■四月二九日 魔法少女育成棟保健室
『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ 第二話 運動部衣装魔法少女綾女ちゃんの激怒』は、前代未聞の全五パート、四日間連続放送となった。
日ごとに視聴率が激増し、カストリ皇國全土を席巻する怪物番組が誕生した。
ボクは、そんな世情に、怒りを覚える。
だって、聞こえてくるのは、『服飾に呪われた』五人の魔法少女を、もて囃す声ばかりだ。
誰も、自身のトラウマを勝手に晒され、更なる精神的な傷を負った、魔法少女たちのことなんて慮ってくれない。
第〇話の主人公だった、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃんは、一週間、外に出られなかったそうだ。
第一話の主人公だった、ボク、『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷は、四日間、外に出られなかった。
糖菓ちゃんとボクの場合、撮影は一日で終了したし、『体育服』を着用したのは、ごく短い時間だったから、『呪い』の浸蝕度も低かった。
だけど、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女ちゃんについては、四日間、眠っている時でさえ『体育服』を連続着用し、最後は『道衣』の着用にまで至った。
その精神的負荷は、計り知れない。
その上、綾女ちゃんは、その間、まともに飲食すらしていなかったし、倒れる直前までの丸一日は、走り詰めだった。
いくら、日頃から鍛えている綾女ちゃんであっても、精神的負荷に加えて、肉体的負荷の方も、並大抵ではない。
ましてや、いくら非常事態だったとはいえ、ボクたちは、『道衣』の綾女ちゃんを、魔力キャパシティが二段階小さい『平服』に、強制お着替えさせた。
あのとき、綾女ちゃんを包み込むように燃えたぎっていた呪いの力は、ぷしゅぷしゅと熱を吹き出しながら、綾女ちゃんの中へ、ゴボゴボと沈み込んでいった。
ボクたち四人は、綾女ちゃんが、目覚めてくれるかどうか、心配でしかたなかった。
更に、目覚めたとしても、自我が壊れずに残されているか、心配でしかたなかった。
自我が壊れて、人形みたいになってしまったり、逆に、呪いに浸蝕され尽して、覚醒と同時に暴れ回る可能性だって、高い。
だから、ボクたち四人は、綾女ちゃんの身体を、魔法少女育成棟保健室のベッドへ運び、拘束したうえで、交代で介抱し続けた。
綾女ちゃんは、点滴を受けながら、眠り続けた。
ボクたち四人は、綾女ちゃんを介抱しながら、話し合った。
目覚めた綾女ちゃんが、もし呪いに完全浸蝕されていたら、ボクが拒否の力を発動することになっていた。
それで、ボクが、呪いだけを巧く拒否できればいいけれど、綾女ちゃんの自我ごと拒否しするハメになったらと思うと、本当に怖い。
でも、ボクがそれをやる以外に、方法がない。
☆
四月二九日の朝、やっと、綾女ちゃんが目覚めた。
瞼が開いたことに気がついた、ボクたち四人が見守る中、綾女ちゃんが口を開いた。
「腹へった~。肉、喰いてぇ~」
ボクたち四人は、脱力して、その場に、へなへなと座り込んでしまった。
綾女ちゃんが、素っ頓狂な声を出す。
「あれっ? 知らない天井なんだけど、ここどこ? それに、オレ、なんで拘束されてんの?」
ボクが、つっけんどんに答えを返す。
「ここは、魔法少女育成棟の保健室だよ。綾女ちゃんを拘束したのは、目覚めたとき、『服飾の呪い』に囚われたままだったら危ないからだよ」
綾女ちゃんが、「けへへっ」と笑う。
「ヤだな~。オレが、『服飾の呪い』ごときに、おくれをとるわけないじゃん。大丈夫だから、拘束といてよ。そうだ、みんなで、魔法少女育成棟の焼肉店へ行って、肉喰おうぜ、肉」
『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様が、綾女ちゃんの拘束を解いてあげている。
糖菓ちゃんが、目を丸くしている。
「綾女ちゃん、いきなり肉なんて固形物、食べれるん。それより何より、人目のあるところに出れるん? うちなんて、番組放送のあと、一週間、人前に出れんかったんよ」
綾女ちゃんは、自分の腕に刺さった点滴の針を、勝手に抜いている。
「おう、ほら、オレって、最強だかんな。どんな時でも、肉さえ喰えば、元気回復一〇〇パーセントだぜ」
ベッドから立ち上がろうとする綾女ちゃんを、ボクが止める。
「綾女ちゃん、覚えてないかもしれないけど、『道衣』、ほら、レスリングレオタードに『まわし』をつけた恰好を、全國放映されちゃったんだよ。ホントにダイジョウブ?」
「オレ、女子相撲部の練習のときは、いつもあの服装だぜ。なんで、いまさら?」
綾女ちゃんの表情は『運動部員が、その競技に相応しい服装をするのは、当たり前だ』と言いたげだ。
「三番目の部活を教えるの、嫌がってたじゃん」
「いや、あのときの薄荷ちゃんってさ、なんかこう、女子にエッチな質問する男子みたくキョドッてたから、つい――」
ボクは、開いた口が塞がらない。
ボクが、絶句したものだから、明星様が、質問を続ける。
「すると、綾女ちゃんは、もう何度も『道衣』を着用して、女子相撲部の部活を、長時間こなしてるんだね」
「そ、だよ。我が菖蒲子爵家は、武門の家柄だからね、単に槍が強ければいいというだけじゃなくて、格闘技の習得も必須なんだ」
「『道衣』を着用している際、気持ちが悪くなったり、意識が朦朧となったりしたことは?」
綾女ちゃんは、「うん~」と首を傾げてから、左掌を右拳でポンとたたく。
「頭の中から、『虐殺しろ、鏖殺しろ、殲滅しろ』って声が聞こえるよ。でも、ほら、オレ、菖蒲家の人間だから、難しいこと言われても分かんないし」
『文化部衣装魔法少女』のスイレンレンゲさんも、口を挟む。
「綾女チャン、『水泳部トロピカルランド』のドームを半壊させたあと、『ブッ殺す! 全員ブッ殺す!』って、叫んでいたデス」
「もちろんさ。父上の仇なんだぜ。水泳部のやつらは、全員ブッ殺す」
糖菓ちゃんが、あわあわと割って入る。
「違うんよ。綾女ちゃんのお父さんを殺したのは、『金平水軍』というか、『水泳部』じゃないんよ。『河童水軍』の『水球部』が殺したんよ」
「いや、だって、父上を殺したのは、あの場にいた眼帯男だぜ。あいつ、『水泳部』だろ」
「違う、違うんよ、あの眼帯男――藪睨謀――は、『水球部』のコーチなんよ」
「ホントに? くそ~っ、あの眼帯男に騙されたぜ。あそこで、『庭球部の王子様』に止めて貰わなかったら、水泳部を皆殺しにしちまってたぜ。あっ、あれっ、そうだよ、オレ、眼帯男にトドメを刺してなかったよな?」
「行方不明デス。綾女チャンが、『水泳部トロピカルランド』のドーム半壊させた混乱の中で、たぶん、逃げ失せたデス。ワタシたち、崩れ落ちるドームから、水泳部員を救いだすだけで、手一杯だったデス」
レンゲさんの言葉を、ボクも捕捉する。
「この事件において、水球部員には、十数名の死者と、三十名を超える負傷者がでた。水泳部は、レンゲさんの活躍で、死者一名で済んだ。ただし、その死者って、綾女チャンが来る前、ドームに侵入しようとした謀と水球部員たちの暴行によるものだよ」
「分かった。その謀っていう、水球部コーチの眼帯男と、水球部員の奴らは、父上の仇だ。いずれ、必ず、オレが全員ブッ殺す。だ、か、ら、今は、とりあえず、肉食いに行こうぜ、肉――」
綾女ちゃんの、『服飾の呪い』に関する言いようは、少なからず、強がりを含んでいる気がした。
ボクたち五人は、綾女ちゃんのおごりで、とりあえず、肉を喰いに行った。
ボクなんて、焼肉店自体初めてだ。
どれも、これも、このところ張り詰めていた神経を、蕩けさせるほど旨かった。
綾女ちゃんの嗜好は、柔らかな霜降りのサーロインやリブロースなどではなく、歯ごたえのある赤身のハラミだそうだ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■五月一日 クチナシのお茶会
梔子って、実の口が開かないところから『口無し』の名になったんだって……。
お茶会で、口を開く人がいなかったら、ヤだな。