■四月一六日 冥土喫茶『比翼の天使』 二回目
ボク――儚内薄荷――は、スイレンレンゲさんとの約束を果すため、再び、冥土喫茶『比翼の天使』へとやってきた。
先週、レンゲさんから、『転生令嬢毒殺事件』に関する情報を教えてもらった際、交換条件として、ここで、レンゲさんが連れてくる誰かと会うことを約束したんだ。
お店の扉を開けると、入口脇のカウンターに、前回と同じ、黒服さんがいた。
ボクの顔を見るなり、カウンターの下から取りだした、真紅の右翼を差し出してきた。
「皆様、お待ちですよ。どうぞ、こちらを付けて、暖簾の奥へお進みください」
「ボク、先週、一回来ただけなのに、もう顔を覚えてくださってるんですね」
ボクは、さすがプロですねと、感心しながら、真紅の右翼を背中に付けた。
黒服さんから苦笑いされた。
「ピンクのミニスカセーラー服のお客様なんて、お一人しかいませんよ」
暖簾を潜ると、真紅のメイド服のレンゲさんは、もう、ボックス席に座り込んでいる。
既に、二人のご主人様=お客様が、レンゲさんの向かいに、座っている。
レンゲさんは、手を振って「こっちデス」と、ボクを呼ぶ。
ちゃんと空けておいてくれた、自分の右側の席に、ボクを座らせてくれる。
レンゲさんが、ボクの左手に自分の右手を絡めて、身体を密着させると、比翼の鳥の番の完成だ。
喫茶室の内装は、やっぱりチープだ。
キャンプ場で使うような、折りたたみ式のテーブルと長イス。
座り心地の悪さは、どうしようもない。
ボックス席で相席している、向かい側の男性二人を見る。
二人とも、學園の制服姿だ。
レンゲさんがボクに会わせようとしていたのが、この二人なのだろう。
ボクの正面にいる人物は、とにかくデカイ。
背丈が高く、肩幅もあり、胸板も厚く、太股も太い。
相当に鍛え上げられた肉体を、所持しているようだ。
『筋肉ダルマ』という言葉が頭に浮かんで……あっ、と思った。
鹿鳴館學園へ入學するため搭乗した大陸縦断鉄道の特急蒸気機関車「煩悩号」!
あの車内で、向かいのボックス席に座っていた『爆炎レッド』さんだ。
ってことは、こっちは『雷撃イエロー』さんかな――と、はす向かいの席を見たら、違った。
こっちの人は、初対面だ。
オーダーなんて全くしてないのに、問答無用で『比翼のオムライスセット』が運ばれてきた。
大皿に、左右の翼を模した、二つのオムライスが載っている。
セットドリンクは、クリームソーダ。
大きなゴブレットの中に、ハート型に絡み合った二本のストローが刺さっている。
向かいの二人にも、同じメニューが、とうに配膳済みだ。
『爆炎レッド』さんが、「とにかく喰ってしまおうよ」と提案した。
「僕は、腹が減ってると、頭まで回らなくなるんだ」
全員の了解が得られ、「では、いただきましょう」と一斉にスプーンを取る。
そのとき、向かいの二人が、ボクの手元を凝視しているのが分かった。
『爆炎レッド』さんが、もう一人に、本当に小さな声で「見ろ、やっぱり、ピンクのサウスポーだ」と耳打ちしたのが聞こえた。
向かいの二人は、猛烈な勢いで食べる。
ガッ、ガッ、ガッと、猛然と二人のスプーンが繰り出され、みるみるうちに、平らげられる。
オムライスは、大皿に二人分盛られているだけだから、まだいいけど、問題はセットドリンクだ。
だって、ここのセットドリンク、大きなゴブレットひとつに、ストロー二本だよ。
むくつけき男性二人で、顔を寄せ合って同じゴブレットのストローを咥えている。
――うわ~っ、気色悪う~っ。
ボクは、そんな内心を必死で包み隠し、平静を装う。
ボクとレンゲさんのオムライスは、ぜんぜん減らない。
「レンゲさん、これ、食べきれないよね」と確認してから、二人に「食べかけですけど、どうですか?」と、差し出してみた。
向かいの二人は、「食べ物を粗末にはできないからな」と口調はしぶしぶなのに、顔は嬉しげだ。
二人の間で、ボクとレンゲさんが、口をつけた部分の、無言の争奪戦が勃発した。
食後、ボクの正面にいる『爆炎レッド』さんが、居住まいを正した。
「スマン、少々、長い話しになってしまうのだが、僕ら、『科學戦隊』の話を、とにかく聞いてほしい」
☆
それから始まった『爆炎レッド』さんの話を、要約するね。
卒業してしまった、一昨年の三年生の大物語は『科學の鉄槌』というものだった。
文明開化により、魔法の時代を終わらせ、科學の時代を齎すという壮大な物語だ。
『魔法少女』と『科學戦隊』の間で、壮絶な戦いが繰り広げられ、多くの學園生徒が命を落した。
その戦いは、当初『科學戦隊』側の敗色が濃かった。
ところが、戦いの最後の最後、ギリギリで造りあげられた巨大変形合体ロボットにより形勢が逆転し、『科學戦隊』が勝利するに至った。
――『科學戦隊』って、やっぱり、ボクたち『魔法少女』の敵なんだ。
『魔法』と『科學』じゃ、相容れないもんね。
レンゲさんは、なんでこんな人たちと仲良くできるんだろう?
ところが、その翌年度となる去年、問題が発生した。
『科學戦隊』のメインキャラクターは、『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、『旋風グリーン』、そして『お色気ピンク』の五人と定められている。
『魔法少女』に勝利した前年度の『科學戦隊』のうち、当時三年生だった『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、『旋風グリーン』は卒業し、引継も何もないまま、僕ら新一年生四人に、代替わりした。
そして、勝利当時、一年生だった『お色気ピンク』は、二年生となって在学しているはずなのに、どこを捜しても見つけ出せなかった。
『科學戦隊』は、五人揃わなければ、万全の力を発揮できない。
殊に、『科學戦隊』の巨大合体ロボットは、五つの乗り物が合体する仕組みなのだ。
つまり、五人いなければ、合体ロボットを起動できない。
僕らは、科學戦隊育成科の総力をあげて、一年かがりで『お色気ピンク』探しに取り組んだが、見つけきれなかった。
様々な可能性を検証し、遂には、科學的に『お色気ピンク』のロール持ちを創り出せないかとまで模索したが、ダメだった。
僕らに残された道は、今年の一年生に、望みを託すことだけだった。
三月中から、科學戦隊育成科の新入予定者について、詳細な調査を行った。
だが、やっぱり、該当者は見つからなかった。
三月末、とある予兆が確認された。
それは、『科學戦隊』の総力をあげねば対処できないような惨事へと至る可能性があった。
僕は、居ても立ってもいられず、科學戦隊基地まで、巨大合体ロボットがいつでも起動可能か、確認しに行った。
その帰り、大陸縦断鉄道の特急蒸気機関車「煩悩号」で、君に出会った。
毛布の中から顔を出した君を見たとき、僕の脳裏に天啓が閃いた。
「その者、『お色気ピンク』の衣を纏いて、白き鹿の學園に降り立つべし」
「なんですか、その、どこかで聞いたような天啓は! それに、ボク、これ、好きで着てるんじゃありません! ボク、ホントは、こんなもの、着たくないのに……」
思わず、声を荒げてしまった。
そんなボクを見て、『爆炎レッド』さんは、あたふた動揺している。
「す、すまない。傷つけるつもりは、毛頭なかったんだ。ただ、僕ら科學戦隊が、いかに、君を待ち望んでいたか、知って欲しくて……」
「こ、このピンクのセーラー服がミニ丈なだけで、ボク自身には、『お色気』なんて、かけらもありません! 『お色気ピンク』なんてものになる気はないので、帰らせていただきます」
ボクは、席から立ち上がろうとした。
そもそも、魔法を否定するような人たちと、同席したくない。
隣に座っていたレンゲさんが、そんなボクの手を、ヒシと掴んだ。
ボクに、縋るような目を向けてきた。
「お願いデス、『氷結ブルー』の話しも、聞いてあげテ」と、ボクのはす向かいに座っていた人を指さす。
「ワタシの、幼なじみなのデス」
『氷結ブルー』さんが、さっと立ち上がって、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。うちのリーダーの失礼をお許しください」
『爆炎レッド』さんも慌てて立ち上がって、並んで頭を下げる。
「うちのリーダーは、情熱だけで突っ走る漢なので、順序立てて話したりできず、相手への配慮も欠いてしまうことが多いのです」
二人揃って、既に下がっていた頭を、更に下げる。
「分かりました。恩人のレンゲさんから『お願い』されちゃったし、とにかく、お話しを聞くだけ、聞きます」
ボクは、座りなおしたのを見て、向かいの二人も、再度着席した。
「そもそも、最初にすべきだった自己紹介から、させてください」
『氷結ブルー』さんは、『爆炎レッド』さんと同じく、大柄で筋肉質。
ただ、筋肉ダルマの『爆炎レッド』と違って、引き締まったガチムチ系だ。
背中をピンと伸ばして着席していて、異様に居住まいが正しい。
何というか、ちょっとした挙動にさえ、全身の筋力が込められている感じだ。
『氷結ブルー』さんは、理知的な話し方だ。
「こちらの『爆炎レッド』は、科學戦隊のリーダーです。南のトリモチ地方に領地を持つ南蛮子爵家の三男で、増長と言います。僕は、サブリーダーの『氷結ブルー』。北のチリトリ地方に領地を持つ北狄子爵家の四男で多聞と言います。さきほど話しが出た大陸縦断鉄道の特急蒸気機関車「煩悩号」に、『爆炎レッド』と一緒に乗り合わせたのが、『雷撃イエロー』。東のカスモチ地方に領地を持つ東夷男爵家の六男で持國。また、お会いしてない最後の一人が『旋風グリーン』。王都がある、このカストリ地方の西の外れに領地を持つ西戎男爵家の五男で広目と言います。一度の紹介だけでは名前を覚えきれないでしょうから、どうぞロールで呼んでください」
つまり、四人とも地方貴族家の出身で、なおかつ、家督を継げる嫡男ではないってことだ。
戦隊メンバーすら揃えきれないまま、活躍もできずに、卒業なんてことになったら、平民落ちは免れないだろう。
この自己紹介から始まった『氷結ブルー』さんの話しも、要約するね。
『氷結ブルー』さんの北狄子爵家は、御影辺境伯家の臣下。
御影辺境伯家って、魔法學の密先生の実家だね。
北狄子爵家は、御影辺境伯領の中でも、もっとも北にあって、ウヲッカ帝國との國境にある。
そんな位置関係で、国境を越えた先にある、レンゲさんの、スイレン伯爵家とも交流があった。
北狄子爵領や、スイレン伯爵領がある一帯は、元々は不毛の大地が広がっており、凍原を意味するツンドラ地帯と呼ばれていた。
ところが、過去の大物語『北風と太陽』において、國境を越えた恋愛の熱が凍土を溶かし、ツンデレ地帯と呼ばれるようになった。
ウヲッカ帝國とカストリ皇國の両國が手を取り合い、ツンデレ地帯の開拓が、積極的に進められた。
そして、一面の麦畑が広がり、ポコペン大陸全体を支える穀倉地帯となった。
ツンデレ地帯の麦が、大陸全体の人口増を齎し、文明開化と、産業革命をも齎した。
ところが、一六年前に大規模な蝗害である、大物語『蟲の皇』が発生した。
『蟲の皇』は、ツンデレ地帯の全ての麦を喰い尽くした。
喰える麦が無くなったところで、厳しい冬が来た。
この地域特有の豪雪の中で、『蟲の皇』は、死に絶えた。
世界的な食料不足となり、多くの人が死んだ。
だが本当の地獄は、それからだった。
ポコペン大陸各地で、少ない食料の奪い合いから、強奪や、小競り合いが起こり、遂には一五年前の大物語『世界大戦』へと発展したのだ。
その世界大戦も、各国が疲弊する一方で、麦の収穫が回復したことで、何とか終結した。
だが、我ら北狄子爵家や、スイレン伯爵家の者にとって、蝗害は、魂に刻まれた恐怖なのだ。
今年の三月末、ツンデレ地帯において、とある異変が確認された。
それは、樟脳飛蝗についてのものだ。
樟脳飛蝗は、攻撃力も、繁殖力も低い。
本来、麦作の脅威となるような、虫ではない。
ところが、その樟脳飛蝗に、攻撃力も、繁殖力も格段に高い個体が、発生し、増えつつあると、いうのだ。
現時点では、それだけだ。
だが、一六年前の蝗害も、そんな僅かな異変から始まったのだ。
それが唐突な虫の大量発生へと繋がる。
一度大量発生した虫の群れは、爆発的に膨れあがる。
発生場所の草木を食べ尽し、新たな食料を求めて移動を開始する。
新たな地の食料を食べ尽くしながら、数を増して被害地域を広げ、移動速度を増していく。
一六年前は、蝗害を阻止する手だてがなかった。
だけど、今の僕らには、巨大変形合体ロボットと、これに付随する科學力がある。
僕らは、何としても、新たな蝗害を阻止し、食料危機や戦争を回避したい。
ただ、巨大変形合体ロボットを動かすには、『お色気ピンク』の力が不可欠なのだ。
念のために、申し添えるが、科學戦隊員は聖力使いばかりだが、この巨大変形合体ロボットは、魔力使いでも、問題なく操縦可能だ。
☆
「どうだろう」と、『氷結ブルー』さんが、ボクに向って、身を乗り出す。
「いきなり、『お色気ピンク』のロールを得てくれとは言わない。まずは、我々の活動を見てもらえないだろうか? 我々は、毎週、皇都の百貨店や遊園地で、ヒーローショーを開催している。どうか、それを見に来て欲しい」
――ボクが『お色気ピンク』にならなかったら、
世界中の人たちが困っちゃうってこと?
蝗害で、世界中が食糧危機に陥ったりしたら、
うちちの家族みたいな貧困層は、
真っ先に切り捨てられちゃうよね。
ボクは、頭を抱えて、「う~~~ん、『科學』と『魔法』は、どうしたって、相容れないと思うんですよね……」と唸ったあげく、「考えさせてください」と答えた。
「あのう、どうしても気になるので、もうひとつ、教えておいてください。みなさんが、ボクの方を見て、ときどき囁き交わしている『ピンクのサウスポー』って、なんですか?」
なにを聞かれるのかと緊張していた『氷結ブルー』さんが、「ああ、そのことか」と脱力した。
「科學戦隊の巨大ロボットは、五人の戦士が操縦する五つの乗り物が、変形合体するものだ。そのコクピットだが、他の四つは、右にハンドルがあり、左手でシフトチェンジを行う造りだ。なのに、なぜだか、『お色気ピンク』の搭乗機だけは、左にハンドルがあり、右手でシフトチェンジを行うんだよ。ただ、別に利き腕がどっちでも、操縦に支障はないんだけどね」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月一七日① 魔法學の実習
ボクの魔法少女デビュー。
ボク、オトコノコだし、きっと皇國中の笑い者になっちゃうよね。