■四月二二日② 科學の鉄槌
ボク――儚内薄荷――は、『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ 第一話』の出来事が納得できず、冥土喫茶『比翼の天使』に押しかけた。
『爆炎レッド』さん、『氷結ブルー』さん、そして、スイレンレンゲさんの三人に、隠し立てなく、全てを話すよう求めた。
現在、『氷結ブルー』さんによる説明が、続いている。
☆
大物語『科學の鉄槌』が、結末直前の急展開を遂げる、運命の日がやってきた。
一昨年十二月末、科學戦隊の本部基地が、魔法少女たちの総攻撃を受けた。
ここまで、戦局は、対外的には、魔法少女側が、有利と見えていた。
科學戦隊の『お色気ピンク』が不在の中、魔法少女たちは、じりじりと戦線を押し上げていた。
だが、それは、魔法少女たちの、自己犠牲あってこそのものだった。
魔法少女たちに、連携技など、ほとんどなく、個人技のみで戦っている。
戦略を立てられるような者も、いない。
魔法少女の損耗は激しい。
来年四月の新入生を待たねば、戦力の補充はない。
だが、このまま損耗が続けば、来年早々に、魔法少女側は瓦解してしまうだろう。
つまり、魔法少女たちからすれば、この総攻撃は、後のない決死の作戦だった。
科學戦隊本部基地の一角に、白桃撓和が統括していた科學戦隊の研究棟があった。
撓和は、研究棟内に鳴り響く、緊急ベルの音で目覚めた。
不眠不休で取り組んでいた『巨大ロボット』開発に、やっと一区切りがつき、ベッドに潜り込んだ直後のことだった。
ゆえに、撓和の怒りは、いきなり沸点に達した。
達成感に満ちた惰眠を妨害する、魔法少女どもが許せない。
何より、やっと完成した、我が子のごとき『巨大変形合体ロボット』と、研究棟を護らねばならない。
何かのときのために準備しておいた、ピンク色のパイナップル爆弾を取り出す。
鈴なりのピンクパイナップルを、肩掛けベルトに吊す。
そして、行動を開始した。
敵対する魔法少女は、古来からの様式美に囚われていて、魔法を発動させる際に、必ず長い文言を唱え、決めポーズを取る。
撓和は、その中二病的な魔法少女たちを、「バカみたい」と大笑いしながら、次々と爆弾を投げる。
魔法少女たちを、その呪文とボーズが決まる前に、次々、爆散させていく。
撓和は、サウスポーだった。
彼女がピンクのパイナップル爆弾を左手に握り、全力で投擲する様子をみて、魔法少女たちは、『ピンクのサウスポー』と怖れ慄き、逃げ惑った。
撓和の戦闘力の高さと、狂乱には、別の理由があった。
撓和が、初めて、自身の投げた爆弾で魔法少女を殺したとき、撓和のロールが、変化していたのだ。
『ロボット工學者』のロールの後ろに、もうひとつ、『お色気ピンク』のロールが追加されていた。
他の四人の科學戦隊員は、『この世界』に、新たな『お色気ピンク』が誕生したことを察知した。
そして、次々と、撓和の元に、参集してきた。
撓和は、自身のロールに『お色気ピンク』が追加されていることに気がついた。
更に、自分の元に集まってきた戦士たちが、自分の新たな仲間である『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、そして『旋風グリーン』であることに気がついた。
撓和は、研究棟最上階の管制室に辿り着く。
その、制御板上にある、『壱』と書かれたピンクボタンを押す。
お約束通り、「ポチッとな」のセリフも忘れない。
すると、研究塔の巨大ガレージにある、五つのシャッターが開いていく。
そのシャッターは、赤、青、黄、緑、そしてピンクに塗り分けられていた。
各シャッターの奥から、五色に塗り分けられた新戦闘車両=ビークルが、迫り出してくる。
ビークルは、高性能でありながら木炭車の三輪トラックより、ひとまわり小さい。
そして、驚くべきことに、車輪がない。
その形状を一言でいうと、四本脚のクモみたいな感じだ。
一方、撓和は、研究主任として、管制室に集合してきた戦隊メンバーに、戦隊名、科學戦隊必須のぴっちりスーツ、そして、装備を、丸ごと一新する旨を告げる。
先代の科學戦隊は、合成皮革スーツを着用し、科學戦隊ゴーヒマンを名乗っていた。
今代のメンバーは、これまで、ラバースーツを着用し、科學戦隊ゴムラバーとして戦ってきた。
これに対し、撓和は、今日この時より、自分たちは、ラテックススーツを着用し、科學戦隊ララテックスとして生まれ変わるのだと宣言した。
撓和は、制御板上にある、『弐』と書かれたピンクボタンを「ポチッとな」する。
すると、管制室の壁面に、五色のチューブ状滑り台の口が開く。
科學戦隊メンバー五人は、次々と、そこへ飛び込む。
滑り台内で、スーツの着替えが完了し、五人は、各自の新戦闘車両コクピットへ送り込まれる。
搭乗方法は、ビークルの天井を開き、そこに腹這いになって、頭と手脚をPビークル内に潜り込ませる感じだ。
柔らかなクッションのようなものに腹部を預けて、奥を覗き込む。
そこが球体モニターになっていて、外の全景と同時に、手元のハンドルやらシフトレバーまで見えている。
撓和の開発した神力エンジンは、この世界における従来の科学技術とは、一線を画するものだ。
その圧倒的なパワーは、木炭エンジンの比ではない。
更に、神力エンジンに、搭乗者の聖力もしくは魔力を、同期させるシステムであるため。予備知識などなくとも、搭載された攻撃兵器や防御兵器の操作方法まで、理解できてしまう。
攻め寄せてくる魔法少女たちを迎え討つ。
機動力と、搭載されている兵器の凶悪さが、別格だった。
魔法少女たちは、為す術もなく、次々、肉片と化していく。
間違いなく、このまま戦闘を続けるだけで、科學戦隊は圧勝し、魔法少女たちは一掃されていただろう。
だけど、寝不足と、『お色気ピンク』のロールにより、怒り狂っている撓和は、容赦なかった。
撓和は、自身の戦闘車両のコクピットにだけある、『参』と書かれたピンクボタンを、迷うことなく、押した。
「超巨大ロボット、ラララテックス、変形合体! ポチッとな!」
間違いのないよう捕捉しておくが、ぴっちりスーツがラテックス製で、戦隊名はララテックスで、合体ロボット名はラララテックスだ。
五台の戦闘車両が変形し、合体し、巨大ロボットが立ち上がる。
巨大ロボットの頭部にあって、その操縦を行うのは、『爆炎レッド』――ではなく、『お色気ピンク』だ。
なにゆえ、頭部がレッドでないのか、捕捉しておくが、この仕様は、致し方ないものだった。
神力エンジンから、真の神カを引き出すすべを知っているのが、撓和だけだったからだ。
そして、巨大ロボットに搭載されていた、大量殺傷兵器が、火を吹いた。
それは、もはや、戦いというより、蹂躙だった。
それまで、『この世界』における戦闘とは、あくまで物語を展開させるためのものだった。
個と個、群と群が、それぞれの物語を背負って、対峙し、衝突するものだった。
だが、撓和の巨大ロボットには、この世界が百年近く積み重ねてきた物語のありようの一切合切を踏みつけにし、灰燼に帰するほどの、隔絶した力があった。
そして、その事実に、誰よりも早く気がついたのも、また、撓和だった。
たぶん、撓和は、自分が召喚された『この世界』のことを、壊して遊んでもよいオモチャだと思い込んでいた。
そして、壊しかけてみて、はじめて、『この世界』もまた、自分がいた『あの世界』と同様、命や感情を持つ人間の住まう場所だと気がついた。
この、巨大ロボットによるたった一回の戦いの後、『お色気ピンク』=撓和は、こんな言葉を残しても失踪した。
「わたし、取り返しのつかないことを、やっちゃった。『この世界』は、わたしのこと許してくれないと思う。きっと、『この世界』がわたしの巨大ロボットに対抗しうるほどの、揺り戻しをおこして、わたしを罰しに来るわ」
かくして、撓和は、物語の表舞台から、その姿を消し、『科學の鉄槌』の物語は、科學戦隊側の大勝利で完結した。
『科學の鉄槌』の三年間を戦い抜いた、先代の『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、そして『旋風グリーン』の四人は、その年度末となる三月、卒業していった。
☆
翌新年度=去年の四月、僕ら四人が入學し、与えられたロールにより、新たな『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、そして『旋風グリーン』となった。
ところが、科學戦隊には、五人必要だというのに、二年生となっているはずの、『お色気ピンク』=撓和が、どこにも居ない。
ちゃんと進級し、學園に在籍していることになっているのに、見つからない。
一年かけて、ポコペン大陸中を捜し回ったが、見つからない。
僕らは、撓和と同じタイミングで召喚された勇者なら、何か知っているのではないかと、彼を訪ねた。
召喚勇者は、事もなげに、こう答えた。
「知らねえよ。でも、『この世界』で為すべきことを終えたから、『あの世界』に帰ったんじゃねえの。俺っちは、魔王倒しても、あんなクソ面白くないところに、帰るつもりはねえけどな」
僕らは、撓和を捜し続けることを止めはしなかった。
だけど、並行して、新たな『お色気ピンク』も、捜しはじめた。
撓和は、僕らの知らないところで既に亡くなっているかもしれないし、生きていたとしても、既に『お色気ピンク』のロールを失っているかもしれないからだ。
そして、今年の四月、つまり現時点へと至る。
☆
長い『物語』だった。
でも、ボク――儚内薄荷――にもやっと、事の全貌が理解できた。
頑子先輩と嫌姫先輩が、なにに怒り、なにゆえボクを殺そうとしたのかも理解できた。
ボクは、『爆炎レッド』さんと、『氷結ブルー』さんに、頭を下げた。
「自分たちにとって不利なことまで、真摯に、全部お話しいただいたことに、感謝します。そして、その上で、申し上げます。ボクは、『お色気ピンク』にはなれません。ボクは、撓和先輩の後を継げるような能力はありません。過去の出来事を理由にいまさら科學戦隊と敵対しようとは思いませんが、仲間である魔法少女を沢山殺した組織に入ることも、ロボットに搭乗することも、できません」
「そうなる……よな」と、『氷結ブルー』さんが、落胆する。
だけど、『爆炎レッド』さんは、まだ、諦めていない。
「薄荷さんは、既に『お色気ピンク』のロールを得ている。巨大合体ロボットは、君がいなければ、動かない。そして、巨大合体ロボットが動かなければ、世界は、蝗害に呑み込まれてしまうんだ。考えなおしてくれないか?」
ボクは、「できません」と、はっきり首を横に振った。
「ただ、ボクは、皆さんの事情を、理解しています。『爆炎レッド』さんさんたちは、偉大な先輩方の残した遺産である『巨大ロボット』を動かすことができなければ、科學戦隊育成科の全員から非難され、爵位も得られなくなってしまうんでしょう。レンゲさんは、蝗害に対処することで故郷を救い、カストリ皇國とウヲッカ帝国との対立を回避したいんですよね」
三人は、驚きの目で、ボクを見つめてきた。
ボクが、そこまで察知しているとは、思ってもみなかったらしい。
ボクの外見は、精神も肉体も発育不全の、アホの子だからね。
「ボクには、ボクの事情と、秘密があるんです。だから、『お色気ピンク』として『巨大ロボット』に搭乗することは、できません。でも、蝗害や『科學戦隊』のことについては、これから一緒に、手だてを考えていきましょう」
ボクの決意表明を聞いて、レンゲさんが、「くふふっ」と、表情を崩した。
「薄荷ちゃん、たぶん、自分では気づいてナイと思うから、指摘させてくだサイ。四月十六日に、この冥土喫茶『比翼の天使』にやってきたときまでの薄荷ちゃんと、今日の薄荷ちゃんは、まるで別人みたいに見えマス。前の薄荷ちゃんは、いつ手折られても踏みつけられてもおかしくない野の花のように見えましタ。今日の薄荷ちゃんには、他者を踏みつけてでも、咲き狂おうとするほどの強さがありマス。四月十七日の出来事は、それだけ薄荷ちゃんにとって、大変な出来事だったのデスネ。デモ、ワタシ、今の、禍々しい薄荷ちゃんが、ダイスキです」
レンゲさんの目は、いつの間にか、潤んでいた。
レンゲさんは、ボクを、ぎゅっと、ハグしてくれた。
レンゲさんの撓わな双丘が、ボクを包み込んだ。
天国だよ~。
このまま、呼吸困難で、昇天しかねない。
その天国で、ちょっとだけ思った。
――もしかしたら、『お色気ピンク』って、
レンゲさんが得るべきロールだったんじゃないかな。
ボク、何かの手違いで、それを奪っちゃったのかも……。
☆
この日、ボクは、六時間近く、冥土喫茶『比翼の天使』に居た。
このお店では、一時間ごとに一回オーダーする決まりだ。
なので、『比翼のオムライスセット』を、サーブ済みの四セットに加えて、もう一セット追加オーダーするよう、求められた。
『爆炎レッド』さんは、これ以上食べきれないと判断。
五セット分の料金を自分が支払うので、五セット目は持って来ないで欲しいと申し出て、お店の了解を得た。
このお店の価格設定は、普通の飲食店の三倍くらい。
ボクでは支払いきれない合計金額になっていたので、正直ホッとした。
それにしても、こんな値段をふんだくっておきながら、オムライスは冷めていて美味しくないし、座席の座り心地は最悪だ。
キャンプ場で使うような、折りたたみ式のテーブルと長イスだからね。
こんなものに、六時間近く腰掛けていたから、腰は痛いし、お尻がシビレて感覚がない。
入店時に、店長さんの顔は覚えたからね。
こんど来たら、言ってやるんだ。
「ボク、バニーメイドさんを指名したいです」って――。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月二三日 水泳部からの連絡
ボク、糖菓ちゃんと一緒に、水泳部に勧誘されちゃった。
え~っ、ボク、セーラー服しか着れないんだよ。
着衣泳なんてできないし、水泳部は、ちょっと、ムリ。
糖菓ちゃんだって、やっぱ、水泳部はムリでしょ。
スクール水着を着てはいるけど、泳げないんだから――。
【この予告は、薄荷ちゃんの妄想です。本編の内容とは著しく異なりますので、ご注意ください】
■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
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