■四月二二日① 冥土喫茶『比翼の天使』 三回目
ボク――儚内薄荷――は、四日間寝込んでいた。
というか、外に出れなかった。
そして、この日、やっと、心を奮い立たせて、冥土喫茶『比翼の天使』へ向った。
言っておくけど、『平服』の半袖セパレーツだからね。
『体育服』のノースリーブワンピで、出歩いたりは、ぜったいしないよ。
同じ、ピンクのミニスカセーラー服でも、恥ずかしさが全然違うんだから……。
『比翼の天使』の入口脇カウンターに、いつもの黒服さんが居た。
ボクは、黒服さんに、ニッコリ笑いかけた。
「ボク、スイレンレンゲさんに会いに来たんだ」
黒服さんは、商売用の笑顔を引っ込めて、真顔になった。
ボクが、レンゲさんについて、『指名』ではなく、『会いに来た』と言ったからだ。
黒服さんは、それだけで、ボクの様子が尋常でないことを、見てとった。
「ボクが、魔法少女だって知ってるよね」と訊ねたら、「はい」とだけ返事があった。
そうだと思った。
間違いなく、この黒服さんは、ボクの初回来店時から、ボクが『セーラー服魔法少女』だって、気がついていた。
それは、つまり、物語的必然性さえあれば、ボクが誰かを殺したとしても罪に問われないって知ってるってことだ。
ボクは、黒服さんに、ことさら、ニッコリ笑いかけた。
「事を荒立てるつもりなんてないんだ。ちゃんとオーダーだってするし、支払いもするよ。暖簾の奥に通るね」
返事も待たずに歩き始めたボクの背中を、黒服さんの声が追いかけてきた。
「レンゲさんは、店長と打ち合わせ中です」
ボクは、「構わないよ」と、手を振りながら、暖簾を潜った。
店内を見回すと、一番奥のボックス席に、真紅の左翼を背中につけたスイレンレンゲさんの姿を見つけた。
真紅の右翼を背中につけた、オジサンに肩を抱かれて、何か言い寄られている。
ボクは、レンゲさんとオジサンが並んでいる席へと、歩み寄った。
二人は、話し込んでいて、ボクの接近に気づいていない。
二人の前のテーブルの上には、四月一八日付けのカストリ新聞が置かれている。
ボクのパンチラ写真が三枚並んでいるやつだ。
オジサンの声が聞き取れた。
「ねえ、新聞のこの子、レンゲさんの仲間だよね。うまいこと言って、この『比翼の天使』に、『セーラーメイド』として、スカウトできないかなぁ。紹介料は、はずむからさ~ぁ」
ボクは、瞬間湯沸かし器と化した。
テーブル上のカストリ新聞に、ドスンと片足を乗せ、「お、こ、と、わ、り、します」と凄んだ。
ピンクのセーラー服から、どぷっと『呪いの力』が溢れあがるのが分かった。
オジサンは、「何だ、打ち合わせ中に」と顔をあげ――。
ボクと目が合って――。
「ひっ」と、息を飲んだ。
ピンクのセーラー服から発している力に、圧倒されたらしい。
「レンゲさんは、ボクが予約済みなんだ。オジサン、その真紅の右翼、ボクに貸してよ」
オジサンは、あたふたと翼を外して、ボクに渡し、「どうぞ、ごゆっくり」と言いながら、スタッフルームの方へ、逃げていった。
実は、レンゲさんは、この三日、毎朝、學生寮のボクの部屋の前まで来てくれていた。
なのに、ボクは、どうしても、そのとき、部屋のドアを開けることができなかった。
レンゲさんは、来る度ごとに、ドア越しに、自分が科學戦隊を紹介したことが、事件の一因となったことを詫びてくれた。
そして、『爆炎レッド』さんと、『氷結ブルー』さんが、直接、お詫びしたがっているので、会ってやって欲しいとも言われた。
二人で、ボックス席に収まると、レンゲさんは、また詫びてきた。
ボクは、「何度も、謝らなくて、いいよ。レンゲさんの事情は分かるから」と、レンゲさんの言葉を押し止めた。
そして、「『爆炎レッド』さんと、『氷結ブルー』さんを、このお店に呼んでくれる?」とお願いした。
レンゲさんは、お店のピンク電話を使って、科學戦隊に連絡を取ってくれた。
『比翼のオムライスセット』をオーダーして、「『爆炎レッド』さんと『氷結ブルー』さんの、到着を待った。
『比翼の天使』は、一時間ごとに一品オーダーしないといけない決まりがある。
待っている間に、三セットもオーダーするハメになった。
『比翼のオムライスセット』の大皿には、翼の形に配された二つのオムライスが乗っているから、合計六つのオムライスが運ばれてきている。
セットドリンクの、クリームソーダも二人用の大きなゴブレットで三つ、運ばれてきている。
あの、ハート型に絡み合った二本のストローが刺さっているやつだ。
レンゲさんは、ぜんぜん食べないから、ボクが、ガンバッて食べたけど、二つ、つまり一皿分が限界だった。
クリームソーダも、どうにか、ゴブレット一つ分、空にした。
二時間ちょっと待って、やっと、『爆炎レッド』さんと『氷結ブルー』さんが、『比翼の天使』に到着した。
当然のごとく、到着した二人用の、新たな『比翼のオムライスセット』も運ばれてくる。
『爆炎レッド』さんと『氷結ブルー』さんは、いきなり土下座して謝ってきた。
ボクは、二人を席に座らせ、波立つ心を制しつつ、口を開いた。
「ボク、人殺しになっちゃいました。それも、大好きだった先輩魔法少女をお二人、殺しちゃった。そうしなければ自分がなぶり殺しにされていたし、この學園では、殺し合いが日常茶飯事みたいだけど、それでも、思い出しただけで手が震えます。ところが、ボク、そのこと以上に、自分を許せないことがあるんです。それは、自分が人を殺したということより、女もののパンティ……パンツ履いてることころを見られたということに、動揺し、羞恥しているってことなんです。ボク、人間として最低ですよね。」
再び謝りだそうとするレンゲさんと、『爆炎レッド』さんと、『氷結ブルー』さんを、両手あげて制する。
「いえ、みなさんと会ったことが事件の発端となっただけで、事件の責任はみなさんにないと、ボクだって分かってます。だから、もう謝らないでください。『爆炎レッド』さんと、『氷結ブルー』さんには、お詫び代わりに、残る『比翼のオムライスセット』三つを完食し、ボクが食べた一つも含めて支払っていただければ、それでじゅうぶんです。それから、ちゃんと説明してください。お二人は、前回、ボクに全部話さず、隠していたことがありますよね。ボクは、引き籠っていないで、前に進むために、その情報が欲しいんです」
『氷結ブルー』さんが、「君に科學戦隊に加わってもらいたくて、前回、情報を一部隠蔽した責任は、僕にある。だから、僕から説明しよう」と言って話し始めた。
『爆炎レッド』さんは、オムライスの完食に専念するようだ。
『氷結ブルー』さんの話しは、おもに、『お色気ピンク』に関することだった。
☆
『科學の鉄槌』は四年前の一年生、つまり第九六期生に与えられた『大物語』だった。
四年前の一年生には、新たな科學戦隊のメンバーとなる『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、『旋風グリーン』、そして『お色気ピンク』の全員が、揃っていた。
ここで言っておかなければならないが、科學戦隊の本来の敵は、『魔法少女』ではない。
悪の組織が改造した魔獣や怪人たち、そして、悪の組織が造り出したロボットたちなのだ。
ところが、この年、科學戦隊は、大物語『科學の鉄槌』に従って、『科學』の敵である『魔法』少女に鉄槌を下すべく、宣戦布告し、戦いを開始した。
『魔法少女』たちだって、年ごと与えられる中小の『物語』に従って、悪い大人たちや、仲間を虐める者たちと、日々懸命に戦っている。
だから、『科學の鉄槌』による宣戦布告は、魔法少女にとっては、不当なものでしかなかった。
最初の一年は、先手を取った科學戦隊側が有利だった。
だが、二年目には、魔法少女側が、搦め手から策を弄し、巻き返してきていた。
三年目、三年生となった『科學の鉄槌』の世代には、あと一年しか残されていない。
一方、当時の一年生は、『勇者の召喚』の『物語』世代だ。
一年生の中には、前年十二月に教皇が召喚した『勇者』がいた。
だが、『魔王』は、いなかった。
『勇者』は、ひたすら、勇者パーティーのメンバーを増やすことに邁進していた。
もう少し分かりやすく言うと、ナンパしまくって、ハーレムメンバーを増やすことに執着していた。
で、三年生となっていた、当時の『お色気ピンク』が、一年生の『勇者』に籠絡された。
先輩で人生経験豊富なはずの『お色気ピンク』が、一年生の『勇者』にメロメロだった。
あげく、彼女は、科學戦隊『お色気ピンク』のロールを失い、勇者パーティーのロールである『遊び人』となってしまった。
科學戦隊は、五人揃わなければ、真の力を発揮できない。
なのに、科學戦隊は、突然、四人になってしまった。
魔法少女たちとの戦いは、一気に、科學戦隊にとって形成不利となった。
そして、どんどん追い込まれていった。
ここに、新たな少女が登場する。
前年十二月に、教皇が『勇者』を召喚した際、一緒に召喚されてしまった少女だ。
少女のロールは、『ロボット工學者』。
召喚当初、この世界には、そもそも『ロボット』が何なのか、理解している者が、いなかった。
従って、『勇者』のみが、もてはやされ、その少女の存在に、注目する者など、皆無だった。
少女の名は、白桃撓和。
撓和は、科學戦隊育成科の一年生となった。
撓和は、召喚される前の『あの世界』で、天才と呼ばれていた。
若くしてロボット工學を究めた才媛で、飛び級により、既に『あの世界』の大學卒業資格を得ていた。
そして、『この世界』おいて、自身の手で、巨大ロボットを造り出そうと決意していた。
撓和の傑出した知能に注目する者は皆無だったが、彼女の肉体的魅力に惹かれる者は多かった。
撓和は、コケテッシュな美人だ。
『お色気』を振り撒き、豊満な巨乳を揺らし、形の良いお尻を振って歩く。
多くの男たちが、撓和が何を為そうとしているのか理解もできないまま、彼女の『お色気』に魅了され、献身的に協力した。
撓和は、自分の求める、この世界の科學力が、科學戦隊にこそ結集していることに気がついた。
そして、科學戦隊の研究部門を率いる立場に収まった。
撓和の取り組んだ、巨大ロボット開発については、詳細説明を割愛する。
ただ、『あの世界』の科學では、ロボットに必要な高出力が得られず、『この世界』の技術を用いた『神力エンジン』なるものの開発により、それがなされたということだけ、言っておく。
問題は、この『神力エンジン』が、開発者の撓和が行方不明となっている現在、維持すらままならなくなっていることだ。
従って、現在、我々科學戦隊は、『お色気ピンク』を確保するだけでなく、この『神力エンジン』の謎を解き明かす必要にも迫られている。
☆
『氷結ブルー』さんの話しは、まだ終わっていない。
むしろ、これからが、話し辛い部分だ。
『氷結ブルー』さんは、どう話したものかと、思い悩むように一旦口を閉じ、ボクたち四人が囲んでいるテーブルに、目をやった。
テーブルには、『比翼のオムライスセット』四つ分が、所狭しと載っている。
まず、『比翼のオムライス』用の大皿が四つ。
その大皿は、翼の形に配された二つのオムライスを載せて、出される。
一皿、つまりオムライス二つは、ボクが食べた。
残りのうち、二皿の、オムライス四つは、『爆炎レッド』さんが、既に完食済み。
『爆炎レッド』さんは、最後の一皿、残る二つのオムライスに、果敢に挑んでいるところだ。
次に、セットドリンクのクリームソーダが四つ。
これは、大きなゴブレットの中に、ハート型に絡み合った二本のストローが刺さっている。
一つはボクの飲み、残る三つは、手つかずだ。
『氷結ブルー』さんは、ゴブレットを一つ手に取り、ストローを引き抜いて、その中身を一気に煽った。
溶けかけのアイスクリームや、クラッシュアイスまで一緒くたに、ゴクゴクと飲みくだす。
更に、二つめ、三つめと、全部のゴブレットを空にする。
そして、決然と、話しを再開した。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月二二日② 科學の鉄槌
大物語『科學の鉄槌』が、結末直前の急展開を遂げる、運命の日。
一昨年一二月年のことだ。
科學戦隊の本部基地が、魔法少女たちの総攻撃を受けていた。
そこに、『あの世界』から召喚された一人の少女がいた。
その少女は、この世界における戦いのありかたを一変させた。