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■四月八日 物語學の授業

 ボク――儚内(はかない)薄荷(はっか)――が、物語學の授業がある教室に入ったら、金平(こんぺい)糖菓(とうか)ちゃんがいた。

 「あっ、一緒の、授業グループなんだ」

 キャッキャ、ウフフと、悦びあってから、並んで座る。


 ――物語學の先生は、誰だろう?


 一昨日の神學担当教諭が、教皇の天壇(てんだん)白檀(びゃくだん)様。

 昨日の舞踏學担当教諭が、現皇帝の実妹で、斎宮で、この鹿鳴館學園の學園長、祓衣(はらい)玉枝(たまえ)様。


 教皇様の神殿と、斎宮様の御社(おやしろ)は対立関係にあるから、お互い張り合ってらっしゃるのかな、とは思う。

 だけど、やっぱり、ボクごとき平民のために、お二人が授業されるのは、おかしいと思う。


 物語學の先生は、普通の方でお願いしますと、神殿の天津神と、御社(おやしろ)の國津神に、お祈りしながら、先生を待った。


 始業のチャイムが鳴り、教室に入って来られたのは、萵苣(ちしゃ)公爵家の博學(はくがく)宰相様だった。

 あのチャーミングなカイゼル髭!

 間違いない。

 毎日のように、新聞の一面を飾ってる、あの方だ。


 ――さ、宰相って、この國で一番お忙しい方だよね。

   こんなところに、何しに来たの?……授業ですか、そうですか。


 実のところ、この國で、最も物語學に精通された方でいらっしゃるのも確かだ。


 ちなみに、萵苣(ちしゃ)博學(はくがく)宰相の、ご令息と、ご令嬢は、既に登場済み。

 ご令息の強記(きょうき)様は、三年生で、生徒会書記。

 ご令嬢の智恵(ちえ)様は、二年生で、第一皇子の許嫁で、ボクと糖菓(とうか)ちゃんの、チュートリアルを担当してくださった方だ。

 三人揃って、自己を厳しく律し、努力と研鑽を惜しまないタイプだ。


 博學(はくがく)先生は、お名前だけを名乗られてから、さっさと授業を開始された。

 肩書きなど不要とお考えなのか、それとも、自分の肩書きを知らない者などいないとお考えなのか……。


 「この學園の生徒は、どうしても実習に注力しがちである。力の習得に、自らの命がかかっているのであるから、やむを得ないことではあろう。しかしながら、座學を軽視することが、あってはならん。座學の知識が、己の生死を分けることも多々あるのだ。」


 「殊に、物語學は重要である。物語は、この國の、神話であり、歴史であり、地理であり、科学であり、政治であり、そして、未来でもある。それを、この國で最も多忙なこの吾輩が、時間を工面して、教鞭を執るのであるから、ゆめゆめ聞き逃すことなどないように――」と、睨まれた。


 ちゃんと傾聴していたのに、明らかに、ボクを睨んでいる。

 「物語學については、次の授業から系統立てて講義していくとして、本日は、諸君がこの學園で生き延びていくために、最低限必要だと思われること、かいつまんで話そう」


 その先の授業内容を、ボクなりに纏めると次のとおり。


 ☆


 まず、この鹿鳴館學園が創設されたのが、百年前である。

 そこから、毎年、このカストリ皇國をめぐる幾多の物語が、この學園を舞台に繰り広げられてきた。


 九九年前の、第一期生の大物語が、『天の岩戸』。

 ポコペン大陸の戦乱を憂い、『天の岩戸』に立て籠もってしまった天津神を、國津神が再び表舞台へと連れ出す物語である。


 この物語の中で、『天の岩戸』が開かれたのが、一二月二四日であったことから、この日は、神逢際と呼ばれる祭日らなっておる。


 神逢際の日、皇都トリスにある大神殿の関係者と、鹿鳴館學園にある御社(おやしろ)本社関係者が、皇宮にある地下迷宮に招き入れられる。

 神殿関係者と、御社(おやしろ)関係者は、異なる入口から地下迷宮に入る。

 それぞれ、一昼夜かけて、迷宮の試練を踏破し、最奥にある『岩戸の間』にて、落ち合う。

 そして、一二月二五日の午前(れい)時に、岩戸が開き、そこから天津神と國津神の合議に基づく、御神託が降りる。

 御神託とは、翌年度の大物語であり、それともに、転生者の魂や、己の肉体を持つ召喚者が、岩戸を潜り出て来ることもある。


 『天の岩戸』の物語を紐解くと、『この世界』と『あの世界』という言葉が頻出する。

 これは、転生者と召喚者が、自分たちが転生・召喚される前にいた、岩戸の向こうの世界を『あの世界』と呼んだことから、常用化されるようになった言葉である。

 つまり、百年前から、既に、転生者と召喚者は、『この世界』にやって来ていたことになる。


 転生者と召喚者は、『あの世界』の思想や技術や物語を『この世界』にもたらし、『この世界』の発展を速めた。

 これにより、『あの世界』で数千年かかった発展を、『この世界』では、僅か百年で達成せしめた。


 世界が発展することは、望ましい未来を手中にすること、ではある。

 だが、強引な発展の結果、『この世界』には、看過できないほどの歪みも生じておる。


 この百年間の物語を振り返ると、二十年ごとに区切られた、五つの時代に分割されておる。

 神話の時代、御伽噺の時代、寓話の時代、ロマンの時代と進んできて、直近の二十年には、まだ名前がついていない。


 神話の時代は、神殿と御社(おやしろ)の権威が高まり、封建制度が確立されたことによって終わった。


 御伽噺、つまり、フェアリーテイルの時代は、転生者が暗躍し、義賊が跋扈し、農民一揆から農地改革へと至ることによって終わった。


 寓話の時代は、封建制度が強まり、物語は、寓話の形しか取ることができなかった。


 王権と結びついた召喚者が活躍し、宗教改革と中央集権化が進み、遂には文明開化へと至る。

 これにより、ロマンの時代となり、様々な物語が華開いていった。


 転生者と召喚者が手を携え、人間復興から産業革命がおこり、遂には直近の二十年、名前のない時代へと至った。


 これだけのことが、『物語』の力により、たった百年で実現されたのである。

 吾輩は、その事実に恐怖する。

 『この世界』の内包する歪みは膨大なものであり、もはや、いつ崩壊してもおかしくないように思えるからだ。


 ☆


 特に、諸君ら、『魔法少女』が、知っておかねばならないことがある。

 それは、百年に及ぶ物語の中で、現在『魔法少女』と呼ばれている諸君らほど、物語のなかにおける役割を変幻させた存在は、他にないということだ。


 神話の時代、原初、諸君らは、舞踏を司る、神の一柱であった。

 ところが、幾つもの事件が起こり、邪神とともに神界を追われる。

 人界にも受け入れてもらえず、神に舞踏を捧げる、放浪の『巫女』となってしまう。


 御伽噺の時代、諸君らは、フェアリーテイルの、『妖怪』や『妖精(フェアリー)』に近しい存在と見做されていた。

 それらは、天津神や國津神だけでなく、邪神にも近しい超常の存在とされた。


 寓話の時代、諸君らは、『魔女』もしくは『魔法使い』と呼ばれ、忌み嫌われる存在となっていた。

 大物語『白雪姫と悪い魔女』が、その典型だ。


 ロマンの時代、『魔女』もしくは『魔法使い』は、遂に、迫害対象となっていた。

 この國の現宰相である吾輩が言えた立場ではないが、宗教改革や、中央集権化が進む中、恰好のスケープゴートだった。

 過去に起こった幾多の物語のなかで、この國の為政者や神殿は、魔法使いを迫害し続けた。

 魔女裁判にかけ、拷問し、一方的に悪と決めつけ、磔刑にし、生きながら焼き殺してきた。

 なかでも、寓話の時代の終わりを告げる大物語『魔女の(サバト)』は、陰惨なものだった。


 諸君らが『魔法少女』と呼ばれ、人々から親しまれるようになったのは、ここ二十年ほどのことでしかない。

 新聞小説、カストリ雑誌、ラジオドラマ、そしてテレビ番組へつながる、メディア戦略。

 そして、先輩方の自己犠牲と研鑽により、諸君らは人々のイメージを一新させることに成功した。

 ついには、この鹿鳴館學園における学科名を、恐れられた『魔女育成科』から、愛される『魔法少女育成学科』に改変させるに至ったのである。


 ☆


 では、現在、諸君らの抱えている問題に直結する、直近二十年の物語を見ていこう。


 十六年前、第八四期生の物語が『蟲の皇』。

 農地を広げ、産業を発展させ、人口が増えたことによる大規模な蝗害(こうがい)が『この世界』を襲ったのである。


 十五年前、第八五期生の大物語が『世界大戦』。

 蝗害(こうがい)に起因する食料の奪い合いから、カストリ皇國と、北のウヲッカ帝國の戦争が勃発し、世界大戦へと発展したのである。

 この戦いにおいて、前皇帝の白金(しろがね)金剛(ダイヤ)様が崩御された。

 現皇帝は、その弟君であらせられる白金(しろがね)白金(はっきん)様だ。

 國の北、チリトリ地方には、この戦いの傷跡が今もまだ残されている。


 ――ボクたちの、生まれた年だ。


 十四年前、第八六期生の大物語が『(フック)の鉤爪』。

 前皇帝から現皇帝への政権移譲の中で、行き場を失った平民たちの怒りを、時の義賊や海賊たちが代弁する形で、大規模な反乱が起こった。

 この事件をもって、義賊や海賊たちの時代は終わり、いまではただの犯罪者集団と化しておる。

 首謀者に祭り上げられた(フック)船長の鉤爪は、その義賊復権のカギとなると言い伝えられており、つい二年ほど前にも、國の最東端の街であるアヤトリ市で、騒乱が起こっておる。


 ――あれっ、隣の席の、糖菓(とうか)ちゃんが、目を瞑って震えてる。

   二年前の事件に、何かヤな思い出でもあるのかな。


 九年前、第九一期生の大物語が『退廃(デカダンス)の華』。

 蝗害(こうがい)や戦争からの復興が進み、岩戸景気を経て、文化的な爛熟期に至ったことにより、大規模な摘発と、綱紀粛正がなされた。

 世紀末思想がはびこり、魔女の活動が活発化し。各地に魔王誕生の兆しが見え始めたのである。


 ――ボクたちが六歳になって、ロールを受けた年だ。


 五年前、第九五期生の大物語が『科學の鉄槌』。

 魔法と科學の戦いが勃発したのである。

 戦いを有利に進めていた魔女たちを、科學戦隊が秘密裏に開発していた巨大合体ロボットを投入したことにより、逆転するに至った。


 二年前、第九八期生、つまり現三年生の大物語が『勇者の召喚』。

 世紀末に出現するであろう魔王に対抗すべく、遂に勇者が召喚されるに至った。


 一年前、第九九期生、つまり現二年生の大物語が『令嬢の転生』。

 これは、世紀末への伏線だと言われておるが、物語の進展は混沌としており、未だ位置づけが定まっておらん。


 そして、今年第一〇〇期生である諸君ら、一年生の大物語が『服飾の呪い』。

 近代化著しい中、ここへ来て、魔女、つまり魔法少女の物語である。


 更に、異例のことが起こっておる。


 先に話したように、一二月二四日の神逢際の夜、一二月二五日の午前(れい)時、天津神と國津神からの御神託が降りる。

 その御神託において、翌年四月から翌々年三月までの『大物語』が明らかとなるのが通例であった。


 ところが、昨年の神逢際の夜、これまでにない出来事があった。

 今年度の大物語『服飾の呪い』に加えて、その次の大物語が『混沌の浸蝕』であることまで、明らかとなったのだ。


 皇帝陛下をはじめ、各國の為政者たちはみな、この事態に警戒し、物語の動向を注視しておる。

 特に、天壇(てんだん)白檀(びゃくだん)教皇は、「『混沌の浸蝕』は、『この世界』の百年の繁栄を揺るがしかねない」と、警鐘を鳴らしておる。

 子飼いの召喚勇者北斗(ほくと)拳斗(ケント)に、他の物語を取り込み、挙国一致体制を築くよう厳命したそうだ。


 萵苣(ちしゃ)博學(はくがく)先生は、深刻な表情で授業を終えたけど、ボクには、世界の行く末とか、そんな難しいこと分かんないよ。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■四月一〇日 魔法學の授業

謎の転校生登場。

いやいや、入學直後で、転校生って、ムリあるでしょ。

あっ、どこからともなく、ラベンダーの香りが……。

って、これはウソ、ウソですからね。

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