■四月二六日 魔法學の実習 二回目の三日目
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第二話 運動部衣装魔法少女綾女ちゃんの激怒 その三
オレは、菖蒲綾女
『運動部衣装魔法少女』なんだぜ。
なんだが、長い夢を見ていた気がするぜ。
我が菖蒲子爵家のご先祖様、三代にわたる、とても長い夢だ。
で、目覚めたら、鉄格子の嵌った、変な部屋に、監禁されてた。
一見すれば、女の子が好みそうな、可愛らしい調度が整えられたファンシーな部屋だぜ。
オレが寝かされていたのも、天蓋付きのカワイイ、ダブルベッド。
違和感があるのは、部屋の隅に、トイレとシャワーが設置されているのに、それが扉やカーテンで隠されておらず、丸見えの配置なこと。
そして、何より、窓と扉だけ、武骨な鉄格子になっている。
扉の鉄格子の向こうに、あのスポーツマッサージ師の女がいたぜ。
心配そうに、こちらを覗き込んでいる。
状況から見て、この女が、オレを眠らせて、誘拐し、ここへ監禁したとしか思えないぜ。
なのに、こっちの身を案じるような表情をしている。
女の所作に、武芸ではなく、隠密系のスキルが感じられる。
間諜等を生業とする者だろうか?
「オマエ、ただのマッサージ師じゃないな。名前は?」
まさか、真っ正直に答えるような、アホじゃないよな、と思いつつ、試しに訊いてみたんだぜ。
「あたいは、鹿鳴館學園水泳部の金魚如雨露っす。水泳部は、陸上部の召喚勇者様とは、仲良くさせてもらってるっす」
答えが、返ってきた。
ならば、問いただそう。
「なんの目的で、こんなことを?」
「水泳部って、実のところ『金平水軍』っていう悪党の隠れ蓑っす。あたいら『金平水軍』は、召喚勇者様に取り入って、甘い汁を吸わせてもらってるっす。召喚勇者様って、我欲の塊っす。いつまでも宿敵の魔王が出現しないのをいいことに、皇國の金を使って、武器と女の収集に現を抜かしてるっす。で、うちらは、その武器と女の調達に協力して、稼がせてもらってるっす」
何だか、ペラペラと、何もかも答えてくれそうな雰囲気だ。
ウソもついてない……ウソかホントかなんて、オレには分かんないけど……そんな、気がする。
「召喚勇者様は、あんたを自分のハーレムに入れると決めたっす。で、スポーツマッサージの技能を持つあたいが、あんたを眠らせて、ここまで運ぶように命じられたっす」
「ここ、どこだ?」
「アロマで眠らせた、あんたの身体を、一日がかりで、秘密裏に、鹿鳴館學園から、この皇都トリスまで、運んだっす。ここは、皇都内にある勇者の館っす」
「こんなことして、オレが大人しく、勇者のものになるとでも思ってるのか?」
「召喚勇者様って、聖力を使って、己の信奉者を集めることができるっす。女であれば、組み伏せて自分のものにしさえすれば、間違いなく自分のパーティーメンバーにできるっす。だから、あんたも、観念するしかないっす」
――なんか、やばいかもしんない。
魔法少女のオレでも、勇者の聖力には、かなわない気がする。
だって、召喚勇者の聖力って、
魔王を倒せるほどの究極の力だよな。
つまり、オレがゼッタイ抗えなくなるから、
なにを喋ってもかまわないってことか。
オレは、鉄格子の嵌った窓に取り付いて、叫んだぜ。
「薄荷ちゃん助けて!」
『服飾に呪われた魔法少女』仲間って、オレの他に四人いるんだけど、なぜだか、薄荷ちゃんの名前を叫んでた。
スポーツマッサージ師が、ケタケタと声を立てて笑う。
「ホント、おバカっすね。ここは、學園から遠く離れた皇都っす。叫んでも薄荷ちゃんとやらには聞こえないし、ましてや来れるはずがないっす」
「薄荷ちゃんとオレは、食パン咥えてぶつかり合った仲だせ。必ず来てくれる」
オレは、確信を持ってそう答えた。
そしたら、本当に誰かが来てくれたみたいだぜ。
大きな破砕音が、繰り返し響き渡り、近づいてくる。
何者かが、勇者の館のここかしこを破壊しながら、こっちへ近づいてくるのが分かる。
オレが閉じ込められているこの監禁部屋の鉄格子付きの扉が破壊され――三人の少女が姿を現わした。
ゴスロリ仮面姿のスイレンレンゲさん。
旧スク水姿の金平糖菓ちゃん。
そして、ノースリーブワンピースセーラー服姿の儚内薄荷ちゃんだ。
後から聞いた話しだけど、學生寮に戻らなかったオレのことを心配して、宝生明星様を加えた四人で、昨日からずっと捜し回ってくれてたんだぜ。
召喚勇者の館を破壊しまくっていたのは、糖菓ちゃんだ。
右掌に付けている手甲鉤に、スクール水着から溢れて出てくる水を纏わせ、「ヤだ、ヤだ、ヤだ!」っと叫びながら、建物を、紙みたいに切り裂いている。
行く手を阻もうとする者は、薄荷ちゃんが、「ムリ、ムリ、ムリ!」と叫びながら『拒否』の力で、跳ね飛ばし、あっという間に、鉄格子扉の前までやってきた。
あの如雨露っていうマッサージ師が立ち塞がろうとしたけど、あえなく、ふっ飛ばされてたぜ。
続いて、糖菓ちゃんが、手甲鉤を一振り。
それで、鉄格子扉は瓦解した。
鉄格子のある部屋を脱出し、オレも一緒に、駆けつけてくる警備兵を薙ぎ倒しながら、四人で外を目指す。
いくつかの部屋を抜けた先に、様々な武器を飾った部屋があった。
さっき、如雨露が、「召喚勇者は、武器と女の収集に現を抜かしてる」って言ってたよな。
どうやら、ここは召喚勇者が収集した武器コレクションの展示室らしい。
聖具、魔具クラスの武器が、ずらりと並んでいる。
ひときわ目立つところに、二つの武器が飾られていた。
この二つは、一目で、神器クラスだと分かる。
神聖さの漂う、美しい剣と槍だ。
剣と槍、それぞれの下に、銘を記した板が張られている。
剣の銘板には『勇者の剣剣タチ』と書かれている。
――『タチ』ってナンダ?
真っ直ぐな諸刃の剣だから、
『太刀』じゃないよな。
いや、今は、そんなこと、どうだっていい。
問題は、槍の方だ。
だって、この槍『神槍グングニル』だ。
銘板なんか、あってもなくても、オレが、グングニルを見誤るはずがない。
間違いなく、本物だぜ。
それを見た瞬間、オレの記憶の中に、トラウマイニシエーションの出来事が、フラッシュバックする。
二年前の、その頃、『物語』の力を秘めた武具を奪って回る盗賊団が、話題になっていた。
なのに、オレは、考えなしで、世間知らずだから、騙されてしまった。
グングニルを、ひと目見たいと懇願するテニス仲間に、見せびらかすためだけに、オレは、家宝を持ち出しちまった。
結果、すったもんだのあげく、オレを庇ったばっかりに、父上である決がオレの眼前で殺された。
そして、グングニルを、奪われたんだ。
盗賊団の奴らは、グングニルを手にして、「こいつは神器だ、高値がつくぞ」って、笑ってた。
無精髭を生やし、片目にドクロマークの眼帯をした四十代の男――こいつが、盗賊団の頭領らしい――が、縛られて転がされているオレに向って、こう言った。
「特別に、テメエのオヤジの仇である俺たちが、どこの誰だか、教えといてやろうじゃねぇか。いいか、覚えておけ、俺たちは、『金平水軍』の残党だ。似た名前の『河童水軍』てぇのがいるが、別団体だから、そこんところだけは、間違えるんじゃねぇぞ」
――そうだ、『金平水軍』だ!
あの如雨露っていうスポーツマッサージ師も、
『金平水軍』だって、名乗ってた。
そして、鹿鳴館學園の水泳部を隠れ蓑にしてるって!
――つまり、オレが探しあぐねていた、父上の仇が、
學園の水泳部に隠れ潜んでたってことだ!
いずれ、召喚勇者ともケジメをつけなきゃなんないが、
まずは、父上の無念を晴らそう。
オレは、激情のたけを、言葉にする。
「水泳部の奴らこそ、父上の仇、金平水軍だ。ブッ殺す!」
傍にいた糖菓ちゃんが、オレの言葉に驚いて、「えっ!」と、固まっている。
だけど、オレに迷いはない
菖蒲家は、武門の家だ。
オレにとって、敵は、すべからく、ぶっ殺すべきものだ。
ましてや、父上の仇を討つことに、なんの躊躇もないぜ。
オレは、壁に飾られた、神槍に向って、手を伸ばす。
そして、「グングニル」と呼んだ。
オレは、まだグングニルを投擲したことがない。
にもかかわらず、グングニルは、オレの手に『戻って』きた。
それは、グングニルが、オレを、父上を継ぐ、新しい主だと認めたということだぜ。
父上の仇に対する怒りと、グングニルを手にしたことの相乗効果で、力が爆発的に沸騰する。
オレが着用している、ブラトップとレーシングブルマから、メラメラと力が燃え上がる。
それが、グングニルに纏わり付き、バチバチと火花を発する。
オレは、クングニルを振りかざして叫んだぜ。
「殺す、殺す、殺す、みんなブッ殺す!」
そして、自意識の安全装置が、ブッ飛んだ。
糖菓ちゃんが、何やら、言っている。
オレを、制止ししようとしているみたいだけど、もはや、何も聞こえない。
オレの頭の中にあるのは、敵を、仇を、ぶち殺すことだけだ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月二六日夜 魔法學の実習 二回目の三日目夜
ブチ切れ綾女ちゃん。
その呪いの暴走を止めるには、どうしたらいいのかな。