■四月二七日 魔法學の実習 二回目の四日目
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第二話 運動部衣装魔法少女綾女ちゃんの激怒 その五
ボクの名前は、儚内薄荷。
『セーラー服魔法少女』さ。
ボクたちは、朝から、鹿鳴館學園内にある水泳部棟に来ている。
ボク、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃん、そして、『文化部衣装魔法少女』のスイレンレンゲさんの三人だ。
まだ力を解放できていない、『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様は、お留守番だ。
☆
水泳部と対面する前に、糖菓ちゃんと、水泳部=金平水軍残党の、関係情報を整理しておこう。
糖菓ちゃんが使っている『手甲鉤』という武器には、『鉤の鉤爪』という呼び名がある。
『鉤の鉤爪』があれば、ただの犯罪者集団に落ちぶれつつある『海賊』が、誇り高きヒーローであった時代を取り戻せると言われてる。
これを、十四年前の反乱事件に際し、糖菓ちゃんの実家である『金平水軍』が、『鉤船長』から譲り受けた。
その際の因縁から、二年前、『河童水軍』が、『鉤の鉤爪』を強奪しようと、『金平水軍』を襲った。
だが、肝心の『鉤の鉤爪』が見つからず、糖菓ちゃんの家族は拷問のうえ殺され、糖菓ちゃんは、心にトラウマを負った。
部活強要解禁日、糖菓ちゃんを奪い合った二部活のうち、水泳部が『金平水軍』の残党であり、水球部が『河童水軍』の隠れ簔だと、明らかになった。
そして、水泳部が、糖菓ちゃんの信用を得るために差し出してきたものが、その『鉤の鉤爪』だった。
以上の経緯から、糖菓ちゃんは、水泳部を信じるに価すると考え、近日会って話しをする心づもりでいた。
従って、『金平水軍』の残党である水泳部が、綾女ちゃんの父親を殺害して、家宝の『グングニル』を強奪するようなことはしないはずだとも考えている。
ついでに、ボクの関係情報も整理する。
水泳部は、糖菓ちゃんに『鉤の鉤爪』を差し出す際、同時に、ボクに、小學校時代の友人である喇叭拉太くんの宝物だった『おもちゃの木刀』を差し出してきた。
だから、ボクも、糖菓ちゃんと一緒に、水泳部に会ってみたいと考えていた。
☆
昨日、菖蒲綾女ちゃんはこう叫んでいた。
「水泳部の奴らこそ、父上の仇、金平水軍だ。ブッ殺す!」
確かに、水泳部=金平水軍残党だ。
だけど、糖菓ちゃんも、ボクも水泳部=金平水軍が、悪事を働くとは思っていない。
きっと、綾女ちゃんは、ダマされるか、何か勘違いしているかだ。
とにかく、綾女ちゃんは、父親の仇討ちをしようと、學園の水泳部棟へ向ってきている。
その到着は、今日の午後となる目算だ。
だから、ボクたちは、午前のうちに、水泳部=金平水軍と話し合い、真実を明らかにしたうえで、狂乱状態の綾女ちゃんを制止しようと考えている。
☆
水泳部棟は、巨大なドーム型の建物だった。
水泳部に所属しているのは『金平水軍』の残党ばかりで十名ほどしかいないと聞いている。
なのに、この建物は、数千人は収容できそうな規模だ。
入口の大扉上に、パステルカラーのアーチがあり、そこに『水泳部トロピカルランド』と、太丸ゴチック体で書かれている。
「ナニコレ?」
なんかこう、珍百景でも広がっていそうな、トンデモ施設っぽい。
脱力しそうになったボクたちは、あるものを見つけて、強い緊張感に引き戻された。
アーチの根元に、赤いブーメランパンツの姿の誰かが、倒れていたんだ。
糖菓ちゃんが、「あっ」と声をあげて、そちらに駆け寄る。
ボクと、レンゲさんも、糖菓ちゃんに続く。
蹲っていたのは、先日糖菓ちゃんを連れ去り、水泳部へ勧誘しようとした男子生徒の一人だった。
鋭利な刃物で、腹部を抉られており、周囲に多量の血飛沫や肉片が飛び散っている。
傷口の曲線が、カトラスっぽい。
カトラスていうのは、短い片刃の、反り返った、海賊刀のことだ。
その水泳部員は、既にかなりの時間放置されていたようで、血飛沫は凝結しはじめている。
糖菓ちゃんは、その水泳部員の傍らに屈み込む。
自分が血まみれになることも厭わず、その水泳部員の上半身を抱き寄せる。
水泳部員が、うっすらと目を見開く。
苦しげに、浅い呼吸を繰り返している。
「何があったん。確りするんよ」
糖菓ちゃんは、その水泳部員に呼びかけながら、ボクに視線を向けてきた。
ボクの能力で、治せないかと問いかけてきているのだ。
かなり難しいと思う。
ボクにできるのは、単純な怪我を、無かったことにすることだけだ。
失われた、部位や、生命を、取り戻すことはできない。
この水泳部員は、既に瀕死状態だし、凝固してしまった血は戻せない。
傷の状態からして、内臓が欠損してしまっている可能性も高い。
水泳部員は、自身の状況を省みず、懸命に、何かを糖菓ちゃんに伝えようとしている。
「すっ……水球部の襲撃で……す。やつら……昨日放映された『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』を視聴し……姫様が……『鉤の鉤爪』を使っているのを見たの……です。水泳部員を人質にして……姫様から……、『鉤の鉤爪』を奪うつもり……です。ですから……姫様……中に入っては……なりません。どうか……このまま……お逃げください……」
水泳部員が、言葉を絞り出す横で、ボクは、傷の否定を試みる。
水泳部員の腹部に手を宛てがい、「こんな傷、認めないから!」と叫ぶ。
傷口は、消え失せた。
でも、飛び散った血や肉片は、ほとんど戻せていない。
水泳部員は、「お逃げください」まで言葉にしたところで、喉を詰まらせ、ゴフッと吐血した。
ダメ……やっぱり、掻き出されて凝固してしまった血や内臓は、修復できてない!
水泳部員は、大きく全身を震わせ、カクンと意識を手放した。
「ヤだ! じゃあ、この事態は、『鉤の鉤爪』を不用意に使った、うちのせい、なん! ヤだ! なら、うちが、何とか、せな!」
糖菓ちゃんは、その男子生徒の身体を、そっと横たえてから、立ち上がる。
右手の手甲鉤を振りかぶる。
手甲鉤に、スクール水着から溢れて出てきた水滴が、纏わりついていく。
糖菓ちゃんが、手甲鉤を振り降ろす。
五本の鉤爪から、高圧水流が放たれる。
『水泳部トロピカルランド』の入口扉に、四本の線が走り、ブオンと六つの断片に、切り払われる。
入口扉全体が、スズンと辺りを揺らしながら、砕け落ちる。
糖菓ちゃんは、舞い上がる粉塵の中に、「ヤだ、ヤだ、ヤだ!」と絶叫しながら、『水泳部トロピカルランド』の中へ、跳び込んで――。
転がり落ちた。
長さ五〇メートル、一〇レーン、水深三メートルの競泳プールに――。
糖菓ちゃんは、『スクール水着魔女っ子』ではあるが、まったく泳げない。
水責めの拷問で水死させられかけたことが、彼女のトラウマだからだ。
「うぎゃーーーーーーーーっ!」という糖菓ちゃんの悲鳴が、ゴボゴボと水を呑む音に掻き消され、そのまま、沈んでいく。
レンゲさんが、咄嗟の判断で、糖菓ちゃんが沈んでいった付近の宙空へ転移。
ドボーーンと水面へ落下し、そのまま沈み込んで、糖菓ちゃんの身体を掴む。
そして、自分と、糖菓ちゃんの回りにあった大量の水ごと、再転移で、プールサイドに戻ってきた。
ザブーーンと、散った水流の中から、激しく咳き込む二人の姿が現われる。
糖菓ちゃんは、つい先日、河に落ちたばかりなのに、今度はプールに落ちた。
恐怖のあまり、心神喪失直前だ。
レンゲさんは、糖菓の介抱にあたっている。
今、動けるのはボクだけだ。
『水泳部トロピカルランド』の中を見回す。
競泳プールの先に、流れるプール。
その先には、ウォータースライダーと、飛込競技用プールまである。
後から聞いた話しだけど、かつて、海賊が、青少年あこがれの職業であった時代があったそうだ。
その頃は、『海賊』、『水軍』、『バイキング』、『パイレーツ』などのロールを持つ者が大勢いた。
この『水泳部トロピカルランド』は、その頃の名残らしい。
だけど、今や、ヒーローとしての海賊を目指す水泳部員は、僅かな『金平水軍』残党だけだ。
盗賊に近い無頼の徒なら、怪盗義賊育成科に、まだ数百人ほど海賊系のロール持ちがいる。
だけど、そいつらは、水球部や、競泳部へ入部してしまうらしい。
ボクは、そんな理由で閑散としている『水泳部トロピカルランド』内を見回す。
飛込競技用プールのあたりにだけ、人影が集まっている。
一〇メートルもの高さがある飛込台から、突き出た飛込板に、三人ほど乗せられていて、飛込台やプールの回りに、かなりの人数がいる。
そっちの方から、男の野太い怒声が聞こえてきた。
「金平糖菓! 『金平水軍』の残党を助けたくば、おとなしく、『鉤の鉤爪』を返せ! そいつは、俺ら『河童水軍』から、『金平水軍』が掠め取ったお宝だ!
ボクは、その飛込競技用のプールを指さして、「レンゲさん、ボクをあそこへ」とお願いした。
レンゲさんは、瞬時にボクの意を汲む。
糖菓ちゃんをその場に残して、ボクに触れ、一緒に、飛込台の真上へ転移。
更に、自分だけ糖菓ちゃんのもとへ戻るという早業をやってみせた。
ボクの出現先は、飛込台の真上、一メートルほどの位置だった。
ボクはピンクのノースリーブミニワンピセーラー服の裾を翻して、ストンと飛込台に降り立った。
飛込台から突き出た、飛込板に乗せられているのは赤いブーメランパンツの男子二人と、赤い競泳水着の女子一人だ。
揃いの水泳帽に、『鹿鳴館學園水泳部』の文字が見える。
その怯えた様子を注視して、驚いた。
三人とも、両手両脚を縛られ、片足首には、鉄球付の鎖が嵌められている。
飛び込み競技用のプールは、水深が五メートル以上ある。
このまま落とされたら、泳ぎが得意な水泳部員であろうと、絶対に助からない。
振り返ると、『鹿鳴館學園水球部』と書かれた水泳帽に、青いブーメランパンツの男子二人がいて、それぞれデッキブラシを構えている。
たぶん、ボクたちが取引に応じなかったら、手にしたデッキブラシで、水泳部の三人を、プールに落とすつもりだったのだ。
ボクは、水球部の二人を、順に指さし、「ムリ! ムリ!」と叫んで、『拒否』の力で跳ね飛ばした。
二人が落ちた先は、プールサイド側だから、水がない。
無事で済んだはずはないが、二人がどうなったか視認する勇気はない。
男の下卑た怒声が、下から聞こえてきた。
「儚内薄荷、パンツ、まる見えだぞ!」
下を見ると、飛込競技用プールの周囲を、百人以上の、ブーメランパンツ男子や、競泳水着女子が取り囲んでいる。
ここにいるのって、みんな、水球部員なの?
いや、拘束されてる数名だけは、水泳部員みたい。
とにかく、その水着集団が、飛込台上に突如出現したボクを見上げている。
ボクは、自分の置かれた状態に、初めて、思い至った。
今のボクは、『体育服』だ。
つまり、ノースリーブ、ミニスカ、ワンピのセーラー服で、その下は、女性用パンティーだ。
そんなボクのワンピの中を、大勢が、下から見上げている。
「ウギャーッ!」
ボクは恥も外聞も無く、悲鳴をあげた。
下から見上げてくる視線から逃げようと、飛込台上で右往左往し、あげく、自分からプールへと、まろび落ちた。
ボクは、糖菓ちゃんと違って泳げる。
泳げはするんだけど、恥ずかしくて、もう、一生プールから上がれない。
だって、このセーラー服もパンティーも、薄いシルク生地なんだもん。
「儚内薄荷、服が透けてるぞ!」
またしても、男の下卑た怒声だ。
ボクは、立ち泳ぎしながら、声のした方を見る。
無精髭を生やし、片目にドクロマークの眼帯をした四十代の男が、プールサイドにしゃがんでいた。
この外見なのに、『鹿鳴館學園水球部コーチ』と書かれた水泳帽を、きちんと被って、青いブーメランパンツを履いている。
ボクは、顔を真っ赤にしながら、言い返してやった。
「ちゃんと、下着を着てるから、恥ずかしくない……も……ん」
ボクは、その眼帯男を睨みつけて、拒否の力を爆発させようとした。
「やっぱ、恥ずかしいから、ゼッタイ、ム――」
「おっと、待った。テメエが、能力を発動させたら、コイツらの命は、ねぇぞ!」
眼帯男の指し示す先には、両手両脚を縛られた、六人の水泳部員たち。
周りの水球部員が、手にしたカトラスを、その六人の水泳部員の首元に突きつけている。
そのタイミングで、飛込台の上に、糖菓ちゃんを抱いた、レンゲさんが転移してきた。
眼帯男が、飛込台上の二人へ目をやる。
「テメエらも、そこを動くんじゃねぇぞ!」
レンゲさんは、自分自身と、自分が触れている相手しか、転移させられない。
この状況では、身動きできないようだ。
眼帯男が、再び、ボクに、目を向ける。
「儚内薄荷、そして、金平糖菓、テメエら二人に、水泳部のキャプテンを紹介してやろうじゃねぇか」
眼帯男が、拘束されている水泳部員の一人の赤いブーメランパンツを掴んで、自分の方へ、引き寄せた。
この赤ブーメランの顔は、覚えてる。
部活強要解禁日に、糖菓ちゃんを強制入部させようとした水泳部員の一人だ。
眼帯男が、意味ありげに、ほくそ笑む。
「この水泳部キャプテンの名は、喇叭辣人だ」
ボクは、ハッとした。
この人、白鼠小學校で、ボクと一緒にロールを受けた友だち、喇叭拉太くんの、お兄さんだ。
小學生の頃、拉太くんと一緒に、辣人さんとも、遊んでもらった記憶がある。
成長して、顔立ちが変わっているから、気がつかなかった。
「俺は、藪睨謀だ。河童水軍から、皇都トリスと鹿鳴館學園に関する、しのぎの一切を任されている。表向きの肩書きは、鹿鳴館學園水球部コーチだ」
「金平糖菓、テメエが、状況を把握できてないみたいだから、俺がきちんとコーチしてやろう。十四年前、俺たち、河童水軍が手にするはずだった、『鉤の鉤爪』を、テメエら金平水軍が、横取りしやがったことが、事の発端だ」
「二年前、河童水軍は、そいつを奪い返そうと、金平水軍の本拠地を襲い、壊滅させた。おっと、睨むなよ。テメエの一族を殺し、テメエにトラウマを植え付けたのは、俺じゃねえ。やったのは、東のアヤトリ市沖にあるフェロモン諸島に根城を持つ、河童水軍本隊だ。」
「だけど、本隊は、そこまでやっておきながら、『鉤の鉤爪』を見つけ出せなかった。襲撃を予見した金平水軍が、予め、忠臣たちを國中に逃がし、そのうちの一人に『鉤の鉤爪』を託したからだ」
「ところがだ、昨日放映された『「服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ 第二話 運動部衣装魔法少女綾女ちゃんの激怒 その三』を見て、驚いたぜ。金平糖菓、テメエが、その『鉤の鉤爪』を身につけて、暴れ回ってるじゃねぇか。怒りを通り越して、笑っちまったぜ」
糖菓ちゃんが、悔しげに、右掌に装着した手甲鉤をさする。
「水泳部を襲ったのは、うちが、この手甲鉤をつけてテレビに出たからなん?」
「そういうこった。そもそも、俺たち水球部の任務のひとつは、水泳部=金平水軍残党の監視だ。だけどよう、まさか、とっくに、この學園内に『鉤の鉤爪』が持ち込まれていようとは、思ってもみなかったぜ」
「それはともかく、俺たち水球部の主要な収入源は、召喚勇者のコレクション協力だ。あいつ、武器と女の収集するためなら、國庫から、いくらでも金を調達してきやがる。最高の金蔓なんだ。二年前、本隊が金平水軍の本拠地を襲ってたのと同じ頃、俺たち水球部は、召喚勇者の武器コレンションに協力していた。菖蒲子爵家をダマくらかして、当主の決を殺害し、グングニルを納品した」
「そして、今度は、召喚勇者の女コレンションに協力し、菖蒲綾女を納品した。まあ、納品後に逃げ出しちまったみたいだが、ちゃんと納品したんだから、俺たちには問題ねえ」
「それに、綾女が、父親を殺してグングニルを強奪した犯人と、今回の自身を誘拐した犯人を、勘違いするよう仕組んでおいた。両方とも、俺たち水球部=河童水軍の仕業なのに、綾女は、水泳部=金平水軍の仕業だと思い込んでいる。笑えるだろう」
「で、水泳部=金平水軍をぶっ殺すだけなら、綾女に任せといていいんだが、俺たちは、何としても『鉤の鉤爪』を取り返したい。だからこうして金平水軍残党を人質にして、糖菓、テメエがやって来るのを、こうして待ってたってわけだ」
「さあ、糖菓、テメエのせいで人質になっちまった、忠臣である水泳部の連中を救いたきゃ、大人しく、その手甲鉤=『鉤の鉤爪』を、こっちに、よこしな」
糖菓ちゃんは、悔しげに、全身を震わせている。
目から、涙が、溢れでている。
それでも、ただの手甲鉤より、何代等も渡って金平家に仕え続けてきてくれた忠臣たちの命の方が大切だ。
右掌に装着した手甲鉤を、左手で抜き取る。
それを、眼帯男=謀に投げつけようと、振りかぶる。
その様子を見た、辣人水泳部長が、叫ぶ。
「姫様、なりません。その『鉤の鉤爪』には、我ら海賊の、そして義賊全体の未来が託されています。こんな悪党に渡しては――」
唐突に、耳をつんざかんばかりの轟音が鳴り響いた。
『水泳部トロピカルランド』の巨大ドームが、土台から、激しく揺れた。
ガラガラとドームの半分近くが、倒壊していく。
床面や、プールの水面に、構造物が落下し、埃と、水煙が、巻き起こった。
倒壊したのが入口に近い競泳プール側だったので、最奥の飛込競技用プール脇にいた者たちは、爆風で、プールにたたき込まれたりしただけで、無事だった。
しかしながら、少し離れたところにいた者たちは、無事では済まない。
かなりの人数が、倒壊に巻き込まれて、瓦礫の下敷きとなった。
水泳部員は、悲惨な状況だ。
飛込板上に居た三人は、拘束され、鉄球を足首につけられた状態で、プールに落ちた。
プールサイドの六人は、拘束されているだけではあったが、やっぱりプールに落ちた。
咄嗟の判断で、レンゲさんが、小刻みな転移を繰り返し、糖菓ちゃんや、水泳部員たちを、安全な場所に避難させていく。
粉塵の中から、一人の少女が、『水泳部トロピカルランド』内に、その姿を現わした。
『運動部衣装魔法少女』菖蒲綾女ちゃんだ。
それは、あり得ないことだった。
どんなにガンバッテも、彼女が、ここに到達するのは、まだ三時間以上先のはずなのだ。
ボクは、その無事の確認と、こんなにも早くやって来れた理由を求めて、綾女ちゃんの姿を凝視した。
そして、頭を抱える。
綾女ちゃんの衣装が、禁断の『道衣』に替わっていた。
綾女ちゃんの『道衣』は、なんと、女子相撲部の衣装だった。
『平服』や『体育服』と同じ若葉色の、『すもうまわし』姿。
もちろん、『すもうまわし』と言っても、女相撲だから、『まわし』のみなんてことはない。
ちゃんと、レスリングレオタードを着たうえに、『まわし』をつけている。
でもね、そうは言っても、『まわし』だよ。
つまり、『ふんどし』だよ。
ボクなんて、オトコノコだけど、『ふんどし』一丁は、ちょっと、ムリ。
綾女ちゃん以外の、『服飾に呪われた魔法少女』は、平素は極力『平服』で過ごし、力の行使に迫られたときだけ、『体育服』にチェンジしている。
『平服』より『体育服』の方が、衣装の恥ずかしさが増すこともあるけど、それより何より、『服飾の呪い』が強まることを、恐れているからだ。
そんななか、綾女ちゃんだけは、『平服』と『体育服』の違いに無頓着だった。
普段から、その日の部活に合わせて、『平服』のテニスウェアと、『体育服』の陸上ウェアを併用していた。
恥ずかしがる様子も、呪いの顕現を恐れる様子もなく、『体育服』で學園内を闊歩していた。
だけど、そんな綾女ちゃんですら、『道衣』姿になることは、警戒していた。
状況から見て、この『道衣』チェンジは、綾女ちゃんの意思ではない。
綾女ちゃんの意思を乗っ取った『呪われた服飾』が、もっと力を引きだそうとして、『道衣』チェンジを強要したんだ。
推測になるけど、昨夜、綾女ちゃんは、陽が落ちて足下を視認できなくなり、狂乱状態のまま眠りに就いた。
そして、夜明けとともに、目覚めたときには、『呪われた服飾』が、完全に意識を乗っ取っていた。
『呪われた服飾』は、綾女ちゃんを暴発させるため、手始めに、服飾を『道衣』にチェンジさせた。
そして、人間の限界を凌駕した爆速で、ここまで駆けてきた。
更には、その勢いのままに、『水泳部トロピカルランド』のドームを、一撃で半壊させたのだ。
綾女ちゃんは、粉塵の中。悪鬼のごとき表情で、仁王立ちしている。
「殺す、殺す、ブッ殺す! 全員ブッ殺す!」
昨日なら、まだ、殺す対象が、水泳部=金平水軍と認識できていた。
ちゃんと説明すれば、本当の敵は、水球部=河童水軍だと、訂正することもできたかもしれない。
だけど、もはや、そんなことは、ムリだ。
だって、『呪われた服飾』に乗っ取られた綾女ちゃんにとって、敵味方とかどうでもよいことで、全部ぶっ壊すつもりなのだ。
この『水泳部トロピカルランド』だけで済むとは思えない。
鹿鳴館學園全域が、壊滅しそうだ。
もしかしたら、皇都トリスまで、被害が及ぶかもしれない。
待ったなしの状況だ。
一刻の猶予もならない。
ボクは迷わず、昨夜、『舞踏衣装魔法少女』宝生明星様からの提案で、昨夜のうちにお願いした最終兵器彼氏を使用することを決断した。
「庭球部キャプテン、白金鍍金第二皇子、出番ですよ! 庭球部員菖蒲綾女への熱血指導をお願いします!」
「おう、待ちくたびれたぜ」
最終兵器彼氏であるところの鍍金様が、粉塵の中から姿を現わした。
『庭球部の皇子様』の呼び名に相応しい、純白のテニスウェアだ。
鍍金様は、學生寮の出発時からずっと、ボクたちの後を付いて来てくれていたんだ。
「綾女、お前に、庭球部キャプテンであるこの俺様が、鹿鳴館學園庭球部最終奥義を、直々伝授する!」
鍍金様が、そう呼びかけると、服飾の呪いに囚われているはずの綾女ちゃんが、ピクリと反応し、振り返った。
鍍金様と、綾女ちゃんは、流れるプールを挟んで、対峙した。
「綾女、お前の魂で、俺様の魂の一打『超ウルトラグレートデリシャスロンギヌス』を受け止めてみせろ!」
綾女ちゃんは、身を低くして、手にしていた『グングニル』を、テニスラケットのように構えた。
鍍金様が、そんな綾女ちゃんを、怒鳴りつける。
「愚か者! 神の遊技たるテニスを愚弄するのか! その服装は、なんだ! 神聖なるテニスコートに立つのであれば、テニスウェアに着替えよ!」
綾女ちゃんが頷き、その服装が、瞬時に、テニスウェアへと替わった。
それは、綾女ちゃんの――『平服』だ。
『道衣』の綾女ちゃんを包み込むように燃えたぎっていた呪いの力が、二段階キャパシティが小さい『平服』の中で、行き場を失う。
呪いは、ぷしゅぷしゅと、熱を吹き出しながら、綾女ちゃんの中へ、ゴボゴボと沈み込んでいく。
そして……綾女ちゃんは、その場に昏倒した。
よほど、負荷が大きかったらしい。
鍍金様が、ボクの方を向いて、親指を立てる。
ボクも、親指を立てて返した。
「薄荷、昨日の電話で約束した通り、これで、お前は、俺様のものだ」
「そ、そんなお約束、してません。お約束したのは、『綾女ちゃんの呪いを鎮めることができたら、前期末の舞踏会で、一度だけダンスのお相手をいたします』ってことだけですよね」
怒鳴り返すボクの顔のアップで、番組放送が終了した。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月二九日 魔法少女育成棟保健室
綾女ちゃんが目覚めないんですけど……。
『服飾の呪い』が、かなり進行しちゃってるみたい。
■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
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