■四月一一日 冥土喫茶『比翼の天使』
2024/12/08誤記を修正しました。
昨日、魔法學授業の終了直後、ボク――儚内薄荷――は、スイレンレンゲさんに近寄って、耳元で囁いた。
「『ゴスロリ仮面』の人に、話しがあるんだけど……」
すると、レンゲさんも、ボクの耳元に囁き返してきた。
「明日のお昼、冥土喫茶『比翼の天使』へ来テ」
そんなやり取りがあって、今日は、指定された冥土喫茶にやってきた。
こんなお店に来るのは初めてなので、ドキドキしながら扉を開けた。
――うわっ、扉のノブを掴む、指の震えが止まらないよ。
入口脇に、重厚なアンティーク風のカウンターがある。
その後ろの壁面には、縦長楕円形の額縁が、ずらりと並んでいる。
額縁の中は、お店にいる冥土さんたちの、全身絵姿だ。
額縁の下には、銅板のプレートがある。
プレートには、冥土さんの名前ではなく、メイド服の種類が彫り込まれていた。
クラシカル、ヴィクトリアン、エドワーディアン、ギャルソンヌルック、フレンチ、チャイナ、和風、なんと、バニーまでいる。
額縁に彫り込まれた蔦の装飾に、白い羽根ペンが刺し込まれている、冥土さんが何人かいる。
――これって、なんだろう?
その疑問は置いておいて、レンゲさんの絵姿を捜す。
というか、捜すまでもなく、一人だけ真紅で、フリルマシマシのメイド服だから、一目瞭然だ。
レンゲさんの額縁には、黒い羽根ペンが刺し込まれている。
そして、レンゲさんのプレートには、『コスプレ』と彫り込まれていた。
――えっ、メイド服の種類をプレートに彫り込むんだったら、
『ロリータ』とかだよね。
これじゃあ、まるで、他の冥土さんはホンモノで、
レンゲさんだけ、ニセモノみたいだよ。
いつの間にか、黒服の男性スタッフが、歩み寄ってきていた。
「白い羽根ペンの冥土さんは、お仕事中です。羽根ペンのない冥土さんを、ご指名ください」
ボクは、きょどってしまった。
うまく言えないけど、ボクの方から『指名』するだなんて、なんだか愛の告白でもするような気恥ずかしさだ。
ボクは、「こ、この黒い羽根ペンって……」と、レンゲさんの額縁を指さす。
「黒い羽根ペンは、主従契約ご予約済みのシルシです。」
「コ、コスプレ冥土さんと、しょ、将来をお約束してるんですけど……」
黒服さんが、ぷっと吹き出した。
「将来をお約束って――ああ、ご予約済みなんですね。少々お待ちください」
黒服さんが、カウンター上に置かれたノートを確認する。
「ああ、確かに、コスプレ冥土さんは、本日のお昼、一時間の主従契約をご予約済みですね。ご予約ご主人様は……ピンクのミニスカセーラー服を着た、恥ずかしいコスプレ仲間……と、なるほど、確認が取れました」
黒服さんが、カウンターの下から、真紅の翼を、取り出す。
天使の翼めいた造りで、肩紐が付いているけど、片翼しかない。
「では、この真紅の右翼を背中につけて、暖簾の奥へお進みください」
暖簾を潜ると、正面が喫茶室で、左手の通路はスタッフルームに繋がっているようだ。
スタッフルームから、真紅のメイド服で、真紅の左翼をつけたレンゲさんが出てきた。
レンゲさんは、甘えるような声で、「お帰りなさいマセ、ご主人さま」と言いながら、ボクの左手に、自分の右手を絡めて、身体を密着させてくる。
――なるほど、これで、左右の翼が繋がって、比翼の鳥の番となるんだ。
レンゲさんが、ボクを、座席へと誘導してくれる。
受付カウンターはシックだったのに、喫茶室の内装は、なんだか、かなりチープだ。
キャンプ場で使うような、折りたたみ式のテーブルと長イスが並んでいる。
いくつかの席に、様々な色合いの翼をつけた、ご主人様――つまり、お客様――と冥土さんが並んで座っている。
グループ客の場合は、ご主人様のうち一人だけが翼をつけて冥土さんと相席し、他のご主人様は向かいの席に座っている。
レンゲさんと、ボクも、手を絡め合ったまま、長イスに並んで座った。
案の定、座り心地は、良くない。
この長イスでの長居は辛そうだ。
そこへ、冥土さんの一人が、オーダー伺いにやってきた。
レンゲさんが、「レンゲ、おなかすいちゃったデス」と言う。
決まりのセリフを棒読みしているような口調だ。
『比翼のオムライスセット』をオーダーさせられた。
一品で、二人分らしいけど、結構なお値段だ。
舞踏会の時に助けてもらったし、色々訊きたいのはボクの方だし、この出費は仕方ないね。
待ち時間ゼロで大皿が運ばれてきた。
大皿に、左右の翼を模した、二つのオムライスが載っている。
セットドリンクは、クリームソーダ。
大きなゴブレットの中に、ハート型に絡み合った二本のストローが刺さっている。
オムライスを口にする。
明らかに冷めている。
待ち時間ゼロだったのだから、朝から予め作り置きしているのだろう。
レンゲさんは、『おなかすいた』と言ってたくせに、最初の一口だけ食べたら、それ以上スプーンを口に運ぼうとしない。
きっと、開店時から、もう何皿も、『比翼のオムライスセット』を食べているのだろう。
ムカついたけど、もったいないので、がんばってオムライス二個を一人で食べる。
食べながら、レンゲさんに、『転生令嬢毒殺事件』のあらましを説明する。
特に、舞踏会のとき、ゴスロリ仮面、つまり、レンゲさんが手にしていたワインについて、重点的に、整理しながら話す。
・舞踏会当日、会場の鹿鳴館に置かれていたワインは、
赤ワインと白ワインだけだった。
・だが、その会場でゴスロリ仮面が手にしていたワインは、
ロゼだった。
・そのロゼのグラスワインは、ゴスロリ仮面からボクへ、
更に、ボクから転生令嬢の成上利子様へ
手渡された。
・ゴスロリ仮面が、ボクを連れて会場から転移した直後、
利子様は、そのグラスワインをあおり、
そのグラスワインに含まれていた毒により死亡した。
そして、事件発生以来ずっと、ゴスロリ仮面に問い質したかったことを切り出した。
「舞踏会のとき、『ゴスロリ仮面』さんが手にしていた、グラスワインについて教えてほしいんだ」
レンゲさんは、ちょっとだけ考え込む。
「知ってることを教える代わりに、お願いしたいことがあるデス。来週も、この冥土喫茶『比翼の天使』に来テ。会って欲しい人がいるデス」
ボクは、「いいよ」と頷いた。
『転生令嬢毒殺事件』解決のためなら、それくらい、なんてことない。
「じゃあ、まずは、誰が、ロゼワインを鹿鳴館に持ち込んだのかなんだけど――」
突然、レンゲさんが片手を上げ、ボクの質問を押し止めた。
「誰か来るデス」と、お店の入口扉へ視線を向ける。
お店の扉が、ガタンと乱暴に開かれ、誰かが飛び込んできた。
その誰かは、いきなり、「あちしが、来た!」と宣言する。
入口脇のカウンターにいた黒服さんが、制止しようとするのを、フェイントで振り切る。
學園制服のスカートを左右で摘まんで、ずんずん奥へ、というかボクの方へ、進んでくる。
そして、ボクとレンゲさんの向かいの長イスに、ストンと腰を降ろした。
頭頂部にアホ毛をぴょんと立て、口を常に半分開きっぱなしにしている女の子だ。
その子が、眼前にあった、クリームソーダのゴブレットを引っ掴む。
刺さっていたストロー二本を、両方まとめて咥え込み、ズズズズズーッと一気に飲み干した。
そして、お店のスタッフとお客の全員に聞こえるように宣言する。
「あちしは、芍薬公爵家の百合」だ。」
それは、『芍薬公爵家の人間である自分のやることに、不満がある者はいるか?』と脅しているようなものだ。
無論、皇國軍を率いる芍薬矍鑠元帥の次女に、もの申すような無謀な者がいるはずもない。
お店も、お客も、何事もなかったかのように、百合様が乱入してくる前に取ろうとしていた行動を再開した。
百合様が、ボクに訴えてくる。
「あちし、愛を誓い合った薄荷くんの冤罪を晴らすため、ずっとゴスロリ仮面を探してたの。なのに、どうしても見つからないの! もしかしたら、この學園の生徒じゃないのかも……」
――いや、いや、いや、いまボクの横、
つまり百合様の前に座っている冥土さんが、
ゴスロリ仮面なんですけど。
――百合様も、舞踏会の会場で、
ゴスロリ仮面を見たんですよね。
確かに、あの時は仮面を付けてたし、
服装も、髪と眼の色も、今とは違うよ。
だけど、服の色合いの真紅と、
縦ロールの髪型を見れば、一目瞭然だよね。
どうして、この、縦ロールの髪型と真紅で統一された服装を見て、
『ゴスロリ仮面』だと気がつかないの?
もしかして、あの仮面って、髪と瞳の色を変えるだけじゃなくて、
認識阻害の力でも込められてるのかな。
でも、だとしたら、逆に、ボクはどうして、
二人を同一人物と認識できてるのかな?
――あと、それから、『愛を誓い合った』ってなに?
百合様と愛を誓い合った覚え、ありません。
「ええっと、百合様、ボクのお友だちを紹介させてください。ボクと同じ魔法少女育成科の一年生で、ウヲッカ帝國からの『謎の転校生』、スイレン伯爵家令嬢のレンゲさんです」
ボクは、咄嗟の判断で、レンゲさんの正体を隠したまま、グラスワインについての質問を続行することにした。
「百合様、レンゲさんは、ゴスロリ仮面……とお知り合いだそうで、グラスワインのことを、ゴスロリ仮面に確認してきてくれたんです」
レンゲさんは、ボクの意図を理解してくれたようだ。
頷いてから、おもむろに、話し始めた。
「ゴスロリ仮面によれば、あのロゼワインを、鹿鳴館に持ち込んだノは……」
――よし、これで犯人が分かるぞ。
ボクは、グッと掌を握り込んで、続く、レンゲさんの言葉を待つ。
「……亡くなられた成上利子様デス」
「えっ、ど、どういうこと……」
「あれは、利子様が、転生者としての知識を使って造り出された、幻の貴腐ワイン『貴腐人』なのデス。『貴腐人』は、成上男爵領の特産品となっているデス。同重量の金槐で取引されていマス」
「長い話しになるので、ちゃんと聞くデス」
レンゲさんが、ボクと、百合様に、ひとことクギを刺してから話し始めた内容は。次のようなものだった。
利子様は、平民出身。
転生者としての知識を活かして起業し、それを見込まれて成上男爵の養子となった。
そして、『転生者』に加えて『男爵令嬢』のロールを得たことから、この學園の王侯貴族育成科への入學を認められた。
王侯貴族育成科へ入學したものの、平民出身であることから、入學式からイジメを受けた。
そして、舞踏会当日の朝、イジメの現場に通りかかり、利子様を助けてくれたのが、第二皇子の白金鍍金様だった。
利子様は、「逆ハーレム第一攻略対象のゲーム冒頭イベント、キタ~~~ッ!」と、意味不明なことを叫び、その場で猛アタックを開始した。
このとき、夢中になっている利子様の目に、入っていなかったことがあった。
鍍金様は、許嫁の芍薬牡丹様をエスコートしていたのだ。
しかも、牡丹様は、取り巻き令嬢三人を引き連れていた。
で、どうなったかというと、利子様は、取り巻き令嬢三人によって、女子トイレへと連行された。
取り巻き令嬢三人は、成上男爵家が、この舞踏会のために仕立てた利子様のドレスを、ズタズタに引き裂いた。
これは、利子様が、舞踏会場で、更なる牡丹様のお目汚ししないようにするためのイジメだ。
取り巻き令嬢三人は、『お詫びの品を持って、『後日』、謝罪に来るように』と言い渡して、利子様を女子トイレに置き去りにした。
その女子トイレに、誰あろう『ゴスロリ仮面』その人が入ってきて、個室から出られなくなっている利子様を見つけた。
事情を聞いた『ゴスロリ仮面』は、利子様への助力を約束。
『ゴスロリ仮面』は、転移を使って、あられもない姿の利子様を、人目に触れることなく、鹿鳴館の女子トイレから、貴族女子寮へと連れ出した。
利子様は、寮の自室に、ドレスの予備を、一着だけ持参していた。
利子様の義母が、若い頃に着ていた古いドレスを、いただいてあったのだ。
それを、自領から連れてきたメイドに、急いで着付けてもらう。
『お詫びの品』として、自室に置いてあった、幻の貴腐ワイン『貴腐人』のロゼを一瓶掴む。
そして、『ゴスロリ仮面』の転移で、鹿鳴館へ取って返してもらった。
舞い戻った舞踏会場で、牡丹様と取り巻き令嬢三人を発見。
利子様は、いきなり――牡丹様の前で土下座した。
詫びを入れて、『貴腐人』ワインのロゼを差し出した。
詫びを受け入れた牡丹様に代わって、取り巻き令嬢の一人が『貴腐人』を受け取る。
別の一人が、どこからか、コルク抜きと、ワイングラス七個を持って来る。
もう一人が、トレイを持ってきて、ワインをグラスに注いで、配って回った。
まず、牡丹様がグラス二個を受取り、自分と鍍金様の分とした。
三個のグラスは、取り巻き令嬢たち。
取り巻き令嬢たちは、律儀にも、残る二個のグラスを利子様と、『ゴスロリ仮面』にまで渡してくれた。
その直後に、鍍金様がボクの手を掴んで騒ぎを起こしたため、『ゴスロリ仮面』が知っているのは、ここまでとのことだ。
ボクは、百合様に、訊いてみた。
「牡丹様の取り巻き令嬢の方々をご存じですか?」
百合様は、「もちろん知ってるよ」と、店内の他のお客様への配慮もなく、大声で個人情報を教えてくれた。
伯爵令嬢の末摘花子様。
子爵令嬢の石榴石女様。
男爵令嬢の通草明美様。
この三人で、全員二年生とのことだ。
百合様は、次にボクが言おうとした言葉を、押し止める。
「みなまで言わずとも、分かってるの。最初に約束した通り、あちしと、薄荷くんの愛を立証するためガンバるわ。『転生令嬢毒殺事件』は、この名探偵百合が、まるっと解決するんだから。薄荷くんは、泥船に乗った気持ちで、安心して待ってればいいの。次にやるべきことは、取り巻き令嬢三人への事情聴取ね。任せて!」
百合様は、そう言いながら、もう、駆けだしている。
「いざ神妙にお縄につけ、ですわ~!」という言葉を残して、去って行った。
ボクは、あっけにとられながら、冥土喫茶『比翼の天使』内を見回した。
ほぼ満席に近かった店内から、ボク以外の、ご主人様=お客様たちの姿が消えていた。
ボクは、冥土さんたちに、「スミマセン、スミマセン、ご迷惑かけました」と、謝りたおしながら、出入口のカウンターに向かう。
カウンターで、真紅の右翼を返却して、『比翼のオムライスセット』の代金を支払う。
予約の一時間を完全オーバーしていたけど、何も言われなかったし、追加料金の請求もなかった。
きっと、皇國軍を率いる芍薬矍鑠元帥の次女を、怒らせでもしては一大事と判断したのだろう。
レンゲさんは、ボクの左手に、自分の右手を絡め、身体を密着させた状態で、出入口まで一緒に来てくれた。
そして、「行ってらっしゃいマセ、ご主人さま」と見送ってくれた。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月一二日 部活強要解禁日の前夜
部活強要解禁日って、ナニ、ソレ、コワイ。
もしかして、あんなとことか、こんなこととか、いけないことを強要されちゃうの?
みんなで集まって、ちゃんと、対策たてようよ。
■拙文を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
下欄より「ブックマークに追加」していただけると嬉しいです。
更に、「いいね」や、「評価ポイント★★★★★」などを入れていただけますと、励みになります。
宜しくお願いいたします。