■四月一〇日 魔法學の授業
ボク――儚内薄荷――は、寮の食堂で待ち合わせていた金平糖菓ちゃんと一緒に、朝食を食べる。
今日も、バスタオルポンチョを羽織ったスクール水着姿の糖菓ちゃんが、カワイイ。
野菜のサンドイッチを、モグモグする様子が、小動物みたいでカワイイ。
朝から癒やされる。
糖菓ちゃんと待ち合わせしたのは、一昨日話したときに、今日の魔法學の授業も、一緒のグループだって、分かったからだ。
糖菓ちゃんと手を繋いで、登校する。
授業を受ける魔法少女育成棟は、巨大な三段重ねの丸いスポンジケーキみたいな建物で、いつ見ても美味しそうだ。
魔法少女育成棟に入ると、ホイップクリームの後ろから、食パンを咥えた菖蒲綾女ちゃんが、今日も跳びだしてきた。
もう、何度目かのことなので、さっと避ける。
綾女ちゃんは、どうしてもボクとぶつかって、陸上部キャプテンである召喚勇者様の話しをしたいらしい。
三人で、にっこり笑い合って、三人で「「「ごきげんよう」」」と挨拶を交わす。
ボクは、「また今度、召喚勇者様の話しを聞かせてね」と牽制する。
つまり、『今は、召喚勇者様の話しなんか聞きたくないよ』ってこと。
綾女ちゃんも、負けてない。
「じゃあ、今度は、召喚勇者様も呼んで一緒に話そうぜ」と切り返してきた。
綾女ちゃんも同じ授業グループだと分かり、三人で教室へ向う。
途中、綾女ちゃんに、気になっていたことを尋ねる。
「綾女ちゃん、今日は、陸上のレーシングブルマ姿じゃないんだね」
「あれは、オレの『体育服』なんだぜ。陸上部の部活がある日は、あれを着てるんだよ。今日のは、『平服』」と、歩きながら横回転して、服装を見せてくれた。
綾女ちゃんの『平服』はテニスウェアだ。
若葉色なのは、レーシングブルマと一緒。
タンクトップに、プリーツスコート。
スコートだから丈は短いものの、その下からのチラチラのぞいているのは、スパッツだ。
ボクがミニスカートの下に履かされているアンスコより、下着感がないのが羨ましい。
三人で教室に入ると、宝生明星様が、すでに着席されていた。
コスプレめいた空色のミニ袴姿なのに、何と言うかキリッとカッコイイ。
このギャップが萌える。
ボクと、糖菓ちゃんと、綾女ちゃんは、『ちゃん』付けなのに、明星様だけは、誰からも『様』付けで呼ばれている。
明星様は、同年齢なのに、大人びていて、凜々しくて、頼りがいがあるからだと思う。
面白いのは、一人称が『オレ』の綾女ちゃんより、一人称が『僕』の明星様の方が、凜々しいと感じてしまうことだ。
ボクなんか、男の子なのに、キュンとときめいちゃう。
四人で挨拶を交わした後、そんな感想を話してみた。
「薄荷ちゃんは、僕との初対面のとき、「やっと、男子に出会えた」って、ぬか喜びしていたからね」
明星様が、ハハッと笑う。
「どうやら、魔法學の先生は、そんな薄荷ちゃんの願望を満たしてくれそうだよ。何と男性教師でありながら、魔法少女育成科の卒業生だ」
「どんな先生なんですか?」
ボクは、目を輝かせる。
やっと、男性の魔法少女仲間に会えそうだ。
「これから会えるんだから、まずはご覧じろってところだね」
糖菓ちゃんは、教室内を見回して、首を傾げている。
「もうすぐ、始業のベルが鳴るのに、うちら以外の生徒が、だれも来ないんよ?」
それに、綾女ちゃんが頷いている。
「魔法學の授業グループって、この四人だけなのか?」
その疑問は、もっともだと思う。
他の授業は、どのグループも、生徒が十人以上いたからだ。
そこで、始業のベルが鳴り、先生が入ってきた。
漆黒のマントを着用している。
マントに付いたフードで、顔がほとんど見えない。
でも、何だか、とても若い、美形のような気がする。
先生は、挨拶に続いて、「私は、みなさんの魔法學授業を担当する御影辺境伯家の密といいます」と自己紹介された。
キリッとした、良く通る声で、ボクみたいに、なよなよしてはいない。
「密先生、質問があります」
ボクは、もう、ガマンできなくて、勢い込んで、手を挙げていた。
「先生、ボク、こんなピンクのミニスカセーラー服を着るよう強要されてるけど、ホントは男子なんです。密先生って、男子で、魔法少女育成科の卒業生だって、おうかがいしました。戦いの場でもないのに、魔法少女に、こんなこと聞くのは失礼だって分かってはいるんですけど、差し支えなければ、先生のコスチュームを教えていただけませんか?」
先生の顔はフードで隠れたままだけど、その口元に、エクボが浮かんだ。
「薄荷さんは、きっと、『男の娘』仲間が欲しいんだね。期待に添えなくて、ゴメン。ボクのロールは、『燕尾服仮面』で、徽章の性別は『男』だよ」
「そうですか、お答えいただきありがとうございます。こうして、魔法少女育成科出身の男の先輩に、ご指導いただけて、嬉しいです」
ボクは、極力平静を装ったけど、先生が女装仲間でなかったことに、ちょっぴりガッカリしてしまった。
顔が隠れているので、密先生の方は、どんな表情なのか分からない。
事務的な口調で、「授業を始める前に、『謎の転校生』を紹介します」なんてことを、言う。
――いや、いや、『謎の転校生』登場は、
學園ものの定番だけど、色々ムリがあるでしょ。
だって、カストリ皇國にあるロール持ちのための學園は、
この鹿鳴館學園だけなんだよ。
一校しかないのに、どこから転校してきたっていうの。
それに、このタイミングで来れるんだったら、
転校ってことにならないよね。
入學式にだって、間に合ったんじゃないの。
密先生が、教室の扉の向こうへ、「入って」と声をかける。
『謎の転校生』が、入室してきた。
真紅のメイド服に、ルビーの仮面だ。
メイド服と言っても、この學園のメイドさんたちが着ているような、ちゃんとしたヴィクトリアンメイド服などではない。
セクシーなミニスカのコスプレメイド服だ。
レースやフリルやリボンが、たっぷりあしらわれている。
髪を縦ロールにしており、そこを飾られたヘッドドレスも、真紅。
足下は、総レースストッキングに、厚底ブーツで、やっぱり真紅。
肌が異様に白く、豊満な胸と、桃のようなお尻のラインがキュートだ。
そして、何より肝心なことに、キラキラ光るルビーのビーズで飾られた、仮面をつけている。
メイド服を着ていようが、この仮面は、もう間違いない。
――ゴスロリ仮面の人、キタ~ッ!
ボクは、『転生令嬢毒殺事件』以降、毒殺犯の手がかりを求めて、ゴスロリ仮面を探し回っていた。
昨日だって、魔法少女育成棟内をさんざん探し回ったのに、見つけきれなかった。
その当人が、目の前にいる。
すぐにも、質問攻めにしたい。
あっ、でも、授業が終わるまで待たなきゃ、さすがに先生に怒られちゃうよね。
「ご紹介しましょう。スイレンレンゲさんです。彼女は、カストリ皇國の北に位置するウヲッカ帝國の出身です」
レンゲさんは、一歩前に進み出る。
そして、自身の顔に手を宛て、仮面を外した。
レンゲさんの髪と瞳の色が、一変した。
僕たちと同じ黒髪だったものが、輝くブロンドへと変化した。
僕たちと同じ黒眼だったものが、煌めく碧眼へと変化した。
驚いた。
ボクだけじゃなくて、糖菓ちゃんや綾女ちゃんも驚いている。
明星様だけは驚いた様子がない。
予め、知っていたのかな。
密先生が、説明を続ける。
「彼女の仮面は、ウヲッカ帝國に伝わる魔具です。この學園への転入にあたり、身の安全をはかるために、この仮面を付けていました」
「彼女に関する説明をするために、まず、私の家門について話させてください。我が御影辺境伯領は、ウヲッカ帝國との國境地帯にあります。そして、私の叔母は、先の戦いを収めるため、ウヲッカ帝國のスイレン伯爵へ嫁ぎました。その令嬢が、こちらのレンゲさんなのです。」
「昨年十二月の神逢祭において、レンゲさんが、『服飾の呪い』を受けた中の一人であることが判明しました。その時点で既に、レンゲさんは、ウヲッカ帝國の虎嘯館學園への入學が決定していました。カストリ皇國は、ウヲッカ帝國に、レンゲさんの留學を要請しました。『レンゲさんが、今年の三月以降、カストリ皇國が管理している呪われた三種の服装しか着用できなくなる』ことを説明し、粘り強く説得を重ねました。その結果、やっと昨日、レンゲさんの転入手続きが完了したのです」
「とある事情で命を狙われてもいたのですが、その危険は回避できました。今後は、仮面を外しても問題ありません」
――おおーっ、このタイミングでは絶対ムリだと思った
『謎の転校生』設定の辻褄を、ちゃんと合わせてきたよ~。
それに、生徒会室で聞いた、ゴスコリ仮面にかかわる謎も、解消した。
ゴスコリ仮面と、『文化部衣装魔法少女』の外見的特徴が一致しなかったのも当然だ。
生徒会の強権をもってしても、容易に呼び出せなかった理由も納得だ。
「では、レンゲさん、ここにいる四人は、『服飾に呪われた』仲間です。ご挨拶を」
「ごきげんヨ。ワタシ、文化部衣装魔法少女のスイレンレンゲデス。ハハから、カストリ語を教わってマス。だけど、語尾が曖昧デス。一緒に、魔法少女にツイテ、學ンでいきたいデス」
「皇帝陛下や學園長のご配慮により、魔法學の授業は、この五人だけの特別グループになっています。従って、『服飾に呪われた』生徒にしか、伝えられないことや、教えられないことも、この魔法學の授業の中で、お話ししていく予定です」
密先生は、そう締め括って、授業を開始した。
☆
例のごとく、密先生の授業内容の要旨を、ボクなりに纏めてみる。
ロールを持たず、トラウマイニシエーションを受けていない人々の間では、魔力、聖力、そして神力についての誤解が、多々見受けられます。
魔力、聖力、神力については、いずれその詳細を『神學』の授業で学ぶことになります。
今日は、魔法少女に必要な最低限度のことだけ話しておきましょう。
『この世界』は、神力によって象創られています。
そして、魔力や聖力を行使することによって、神力のありようを変化させることができます。
『この世界』の生命は、動物であれ植物であれ、魔力か聖力のいずれかを、行使できるとされています。
とある理由から、行使できる力は、魔力か聖力のいずれか一方であり、その両方を行使できる者はいません。
更に、行使できる力は、個体差が激しく、魔力、もしくは聖力が発現していると言ってよいレベルの人間は、限られています。
その力の発現に際し、大きな役割を果しているのが、トラウマイニシエーションです。
大きな力を持つ者にトラウマイニシエーションが与えられるのか、それとも、トラウマイニシエーションを与えられた者が大きな力を得るのかは、諸説あります。
この學園は、トラウマイニシエーションを与えられた者のための學び舎です。
従って、この學園の學生は、個人差こそあるものの、魔力か聖力のいずれかを持っていることになります。
魔王魔族育成科、魔法少女育成科、怪盗義賊育成科には魔力持ちが多く、そして、王侯貴族育成科、勇者眷属育成科、科學戦隊育成科には聖力を持ちが多い。
ただし、学科区分は力の種類を区分けしたものではなく、あくまで、ロールに基づくものです。
つまり、科學戦隊の隊員が魔力持ちであっても構いませんし、聖力を行使する魔法少女が居ても構いません。
ロールを持たず、魔力や聖力を持たない者に、ありがちな誤解を、二つほど挙げます。
一つめの誤解は、魔力や聖力の行使に際し、定められた手順や手続き、更には、呪文が必要だとするものです。
無論、そんなものは、ありません。
トラウマイニシエーションを経た者なら、誰もが、実感しているはずです。
力は、自分の中にある、心の傷や、感情から溢れ出てくるものだと――。
呪文があるとしたら、それは、トラウマイニシエーションで与えられた、自らの心の傷を抉り、感情を爆発させるために必要な手続きなのだと――。
二つめの誤解は、魔力や聖力に、属性やレベルがあるとするものです。
無論、こんなものも、ありません。
属性については、トラウマイニシエーションに際し、個々人の魂に刻まれた心の傷が、発現する力の象になるだけのことです。
レベルについては、トラウマイニシエーションによって魂に刻まれた傷の大さと、そこに注ぎ込まれる感情の大きさに由来します。
だからこそ逆に、ここにいるみなさんのように、強烈なトラウマイニシエーションを経た者が、留意せねばならないことがあります。
それは、魂に刻まれた傷が大きければ大きいほど、力を暴走させる可能性も高まることです。
毎年、一定数、魔力を暴走させる者が出ます。
己の人格を破綻させて、自身の命を絶つだけならともかく、回りを巻き込んで甚大な被害が発生することも、ままあるのです。
戦闘時以外は、何かに執着したり、拘泥したりせず、強い喜怒哀楽を抱かず、極力心の平穏を保つよう心がけてください。
現時点において、『服飾に呪われた』五人の中で、己の意思で魔力を発現・操作できているのは、レンゲさんだけです。
ウヲッカ帝國は、薬物を用いたドーピングにより、トラウマを刺激し、力の発現年齢を早めているのです。
ドーピングは、科学的で、合理的なものと思われがちですが、カストリ皇國では、これを、力の暴走を引き起こす可能性の高い危険行為とみなし、禁止しています。
従って、鹿鳴館學園では、入學後の実習授業により、魔力を開花させています。
レンゲさんの力は、『転移』です。
レンゲさんの受けたトラウマが、誘拐監禁を伴うものであったことから、そこから逃げ出すため『転移』を発動できるようになったのだそうです。
レンゲさんの『転移』は、レアで強力です。
『服飾に呪われた』者は、呪われているがゆえに、トラウマも大きいのです。
『服飾に呪われた』五人については、全員が強力な力を行使できるものと考えられます。
密先生の指示により、レンゲさんが力を使ってみせてくれた。
教室内の各所に、瞬時に転移してみせた。
転移前と転移後で姿勢を変えることも可能だ。
更には、接触している誰かを連れて、一緒に転移することもできる。
――これは、知ってる。
だって、ボク、鹿鳴館での舞踏会から、
連れて逃げてもらったから――。
『呪われた服飾』について、レンゲさんの協力により明らかになっている事実があります。
まず、『呪われた服飾』が、着用者の発動魔力を、制御限界以上に、高めてしまうということ。
『服飾に呪われた魔法少女』は、強い力を発動できる代わりに、不安定で、常に魔力暴発の危険性に晒されているらしいのです。
それから、レンゲさんは、『平服』がメイド服で、『体育服』がゴスロリ服ですが、発動できる魔力がメイド服よりゴスロリ服の方が格段に高いのです。
このことにより、呪われた五人に与えられた服飾は、『平服』→『体育服』→『道衣』と、飛躍的に発動魔力が高まり、同時に暴発の危険性も高まっていくものと考えられます。
来週から、実習により、順番に全員の魔法を発動させ、強化していきます。
この実習については、國営テレビが密着取材し、番組放映されます。
鹿鳴館學園は、國営テレビとタイアップし、三つの人気番組を持っています。
『勇者による魔王討伐物語』、『科學戦隊シリーズ』、そして『魔法少女シリーズ』です。
『勇者による魔王討伐物語』は、現在三年生の召喚勇者が、その入學時より、現行シリーズの主役を務めています。
『科學戦隊シリーズ』は、訳あって、ここ一年、番組放送を中断しています。
現時点において、未だ放送再開の目処が立っていません。
『魔法少女シリーズ』については、二年間の下積み研鑽を経て、三年生が番組主役を務めるのが、近年のお約束となっていました。
そのお約束が崩れたのが、二年前です。
その年、多くの魔法少女が亡くなる出来事がありました。
急遽当時の一年生を主役にたてたけど、十二人の主役で、生き残れたのは二人だけでした。
一年前は、再び、一年生を主役に抜擢してでもと、番組続行が望まれました。
だけど、その世代の子たちには、特殊な事情がありました。
だから、『科學戦隊シリーズ』と同様、一年間、番組放送を見合わせざるを得ませんでした。
現在、その子たちは二年生になっています。
やっぱり、番組の主役を務められる状況ではありません。
でも、今年は、違います。
年度の大物語『服飾の呪い』のキャラクターであることが、ほほ確定している君たち五人が、入學してきました。
世界中の魔法少女ファンが、君たちに期待しています。
君たち五人には、新シリーズの番組中で、力に覚醒していってもらいます。
「来週、四月一七日の第一話は、『セーラー服魔法少女儚内薄荷ちゃん』が力に覚醒するお話しです」
――えーっ! 第一話がボクの物語って、そのまま、ボクが、
今期『魔法少女シリーズ』の主役になっちゃう
可能性が高いじゃないですか?
ボク、『男の娘』ですよ。
どうしたって、色物というか、添え物のはずですよね。
ボク、魔法少女五人の四番手ぐらいが、せいぜいですよね。
いきなり、一番手なんて言われても、ムリ。
ムリ、ムリ、ムリ、ムリ、ムリだって……。
混乱して、あわあわしているボクに、他の四人が拍手してくる。
「おめでとうデス」
「薄荷ちゃん、ガンバッテ」
「トップバッターは、オレだって思ってたのに――」
「…………」
――みんな、目が笑ってない。
きっと、内心では、本物の『少女』として、
『名誉女子』の『男の娘』なんかに負けたくないって、思ってるよね。
「授業は、以上ですが、最後にひとつ、注意事項を言っておきます。四月一三日が部活強要解禁日です。例年この日は、結構な数の死亡者が出ます。身辺に注意し、できるだけ、五人で一緒に居てください」
密先生は、いきなり、コワイ一言で授業を締め括り、退出していった。
――部活強要解禁日って、なんなの?
ちょっと、先生、ちゃんと、そこまで、教えてよ?
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月一一日 冥土喫茶『比翼の天使』
オトコノコなら、行ってみたいよね、冥土喫茶。
セーラー服なんか着てても、ボクだって、オトコノコなんだから。
えっ、最後の『コ』の字が違うって?