■四月一四日 舞踏學の実習
舞踏學の授業は、一回目が四月七日で、その日は講義形式だった。
ボク――儚内薄荷――は、その日、授業グループが、『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様と一緒だと知って喜んだ。
そして、ボクたちの担当教諭が、祓衣玉枝學園長だと知って、驚いた。
その學園長先生から、魔法少女にとって、舞踏学が、いかに大切なものであるかを指摘され、叱られた。
「前期末、つまり七月末に開催される次の舞踏会までに、社交ダンスと神楽舞の両方を、一通り踊れるようになってもらう」と言い渡された。
今日、四月一四日は、舞踏學の二回目の授業で、実習形式となる。
苦手な実技なので、集中が肝要だ。
なのに、昨日=部活強要解禁日の出来事が、頭から離れない。
少なからずショックを受けている。
大変な体験をした『スクール水着魔女っ子』金平糖菓ちゃんのことが心配だ。
ちゃんと、授業に出れてるといいけど……。
頭をぶんぶん振って、邪念を振り払う。
舞踏学は、魔法少女にとっての、必須科目なのだ。
ダンスパートナーとなった明星様に、ペアの相手なしで練習させる訳にもいかない。
自分を叱咤して、指定の練習室へ向った。
☆
學園長先生は、今日もスキの無い立ち姿だ。
長く艶やかな御髪を、白紙で一本に結んでいる。
衣装は、白衣緋袴の上に、千早を羽織っている。
破魔矢を教鞭のように右手に持って、左掌にパシパシ打ち付けながら話しをされる。
學園長先生から、まず、社交ダンスにおける男女の役割について説明があった。
男性は、決めて、伝えて、フォローする。
女性は、美しく、感じて、踊る。
ボクは、「なるほど」と頷いて、男性役を務めようとした。
ボクが男性で、明星様が女性なんだから、当たり前だよね。
ところが、教室にいた全員が、驚いた顔をしていた。
明星様や、學園長先生まで、驚いている。
ボク以外の誰もが、当然のこととして、ボクが女性役を務めるものと考えていたらしい。
ボクは、口を尖らせて、抗議した。
「ボク、男ですよ。こんななりでも、祝入學進學舞踏会の日には、男生徒からだけじゃなく、ちゃんと。女生徒からだって、ダンスのお誘いを受けたんです」
――全く踊れないから、全員お断りするしかなかったんだけどね……。
明星様が、呆れている。
「薄荷ちゃん、まるで自覚がないようだから、僕が指摘せねばなるまい。薄荷ちゃんに、ダンスを申し込んできた女性たちは、間違いなく、自分の方が薄荷ちゃんをエスコートする心づもりだったはずだよ。薄荷ちゃんは、小學生なみの華奢な体躯で、ピンクのミニスカセーラー服に身を包んだ自分が、他の生徒たちに、どのように見えているのか自覚して、相応しい対応を心がけて欲しいな」
『やっぱり、そうなんだ』と落胆した。
ボクだって、認めたくないだけで、全く分かっていなかったわけじゃないんだ。
それに、相手役が明星様じゃ、なおさら、ボクが女性役を務めるしかないよね。
明星様って、美形なうえに、すらりと背が高く、身長は一七〇㎝を越えている。
で、ボクはというと、身長は一五〇㎝もない、お子様体型だからね。
明星様が、にっこり笑って、ボクの前に立つ。
胸に片手をあててお辞儀し、もう片方の手をボクに向って、差し出す。
――うわーっ、明星様って、どうして、こんなにイケメンなの。
これじゃあ、抗えないよ。
ボクは、観念して、ドギマギしながら、その手を取るしかなかった。
教室内にいる他の子たちから、キャーキャーという嬌声があがった。
☆
練習室に、全ペアで、輪を作る。
まずは、魔力なしで、基本ステップの練習だ。
せめて、これが出来なきゃ、魔力を纏ってのダンスなんて、不可能らしい。
先生が手拍子を打ちながら、声を張り上げる。
スコーン、スコーン、ケコイヤ、スコーン。
スコーン、スコーン、ケコイヤ、スコーン。
カリット、サクット、オイシイ、スコーン。
カリット、サクット、オイシイ、スコーン。
それに合わせて、基本ステップの練習を繰り返す。
フォーラウェイロック、チェンジオブプレイス、ウィンドミル、リンク……。
ボクはというと、まるで、お話しにならなかった。
リズムに、先走る、出遅れる。
ステップを、勝手に加える、すっ飛ばす。
一人で勝手に、足を縺れさせる。
転倒したうえ、練習室をコロコロ横断し、別のペアに激突する。
早々に、他ペアとは別メニューとなった。
學園長先生と明星様が、頭を抱えながらも、つきっきりとなる。
三拍子のリズムの取り方から、教え込まれることとなった。
ボクは、メトロノームに合わせて、裏拍子を取ることすら満足に出来ないのだと、露呈した。
休息中に、學園長先生が、ボクではなく、明星様に、こんなことを囁いていた。
「わたくし、白鹿様のお言葉である『あの者は、子宮を持たぬがゆえに、魔法少女というものを、理解できておらぬのではないか』が、頭から離れません。わたくし、あの子が、『服飾の呪い』物語の、最後の最後で、決して踏み外してはならないワンステップを、踏み外してしまうのではないかと危惧しています。……ですが、国津神様が、あの子を選んだことは、必ずや意味があるはずなのです。信じて、徹底指導するしかありませんね」
學園長先生は、この日の授業の最後に、ボクにこう言い渡した。
「本来なら、七月末の舞踏会までに社交ダンスと神楽舞の両方を、一通り踊れるようになってもらうのです。ですが、薄荷さんについては、予定変更せざるを得ません。とにかく、七月末までに、社交ダンスで、男性のリードについていけるようにだけは、おなりなさい」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月一六日 冥土喫茶『比翼の天使』 二回目
デヘヘ、またしても冥土喫茶ですぜ。
いや、したごころなんてないからね。
ちゃんと、人と会う予定があるの!