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■四月七日 舞踏學の授業


 今日は、舞踏學の授業だ。

 前にも話したように、授業は少人数のグループ制で、科目ごとにグループのメンバーが変わる。

 ボク――儚内(はかない)薄荷(はっか)――は、『今日の授業グループは、どんなメンバーだろう?』と思いながら、魔法少女育成棟の教室へ入った。


 そこに、男子生徒がいた。

 つまり、女の子だらけの魔法少『女』育成科の生徒の中に、ボクと同じ男の子がいた。


 救われた心地がした。

 だって、ボクは、魔法少女育成棟内に入る度、女子ばかりで男子がいないことに、心細さと居心地の悪さ、更には精神的な重圧を、ずーっと感じていたからだ。


 魔法少女育成科にも、ごく少数ながら男子生徒がいるという話は、聞いていた。

 いつか出会えることを期待し、もし出会えたら、絶対友だちになろうと決めていた。


 ボクはその子に駆け寄って、ひしと、その片手を取った。

 「やっと、男子に出会えた。ねえ、キミ、ボクとお友だちになってよ」


 その子は、空いている方の手で。ふっ、と短い髪を掻きあげる。

 「お友だちは歓迎だけど、貴君のご期待に添えず申し訳ない。僕は、女子だよ」


 「えっ!」と、その子を凝視してしまった。


 たっ、確かに、というか、どこからどうみても、女の子だった。

 頭髪がショートカットで、胸が控えめなこと以外、間違える要素がない。

 そもそも、ショートカットの子も、スレンダーな子も、他にいっぱいいるのに、ボクはどうして、この子を男だと勘違いしてしまったんだろう。


 きっと、醸し出す雰囲気からだと思う。

 大人びたキリリとしたハンサムさんで、心の中に闇を抱え込んでいそうな感じ。

 仕草のひとつひとつがダンディーで、動く度に美しくポーズが決まる。

 ボクと同じ年齢のはずなのに、既にいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた者だけが醸し出す、落ち着きがあった。


 そんなことよりなにより、この子、というか、この方については、言っておかなきゃいけないことが、他にある。

 ボクの立場であれば、男か女か以前に、そちらの方が重要だ。


 それは、この方も、『服飾に呪われた魔法少女』の一人だってこと。


 その衣装は、青空を思わせる明るい空色の、巫女服?

 でも、それを巫女服と呼ぶには、あまりに違和感がある。


 まず、普通の巫女服であれば、白衣のところから違う。

 空色で、袖は普通で、袂は腰の下まである。

 なのに、襟が、袴より短いので、腹部がちらちら見えている。


 次に、普通の巫女服であれば、緋袴のところも違う。

 空色で、極端に短かいものだから、襞のあるキュロットみたいに見える。

 腰板を紐で結ぶ構造は袴のものだけど、投げのところが、ポケットみたいなっている。


 そこを見て、ちょっとホッとした。

 だって、普通の袴みたいに投げの穴が開いていたら、白衣が短くて、その穴まで届かないのだから、腰の両横が大きく露出してしまっていたところだ。


 巫女服の上に、透けるように薄い千早を羽織っている。

 膝下には脚絆が巻かれていて、足下は草履だ。


 『いや、それにしても、投げの穴が開いてないのが残念だ……なんて考えてないからね』と、自分にツッコミを入れたところで、思い至った。

 自分が、ずっと、その子の片手を握りっぱなしにしたままで、無遠慮に全身を眺め回していたことに――。


 ハッと手を離して、とびすさる。

 「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」と、頭を下げて謝り倒した。


 その子は「気にしないで」と言ってくれた。

 「儚内(はかない)薄荷(はっか)ちゃんが置かれている状況については、誰もが知っていることだからね。僕は、『服飾に呪われた』仲間として、貴君と友だちになりたいと望んでいるよ」


 そう言って、僕の顔を上げさせてから、名乗ってくれた。

 「僕は、宝生(ほうしょう)侯爵家の明星(みょうじょう)。『舞踏衣装魔法少女』さ」


 この授業で、同グループなった他の子たちも会話に加わる。

 その子たちが、明星みょうじょう様について教えてくれた。


 明星みょうじょう様は、一年生でありながら、既に多くの女生徒の憧れの的になっており、二~三年生からも『様』付けで呼ばれているそうだ。

 懐が広く、頼りがいがあって、生徒たちの相談役のようになっているそうだ。


 始業のチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。


 ――昨日の神學担当教諭が、

   教皇天壇(てんだん)白檀(びゃくだん)様だったのには驚かされたな。


 などと、ぼんやり回想しながら、入室してきた先生の顔を見上げたら――學園長先生だった。

 現皇帝の実妹で、斎宮で、この鹿鳴館學園の學園長、祓衣(はらい)玉枝(たまえ)様、その人だった。


 學園長は、長く艶やかな御髪(おぐし)を、白紙で一本に結んでいる。

 こちらの衣装は、ちゃんとした白衣緋袴で、千早を羽織っている。

 いつも、破魔矢を教鞭のように右手に持って、左掌にパシパシ打ち付けながら話しをされる。


 學園長は、挨拶もそこそこに、ボクを、その破魔矢で指し示しながら、静かに、こう仰った。


 「去る四月三日、『鹿鳴館』で開催された、學園への入學進學を祝う舞踏会において、こともあろうに、一人の『魔法少女』が、大勢の學園生徒を前に、自分は踊れないと告白したそうです。リズム感もなく、おまけに音痴だと……。更には、あろうことか、どんなに練習したって、自分にはダンスなんてムリだとまで、言い切ったそうです」


 ――それ、ボクです。


 「よりにもよって、『魔法少女』が、『鹿鳴館』で、ですよ。『鹿鳴館』とは、神々や神使(じんし)様方に、舞を奉納する聖なる場です、そして、舞を奉納する大切な役目を担っているのが、誰在ろう『魔法少女』なのです。自分の軽率さと、不敬さが、理解できますか? バチ当たりにも、ホドがありますよね」


 ――こっ、これは、マズイ。

   ボク、自覚もないままに、とんでもないことを、やらかしてたらしい。


 ボクは、椅子から降りて、土下座した。

 「ゴメンナサイ!」


 「その不見識な言葉を耳にした白鹿様は、それはもう、大変なお嘆きようでした。白鹿様が『玉枝(たまえ)よ』、と語りかけてこられるのです。『あの者は、子宮を持たぬがゆえに、魔法少女というものを、理解できておらぬのではないか』、と」


 ――えっ、學園長って、白鹿様の御声が聞こえるの?

   ホントに?

   斎宮様なのだから、むしろ、当然のこと?


 「ボク、白鹿様のご不興をかったのですよね。きっと、ボクにロールを与えてくださった白鼠様の面目も潰したってことですよね。ボク、死んでお詫びするしかないですか?」


 「落ち着きなさい。そこまでのことではありません。白鹿様も白鼠様も、お優しい神使(じんし)様ですよ。本当に、御不興を買ったのであれば、舞踏会の場で死を賜っています。今日まで放置されるようなことはありません」


 「わたくしが、取りなしておきました。『白鹿様、国津神のなさることに、間違いなどあろうはずがありません。あの者の舞踏學については、この祓衣(はらい)玉枝(たまえ)が、身命を賭して直接指導にあたりますゆえ、どうか心安らけく』、と」


 ボクは、土下座をやめて、椅子に座り直すよう指示された。

 學園長先生は、チョークを握って黒板に向かい、平然と講義を開始した。

 「……と、いうことで、気にせず、授業をはじめましょう」


 ――めっちゃ、気になるんですけど!

   もっと怒るなり、体罰を与えるなりしてくれないと、

   いたたまれないんですけど!


 ――でも、學園長先生が、取りなしてくださったのだから、

   ボクにできるのは、真摯に學園長先生の授業を受けることだけだよね。


 「これからお話しすることには、全学科に共通する舞踏學の講義内容に加えて、魔法少女育成学科の生徒にしかお話ししない内容を含んでいます。他の学科に情報を漏らさぬよう留意してください。この禁を犯す者は、それこそ、國津神よりの神罰が下るものと心なさい。」

 そう、前置きして、話された授業の要旨は、次のようなものだ。


 カストリ皇國の貴族には、五つの力が求められます。

 第一に物語力、続いて、武力、政治力、魔力または聖力のいずれか、そして舞踏力です。


 舞踏力は、他の四つの力に比肩するほどの力だと見做されています。

 そして、他の四つの力を、結び付ける力だと言われています。


 舞踏は、魔力または聖力を身に纏い、行使するうえで、最も効率的な手だてだとされています。

 舞踏により行使された魔力または聖力は、高い武力を発現させます。

 そして舞踏は、物語の山場を、動かし、支配します。


 貴女たち、魔法少女にとって分かりやすい例を挙げましょう。

 多くの魔法少女が使う『決めポーズ』は、魔力を引き出し武力を行使するための舞踏であり、ゆえに、物語の山場を動かすのです。


 舞踏力との結びつきが分かりづらいのは、政治力でしょうか。

 舞踏は文化や社交の集大成であり、舞踏から人脈が造られ血縁が繋がります。

 この國の政治は、舞踏会を中心に回っており、『会議は踊る』という慣用句があるほどです。


 舞踏が政治であることは、真実です。

 ですが、舞踏にはより重要な役割があります。

 それは、舞踏が神々へ奉納されるべきものであり、神降ろしの役割を担っているということです。


 舞踏の重要性は、この國の創世神話にまで遡ります。


 かつて、天津神が、天岩戸の向こうにある『あの世界』にお隠れになるという大事件がありました。

 そこで國津神の命を受けた宝生(ほうしょう)鈿女(うずめ)様が、天岩戸の前で、唄と踊りを奉納し、天津神を『この世界』に降臨させたのです。

 その鈿女(うずめ)様を継ぐものこそ、魔法少女なのです。


 學園の全學科生は、舞踏學において、社交ダンスを學びます。

 ですが、この魔法少女育成科の生徒たちには、社交ダンスに加えて、神楽舞を學んでいただきます。


 さて、ここから先の真実を、今日の、この最初の授業で、どこまでお話しするかは、悩ましいところです。

 ほんとうに、ちょっとだけ、話しましょう。


 魔法少女が、神楽舞で神降ろしするのは、天津神や国津神だけではありません。

 神話から名前を消された、まつろわぬ神をも含みます。


 ゆえに、鈿女(うずめ)様を継ぐものたちは、恐れられ、不当に貶められてもきました。

 物語學の授業でも學習することになりますが、かつて、『魔法少女』は、『魔女』や『魔法使い』と呼ばれ、忌み嫌われ、迫害されてきました。


 「今日は、ここまでにしましょう」と、學園長先生が、授業を締め括る。


 「来週からの、舞踏學は、実習となります。みなさんには、前期末、つまり七月末に開催される次の舞踏会までに、社交ダンスと神楽舞の両方を、一通り踊れるようになっていただきます。基本、二人一組での練習となります。二人一組の組み合わせは自由ですが、儚内(はかない)薄荷(はっか)さんについては、宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)様と組んでいただきます。宝生(ほうしょう)家は、唄と踊りの家元であり、明星(みょうじょう)様には、予め薄荷(はっか)さんのダンスパートナーとして、特訓をお願いしてあります。薄荷(はっか)さんは覚悟を決めて、明星(みょうじょう)様から鍛えてもらいなさい」


 このとき、ボクは、鈍くさい自分が、人前で踊れるようにならなければいけない、ということだけで、頭がいっぱいだった。

 そのせいで、後から考えれば、とても大切なことに、全く思い至っていなかった。

 それは、『この世界』と『あの世界』を隔てる天岩戸の前で、唄と踊りを奉納された鈿女(うずめ)様の名字が、明星(みょうじょう)様と同じ、宝生(ほうしょう)だということだ。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■四月八日 物語學の授業

やった! 糖菓(とうか)ちゃんと一緒の授業グループだ。

それに、物語學の授業だから、期待しちゃうよね。

この世界を動かしている物語って何なのか、教えてもらえそうだよね。


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