■四月一二日 部活強要解禁日の前夜
鹿鳴館學園の授業は、一週間サイクルで組まれている。
礼儀作法から、政治、経済、科學まで、連日、びっしりと授業が続く。
休日はない。
だが、生徒自身が、己の物語上、必要だと判断すれば、無断欠席して構わない。
授業では、出欠の確認すら、なされることがない。
実際、ボクは、レンゲさんとの約束を優先し、昨日の授業を欠席している。
ただし、休み放題ということではない。
二月が試験月となっており、その結果が悪ければ、いきなり、退學になる。
補講や、留年はない。
授業が始まったのが、四月六日。
今日、四月一二日までで、一週間が経っている。
つまり、授業サイクルが一巡し、全教科の一回目の授業が、終わった。
で、明日、四月一三日から、部活強要が解禁される。
鹿鳴館學園では、複数の物語が同時展開され、覇を競い合っている。
そして、物語の展開上、重要視されているもののひとつが『部活』だ。
學園には、公式、そして非公式の、クラブ、同好会、サークルが、かなりの数存在している。
部活同士の競争意識は強く、抗争など日常茶飯事だ。
新入生の勧誘についても、行為の制限がない。
勧誘が、奪い合いに発展し、血で血を洗う戦いとなることも多い。
學園は、最初の一週間だけは、一年生を部活間の争いに巻き込むことを禁じている。
不慣れな一年生に配慮し、その間に心構えを持たせるためだ。
明日、その制限が解除される。
一年生であっても、部活に巻き込んだり、争奪戦を行ったりすることが可能となる。
四月一一日にあった魔法學の授業で、御影密先生から、授業グループの五人に対し、アドバイスをいただいた。
「四月一三日が部活強要解禁日だ。例年この日は、結構な数の死亡者が出る。身辺に注意し、できるだけ、五人で一緒にいたほうがいいよ」
『五人で一緒に』と言われたものの、他の四人は自由すぎて、互いに連絡を取り合おうとはしなさそうだ。
ボク――儚内薄荷――だって、率先してグループを牽引するような性格じゃないんだけど、仕方ない。
ボクが、寮の内線電話を使って、「寮の食堂へ集まって、一緒に夕食を食べながら、明日どうするか話し合おうよ」と、誘った。
平民女子寮のエントランス奥にある大食堂に集合した。
貴族女子寮のエントランスには、豪華なレストランがあるらしい。
テーブルごとにイケメンのギャルソンがいて、コース料理が出るそうだ。
だけど、今日は、集合する五人の内二人が平民なので、こちらに集まってもらった。
平民棟の大食堂は、夕食であっても、メニューは一律。
好きな料理を、選んだりはできない。
今日の夕食は、ハンバーグ定食だ。
ソースや、付け合わせは自由に選べる。
ボクのハンバーグにだけ、リクエストなんかしていないのに、鮮やかなピンク色をしたタルタルソースが、かかっていた。
配慮してくれているのか、嫌がらせなのか、良く分からない。
ボクは、ピンク色のそれを、お箸で切り分けながら、「明日は、どうしょうか?」と、切り出した。
「服飾に呪われた五人が、やっと集まったんだから、僕としては、この機会に親睦を深めたいね」と、舞踏衣装魔法少女の、宝生明星様。
ナイフやフォークの取り扱いが、優雅だ。
鮮やかに切り分けられたハンバーグから、ジュワッと肉汁が溢れ出る。
運動部衣装魔法少女の、菖蒲綾女ちゃんが、ハンバーグに突き刺したフォーク振り回しながら、身を乗り出してくる。
「授業、サボって、どっか行こうぜ。オレとしちゃ、テニスがお勧めだ。オレ、陸上部だけじゃなくて、庭球部にも入ってるから、いつでもコート借りれるぜ。陸上部のキャプテンが勇者の北斗拳斗様で、庭球部のキャプテンが第二皇子の白金鍍金様なんだぜ。スゲエだろ。オレって、見込みがあるから、鍍金皇子にだって、贔屓されてるんだぜ。今度『鹿鳴館學園庭球部最終奥義』の、ええと、なんだっけな……なんか、やたら長い名前の技を伝授してもらう約束なんだ。そうだ、鍍金皇子に、明日の指導をお願いしてやろうか? 鍍金皇子、メチャ、カッコいいぞ~っ。コートの回りは、『庭球部の皇子様』ファンの女子だらけだぞ~っ」
見ると、綾女ちゃんのハンバーグだけ、縦に三段重ねだ。
しかも、なぜだか分からないけど、その頂上に、カストリ皇國旗のついた爪楊枝が刺さっている。
スクール水着魔女っ子の、金平糖菓ちゃんが、困った表情になる。
「うち、皇子様とか、勇者様とか、コワイし、運動は苦手なんよ。薄荷ちゃんもだよね」
糖菓ちゃんは、少食なのか、肉は苦手なのか、添えられた生野菜ばかりを、つついている。
「うん、ボクも運動とかダンスは、まるでダメ。リズム感がないんだ。明星様には、これからの舞踏學の授業で、お手数かけると思います。スミマセン」
「僕が、きちんとエスコートしよう。安心してくれたまえ」
「オレは、逆に女の子っぽいことは苦手だぜ。レンゲさんみたく、裁縫とかは、できないからな」
「デは、ピクニックは、どうデスか? この季節、學園北側、魔王魔族育成棟の裏にある湿原の、水芭蕉がキレイなのだそうデス。ワタシ、行ってみたいデス」
文化部衣装魔法少女の、スイレンレンゲさんは、お昼に、オムライスを食べ過ぎたとかで、ハンバークの皿を取っていない。
代わりに、ワイングラスを手にしている。
聞くところによると、レンゲさんが生まれ育ったウヲッカ帝國では、水の質があまり良くなく、子供のうちからワインが水代わりらしい。
みんなが、レンゲさんの提案に、飛びついた。
「お弁当を持って、ピクニックに行こう」、と盛り上がる。
ここまで、話していて、全員の一人称が違うことに気がついた。
スクール水着魔女っ子の、金平糖菓ちゃんが、「うち」。
運動部衣装魔法少女の、菖蒲綾女ちゃんが、「オレ」。
舞踏衣装魔法少女の、宝生明星様が、「僕」。
文化部衣装魔法少女の、スイレンレンゲさんが、「ワタシ」。
明星様の「僕」と、ボクの使う「ボク」は、音は一緒だけど、イントネーションが異なる。
ボクも、ピクニック自体は、大賛成だ。
だけど、懸念事項がある。
「お弁当の手配や、湿原までの移動方法はどうするの? 明日の朝までに手配できるかな?」
すると、明星様が、微笑む。
「五人分のランチボックスと、木炭車を貸し出してもらえれば大丈夫だよね。僕から、祓衣清女様に、お願いしてみるよ。薄荷ちゃんの希望だって言えば、間違いなく力業で、なんとかしてくれるよ」
「よろしくお願いします」と、みんなと声を揃えたものの、何だが、ちょっと、ひっかかる。
清女様は、學園長のご息女だから、學園内のことであれば、大抵何とかできてしまうのは知ってる。だけど、『ボクの希望だって言えば』ってどういうことだろう。
寮の部屋割を変更してもらったときもそうだけど、清女様は、ボクだけ特別扱いしてくれるってことなのかな?
でも、いまそれを問い質すのは、まずい気がする。
話題を変えよう。
「綾女ちゃんが、陸上部に入っているのは、初対面のときに教えてもらったけど、庭球部も、掛け持ちしてるんだ?」
「鹿鳴館學園は、『物語』に幅を持たせるため、クラブ活動を推奨しているから、いくつ入部しても問題ないんだ。オレは、三つの運動部を掛け持ちしてる」
「三つ目の部活はなんなの?」
ボクは、思わず、そう尋ねてしまってから、『しまった』と思った。
これは、ズルい質問になってしまった。
『服飾に呪われた』五人には、それぞれ三つの服飾が与えられている。
『平服』、『体育服』、『道衣』の三つだ。
それぞれが、普段着ているのは、たぶん、与えられた中では最も恥ずかしくない『平服』だ。
ボクが、ミニスカセーラー服。
糖菓ちゃんが、スカートつきスクール水着で、バスタオルポンチョ可。
綾女ちゃんが、テニスウェア。
レンゲさんがが、メイド服。
明星様が、ミニ袴だ。
そして、二人だけ、『体育服』が判明している。
綾女ちゃんが、陸上ウェア。
レンゲさんが、ゴスロリ服だ。
『道衣』を公にしている子は、まだいない。
この状況で、庭球部と陸上部に所属している綾女ちゃんに、三つ目の服装を尋ねたら、その部活のウェアが、綾女ちゃんの『道衣』だと判明してしまう。
ボク自身が、恥ずかしさのあまり、『体育服』と『道衣』を封印しているというのに、綾女ちゃんにだけ、それを公開しろというのは、とんでもなく、卑怯だ。
「ぜってー、教えてやんない。あの部活に入部していることは極秘だし、あの部活の衣装で、人前に出るつもりはないぜ」
綾女ちゃんの口調は、キツくはないけど、すげないものだった。
ボクは、席から立ち上がって謝った。
「ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだ」
「分かってるぜ。気にすんな」と、綾女ちゃんは言ってくれたけど、その目は笑っていない。
綾女ちゃんって、陸上ウェア姿については、『体育服』でありながら、さして気にする様子もなく、その格好で、授業を受け、學内を闊歩している。
そんな綾女ちゃんですら、見せたくない部活衣装って、どんなものだろう。
気になる。
それに――何と言ったらいいんだろう――綾女ちゃんの雰囲気が、気になる。
綾女ちゃんって、ボクたち五人の中で、一番、不安定で、危うい感じがする。
場の雰囲気が、一瞬凍り付いたことを気にしてくれたのだろう、レンゲさんが、既に『体育服』を公開している一人として、自分から「ワタシ、服飾文化研究部に入部してマス」と教えてくれた。
どうやら、現段階で、部活に入っているのは、この二人だけ……。
いや、違うな。
明星様は、何か、秘密のサークル活動でもしてそうな気がする。
☆
學食での夕食会修了後、お願いして、明星様にだけ、その場に残ってもらった。
どうしても、今のうちに訊いておきたいことができたからだ。
「明星様は、祓衣玉枝學園長から、ボクのダンスパートナーと特訓を依頼されたのですよね? それに、學園長のご息女である清女ともお知り合いだということですよね?」
「我が宝生侯爵家は、代々、御社の社務所統括を務めてきたんだ。だから、祓衣家とは、家族ぐるみのお付き合いをさせていただいているよ」
「ボク、玉枝學園長や、清女様から、特段のご配慮を賜っている気がするのですが、明星様は、その理由をご存じですか?」
「知りたいのかい?」と、明星様が真顔になる。
ボクは、ゴクリと生唾を呑み込んで「はい」と答えた。
明星様は、「ほんとうに、知りたいのかい?」と重ねて聞いてくる。
「『好奇心は猫を殺す』と言うよ。もし、その理由を知ってしまったら、きっと、貴君は、そのことを後悔すると思うな。それでも、知りたいのかい?」
ボクは「はい、知りたいです。このまま知らずにいたら、後悔どころでは済まなくなる気がします」と答えた。
明星様は、ボクの耳元に唇を寄せ、カヤガヤ騒々しいこの食堂内にいる、他の人々には聞き取れないような小声で教えてくれた。
「祓衣斎宮家と宝生侯爵家は、學園生徒が関与する『物語』を管理する立場にある。年度ごとの『大物語』だけでなく、秘められた中小の『物語』まで読み解くことができる立場にある。そして、玉枝學園長と、清女様と、僕は、そんな物語の中でも、ある特殊な嗜好の、言うなれば『腐った』物語を愛好する女子仲間なんだ。僕達三人は、刺激的な物語を、日々捜し求めている。そんななか、僕と清女様は、とんでもない宝物を発見してしまったんだ。それはね……貴君の……トラウマイニシエーションに関する物語だった」
ボクは、その場に、凍り付く。
食堂の喧噪が、すーっと遠くなっていき、明星様の言葉だけが、頭の中で、こだましていた。
「あ……ああ……もう、結構です。それ以上は……聞きたく……」
「いいや、自分から訊ねたんだろ。ちゃんと最後まで、聞きたまえ。僕たち三人が、どんなに驚喜したか分かるかい。だからね、僕達三人は、心待ちにしていたんだ。貴君が、この學園にやってきて、新たな物語を紡いでくれる、この年をね」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月一三日 部活強要解禁日
いや、ボク、体育部はちょっと……。
歌も、ダンスも、ちょっと……。
えっ、女子柔道部?
ボ、ボク、オトコノコなんです、ゴメンナサイ。
や、やめて、いきなり寝技で、締め落しなん……て……。
【この予告は、薄荷ちゃんの妄想がほとんどです】