■四月一七日② 六色のオーブ
ボク――儚内薄荷――は、魔法少女育成科の三年生の先輩二人から、女子トイレに連れ込まれた。
顔黒頑子先輩と、山姥嫌姫先輩だ。
二人は、ボクを、リンチにかけたうえで、惨殺するつもりだ。
でも、殺す前に、ちゃんと、その理由を聞かせてくれるそうだ。
この鹿鳴館學園では、幾つもの『物語』が、同時進行している。
國や世界の行く末にかかわる、年度ごとの『大物語』とは別に、中小の『物語』もある。
現三年生である魔法少女育成科の先輩たちに与えられた物語は、『六色のオーブ』を奪い合うというものだった。
ところが、三年生の先輩たちの物語は、入學し、一年生としてのスタート早々、打ち砕かれた。
それは、当時の三年生の『大物語』である『科學の鉄槌』に巻き込まれたためだ。
『科學の鉄槌』は、民衆を惑わす『魔法』に『科學』が鉄槌を下す物語だった。
それは、三年に及ぶ、『科學戦隊育成科』と『魔法少女育成科』の戦いに発展した。
しかしながら、命がけの奮戦により、魔法少女側に有利な展開となっていた。
頑子先輩と嫌姫先輩が入學したその年、科學戦隊育成科の一年生に、白桃撓和という女生徒がいた。
才色兼備で、更に、召喚者だった。
顔はコケティッシュで、巨乳を揺らし、お尻が震わせながら歩く。
工學の才媛で、十五歳で召喚されたときには、『あの世界』で、飛び級により大學卒業資格を得ていた。
彼女は、入學するやいなや頭角を現わした。
そして、ほとんど独力で、巨大変形合体ロボットを完成させ、『お色気ピンク』のロールを得た。
巨大変形合体ロボットは、それまでの戦闘の常識を打ち砕いた。
技の応酬による個対個の戦いは、過去のものとなった。
変形合体ロボットは、搭載している大量破壊兵器を用いて、全ての敵を薙ぎ払った。
黒のオーブを持つ頑子先輩と嫌姫先輩の同輩には、白、赤、青、黄、緑、それぞれの色のオーブを持つ子が二人づついた。
だけど、みんな、為す術もなく、変形合体ロボットの前に散っていった。
頑子先輩と嫌姫先輩は、その惨劇を語りながら、散っていたオーブ持ち十人の名前を、一人づつ呼んでは泣いていた。
付けまつげが取れ、ガングロメイクが剥がれるほど、泣いていた。
「うちらの気持ちが分かるか、科學戦隊は、魔法少女の敵なんだ。なのに、てめえは、魔法少女でありながら、うちらの宿敵に与した。ゼッタイ許さない」
「あーしらは、『お色気ピンク』だけは許さない。あいつはな、一生懸命呪文を詠唱している仲間に、笑いながらパイナップル爆弾を投げてくるんだ。みんな、肉片を散らしながら非業の最期を迎えていった。てめえは、その『お色気ピンク』の名を継いだ。ダンコ許さない」
――えっ、その白桃撓和先輩って、どうしてるの?
存命なら、今、三年生ってことだよね。
存命なら、ボクが『お色気ピンク』になる必要ないよね。
そのことを訊きたかったのに、もはや、頑子先輩と嫌姫先輩は、己が激情に囚われていて訊く耳を持たない。
嫌姫先輩が、手にしていたモップを振り翳す。
「テメエに魔法なんか使わねえ。あーしが、このモップで、十人分の十箇所、骨を打ち砕いてやる。苦しみ、のたうちながら死んでいけ」
「まて、まて、あたいにも、やらせろ」
頑子先輩が、ポケットから、何かを取り出した。
「こいつは、カミソリを二枚重ねたやつだ。コイツで、肌を切ると、縫い合わせることもできねえ。この場を生き延びたとしても、そのカワイイ顔は、もう、元には戻らねえ」
ボクは、非力で、どんくさい。
もはや、これまでかな、って思った。
そしたら、なぜか、皇都への出発前夜、家族三人での、タコ焼きパーティーの光景が、ボクの脳裏を駆け巡った。
あの日の、母と、妹の薄幸の悲壮な表情は、ボクの脳裏に焼き付いている。
あの日、母は、「立身出世なんてしなくていいから、モブ落ちしたっていいから、とにかく、生きて帰っておいで……」と、泣いたのだ。
ボクは、死ねない。
ボクは、『物語』に、抗う。
反射的に、跳躍し、とにかく逃げ出そうとした。
嫌姫先輩は、有無を言わせず、モップで、そんなボクの右足首を打ち砕いてきた。
まずは、先制攻撃で、ボクが逃げれないようにしたんだ。
ボクは、バランスを失って、床に倒れる。
頑子先輩の二枚刃が、ボクの二の腕と、頬を切り裂いた。
ボクは、男だ。
生きて帰れれば、顔や腕なんて、グチャグチャで、元に戻らなくたって構わない。
ボクは、這って、逃げ出そうとする。
嫌姫先輩が、そんなボクを追い詰めるように、モップを振りかぶる。
そして、ボクの頭を砕こうと、振り降ろ――。
あれっ?
トドメの一撃が来ない。
ボクが、恐る恐る顔を上げると、モップを構えたまま、嫌姫先輩が、固まっている。
頑子先輩の動きも止まっている。
そして、二人揃って、ボクの傍らに転がっているものを、凝視している。
それは、床を這って逃げようとしたとき、ボクのミニスカのポケットから転がり出たものだ。
先輩二人は、「「てめえ、それって――」」と、揃って、呻くような声をあげた。
ボクが落としたのは、『六色のオーブ』の物語内で使われている、変身コンパクトの玩具だ。
學園への入學準備に際し、文具店のキャンペーン籤で当たったもの。
六色の中から、ボクが選んだ、黒のオーブが嵌っている。
ただのチープな玩具だから、何の役にも立たない。
間違っても、そんなもので変身できたりはしない。
なのに、ボクは、それを、お守りのように、持ち歩いていた。
ボクは、先輩二人に、告白する。
「黒のオーブお二人は、ボクの憧れでした。ボク、男なのに、魔法少女にならなきゃいけなくて……。だったら、せめて、お二人みたいな、カッコイイ魔法少女になりたいって……」
ボクは、玩具の変身コンパクトに手を伸ばし、ギュッと握り込んだ。
「だから、これを、お守りみたく、持ち歩いてたんです」
ボクの記憶の奥底から、封印していた記憶が溢れ出ようとしている。
それは、トラウマイニシエーションの記憶だ。
確かに、記憶と向かい合って、力を得るしか、この場を生き延びる道はない。
だけど、この場で思い出しては、マズイ。
ボクは、四月一三日、部活強要解禁日の金平糖菓ちゃんが主役を務めた「服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ放送直前緊急特番」を視聴したから、知っている。
この回想シーンの全ては、全國にテレビ放映されてしまうんだ。
そして、ボクのトラウマイニシエーションの記憶には、ボクだけでなく、母と、妹の薄幸の命にかかわる秘密が封印されている。
絶対に思い出してはならないのは、ボクにトラウマを与えた相手の顔や名前だ。
ボクは、記憶の中で去来する、あいつの顔をみないようにしながら、耐える。
何に耐えているのかというと、トラウマと一緒にボクの中から爆発的に膨らんでくる力に耐えている。
ボクに出来ることなんて、ただ、ただ、拒否することだけだ。
ムリ、ムリ、ムリ、ムリ、ムリ、ボクには無理。
何もかもムリ、絶対無理。
ボクは、叫んだ。
「ボク、もう、ムリなんです。敬愛していた黒のオーブのお二人を拒絶したくない。なのに、自分の暴発を抑えきれない。頑子先輩も、嫌姫先輩も、ボクから逃げて! お願い」
先輩二人は、顔を見合わせて、首を傾げる。
先輩二人からすれば、ボクの言っていることは、意味不明だ。
自分たちは、二人がかりで、ボクの片足を潰し、追い詰めている。
逃げ出したい状況なのは、自分たちじゃなく、ボクの方のはずなのだ。
ボクの掴んでいる玩具のコンパクトが、カッと光を発した。
その中央に嵌まった、黒のオーブが、輝きをピンクに変化させる。
ボクの衣装、着用させられているピンクのセーラー服から、呪われた力が溢れ出てくる。
そして、その、ピンクのセーラー服が、『平服』から『体育服』に変化した。
ノースリーブ、ミニスカ、ワンピのセーラー服だ。
『平服』の半袖が、『体育服』のノースリーブに変わって、肩が大胆に露出している。
『平服』も『体育服』も、極端に短いミニスカで、これは変わらない。
『平服』のツーピースから、『体育服』のワンピースに変わったことで、腹部が露出することはなくなり、そこは安心だ。
これだけだと、恥ずかしさの度合いは、たいして変わってないように思えるかもしれない。
だけど、『体育服』には、とんでもなく恥ずかしい『平服』との違いがあるんだ。
『平服』だと、スカートの下にアンスコをはいてたんだけど、『体育服』は、パ、パ、パ、パ、パンティ――いや、こう言っちゃうと、もう耐えられないから、パンツ、パンツってことにしとくね――そう、女性用のパンツなんだよ。
アンスコだったら、見せパンというか、何と言うか、まだ耐えられた。
でもパンツはダメだ。
これは、女の子の下着だ。
――もう、ダメ。羞恥心をおさえられない。
ボクの恥ずかしさが、呪いの力を跳ね上がらせ、爆発させた。
ボクが「ムリ、ムリだから!」と叫んだのと同時に、ボクの身体から爆風が巻き起こる。
このとき、先輩二人には、ボクのことを、侮っていたと思う。
自分たちは、『科學戦隊』との戦いを生き延びてきた歴戦の戦士だ。
一方の、ボクは、なよっとした子供みたいな外見と、ふるまいだからね。
それでも、サスガだったのは、咄嗟の判断で、魔力障壁を展開してみせた。
それも、自分たち二人を同時に包み込む、黒い二重障壁だ。
相互信頼と、積み重ねてきた実践のなせる技だ。
だけど、それじゃ足りないんだよ。
先輩たちの物語は、中物語の『六色のオーブ』だから仕方ないよね。
大物語『服飾の呪い』のトラウマが産み出した魔法少女の暴発は、そんなものでは防げないんだよ。
ボクが「ムリ、ムリだから!」と叫んだのと同時に、ボクの身体から爆風が巻き起こる。
その爆風は、何もかも拒否する闇だ。
全ての色彩を包含する黒の力すら、拒否し、撥ねのけてしまうほどの闇だ。
先輩二人の身体が、弾け飛んだ。
拒否のうねりに、二つの身体が、ズタズタに、引き裂かれていく。
爆風は、周囲の空間へと及ぶ。
女子トイレ全体が、メリメリ、バキバキという轟音とともに、倒壊していった。
なのに、爆風を巻き起こした、ボクの身体だけは、変わらずそこにあった。
爆風は、ボクを傷つけることなく、身体の中を、吹き抜けていった。
いや、そうじゃない。
逆だ。
爆風は、ボクを傷つけるどころか、ボクの身体に傷が存在することさえ拒んだ。
足首の骨折を拒否し、二の腕と頬の傷も拒否し、無かったことになっていた。
ボクの身体から、傷が否定され、剥ぎ取られ、全くの無傷となっていた。
女子トイレのあった一角が、瓦礫と化し、粉塵が立ちこめていた。
下水が四散し、水道水が、此処彼処から噴出している。
そこに、人体二つ分の血肉が、飛散している。
そんな汚濁の中に、一人の魔法少女が、一切の汚れを寄せ付けることなく、清らかに立ち尽くしていた。
☆
『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ 第一話 セーラー服魔法少女薄荷ちゃん登場』は、大急ぎで編集され、この日の夕方、全國放送された。
『服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ放送直前緊急特番 第〇話 スクール水着魔女っ子は、誰のもの?』に続く、大ヒットとなった。
後から、再放送を見直したけど、ボクにトラウマを与えた『アイツ』の名前と顔だけは、ちゃんと隠し通せていたので、ホッとした。
ニュース番組では、『祝報! 服飾に呪われた魔法少女に、三人目の魔法覚醒者誕生』と報道された。
でも、ボク、不可抗力ではあったけど、二人殺してるんだよ。
學園での殺人が罪を問われることはないにしても、人殺しを礼賛しちゃいけないと思う。
許せないのは、翌朝のカストリ新聞だ。
一面トップに、下から煽るような角度で撮影した、ボクの写真が『短パン→アンスコ→パンティ』と三枚並んでいる。
付けられた見出しは、『セーラー服魔法少女の強さの秘密!』
記事の文面は、そのパンティにある可愛いフリルやレースが、ボクの強さの秘密だと結論づけていた。
カストリ新聞を発行しているカストリ雑誌社だけは、ぜったいダメだ。
あれは、存在しちゃいけない会社だと思う。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月二二日① 冥土喫茶『比翼の天使』 三回目
冥土喫茶も三回目。
もう、常連さんだよね。
えっ、なんですか?
いいえ、ボクは冥土さんじゃなくて、お客さんですよ。
だから、ボクのことは指名できませんって!
ちょ、触らないで!
【この予告は、ほとんど、薄荷ちゃんの妄想です】
■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
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