■四月五日 教導役に相談だ
アホの子のボク――儚内薄荷――には、何をどうしてこうなったのか、分からない。
更には、何をどうしたらよいか、分からない。
なのに、明日、四月六日からは、授業が始まってしまう。
今日、四月五日のうちに、誰かに相談したいと思ったものの、相談相手は一人しか思いつかない。
ボクのチュートリアルで教導役となってくださった、二年生の萵苣智恵様だ。
寮の内線電話で連絡を取り、恐縮しながらもお願いしてみた。
そしたら、例の看板のないお店で、またしても奢っていただけることになった。
今日は、ランチではなく、アフタヌーンティーだ。
三段のティースタンドが運ばれてきた。
下段に板チョコの入ったサンドイッチ、中段にチョコレートスコーン、上段にブラウニーやガトーショコラが乗っている。
――こっ、これって、チョコレート三昧だ。
どうやら、智恵様は、ボクが、祝入學進學舞踏会の日、念願のチョコレートありつけなかったということまで、把握されているらしい。
ボクの実家が貧しくて、チョコレートなんて、満足に口にしたこともないということも、知っていそうだ。
ティースタンドを下段から上段へ向って攻め上がりながら、洗いざらい状況を説明し、相談する。
「ボク、『令嬢の転生』物語にも、『勇者の召喚』物語にも、かかわりたくないんです。どうしたらよいでしょう?」
智恵様は、ボクが経緯を説明している間、ケラケラと笑いっぱなしだった。
「たった三日で、ここまでの事態に陥るなんて、薄荷さん大人気ね。わたしの想定を越えてるわ」
あんまり笑い過ぎて、涙まで出たらしく、ハンケチで目尻を拭いながらも、ちゃんと答えてくれた。
「まず、生徒会が、この『転生令嬢毒殺事件』を解決してくれるのを待ってちゃだめ。生徒会は、既に事件解決の糸口を掴んでいるけど、薄荷さんが生徒会に入るまで、事件を解決なんてしないわ。だって、事件解決より、薄荷さんを生徒会に入れる事の方が重要なんだから。だからね、『令嬢の転生』物語と『勇者の召喚』物語に絡め取られたくなかったら、自分で事件を解決なさい」
「さすがに、もう理解できているとは思うけど、犯人が判明しても、その犯人がこの學園の生徒であれば、裁かれることなんてないわ。犯人が誰だか明らかになることこそが大切なの。犯人が判明すれば、物語が、新しい局面へと動くから――」
「生徒会って、事件解決の糸口を掴んでいるんですか?」
「なんてったって、わたしの兄、次期宰相のロールを持つ萵苣強記が生徒会書記なのよ。それはもう、抜かりなく情報を集めているわ」
「えーーーっ、生徒会室に呼び出されたとき、ボクにはそんなこと、誰も何も教えてくれませんでしたよ」
「薄荷さんの不安感を煽ったうえで、生徒会に入ってくれるまで、事件を解決するつもりがないのだから、当たり前よね」
ボクの胸は、不安で押しつぶされそうだ。
あっ、いや、最初から、胸はペタンコなんだけど……。
「そんな顔しないで。この、わたし、萵苣智恵は、その強記書記の妹。そして、生徒会長である白金黄金第一皇子の許嫁なんだから――。ちゃんと、二人の目を盗んで、情報を仕入れてきてあるわ」と、智恵様がウィンクされる。
「情報その一、ワインについて。學園祝入學進學舞踏会の日、会場の鹿鳴館に置かれていたワインは、赤ワインと白ワインだけだったの。ところが、利子様が飲んだのは、ロゼワインだった。では、そのロゼワインは、いかなる経緯で、鹿鳴館に持ち込まれたのか? まずはゴスロリ仮面に、その入手状況を確認したいところね。」
「情報その二、毒の入手先について。生徒会が確認できている範囲内で、事件に関与していそうな、毒関連のロール持ちは一名だけ。侯爵令嬢の二年生末摘花子様よ。彼女は、白金鍍金第二皇子の許嫁である芍薬牡丹公爵令嬢の腹心だと言われているわ。牡丹様は、『令嬢の転生』物語において、『悪役令嬢』のロールを持っている可能性が最も高い。だから生徒会は、花子様のロールが、ヒロインである利子様を虐める『取巻令嬢』ではないかと見ているの。もしそうだとしたら、犯人確定なんだけど、わたしは、どうにも違和感が拭えない。あまりにも、でき過ぎてると思うの」
「わたしが把握している情報は、以上よ」
「ボク、調べてみます。この際、自分のロールに『名探偵』か『迷探偵』が増えたとしても、甘受します」
「実のところ、慌てる必要なんてないわ。生徒会副会長の白金砂金第一皇女が言ってらっしゃった通り、たとえ、薄荷さんが『転生令嬢毒殺事件』の犯人だったとしても、誰も裁くことなんてできないの。だから、生徒会の煽りに乗せられたりせず、腰を据えて着実に一歩づつ調べていくといいわ」
「ほら、明日から授業でしょう。必然的に『呪われた服飾』仲間が集まることになるわ。ゴスロリ仮面とおぼしき、文化部衣装の呪いを受けた方とも、お話ししてみたらいいわね」
☆
その時だった。
お店の外から、大声が聞こえてきた。
「お嬢様、なりません。ここは確かに芍薬家が経営するお店ですが、本日は、他家の方々の貸し切りとなっております。百合お嬢様であっても、お通しする訳には参りません」
窓の外へ視線を向けると、この武骨なお店を囲んでいる、シンメトリーな庭園を突っ切って、一人の令嬢が、駆けて来るのが見えた。
學園制服のスカートを左右で摘まんで、猛烈な勢いで、駆けてくる。
両手を広げて進行を阻もうとする、お店の従業員たちを、軽快なフェイントで交わしながら、お店に猛進してくる。
智恵様が、「あっちゃ~~っ」という、高貴な令嬢らしからぬ声をあげた。
「招待もしていないのに、厄介なのが……。あの子じゃ、誰も制止できないから、すぐに、ここまで襲来するわ。自己紹介も何もなしで、自分のことばかり喋りまくるような子だから、先にあれが誰だか教えておくわ。新入生の芍薬百合様よ。芍薬家は、我が萵苣家と同格の公爵位。萵苣家が代々宰相職を務めているのに対し、芍薬家は軍部一筋。あの子の父親は、先の大戦で、このカストリ國に大勝利を齎した英雄、芍薬矍鑠元帥。あの子はその元帥の次女で、長女はというと、一昨日の舞踏会で、薄荷さんを『虐める』と宣言した、牡丹様よ。分かる? つまり、第二皇子鍍金様の許嫁。そんな『転生令嬢毒殺事件』の渦中の人物の妹が、いま、ここに襲来しようとしているの」
智恵様が、早口で、そこまで、説明を終えたところで、お店の扉が、ダーンと開け放たれた。
芍薬百合様は、頭頂部にアホ毛をぴょんと立て、口を常に半分開きっぱなしにしている女の子だった。
いきなり、「あちしが、来た!」と宣言する。
確かに、自己紹介も何もなかった。
「薄荷くんたら、あちしをいつまで待たせるの」
ツッコミどころ満載だけど、ボクは、まず、『さん』付けではなく、久々に『くん』付けで呼ばれたことに驚いた。
「薄荷くんたら、あちしに、一万年と三千年前から愛してるって告白したくせに、この學園で運命の再会をって約束したくせに、どうして、入學から何日待ってても、迎えに来てくれないの!」
「いや、いや、ボクたち、初対面ですよね」
「愛は死んだの? あちしがトラウマイニシエーションで、キズものになったから、もういらないの? あちし、キズものにされて以来、男の人が、コワイの。女の子との百合百合しい関係しか、受けいれられないの。そんな、あしちが、結婚して、子を成せる相手は、『男の娘』の薄荷くんだけなのに……。」
「なのに、舞踏会の、あれは、ナニ? なんで、約束した、あちしじゃなくて、第二皇子鍍金様を『攻略』したの。牡丹お姉ちゃんの婚約者を奪おうだなんて、この裏切り者!」
「あれって、鍍金様の方が、ボクを、お持ち帰りしようとされてたんですけど! それに、百合様とボクとの約束ってなんですか? ボクに覚えはありませんよ。もしかして、一万年と三千年前に、ホントに、何か、約束したなんて、とんでもないことを言い出すんじゃないでしょうね」
「忘れたの? あちしと約束したじゃん。前世で」
「前世でって――」
ボクは、「ボクに前世の記憶なんてありません」と否定しようとして、うっと、息が詰まった。
百合様は、「へへへっ」と笑って、アホ毛を揺らす。
そして、したり顔で、ボクに向って、指を突き出した。
「薄荷くんが、前世の記憶を持っていることは、バレバレだよ」
――バレた? どうして?
それは、絶対隠し通そうと思っていたことのひとつなのに……。
「だって、薄荷くん、舞踏会でみんなに向って、『まともに盆踊りだって踊ったことない』って公言したよね。あのね、『この世界』には、『お盆』なんて宗教行事はないし、当然『盆踊り』なんて言葉も、ないの」
――あっ、言われてみれば、確かに。
百合様による、この暴露には、ボクだけでなく、智恵様も驚いた様子だ。
「あの言葉って、『裸になって、お盆で前を隠しながら踊る』っていう、あの伝説の宴会芸のことじゃなかったの?」
だけど、頭の回転が速い智恵様は、すぐさま表情を戻して、知恵を巡らす。
「つまり、薄荷さんと百合様は、二人揃って、『お盆』という宗教行事に参加した記憶があり、そこで『盆踊り』を踊ったことがあるのね」
「……だとしたら、問題は、『召喚者』なのか、『転生者』なのかってことね。絶対ではないけど、薄荷さんは、召喚者なら『勇者の召喚』に、『転生者』なら『令嬢の転生』に、そもそも最初っから、『配役』されている可能性が高いわ」
百合様は、両手を腰にあてて、エッヘンと反っくり返る。
「さあ、これで、分かったでしょう。あちしと薄荷くんは、盆踊りの夜に、一緒屋台巡りをして、ひとつの綿飴を分け合って食べた仲なの」
「記憶にございません」と、ボクは、はっきり、くっきり、否定する。
「あちしをキズものにしておいて、白を切るのね。愛を立証してみせろと、迫るのね」
「ヤってません。言ってません。迫ってません」
「分かったわ。『転生令嬢毒殺事件』は、この名探偵百合が、まるっと解決して、薄荷くんを、この罠から救い出してみせるわ。薄荷くんは、泥船に乗った気持ちで、安心して待ってればいいわ。まずは、『ゴスロリ仮面』を探し出せばいいのよね」
「ど、ど、どこで『ゴスロリ仮面』の名を? さっき、ボクと智恵様がその話しをしているとき、百合様は、まだここに、いませんでしたよね。あと、どうでもいいことだけど、『泥船』になんか乗りたくありません」
百合様は、ボクのツッコミには一切答えず、「『ゴスロリ仮面』、いざ神妙にお縄につけ、ですわ~!」という言葉を残して、駆け去って行く。
ボクは、去りゆく、その背中に、言葉を投げる。
「百合様~っ、あなた、悪役令嬢の妹なんですよ~っ。ボクと愛を語るんじゃなくて、お姉さん一緒に、ボクを虐める立場ですよ~っ」
だけど、その言葉が、百合様に届くことはなかった。
ボクは、智恵様と、顔を見あわせる。
「あれは、放置しておくしかないわ」
智恵様は、「ふ~っ」とため息を吐く。
「むしろ問題なのは、薄荷さんに、前世の記憶があるってことの方よ。召喚を管轄している神殿と、転生を管轄している御社に、報告が必要ね」
う~ん、どうしたらいいのか分からなくて智恵様に相談したのに、さらに、ややこしい状況になっちゃった気がする。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月六日 神學の授業
食パンを口に咥えた女の子に、ぶつかっちゃった。
それも、『服飾に呪われた』女の子。
ここへきて、やっと、安心の定番展開……だよね?
ボーイミーツガールだよね。
いや、だから、ガールミーツガールじゃありませんてば!