしかない。
ボクたち二人が、荷台に上がっていると、後からやってきた國営放送のテレビカメラマンが、カメラを回しながら、平然と助手席に収まった。
部活棟である『水泳部トロピカルランド』が半壊状態のため、怪盗義賊育成棟で会うことになっている。
昨夜、電話連絡があったときに、「建物内の連結ルートを使えば、歩いていけるでしょ?」と訊いたら、「そんなことしたら、無事では済まないですよ」と、逆に驚かれた。
怪盗義賊育成棟は、極悪人たちが各所に潜む魔窟と化しているそうだ。
ボクや、糖菓ちゃんみたいな、全國的人気者が、足を踏み入れたりしたら、ピラニアの巣くう池に、美味しいエサを放り込むようなものなんだって……。
糖菓ちゃんは、全國的人気者なんていう言いかたをされたことが不満みたいいだ。
「うちらは、歌い手や、踊り子なんかじゃないんよ。魔法少女なんよ」と、口を尖らせていた。
☆
ボクと糖菓ちゃんは、入學式前日のチュートリアルで、萵苣智恵様に、學園内をあちこち案内していただいた。
だから、學園内の地理は、だいたい把握できている。
目的地である怪盗義賊育成棟は、學園の敷地内でも、奥まった辺鄙な場所にある。
なのに、ボクたちを乗せた三輪トラックは、學園の敷地中央に聳え立つ、王侯貴族育成棟の横で、急カーブを切った。
どうやら、運転席にいる赤い競泳水着の女生徒は、ボクたち二人を、どこか、怪盗義賊育成棟以外の場所に連れていこうとしているらしい。
王侯貴族育成棟は、パステルカラーに彩られた、メルヘンチックなお城みたいな建物だ。
敷地の周囲は、石造の鋸壁に取り囲まれている。
鋸壁って、上部に、凸凹のある城壁だよ。
その王侯貴族育成棟へ向うのかと思ったら、お城を回り込んで、その奥にある、広大な西洋庭園へと入って行く。
幾何學的配された花壇、四阿、噴水、アーチ、彫像。
そのまた先に、豪奢な温室が見えてきた。
美麗に輝く温室のエントランスに、ボクたちを乗せた、貧相な三輪トラックが横付けされた。
エントランスから、十人ほどの侍女たちが、小走りで出てきた。
侍女たちは、三輪トラックの運転席から、赤い競泳水着の女生徒を降ろす。
手にしていたドレスや靴を、その生徒に着付けていく。
あっという間に、その女生徒は、立派なお嬢様へと変身を遂げていた。
ただ、この非の打ちどころのないドレス姿の下が、競泳水着だと思うと、何となく笑える。
そのお嬢様は、三輪トラックの荷台に体育座りしているボクたち二人に向って、見事なカテシーを決める。
「二年生の通草男爵家の明美ですわ。今日は、貴女方、平民二人を、お茶会に招待してあげましてよ。感謝して、ついてらっしゃい」
糖菓ちゃんが、唇を尖らせる。
「『招待』って、なんなん。『感謝』って、なんなん。これ、立派な『誘拐』なんよ。うちらに、話しがあるなら、まず、詫びてからにするべきなんよ」
糖菓ちゃんは、パスタオルポンチョの中から、手甲鉤を取り出して、右手に装着してみせた。
――糖菓ちゃん、ずいぶん強くなったな。
ちゃんと、トラウマを克服できてるみたい。
明美様は、顔を青くして、ガタガタ震えているけど、それでも退く様子はない。
「こ、こ、こ、殺すなら、殺しなさい。わ、わ、わたくしとて皇國貴族の末席に連なる者。こ、この場で殺されても、言いなりにはなりませんことよ」
「なに、怯えてるん。これじゃあ、どっちが『誘拐』されたんだか分かんないん。ほら、色々言う前に一言、『ごめんなさい』って、頭を下げるんよ」
糖菓ちゃんが、茶目っ気をだして、「ニャン、ニャン」と、手甲鉤で手招きする。
明美様は、「ひっ」と息を呑んだ。
シャーッと音がして、ドレスの下を濡らした。
「ごめんなさい」と、謝ったのは糖菓ちゃんの方だった。
「そこまで、恐がらせるつもりはなかったんよ~」
侍女たちが素早く動いて、明美様のドレスを脱がす。
競泳水着の股間をタオルで拭って、どこかから持ってきた、新しいドレスに着付け直す。
その間に、ボクは、糖菓ちゃんを取りなす。
「糖菓ちゃん、明美様を、許してあげて、この人、たぶん、ボクに用があるんだよ」
ボクは、通草明美様という名前に、聞き覚えがある。
第二皇子の許嫁である芍薬牡丹公爵令嬢の取り巻きの一人だ。
以前、牡丹の妹の百合様に、そう教えていただいた。
「この人のロールね、きっと、『令嬢の転生』物語の『取巻令嬢』なんだ。だから、物語の強制力が働いてて、平民に頭を下げたり、お詫びしたりはできないし、イジワルな言い方しかできないんだよ」
明美様は、股間をもぞもぞさせながら言う。
「そ、そ、そうなんですの。わたくしたち、せっぱつまっておりますの。ほんとうは、ちゃんとしたお茶会に薄荷さんだけをご招待したかったのですわ。でも、こうすることしかできなくて。美味しい、お茶とお菓子を用意いたしましたの。糖菓さんも、ぜひ、ご賞味あれ」
たぶん、それは、ロールから許された、ギリギリの言い回しだ。
明美様は、自身の非礼を、懸命に詫びているつもりなのだ。
「明美様、先にこの場でひとつだけ、教えてください。水泳部には手出ししてないですよね。特に、運転手として、ボクたち二人を迎えに来るはずだった水泳部の生徒は無事ですか?」
「水泳部には、わたくしたちが、貴女方二人をサプライズお茶会に招待するので、会合は延期するように告げ、更に、サプライズの一環として、水泳部の三輪トラックと、女子競泳水着一着を貸し出すようにと、指示しただけです。貴族からの申し出であれば、水泳部は、拒否できませんもの」
ボクは、明美様に「分かりました」と答えたうえで、糖菓ちゃんに話しかける。
「糖菓ちゃん、ごめんね。どうやら、ボクの事情に巻き込んじゃったみたい。ボク、『転生令嬢毒殺事件』への関与を、生徒会から疑われてるんだ。でね、明美様たちが、ボクと話したがってるのは、それに関連したことだとしか考えられない。この誘拐騒ぎで水泳部へ迷惑が及ばないのであれば、ボク、このお茶会に出席しようと思う。だけど、糖菓ちゃんを巻き込んじゃいけないから、一旦、糖菓ちゃんを寮まで送り届けて――」
糖菓ちゃんが「待って」と、ボクの言葉を遮る。
「うち、貴族令嬢のお茶会で出される、お茶とお菓子を、一度味わってみたかったんよ」
察しの悪いボクでも、糖菓ちゃんがお菓子を食べたいから、お茶会に出ると言っているのではなく、ボクのことを心配して、ここに残ると言ってくれているのだと分かる。
ボクは、その気持ちを、ありがたく受け取ることにした。
☆
温室の中に、お茶会のセッティングがされていた。
それは、不思議な配置だった。
中央の丸テーブルに、二席。
丸テーブルを囲む正三角形の角に、三席。
そして、丸テーブルを囲む逆向きの正三角形の角に、三つの鉢植えが置かれている。
二つの正三角形は、上から見れば、六芒星になっている。
ボクと、糖菓ちゃんは、中央の丸テーブルに案内された。
正三角形角の三席に、明美様を含む、三人の令嬢が着席した。
三人の令嬢が着席したとたん、三つの鉢に植えられた純白の花が、ふわんと、ほんのり輝いた。
一人の令嬢が、席を立って、挨拶する。
「二年生の石榴子爵家の石女ですわ。お話しの前に、このヘンな、座席配置について説明させてください。あの三つの鉢には、梔子が植えられています。この座席配置は、六つの花弁を持つ梔子を模したものです。この配置は、『口無しの結界』と呼ばれています。『口無しの結界』は、わたくしたち『取巻令嬢』に与えられた力で発動します。『口無しの結界』の本来の用途は、わたくしたち『取巻令嬢』が『ヒロイン令嬢』をイジメるためのワルダクミをする場です。この『口無しの結界』には、二つの機能があります」
「機能のひとつは、ワルダクミの内容を隠匿すること。従って、この結界の外にいる、國営放送のテレビカメラには、わたくしたちの画像は映せても、ここで話している内容は届きません」
「機能のもうひとつは、わたくしたち『取巻令嬢』が、腹を割って話せることです。わたくしたちは、學園内の他の場所では、『令嬢の転生』物語に強要され、イジワルな言動しかとれません。だけど、この結界の中でだけは、本音を語れるのです」
ここで、正三角形の別の角に座っている明美様が立ち上がって、深々と頭を下げた。
「薄荷さん、糖菓さん、本当にごめんなさい。わたくしは、イジワルな形でしか、薄荷さんをここに連れて来れなかったし、先ほどは、あんな失礼な言い方しかできなかったのです」
ボクと糖菓ちゃんも立ち上がって、答える。
「事情は了解しました。どうかお気になさらないでください」
「うち、考えが足りてなかったん。ごめんなさい」
三人目の令嬢が立ち上がる。
「二年生の末摘伯爵家の花子ですわ。ここから先のお話しは、この度の『転生令嬢毒殺事件』につきまして、主犯と目されてるわたくしから、申し開きさせていただきたいと考えております」
「ただ、こうして、全員が立ち上がったままでは開襟しづらいことですし、お二人の了解をいただければ、着席して、お茶を運ばせてから、お話しをさせていただいて、宜しいでしょうか?」
ボクと糖菓ちゃんが、これに了解したので、全員が着席し、侍女たちによって、お茶とお菓子が運び込まれた。
茶葉は、南にあるトルソー王國の高地で採れる凍頂茶。
お菓子は、西のトマソン法國で採れる薔薇ジャムのクッキーだった。
糖菓ちゃんが、嬉しそうに、口に運んでいる。
もしかしたら、本当に、お茶とお菓子を堪能したいがために、お茶会に参加したのかもしれない。
全員が、寛いだ様子になったところで、おもむろに口を開いたのは、花子様ではなく、明美様だった。
「『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』は、わたくしたち三人も、毎回欠かさず拝見させていただいておりますの。特に『第二話 運動部衣装魔法少女綾女ちゃんの激怒 その五』の最後の会話が、一部の女子に、熱狂的に受け止められていることはご存じですの?」
ボクは、何のことか分からず、首を傾げる。
最後の会話って、あれだろうか?
第二皇子の白金鍍金様が、ボクに向って、「昨日の電話で約束した通り、これで、お前は、俺様のものだ」なんて言ってきたものだから、ボクが「そ、そんなお約束してません。 お約束したのは、『綾女ちゃんの呪いを鎮めることができたら、前期末の舞踏会で、一度だけダンスのお相手をいたします』ってことだけですよね」って、言い返したあの会話だろうか?
あの会話が、どうしたって、いうんだろう?
石女様が、明美様に「それでは、伝わらなくてよ」と言ってから、ボクに向き直る。
「ダンスを条件にして、あの場に、鍍金様に来ていただくことを提案されたのは、宝生明星様ですよね」
「はい」
「そして、明星様が、祓衣玉枝學園長と、そのご息女である清女様とともに、『腐った』物語を愛好する女子会を主催しておられることはご存じですよね?」
「はい」
悪い予感がしてきた。
「男女間で、ダンスの事前申し込みが成立した場合、当日のエスコートが決定したものとみなされることは、ご存じですか?」
「いいえ」
と~っても、悪い予感がしてきた。
「鹿鳴館で開催される公式な舞踏会でのエスコートは、カップル成立とみなされることは、ご存じですか?」
「そんなこと、ボクは知らないし、明星様も教えてくださいませんでした」
ボクは、激しく、首を横に振る。
「明星様の『腐った』友人たちの間では、『鍍金×薄荷』か『薄荷×鍍金』かで、カップリング論争になっているそうですよ」と、明美様が、言わなくともよい情報まで、付け加える。
「うわーーーーーーーーーっ」。
ボクは、顔を真っ赤にして、頭を抱え込んだ。
糖菓ちゃんが、首を傾げる。
「なんなん? 『鍍金×薄荷』と『薄荷×鍍金』って、何が違うん?」
「ととととととと糖菓ちゃんは、知らなくていいいいいいいいことだから、ね。ねっ」
うろたえるボクを見て、糖菓ちゃんは、更なる追求を開始すべく、口を開きかけた。
ところが、そこへ、ずっと黙っていた花子様が、「ここからは、わたくしが、お話ししましょう」と、深刻な表情で、切り出した。
場の雰囲気が、お茶会モードから一変し、張り詰めたものに変わった。
糖菓ちゃんも、さすがにそれを察知して、口を閉じてくれた。
「鍍金様と薄荷さんの、あの『ラブシーン』がテレビ放映された瞬間、わたくしたち物語『令嬢の転生』のロールを持つ者の間で、認識が一変しました。物語が、いよいよ動きはじめたと、理解したのです。」
『ラ、ラブシーンってなに?』って、大声でツッコミを入れたい。
だけど、花子様の深刻な声が、それを許さない。
「『令嬢の転生』物語のクライマックスは、舞踏会におるヒロインと悪役令嬢の対決です。わたくしたちは、そのクライマックスが、来年の三月末、つまり、わたくしたち二年生の卒業時の舞踏会になるものと考えていました。ところが、あのラブシーンにより、ほぼ間違いなく、次に開催される前期末の舞踏会がクライマックスとなってしまいそうです」
「わたくしたち、『取巻令嬢』は、無論、『悪役令嬢』の取り巻きです。わたくしたち、『取巻令嬢』の命運は、『悪役令嬢』と一連託生です。なので、わたくしたちは、前期末までの短い期間に、当初は二年かけて行う予定だったヒロインへのイジメを、懸命にこなさなければなりません」
「わたくしたち『取巻令嬢』には、『物語』から、そういう圧力がかかっているのです。もはや、わたくしたちはヒロインである薄荷さんと顔を合わせるだけで冷静ではいられません。思わずイジワルしてしまいそうになります」
「だけど、わたくしたちには、その前に、どうしてもヒロインに、お話ししておきたいことがありました。そのため、こうして、『口無しの結界』中に、ヒロインを招き入れるという策を弄したのです」
ちょっと待って、ちょっと待って、それって……。
「スミマセン、花子様、確認させてください。誰だか分かりきったことのように、『悪役令嬢』とか『ヒロイン』とか仰っておられますけど、ボクには確信が持てないので、きちんと確認しておきたいのです。まず、『攻略対象』が、第二皇子の白金鍍金様。『悪役令嬢』は、第二皇子の許嫁である、公爵令嬢の芍薬牡丹様。『取巻令嬢』が、ここにおられる花子様と、石女様と、明美様。そして、『ヒロイン』が、ボクだと仰るんですね。」
「『悪役令嬢』と『取巻令嬢』については、四人で生徒徽章の情報を見せ合って確認し、嘆息しあいましたので、間違いありません。問題となるのは、『ヒロイン』だけで、それこそが、わたくしたちが、薄荷さんにお話ししておきたかったことなのです。実は、『転生令嬢毒殺事件』にかかわる事柄は、この『ヒロイン問題』が直結しているのです」
「その『ヒロイン問題』について、『転生令嬢毒殺事件』以降、各所に出没し、殊更に、事を荒立てしまくってらっしゃる方が、おられます」
――あっ、あの方だよね。
「そうです、いま、薄荷さんが脳裏に思い浮かべられた、その方、牡丹様の妹君、百合様です」
――ああ、やっぱり。
――ボクが、生徒会から『転生令嬢毒殺事件』に関する嫌疑をかけられて、
萵苣智恵様にご相談していたら、
その場に乱入してきて、場を掻き回すだけ掻き回して去って行ったあの人。
――ボクがスイレンレンゲさんに、
『転生令嬢毒殺事件』での出来事を確認していたら、
その場に乱入してきて、場を掻き回すだけ掻き回して去って行ったあの人。
――アホ毛の迷探偵、百合様だ。
石女様が、疲れたように、口を挟む。
「百合様は、いたるところに押しかけてきて、『名探偵』と名乗り、勝手に捜査し、取り調べをして、帰って行かれます。特に、わたくしたち三人は、容疑者扱いで、もう、さんざん、しつこく、つきまとわれています」
明美様が、追従する。
「わたくしたちに、『はやく白状して、楽におなりなさい』とか、おっしゃるんですよ」
花子様も、これには同意のようだ。
「百合様に、どうしてこんなに騒ぎたてるのかとお聞きすると『あちしと、薄荷くんは、一万年と三千年前から愛してるって誓い合った仲だから』薄荷くんを護るために捜査しているのだとおっしゃいます。しかしながら、百合様は、『悪役令嬢』のロールを持つ牡丹様の実妹なんですよ。百合様が騒ぎ立てれば、『転生令嬢毒殺事件』の実行犯が誰であったとしても、それをやらせたのは、実姉の牡丹様だということになってしまいます」
「そして、わたくしには、百合様について、ひとつの疑念がありました。あの舞踏会のとき、ワインボトルのコルクを抜き、複数のグラスに注ぎ、配って回ったのは、確かに、わたくしたち三人です。でも、そのとき、百合様も、その場にいらっしゃいました。牡丹様の妹なのですから、その場にいるのは当然のことです。ですから、わたくしたちも、当然、百合様にもワイングラスをお渡ししようとしました。ところが、百合様は、一切、ワイングラスに手を触れることなく、固辞されました。そこで、余ってしまったグラスを、わたくしたちは、成上利子様が、一緒に連れて来られていたスイレンレンゲさんにお渡ししたのです」
――えっ、それってボクが受け取って、最終的に、
利子様があおられた、問題のグラスだよね。
「わたくしは、ワインを固辞された際の、百合様の頑なな表情が、ずっと気にかかっていました。そして、百合様の周囲を調べ、ひとつの確証を得るに至りました。それは、まだ、石女様と明美様にもお話ししていない事柄です」
ボクと、糖菓ちゃんが、「ゴクリ」と生唾を飲んで、花子様の、言葉を待つ。
「それについて語るにあたっては、まず、わたくしの家、末摘伯爵家について、知っておいていただきたいのです」
ボクと、糖菓ちゃんは、肩透かしを食った表情となる。
だけど、とにかく、花子様の話しの続きを聞かなきゃ。
「『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ 第二話』で、綾女さんの曾祖父が活躍された『寓話の時代』の物語『源氏蛍と平家蛍の合戦』への言及がありましたよね。その翌年の物語である『源氏蛍物語全五十四帖』に、わたくしの曾祖母、末摘花が登場します。この『物語』は、プレイボーイであった源氏蛍第一皇子の、五十四人に女性遍歴の物語です。曾祖母の花は、この物語に登場する五十四人に女性一人でした。花は、附子と呼ばれる毒を使い、國を戦乱に巻き込む可能性のある恋仇を、次々と毒殺していくのです」
花子様は、ドレスの胸元から、一本のガラス瓶を取り出して、テーブルに置いた。
ガラス瓶には、淡褐色の粉がつまっている。
「これは、領地で栽培しているトリカブトの塊根を粉砕したものです。末摘伯爵家は、カストリ皇國にあって、皇帝のおそばに仕え、その政敵を排除する役目を担ってきた家柄なのです。ですから、わたくしは、『取巻令嬢』のロールをいただいたとき、『攻略対象』となる皇族のおそばにあって、その政敵を排除することこそが、わたくしの役目だと理解しました。」
「ですから、わたくしは、末摘伯爵家の者として、皇族の政敵を排除することについては、ためらいなどありません。誇りを持って役目を全ういたします。そして、そのことを隠したりはいたしません。しかしながら、末摘伯爵家の者は、政治的混乱を招くと皇族の方々が判断した相手でなければ、附子を用いることなどしないのです」
「そこまでお話ししたうえで、表明いたします。成上利子様の殺害、つまり『転生令嬢毒殺事件』に、末摘伯爵家の毒は使われておらず、わたくしども三人の『取巻令嬢』は関与していないと。そして、この事件の根幹には、『二次創作のヒロイン』もしくは『メタヒロイン』にかかわる何らかの意図が働いており、これに百合様が、かかわっていると――」
花子様は、自分で、自分の話しにヒートアップして、話しの内容が、グチャグチャになりはじめているようだ。
ボクは、思わず、口を挟む。
「花子様、スミマセン。おっしゃってることが、さっぱり分からないんですけど――」
花子様が「そうでしょうね」と、笑う。
「わたくしも、自分で言っていて、意味がさっぱり分からなくなってきました」
ボクも、笑ってしまう。
そして、花子様のテーブル上に置かれたゴブレットを指さす。
「ちょっと水でも呑んで、興奮を醒ましてはいかがですか」
花子様が頷く。
「少々、お待ちになって。喉を湿らせてから、分かりやすく、仕切りなおしますね」
花子様が、テーブル上から、ティーカップではなく、水の入ったゴブレットを手に取って、ゴクリと嚥下した。
そして……「うぐっ」と、喉を詰まらせ、「うぐぐぐぐっ」と苦しみながら、イスごと、後ろに倒れ込んだ。
侍女達が、慌てて駆け寄り、抱き起こそうとしたときには、事切れていた。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月二日 生徒会室での事情聴取 二回目
また、生徒会に呼び出されちゃった。
ボクって、問題児?