表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/130

■四月一二日 部活強要解禁日の前夜

 鹿鳴館學園の授業は、一週間サイクルで組まれている。

 礼儀作法から、政治、経済、科學まで、連日、びっしりと授業が続く。


 休日はない。

 だが、生徒自身が、己の物語上、必要だと判断すれば、無断欠席して構わない。

 授業では、出欠の確認すら、なされることがない。

 実際、ボクは、レンゲ(蓮華)さんとの約束を優先し、昨日の授業を欠席している。


 ただし、休み放題ということではない。

 二月が試験月となっており、その結果が悪ければ、いきなり、退學になる。

 補講や、留年はない。


 授業が始まったのが、四月六日。

 今日、四月一二日までで、一週間が経っている。

 つまり、授業サイクルが一巡し、全教科の一回目の授業が、終わった。


 で、明日、四月一三日から、部活強要が解禁される。


 鹿鳴館學園では、複数の物語が同時展開され、覇を競い合っている。

 そして、物語の展開上、重要視されているもののひとつが『部活』だ。


 學園には、公式、そして非公式の、クラブ、同好会、サークルが、かなりの数存在している。

 部活同士の競争意識は強く、抗争など日常茶飯事だ。


 新入生の勧誘についても、行為の制限がない。

 勧誘が、奪い合いに発展し、血で血を洗う戦いとなることも多い。


 學園は、最初の一週間だけは、一年生を部活間の争いに巻き込むことを禁じている。

 不慣れな一年生に配慮し、その間に心構えを持たせるためだ。


 明日、その制限が解除される。

 一年生であっても、部活に巻き込んだり、争奪戦を行ったりすることが可能となる。


 四月一一日にあった魔法學の授業で、御影(みかげ)(ひそむ)先生から、授業グループの五人に対し、アドバイスをいただいた。

 「四月一三日が部活強要解禁日だ。例年この日は、結構な数の死亡者が出る。身辺に注意し、できるだけ、五人で一緒にいたほうがいいよ」


 『五人で一緒に』と言われたものの、他の四人は自由すぎて、互いに連絡を取り合おうとはしなさそうだ。

 ボク――儚内(はかない)薄荷(はっか)――だって、率先してグループを牽引するような性格じゃないんだけど、仕方ない。

 ボクが、寮の内線電話を使って、「寮の食堂へ集まって、一緒に夕食を食べながら、明日どうするか話し合おうよ」と、誘った。


 平民女子寮のエントランス奥にある大食堂に集合した。

 貴族女子寮のエントランスには、豪華なレストランがあるらしい。

 テーブルごとにイケメンのギャルソンがいて、コース料理が出るそうだ。

 だけど、今日は、集合する五人の内二人が平民なので、こちらに集まってもらった。


 平民棟の大食堂は、夕食であっても、メニューは一律。

 好きな料理を、選んだりはできない。

 今日の夕食は、ハンバーグ定食だ。

 ソースや、付け合わせは自由に選べる。


 ボクのハンバーグにだけ、リクエストなんかしていないのに、鮮やかなピンク色をしたタルタルソースが、かかっていた。

 配慮してくれているのか、嫌がらせなのか、良く分からない。


 ボクは、ピンク色のそれを、お箸で切り分けながら、「明日は、どうしょうか?」と、切り出した。


 「服飾に呪われた五人が、やっと集まったんだから、僕としては、この機会に親睦を深めたいね」と、舞踏衣装魔法少女の、宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)様。

 ナイフやフォークの取り扱いが、優雅だ。

 鮮やかに切り分けられたハンバーグから、ジュワッと肉汁が溢れ出る。


 運動部衣装魔法少女の、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)ちゃんが、ハンバーグに突き刺したフォーク振り回しながら、身を乗り出してくる。

 「授業、サボって、どっか行こうぜ。オレとしちゃ、テニスがお勧めだ。オレ、陸上部だけじゃなくて、庭球(テニス)部にも入ってるから、いつでもコート借りれるぜ。陸上部のキャプテンが勇者の北斗(ほくと)拳斗(ケント)様で、庭球(テニス)部のキャプテンが第二皇子の白金(しろがね)鍍金(めっき)様なんだぜ。スゲエだろ。オレって、見込みがあるから、鍍金(めっき)皇子にだって、贔屓されてるんだぜ。今度『鹿鳴館學園庭球(テニス)部最終奥義』の、ええと、なんだっけな……なんか、やたら長い名前の技を伝授してもらう約束なんだ。そうだ、鍍金(めっき)皇子に、明日の指導をお願いしてやろうか? 鍍金(めっき)皇子、メチャ、カッコいいぞ~っ。コートの回りは、『庭球(テニス)部の皇子様』ファンの女子だらけだぞ~っ」

 見ると、綾女(あやめ)ちゃんのハンバーグだけ、縦に三段重ねだ。

 しかも、なぜだか分からないけど、その頂上に、カストリ皇國旗のついた爪楊枝が刺さっている。


 スクール水着魔女っ子の、金平(こんぺい)糖菓(とうか)ちゃんが、困った表情になる。

 「うち、皇子様とか、勇者様とか、コワイし、運動は苦手なんよ。薄荷(はっか)ちゃんもだよね」

 糖菓(とうか)ちゃんは、少食なのか、肉は苦手なのか、添えられた生野菜ばかりを、つついている。


 「うん、ボクも運動とかダンスは、まるでダメ。リズム感がないんだ。明星(みょうじょう)様には、これからの舞踏學の授業で、お手数かけると思います。スミマセン」


 「僕が、きちんとエスコートしよう。安心してくれたまえ」


 「オレは、逆に女の子っぽいことは苦手だぜ。レンゲ(蓮華)さんみたく、裁縫とかは、できないからな」


 「デは、ピクニックは、どうデスか? この季節、學園北側、魔王魔族育成棟の裏にある湿原の、水芭蕉がキレイなのだそうデス。ワタシ、行ってみたいデス」

 文化部衣装魔法少女の、スイレン(睡蓮)レンゲ(蓮華)さんは、お昼に、オムライスを食べ過ぎたとかで、ハンバークの皿を取っていない。

 代わりに、ワイングラスを手にしている。

 聞くところによると、レンゲ(蓮華)さんが生まれ育ったウヲッカ帝國では、水の質があまり良くなく、子供のうちからワインが水代わりらしい。


 みんなが、レンゲ(蓮華)さんの提案に、飛びついた。

 「お弁当を持って、ピクニックに行こう」、と盛り上がる。


 ここまで、話していて、全員の一人称が違うことに気がついた。

 スクール水着魔女っ子の、金平(こんぺい)糖菓(とうか)ちゃんが、「うち」。

 運動部衣装魔法少女の、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)ちゃんが、「オレ」。

 舞踏衣装魔法少女の、宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)様が、「僕」。

 文化部衣装魔法少女の、スイレン(睡蓮)レンゲ(蓮華)さんが、「ワタシ」。


 明星(みょうじょう)様の「僕」と、ボクの使う「ボク」は、音は一緒だけど、イントネーションが異なる。


 ボクも、ピクニック自体は、大賛成だ。

 だけど、懸念事項がある。

 「お弁当の手配や、湿原までの移動方法はどうするの? 明日の朝までに手配できるかな?」


 すると、明星(みょうじょう)様が、微笑む。

 「五人分のランチボックスと、木炭車を貸し出してもらえれば大丈夫だよね。僕から、祓衣(はらい)清女(きよめ)様に、お願いしてみるよ。薄荷(はっか)ちゃんの希望だって言えば、間違いなく力業で、なんとかしてくれるよ」


 「よろしくお願いします」と、みんなと声を揃えたものの、何だが、ちょっと、ひっかかる。

 清女(きよめ)様は、學園長のご息女だから、學園内のことであれば、大抵何とかできてしまうのは知ってる。だけど、『ボクの希望だって言えば』ってどういうことだろう。

 寮の部屋割を変更してもらったときもそうだけど、清女(きよめ)様は、ボクだけ特別扱いしてくれるってことなのかな?


 でも、いまそれを問い質すのは、まずい気がする。

 話題を変えよう。

 「綾女(あやめ)ちゃんが、陸上部に入っているのは、初対面のときに教えてもらったけど、庭球(テニス)部も、掛け持ちしてるんだ?」


 「鹿鳴館學園は、『物語』に幅を持たせるため、クラブ活動を推奨しているから、いくつ入部しても問題ないんだ。オレは、三つの運動部を掛け持ちしてる」


 「三つ目の部活はなんなの?」

 ボクは、思わず、そう尋ねてしまってから、『しまった』と思った。

 これは、ズルい質問になってしまった。

 『服飾に呪われた』五人には、それぞれ三つの服飾が与えられている。

 『平服』、『体育服』、『道衣』の三つだ。


 それぞれが、普段着ているのは、たぶん、与えられた中では最も恥ずかしくない『平服』だ。

 ボクが、ミニスカセーラー服。

 糖菓(とうか)ちゃんが、スカートつきスクール水着で、バスタオルポンチョ可。

 綾女(あやめ)ちゃんが、テニスウェア。

 レンゲ(蓮華)さんがが、メイド服。

 明星(みょうじょう)様が、ミニ袴だ。


 そして、二人だけ、『体育服』が判明している。

 綾女(あやめ)ちゃんが、陸上ウェア。

 レンゲ(蓮華)さんが、ゴスロリ服だ。


 『道衣』を公にしている子は、まだいない。


 この状況で、庭球(テニス)部と陸上部に所属している綾女(あやめ)ちゃんに、三つ目の服装を尋ねたら、その部活のウェアが、綾女(あやめ)ちゃんの『道衣』だと判明してしまう。

 ボク自身が、恥ずかしさのあまり、『体育服』と『道衣』を封印しているというのに、綾女(あやめ)ちゃんにだけ、それを公開しろというのは、とんでもなく、卑怯だ。


 「ぜってー、教えてやんない。あの部活に入部していることは極秘だし、あの部活の衣装で、人前に出るつもりはないぜ」

 綾女(あやめ)ちゃんの口調は、キツくはないけど、すげないものだった。


 ボクは、席から立ち上がって謝った。

 「ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだ」


 「分かってるぜ。気にすんな」と、綾女(あやめ)ちゃんは言ってくれたけど、その目は笑っていない。


 綾女(あやめ)ちゃんって、陸上ウェア姿については、『体育服』でありながら、さして気にする様子もなく、その格好で、授業を受け、學内を闊歩している。

 そんな綾女(あやめ)ちゃんですら、見せたくない部活衣装って、どんなものだろう。

 気になる。


 それに――何と言ったらいいんだろう――綾女(あやめ)ちゃんの雰囲気が、気になる。

 綾女(あやめ)ちゃんって、ボクたち五人の中で、一番、不安定で、危うい感じがする。


 場の雰囲気が、一瞬凍り付いたことを気にしてくれたのだろう、レンゲ(蓮華)さんが、既に『体育服』を公開している一人として、自分から「ワタシ、服飾文化研究部に入部してマス」と教えてくれた。


 どうやら、現段階で、部活に入っているのは、この二人だけ……。

 いや、違うな。

 明星(みょうじょう)様は、何か、秘密のサークル活動でもしてそうな気がする。


 ☆


 學食での夕食会修了後、お願いして、明星(みょうじょう)様にだけ、その場に残ってもらった。

 どうしても、今のうちに訊いておきたいことができたからだ。


 「明星(みょうじょう)様は、祓衣(はらい)玉枝(たまえ)學園長から、ボクのダンスパートナーと特訓を依頼されたのですよね? それに、學園長のご息女である清女(きよめ)ともお知り合いだということですよね?」


 「我が宝生(ほうしょう)侯爵家は、代々、御社(おやしろ)の社務所統括を務めてきたんだ。だから、祓衣(はらい)家とは、家族ぐるみのお付き合いをさせていただいているよ」


 「ボク、玉枝(たまえ)學園長や、清女(きよめ)様から、特段のご配慮を賜っている気がするのですが、明星(みょうじょう)様は、その理由をご存じですか?」


 「知りたいのかい?」と、明星(みょうじょう)様が真顔になる。


 ボクは、ゴクリと生唾を呑み込んで「はい」と答えた。


 明星(みょうじょう)様は、「ほんとうに、知りたいのかい?」と重ねて聞いてくる。

 「『好奇心は猫を殺す』と言うよ。もし、その理由を知ってしまったら、きっと、貴君は、そのことを後悔すると思うな。それでも、知りたいのかい?」


 ボクは「はい、知りたいです。このまま知らずにいたら、後悔どころでは済まなくなる気がします」と答えた。


 明星(みょうじょう)様は、ボクの耳元に唇を寄せ、カヤガヤ騒々しいこの食堂内にいる、他の人々には聞き取れないような小声で教えてくれた。


 「祓衣(はらい)斎宮家と宝生(ほうしょう)侯爵家は、學園生徒が関与する『物語』を管理する立場にある。年度ごとの『大物語』だけでなく、秘められた中小の『物語』まで読み解くことができる立場にある。そして、玉枝(たまえ)學園長と、清女(きよめ)様と、僕は、そんな物語の中でも、ある特殊な嗜好の、言うなれば『腐った』物語を愛好する女子仲間なんだ。僕達三人は、刺激的な物語を、日々捜し求めている。そんななか、僕と清女(きよめ)様は、とんでもない宝物を発見してしまったんだ。それはね……貴君の……トラウマイニシエーションに関する物語だった」


 ボクは、その場に、凍り付く。

 食堂の喧噪が、すーっと遠くなっていき、明星(みょうじょう)様の言葉だけが、頭の中で、こだましていた。

 「あ……ああ……もう、結構です。それ以上は……聞きたく……」

 「いいや、自分から訊ねたんだろ。ちゃんと最後まで、聞きたまえ。僕たち三人が、どんなに驚喜したか分かるかい。だからね、僕達三人は、心待ちにしていたんだ。貴君が、この學園にやってきて、新たな物語を紡いでくれる、この年をね」

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■四月一三日 部活強要解禁日

いや、ボク、体育部はちょっと……。

歌も、ダンスも、ちょっと……。

えっ、女子柔道部?

ボ、ボク、オトコノコなんです、ゴメンナサイ。

や、やめて、いきなり寝技で、締め落しなん……て……。

【この予告は、薄荷ちゃんの妄想がほとんどです】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ