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■四月二七日 魔法學の実習 二回目の四日目

  ♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ

  ♥♥♥第二話 運動部衣装魔法少女綾女(あやめ)ちゃんの激怒 その五


 ボクの名前は、儚内(はかない)薄荷(はっか)

 『セーラー服魔法少女』さ。


 ボクたちは、朝から、鹿鳴館學園内にある水泳部棟に来ている。

 ボク、『スクール水着魔女っ子』の金平(こんぺい)糖菓(とうか)ちゃん、そして、『文化部衣装魔法少女』のスイレン(睡蓮)レンゲ(蓮華)さんの三人だ。

 まだ力を解放できていない、『舞踏衣装魔法少女』の宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)様は、お留守番だ。


 ☆


 水泳部と対面する前に、糖菓(とうか)ちゃんと、水泳部=金平(かねひら)水軍残党の、関係情報を整理しておこう。


 糖菓(とうか)ちゃんが使っている『手甲鉤(てっこうかぎ)』という武器には、『(フック)の鉤爪』という呼び名がある。

 『(フック)の鉤爪』があれば、ただの犯罪者集団に落ちぶれつつある『海賊』が、誇り高きヒーローであった時代を取り戻せると言われてる。

 これを、十四年前の反乱事件に際し、糖菓(とうか)ちゃんの実家である『金平(かねひら)水軍』が、『(フック)船長』から譲り受けた。

 その際の因縁から、二年前、『河童(かっぱ)水軍』が、『(フック)の鉤爪』を強奪しようと、『金平(かねひら)水軍』を襲った。

 だが、肝心の『(フック)の鉤爪』が見つからず、糖菓(とうか)ちゃんの家族は拷問のうえ殺され、糖菓(とうか)ちゃんは、心にトラウマを負った。


 部活強要解禁日、糖菓(とうか)ちゃんを奪い合った二部活のうち、水泳部が『金平(かねひら)水軍』の残党であり、水球部が『河童(かっぱ)水軍』の隠れ簔だと、明らかになった。

 そして、水泳部が、糖菓(とうか)ちゃんの信用を得るために差し出してきたものが、その『(フック)の鉤爪』だった。


 以上の経緯から、糖菓(とうか)ちゃんは、水泳部を信じるに価すると考え、近日会って話しをする心づもりでいた。

 従って、『金平(かねひら)水軍』の残党である水泳部が、綾女(あやめ)ちゃんの父親を殺害して、家宝の『グングニル』を強奪するようなことはしないはずだとも考えている。


 ついでに、ボクの関係情報も整理する。


 水泳部は、糖菓(とうか)ちゃんに『(フック)の鉤爪』を差し出す際、同時に、ボクに、小學校時代の友人である喇叭(らっぱ)拉太(らった)くんの宝物だった『おもちゃの木刀』を差し出してきた。

 だから、ボクも、糖菓(とうか)ちゃんと一緒に、水泳部に会ってみたいと考えていた。


 ☆


 昨日、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)ちゃんはこう叫んでいた。

 「水泳部の奴らこそ、父上の仇、金平(かねひら)水軍だ。ブッ殺す!」


 確かに、水泳部=金平(かねひら)水軍残党だ。

 だけど、糖菓(とうか)ちゃんも、ボクも水泳部=金平(かねひら)水軍が、悪事を働くとは思っていない。

 きっと、綾女(あやめ)ちゃんは、ダマされるか、何か勘違いしているかだ。


 とにかく、綾女(あやめ)ちゃんは、父親の仇討ちをしようと、學園の水泳部棟へ向ってきている。

 その到着は、今日の午後となる目算だ。


 だから、ボクたちは、午前のうちに、水泳部=金平(かねひら)水軍と話し合い、真実を明らかにしたうえで、狂乱状態の綾女(あやめ)ちゃんを制止しようと考えている。


 ☆


 水泳部棟は、巨大なドーム型の建物だった。

 水泳部に所属しているのは『金平(かねひら)水軍』の残党ばかりで十名ほどしかいないと聞いている。

 なのに、この建物は、数千人は収容できそうな規模だ。


 入口の大扉上に、パステルカラーのアーチがあり、そこに『水泳部トロピカルランド』と、太丸ゴチック体で書かれている。

 「ナニコレ?」

 なんかこう、珍百景でも広がっていそうな、トンデモ施設っぽい。


 脱力しそうになったボクたちは、あるものを見つけて、強い緊張感に引き戻された。

 アーチの根元に、赤いブーメランパンツの姿の誰かが、倒れていたんだ。


 糖菓(とうか)ちゃんが、「あっ」と声をあげて、そちらに駆け寄る。

 ボクと、レンゲ(蓮華)さんも、糖菓(とうか)ちゃんに続く。


 蹲っていたのは、先日糖菓(とうか)ちゃんを連れ去り、水泳部へ勧誘しようとした男子生徒の一人だった。

 鋭利な刃物で、腹部を抉られており、周囲に多量の血飛沫や肉片が飛び散っている。


 傷口の曲線が、カトラスっぽい。

 カトラスていうのは、短い片刃の、反り返った、海賊刀のことだ。


 その水泳部員は、既にかなりの時間放置されていたようで、血飛沫は凝結しはじめている。


 糖菓(とうか)ちゃんは、その水泳部員の傍らに屈み込む。

 自分が血まみれになることも厭わず、その水泳部員の上半身を抱き寄せる。


 水泳部員が、うっすらと目を見開く。

 苦しげに、浅い呼吸を繰り返している。


 「何があったん。確りするんよ」

 糖菓(とうか)ちゃんは、その水泳部員に呼びかけながら、ボクに視線を向けてきた。

 ボクの能力で、治せないかと問いかけてきているのだ。


 かなり難しいと思う。

 ボクにできるのは、単純な怪我を、無かったことにすることだけだ。

 失われた、部位や、生命を、取り戻すことはできない。

 この水泳部員は、既に瀕死状態だし、凝固してしまった血は戻せない。

 傷の状態からして、内臓が欠損してしまっている可能性も高い。


 水泳部員は、自身の状況を省みず、懸命に、何かを糖菓(とうか)ちゃんに伝えようとしている。

「すっ……水球部の襲撃で……す。やつら……昨日放映された『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ』を視聴し……姫様が……『(フック)の鉤爪』を使っているのを見たの……です。水泳部員を人質にして……姫様から……、『(フック)の鉤爪』を奪うつもり……です。ですから……姫様……中に入っては……なりません。どうか……このまま……お逃げください……」


 水泳部員が、言葉を絞り出す横で、ボクは、傷の否定を試みる。

 水泳部員の腹部に手を宛てがい、「こんな傷、認めないから!」と叫ぶ。


 傷口は、消え失せた。

 でも、飛び散った血や肉片は、ほとんど戻せていない。


 水泳部員は、「お逃げください」まで言葉にしたところで、喉を詰まらせ、ゴフッと吐血した。


 ダメ……やっぱり、掻き出されて凝固してしまった血や内臓は、修復できてない!


 水泳部員は、大きく全身を震わせ、カクンと意識を手放した。


 「ヤだ! じゃあ、この事態は、『(フック)の鉤爪』を不用意に使った、うちのせい、なん! ヤだ! なら、うちが、何とか、せな!」

 糖菓(とうか)ちゃんは、その男子生徒の身体を、そっと横たえてから、立ち上がる。


 右手の手甲鉤(てっこうかぎ)を振りかぶる。

 手甲鉤(てっこうかぎ)に、スクール水着から溢れて出てきた水滴が、纏わりついていく。


 糖菓(とうか)ちゃんが、手甲鉤(てっこうかぎ)を振り降ろす。

 五本の鉤爪から、高圧水流が放たれる。

 『水泳部トロピカルランド』の入口扉に、四本の線が走り、ブオンと六つの断片に、切り払われる。

 入口扉全体が、スズンと辺りを揺らしながら、砕け落ちる。


 糖菓(とうか)ちゃんは、舞い上がる粉塵の中に、「ヤだ、ヤだ、ヤだ!」と絶叫しながら、『水泳部トロピカルランド』の中へ、跳び込んで――。


 転がり落ちた。

 長さ五〇メートル、一〇レーン、水深三メートルの競泳プールに――。


 糖菓(とうか)ちゃんは、『スクール水着魔女っ子』ではあるが、まったく泳げない。

 水責めの拷問で水死させられかけたことが、彼女のトラウマだからだ。

 

 「うぎゃーーーーーーーーっ!」という糖菓(とうか)ちゃんの悲鳴が、ゴボゴボと水を呑む音に掻き消され、そのまま、沈んでいく。


 レンゲ(蓮華)さんが、咄嗟の判断で、糖菓(とうか)ちゃんが沈んでいった付近の宙空へ転移。

 ドボーーンと水面へ落下し、そのまま沈み込んで、糖菓(とうか)ちゃんの身体を掴む。

 そして、自分と、糖菓(とうか)ちゃんの回りにあった大量の水ごと、再転移で、プールサイドに戻ってきた。

 ザブーーンと、散った水流の中から、激しく咳き込む二人の姿が現われる。


 糖菓(とうか)ちゃんは、つい先日、河に落ちたばかりなのに、今度はプールに落ちた。

 恐怖のあまり、心神喪失直前だ。

 レンゲ(蓮華)さんは、糖菓(とうか)の介抱にあたっている。


 今、動けるのはボクだけだ。


 『水泳部トロピカルランド』の中を見回す。

 競泳プールの先に、流れるプール。

 その先には、ウォータースライダーと、飛込競技用プールまである。


 後から聞いた話しだけど、かつて、海賊が、青少年あこがれの職業であった時代があったそうだ。

 その頃は、『海賊』、『水軍』、『バイキング』、『パイレーツ』などのロールを持つ者が大勢いた。


 この『水泳部トロピカルランド』は、その頃の名残らしい。

 だけど、今や、ヒーローとしての海賊を目指す水泳部員は、僅かな『金平(かねひら)水軍』残党だけだ。


 盗賊に近い無頼の徒なら、怪盗義賊育成科に、まだ数百人ほど海賊系のロール持ちがいる。

 だけど、そいつらは、水球部や、競泳部へ入部してしまうらしい。


 ボクは、そんな理由で閑散としている『水泳部トロピカルランド』内を見回す。

 飛込競技用プールのあたりにだけ、人影が集まっている。


 一〇メートルもの高さがある飛込台から、突き出た飛込板に、三人ほど乗せられていて、飛込台やプールの回りに、かなりの人数がいる。


 そっちの方から、男の野太い怒声が聞こえてきた。

 「金平(こんぺい)糖菓(とうか)! 『金平(かねひら)水軍』の残党を助けたくば、おとなしく、『(フック)の鉤爪』を返せ! そいつは、俺ら『河童(かっぱ)水軍』から、『金平(かねひら)水軍』が掠め取ったお宝だ!


 ボクは、その飛込競技用のプールを指さして、「レンゲ(蓮華)さん、ボクをあそこへ」とお願いした。

 レンゲ(蓮華)さんは、瞬時にボクの意を汲む。

 糖菓(とうか)ちゃんをその場に残して、ボクに触れ、一緒に、飛込台の真上へ転移。

 更に、自分だけ糖菓(とうか)ちゃんのもとへ戻るという早業をやってみせた。


 ボクの出現先は、飛込台の真上、一メートルほどの位置だった。

 ボクはピンクのノースリーブミニワンピセーラー服の裾を翻して、ストンと飛込台に降り立った。

 

 飛込台から突き出た、飛込板に乗せられているのは赤いブーメランパンツの男子二人と、赤い競泳水着の女子一人だ。

 揃いの水泳帽に、『鹿鳴館學園水泳部』の文字が見える。


 その怯えた様子を注視して、驚いた。

 三人とも、両手両脚を縛られ、片足首には、鉄球付の鎖が嵌められている。


 飛び込み競技用のプールは、水深が五メートル以上ある。

 このまま落とされたら、泳ぎが得意な水泳部員であろうと、絶対に助からない。


 振り返ると、『鹿鳴館學園水球部』と書かれた水泳帽に、青いブーメランパンツの男子二人がいて、それぞれデッキブラシを構えている。

 たぶん、ボクたちが取引に応じなかったら、手にしたデッキブラシで、水泳部の三人を、プールに落とすつもりだったのだ。


 ボクは、水球部の二人を、順に指さし、「ムリ! ムリ!」と叫んで、『拒否』の力で跳ね飛ばした。

 二人が落ちた先は、プールサイド側だから、水がない。

 無事で済んだはずはないが、二人がどうなったか視認する勇気はない。


 男の下卑た怒声が、下から聞こえてきた。

 「儚内(はかない)薄荷(はっか)、パンツ、まる見えだぞ!」


 下を見ると、飛込競技用プールの周囲を、百人以上の、ブーメランパンツ男子や、競泳水着女子が取り囲んでいる。

 ここにいるのって、みんな、水球部員なの?

 いや、拘束されてる数名だけは、水泳部員みたい。


 とにかく、その水着集団が、飛込台上に突如出現したボクを見上げている。


 ボクは、自分の置かれた状態に、初めて、思い至った。

 今のボクは、『体育服』だ。

 つまり、ノースリーブ、ミニスカ、ワンピのセーラー服で、その下は、女性用パンティーだ。

 そんなボクのワンピの中を、大勢が、下から見上げている。


 「ウギャーッ!」

 ボクは恥も外聞も無く、悲鳴をあげた。

 下から見上げてくる視線から逃げようと、飛込台上で右往左往し、あげく、自分からプールへと、まろび落ちた。


 ボクは、糖菓(とうか)ちゃんと違って泳げる。

 泳げはするんだけど、恥ずかしくて、もう、一生プールから上がれない。

 だって、このセーラー服もパンティーも、薄いシルク生地なんだもん。


 「儚内(はかない)薄荷(はっか)、服が透けてるぞ!」

 またしても、男の下卑た怒声だ。


 ボクは、立ち泳ぎしながら、声のした方を見る。

 無精髭を生やし、片目にドクロマークの眼帯をした四十代の男が、プールサイドにしゃがんでいた。

 この外見なのに、『鹿鳴館學園水球部コーチ』と書かれた水泳帽を、きちんと被って、青いブーメランパンツを履いている。


 ボクは、顔を真っ赤にしながら、言い返してやった。

 「ちゃんと、下着を着てるから、恥ずかしくない……も……ん」


 ボクは、その眼帯男を睨みつけて、拒否の力を爆発させようとした。

 「やっぱ、恥ずかしいから、ゼッタイ、ム――」


 「おっと、待った。テメエが、能力を発動させたら、コイツらの命は、ねぇぞ!」


 眼帯男の指し示す先には、両手両脚を縛られた、六人の水泳部員たち。

 周りの水球部員が、手にしたカトラスを、その六人の水泳部員の首元に突きつけている。


 そのタイミングで、飛込台の上に、糖菓とうかちゃんを抱いた、レンゲ(蓮華)さんが転移してきた。


 眼帯男が、飛込台上の二人へ目をやる。

 「テメエらも、そこを動くんじゃねぇぞ!」


 レンゲ(蓮華)さんは、自分自身と、自分が触れている相手しか、転移させられない。

 この状況では、身動きできないようだ。


 眼帯男が、再び、ボクに、目を向ける。

 「儚内(はかない)薄荷(はっか)、そして、金平(こんぺい)糖菓(とうか)、テメエら二人に、水泳部のキャプテンを紹介してやろうじゃねぇか」


 眼帯男が、拘束されている水泳部員の一人の赤いブーメランパンツを掴んで、自分の方へ、引き寄せた。

 この赤ブーメランの顔は、覚えてる。

 部活強要解禁日に、糖菓(とうか)ちゃんを強制入部させようとした水泳部員の一人だ。


 眼帯男が、意味ありげに、ほくそ笑む。

 「この水泳部キャプテンの名は、喇叭(らっぱ)辣人(らっと)だ」


 ボクは、ハッとした。

 この人、白鼠小學校で、ボクと一緒にロールを受けた友だち、喇叭(らっぱ)拉太(らった)くんの、お兄さんだ。

 小學生の頃、拉太(らった)くんと一緒に、辣人(らっと)さんとも、遊んでもらった記憶がある。

 成長して、顔立ちが変わっているから、気がつかなかった。


 「俺は、藪睨(やぶにらみ)(たばかる)だ。河童(かっぱ)水軍から、皇都トリスと鹿鳴館學園に関する、しのぎの一切を任されている。表向きの肩書きは、鹿鳴館學園水球部コーチだ」


 「金平(こんぺい)糖菓(とうか)、テメエが、状況を把握できてないみたいだから、俺がきちんとコーチしてやろう。十四年前、俺たち、河童(かっぱ)水軍が手にするはずだった、『(フック)の鉤爪』を、テメエら金平(かねひら)水軍が、横取りしやがったことが、事の発端だ」


 「二年前、河童(かっぱ)水軍は、そいつを奪い返そうと、金平(かねひら)水軍の本拠地を襲い、壊滅させた。おっと、睨むなよ。テメエの一族を殺し、テメエにトラウマを植え付けたのは、俺じゃねえ。やったのは、東のアヤトリ市沖にあるフェロモン諸島に根城を持つ、河童(かっぱ)水軍本隊だ。」


 「だけど、本隊は、そこまでやっておきながら、『(フック)の鉤爪』を見つけ出せなかった。襲撃を予見した金平(かねひら)水軍が、予め、忠臣たちを國中に逃がし、そのうちの一人に『(フック)の鉤爪』を託したからだ」


 「ところがだ、昨日放映された『「服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ 第二話 運動部衣装魔法少女綾女(あやめ)ちゃんの激怒 その三』を見て、驚いたぜ。金平(こんぺい)糖菓(とうか)、テメエが、その『(フック)の鉤爪』を身につけて、暴れ回ってるじゃねぇか。怒りを通り越して、笑っちまったぜ」


 糖菓(とうか)ちゃんが、悔しげに、右掌に装着した手甲鉤をさする。

 「水泳部を襲ったのは、うちが、この手甲鉤をつけてテレビに出たからなん?」


 「そういうこった。そもそも、俺たち水球部の任務のひとつは、水泳部=金平(かねひら)水軍残党の監視だ。だけどよう、まさか、とっくに、この學園内に『(フック)の鉤爪』が持ち込まれていようとは、思ってもみなかったぜ」


 「それはともかく、俺たち水球部の主要な収入源は、召喚勇者のコレクション協力だ。あいつ、武器と女の収集するためなら、國庫から、いくらでも金を調達してきやがる。最高の金蔓なんだ。二年前、本隊が金平(かねひら)水軍の本拠地を襲ってたのと同じ頃、俺たち水球部は、召喚勇者の武器コレンションに協力していた。菖蒲(しょうぶ)子爵家をダマくらかして、当主の(きめる)を殺害し、グングニルを納品した」


 「そして、今度は、召喚勇者の女コレンションに協力し、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)を納品した。まあ、納品後に逃げ出しちまったみたいだが、ちゃんと納品したんだから、俺たちには問題ねえ」


 「それに、綾女(あやめ)が、父親を殺してグングニルを強奪した犯人と、今回の自身を誘拐した犯人を、勘違いするよう仕組んでおいた。両方とも、俺たち水球部=河童(かっぱ)水軍の仕業なのに、綾女(あやめ)は、水泳部=金平(かねひら)水軍の仕業だと思い込んでいる。笑えるだろう」


 「で、水泳部=金平(かねひら)水軍をぶっ殺すだけなら、綾女(あやめ)に任せといていいんだが、俺たちは、何としても『(フック)の鉤爪』を取り返したい。だからこうして金平(かねひら)水軍残党を人質にして、糖菓(とうか)、テメエがやって来るのを、こうして待ってたってわけだ」


 「さあ、糖菓(とうか)、テメエのせいで人質になっちまった、忠臣である水泳部の連中を救いたきゃ、大人しく、その手甲鉤=『(フック)の鉤爪』を、こっちに、よこしな」


 糖菓(とうか)ちゃんは、悔しげに、全身を震わせている。

 目から、涙が、溢れでている。

 それでも、ただの手甲鉤より、何代等も渡って金平(かねひら)家に仕え続けてきてくれた忠臣たちの命の方が大切だ。


 右掌に装着した手甲鉤を、左手で抜き取る。

 それを、眼帯男=(たばかる)に投げつけようと、振りかぶる。


 その様子を見た、辣人(らっと)水泳部長が、叫ぶ。

 「姫様、なりません。その『(フック)の鉤爪』には、我ら海賊の、そして義賊全体の未来が託されています。こんな悪党に渡しては――」


 唐突に、耳をつんざかんばかりの轟音が鳴り響いた。

 『水泳部トロピカルランド』の巨大ドームが、土台から、激しく揺れた。

 ガラガラとドームの半分近くが、倒壊していく。

 床面や、プールの水面に、構造物が落下し、埃と、水煙が、巻き起こった。


 倒壊したのが入口に近い競泳プール側だったので、最奥の飛込競技用プール脇にいた者たちは、爆風で、プールにたたき込まれたりしただけで、無事だった。

 しかしながら、少し離れたところにいた者たちは、無事では済まない。

 かなりの人数が、倒壊に巻き込まれて、瓦礫の下敷きとなった。


 水泳部員は、悲惨な状況だ。

 飛込板上に居た三人は、拘束され、鉄球を足首につけられた状態で、プールに落ちた。

 プールサイドの六人は、拘束されているだけではあったが、やっぱりプールに落ちた。

 咄嗟の判断で、レンゲ(蓮華)さんが、小刻みな転移を繰り返し、糖菓(とうか)ちゃんや、水泳部員たちを、安全な場所に避難させていく。


 粉塵の中から、一人の少女が、『水泳部トロピカルランド』内に、その姿を現わした。

 『運動部衣装魔法少女』菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)ちゃんだ。


 それは、あり得ないことだった。

 どんなにガンバッテも、彼女が、ここに到達するのは、まだ三時間以上先のはずなのだ。


 ボクは、その無事の確認と、こんなにも早くやって来れた理由を求めて、綾女(あやめ)ちゃんの姿を凝視した。

 そして、頭を抱える。


 綾女(あやめ)ちゃんの衣装が、禁断の『道衣』に替わっていた。


 綾女(あやめ)ちゃんの『道衣』は、なんと、女子相撲部の衣装だった。

 『平服』や『体育服』と同じ若葉色の、『すもうまわし』姿。

 もちろん、『すもうまわし』と言っても、女相撲だから、『まわし』のみなんてことはない。

 ちゃんと、レスリングレオタードを着たうえに、『まわし』をつけている。


 でもね、そうは言っても、『まわし』だよ。

 つまり、『ふんどし』だよ。

 ボクなんて、オトコノコだけど、『ふんどし』一丁は、ちょっと、ムリ。


 綾女(あやめ)ちゃん以外の、『服飾に呪われた魔法少女』は、平素は極力『平服』で過ごし、力の行使に迫られたときだけ、『体育服』にチェンジしている。

 『平服』より『体育服』の方が、衣装の恥ずかしさが増すこともあるけど、それより何より、『服飾の呪い』が強まることを、恐れているからだ。


 そんななか、綾女(あやめ)ちゃんだけは、『平服』と『体育服』の違いに無頓着だった。

 普段から、その日の部活に合わせて、『平服』のテニスウェアと、『体育服』の陸上ウェアを併用していた。

 恥ずかしがる様子も、呪いの顕現を恐れる様子もなく、『体育服』で學園内を闊歩していた。

 だけど、そんな綾女(あやめ)ちゃんですら、『道衣』姿になることは、警戒していた。


 状況から見て、この『道衣』チェンジは、綾女(あやめ)ちゃんの意思ではない。

 綾女(あやめ)ちゃんの意思を乗っ取った『呪われた服飾』が、もっと力を引きだそうとして、『道衣』チェンジを強要したんだ。


 推測になるけど、昨夜、綾女(あやめ)ちゃんは、陽が落ちて足下を視認できなくなり、狂乱状態のまま眠りに就いた。

 そして、夜明けとともに、目覚めたときには、『呪われた服飾』が、完全に意識を乗っ取っていた。

 『呪われた服飾』は、綾女(あやめ)ちゃんを暴発させるため、手始めに、服飾を『道衣』にチェンジさせた。

 そして、人間の限界を凌駕した爆速で、ここまで駆けてきた。

 更には、その勢いのままに、『水泳部トロピカルランド』のドームを、一撃で半壊させたのだ。


 綾女(あやめ)ちゃんは、粉塵の中。悪鬼のごとき表情で、仁王立ちしている。

 「殺す、殺す、ブッ殺す! 全員ブッ殺す!」


 昨日なら、まだ、殺す対象が、水泳部=金平(かねひら)水軍と認識できていた。

 ちゃんと説明すれば、本当の敵は、水球部=河童(かっぱ)水軍だと、訂正することもできたかもしれない。


 だけど、もはや、そんなことは、ムリだ。

 だって、『呪われた服飾』に乗っ取られた綾女(あやめ)ちゃんにとって、敵味方とかどうでもよいことで、全部ぶっ壊すつもりなのだ。


 この『水泳部トロピカルランド』だけで済むとは思えない。

 鹿鳴館學園全域が、壊滅しそうだ。

 もしかしたら、皇都トリスまで、被害が及ぶかもしれない。


 待ったなしの状況だ。

 一刻の猶予もならない。

 ボクは迷わず、昨夜、『舞踏衣装魔法少女』宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)様からの提案で、昨夜のうちにお願いした最終兵器彼氏を使用することを決断した。


 「庭球(テニス)部キャプテン、白金(しろがね)鍍金(めっき)第二皇子、出番ですよ! 庭球(テニス)部員菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)への熱血指導をお願いします!」


 「おう、待ちくたびれたぜ」

 最終兵器彼氏であるところの鍍金(めっき)様が、粉塵の中から姿を現わした。

 『庭球(テニス)部の皇子様』の呼び名に相応しい、純白のテニスウェアだ。

 鍍金(めっき)様は、學生寮の出発時からずっと、ボクたちの後を付いて来てくれていたんだ。


 「綾女(あやめ)、お前に、庭球(テニス)部キャプテンであるこの俺様が、鹿鳴館學園庭球(テニス)部最終奥義を、直々伝授する!」

 鍍金(めっき)様が、そう呼びかけると、服飾の呪いに囚われているはずの綾女(あやめ)ちゃんが、ピクリと反応し、振り返った。

 鍍金(めっき)様と、綾女(あやめ)ちゃんは、流れるプールを挟んで、対峙した。

 「綾女(あやめ)、お前の魂で、俺様の魂の一打『超ウルトラグレートデリシャスロンギヌス』を受け止めてみせろ!」


 綾女(あやめ)ちゃんは、身を低くして、手にしていた『グングニル』を、テニスラケットのように構えた。


 鍍金(めっき)様が、そんな綾女(あやめ)ちゃんを、怒鳴りつける。

 「愚か者! 神の遊技たるテニスを愚弄するのか! その服装は、なんだ! 神聖なるテニスコートに立つのであれば、テニスウェアに着替えよ!」


綾女(あやめ)ちゃんが頷き、その服装が、瞬時に、テニスウェアへと替わった。

それは、綾女(あやめ)ちゃんの――『平服』だ。


 『道衣』の綾女(あやめ)ちゃんを包み込むように燃えたぎっていた呪いの力が、二段階キャパシティが小さい『平服』の中で、行き場を失う。

 呪いは、ぷしゅぷしゅと、熱を吹き出しながら、綾女(あやめ)ちゃんの中へ、ゴボゴボと沈み込んでいく。


 そして……綾女(あやめ)ちゃんは、その場に昏倒した。

 よほど、負荷が大きかったらしい。


 鍍金(めっき)様が、ボクの方を向いて、親指を立てる。

 ボクも、親指を立てて返した。


 「薄荷(はっか)、昨日の電話で約束した通り、これで、お前は、俺様のものだ」


 「そ、そんなお約束、してません。お約束したのは、『綾女(あやめ)ちゃんの呪いを鎮めることができたら、前期末の舞踏会で、一度だけダンスのお相手をいたします』ってことだけですよね」


 怒鳴り返すボクの顔のアップで、番組放送が終了した。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■四月二九日 魔法少女育成棟保健室

綾女(あやめ)ちゃんが目覚めないんですけど……。

『服飾の呪い』が、かなり進行しちゃってるみたい。


■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。

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